海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第六章

第三五一話 思惑過多

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第三五五話 思惑過多

 夜の裏通りに薪の爆ぜる音がパチパチと鳴る。温かみのある炎の灯りが複数のコンロから漏れ出し、周囲を仄かに照らしていた。

 光源や熱源を魔堰に依存する帝都では滅多に見られない光景だ。

「一時は低俗な催しと思っておりましたが……わたくしが浅はかでしたわ。バーベキューとはなかなか風情があるものです」
「メーテルさんは馴染みが無いでしょうが、スラムではよく焚き火を囲んで持ち寄った食材を分け合うそうです」
「ニイタカ殿はスラムにお詳しいのですか? 失礼ですが、どのような経緯か……差し支えなければ」

 大使館には様々な人生を辿った人間がいる。

 平民はもちろん、帝国やアルローの貴族、スラム出身者、奴隷落ちした元貴族もいる。

「フィーアは俺の妻の一人ですがラクナウ列島のスラム出身です。いろいろと教えてもらいました」
「フィーア殿……先ほどの身重の方ですわね。アルゴ卿に比肩する強者とお見受けしますが、スラムの出とは信じられません」
「彼女は元異端者ですからね」
「元異端者? どういう意味でしょう?」

 メーテルは探りを入れに来たようだが、別に隠すことなど何もない。ただ、デント教皇がどこまで許容するのかについては責任が持てなかった。

「これ以上聞いてしまうと異端審問官が出てくるかもしれませんが……聞きます? 言っていいですか?」
「やめておきましょう。総本山がどのように動くのか、わたくしには読み切れません。イーナン殿であればわかったのかもしれませんが……」

 リヒトが言っていた懸念が蘇ってきた。イーナン・イーシュタルが何も残さないはずはないと言うのだが、裏情報とは基本的に隠すものだ。意図せず外部に漏れる可能性を残すくらいなら抹消するのが常道だろう。

「東の争乱をイーナン氏は予測していたと思いますか?」
「それは間違いなく。おそらくこの状況は導かれたものです。分家同士を潰し合わせて領地を荒らすなど理解できませんが……彼は意味の無い仕掛けはしない」

 事の発端は複数の分家が本家に差し向けた私兵が、シュキの研究資料を押収するために来ていた異端審問官とかち合ったことだ。

 ツヴァイとドライの鮮やか過ぎる殺戮劇に、所属の異なる複数の私兵団は誰と闘っているのかすら分からず壊滅しただろうと、デント教皇は予想している。

 教皇にとってイーシュタル家や東の民のプライオリティは低かった。どうなろうと別にどうでもよかったので、特に弁明することもなく放置した。

 私兵を失い疑心暗鬼に堕ち入ったイーシュタル分家は互いに対立し、公爵位の争奪戦が泥沼化した。

「そもそも、どうして分家は本家に兵を送ったんです? いがみ合ってはいても、その時点ではシュキの死亡を知らないはずでは?」
「シュキは派閥貴族の中でも魔力容量の大きい有力者たちを拉致し、あの悍ましい宴に放り込んだと考えられます。二聖まで混じっていたそうですから、それを分家が知れば……謀反も辞さないでしょう」
「……イーナンが情報を流した?」
「彼の情報網は決して表に出て来ませんから経路は不明ですが、そう考えるのが妥当ですわ」

 その事実を知って分家が一斉に挙兵し、偶々、異端審問官のガサ入れとタイミングが被ったことになる。

(猊下が動かなければ、こうはならなかったんじゃないか?)

 どの分家もシュキに対して怒っていたのだから、敵の敵は味方になり得る状況だ。対イーシュタル本家で一致団結してもおかしくはなかった。

 それが本来の目論見だったと考える方が自然で、まだ救いがある。

(だって、猊下が動いたのって……)

 デント教皇はリヒトの録音魔堰の証拠音声を聴いて、即座に二人の上位席次を遣わしたのだ。

 情報を提供したのは穂積自身。どうしてそれが出来たかと言えば、改造魔獣を討伐し、同時にリヒトと縁ができたからに他ならない。

 リヒトはシュキの護衛をイーナンから任された際に、あの録音魔堰を渡され、異常があれば記録するように命じられていた。彼女が持つことになるであろう証拠が教皇まで届くことを予想していなければ、この状況は作れないのである。

(しかもタイミングまでピッタリ……シュキと改造魔獣の動静まで読んでた? んなバカな)

 デント教皇は親書をビクトリアに送り、フィーアをビクトリア号に派遣していた。

(ハインさんは俺を見たことがあった。オプシーの奴隷オークションで……てことは)

 ハインはイーナンを護衛してオプシーに来ていた。ニルネルを買うためだったらしい。

 そこから導き出される結論は、情報の怪物イーナン・イーシュタルは新高穂積を知っていたということだ。

 さすがに改造魔獣を倒してしまうとは考えていなかっただろうが、詳細不明の化け物のETAアルローを、一時は行方不明になった穂積のETAアルローにどうやって合わせてきたのか。

(ゾッとするわ! もう気持ち悪い!)

 既に故人とはいえ、ヤバすぎる人間に目を付けられていた事に怖気が走った。

 このような事を思うのは本意ではないが、死んでくれて本当に良かったと、これ以上は祟ってくれるなと、怪物の冥福を祈りながらパルガニに齧り付いた。


**********


 BBQもひと段落して店内に入り、エビ刺しを肴に飲み直している。わさび醤油は年配の男性たちに大受けだった。

 十賢者御一行は全員マーメイド・ラグーン帝都支店に逗留することになり、七日間連続の貸切状態となった。人数が多いため爵位持ちの従者ですら雑魚寝になるのだが、特に気にしていないらしい。

「キュベレ義姉さん! ご無沙汰してます!」
「メリッサも元気そうでよかったわ。あの薪は貴女が集めて来たんですってね?」
「はい! 帝都屋敷から馬車を徴発しました! 生木を乾かすのが骨でしたね!」

 BBQ会場設営で大忙しだったメリッサも久しぶりに家族と再会できて嬉しそうだ。

「……本当によかったわね。幸せそうだわ」
「はいっ!」

 昼間からずっといなかったヘル婆はBBQがお開きになる頃にようやく帰ってきた。見たこともないほど怪しい貌でヒッヒヒ笑っている。

「ヘル婆さん……何やってたの?」
「いや、大したことはないさ。ちょっと子飼いの水産問屋に顔を出してきただけだ。ヒィ~ヒッヒッヒッ!」
「うっわ! 怪し~い! 超怪しい!」
「何とでもお言い! ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!」

 これがヘル婆の満面の笑みなのだ。リヒトとは別の意味で人間離れした貌にヒラガーがドン引きしている。同じ経産の道を生きる老骨でも水と油くらい相入れないようだが、気持ちはよく分かる。

「ホヅミさん……ちょっと」
「……なんかあった?」

 ナツに呼ばれて暖簾の奥へ入ると、耳元でこしょこしょ事態を説明された。ヘル婆の破顔の理由だ。

「エンリケさんから報告です。漁船に囲まれて身動きできないと……」
「ちっ……まさか、あのババア」
「改弐に取り付くカニをひたすら捕獲しているそうです。満載しては引き返していくと……」

 何故か漁船には見向きもしないパルガニは停船した『白海豚・改弐』に群がっているらしい。それを漁師が奇声を上げて剥ぎ取っていくのだそうだ。

「エンリケさんはなんて?」
「漁船団の棟梁と思われる男から一千万ムーアを受け取ったそうです。ムーア銅貨で」
「大銅貨一千枚か。まぁ、電線の足しにはなる。危険が無いようなら放っておけばいい」
「承知しました」

 ヘル婆は謎のパルガニ大量発生でひと稼ぎするつもりだ。既に数千匹は水揚げされているだろう。

「カニ……パルガニ……」
「あ。オルフェさん、魔力は大丈夫ですか?」
「ニイタカ大使か……。ああ、もう戻った」

 小上がりの扉を開けてオルフェが顔を出した。

 カニを焼こうとして魔力欠乏でぶっ倒れたオルフェは板間に布団で寝かされていた。残念ながらBBQには参加出来ていない。

 もう終わったと聞いて泣きそうになっている。

「ナツ」
「はい、只今」

 山盛りの焼きパルガニをトレンチに乗せたナツが舞い戻ると、オルフェの顔にパァーっと笑顔が咲いた。

「こっそり取り置いてあったんです。小上がりで食べるといい」
「ニイタカ大使! この恩は忘れない!」
「恩なんて大したもんじゃありません。じっくり味わってください」
「感謝する!」

 ナツからトレンチを引ったくって小上がりに戻ると、パキパキ殻を割る音とともに「ん~っ!」と感極まった唸り声が聞こえる。

「「よっぽど好きなんだなぁ(ですねぇ)」」

 ナツを連れて店内に戻ると、酔いの回ったノックスがメリッサを説教していた。巻き込まれると面倒なので小上がりに逃げようとしたところを「ホヅミ殿!」と呼び止められる。

 観念してメリッサの隣に座るとノックスは同じような説教を繰り返した。斜向かいに座るマイルズとキュベレは苦笑いを浮かべているが止めてくれる気は無さそうだ。

「いくら父上の公認だからと勝手に婚姻を結ぶとは何事か! 入籍……だったか? 国籍とかいうわけの分からんものを取って何がしたい?」
「お父様。国籍は大事です。特にニホン国籍は自分に必要です」
「ニホン国はブラフではないにしても、トティアスに存在せんではないか! ニイタカ姓は別に構わんが、本国の庇護も無いのにアジュメイル姓より優先するのは何故だ?」
「だって、俺は日本人ですし」

 メリッサと二人で国籍という概念と、そこから派生し国民が得られる様々な恩恵を説明すると、高位貴族のくせに意外と物分かりの良いノックスは感心して機嫌を直した。

「その〇〇人という考え方は新しいな! ということはメリッサもニホン人になったと、そういうことか?」
「さすがはノックスお義父さん! ご理解が早い! アウルムさんはなかなか分かってくれません!」
「ガハハっ! アルロー首長の立場ならそうであろうよ!」

 帝国民にも国籍をつけておけば便利かもしれないと、ノックスは領地での導入を前向きに検討することにしたらしい。

「ということだ」
「父上? 何がです?」
「特に外航船員には有効かもしれん」
「かもしれませんが……」

 検討自体はマイルズに丸投げだ。間もなく海獣の周遊時期に入るらしく、艦隊司令の方が忙しいから三男ムスカにパスすると言う。

「船員もそうでしょうが、十賢者の皆さんも帝国在住ってだけですもんね? ムーア人じゃないけどムーア帝国法を作っちゃってますもんね?」
「む? んん? おれは……ナニ人だ?」
「父上! ムーア人に決まってるではありまけんか! 問題は帝国が! それを公式に認めていないという事実でしょう!」
「……なんと。だからおれは未だに陛下に顔も見てもらえんのか?」
「どういう意味です? 暗殺防止で姿を見せないのは聞いてますが、見てもらえないって?」

 謁見の様式を細かく説明するノックスは燻る内心を押し殺したような顔で不満を口にする。

 御簾みすの向こうの光魔堰のせいで皇帝からは外側が見えないのだそうだ。

「……うーん。後光を作って偉そうに見せたいんじゃないですか? ラスボスっぽいです」
「らすぼす?」
「いえ、なんでもありません。それが謁見の様式美なんですね?」
「謁見……そうだな。大昔から変わらぬものだと聞いている」
「しかし、相手の顔を見ないで謁見と言えるんでしょうか?」
「謁見……そうだな。おかしなものだとおれも思う」
「謁見……」
「謁見……」
「「あ――っ!」」

 本来ならノックスたちと帝都入りしてすぐに、皇帝と謁見する予定だったことを思い出した。つまり今日、帝城では謁見の用意が整えられていたはずなのだ。

 色々と考えることが多すぎてプライオリティーがかなり低かった。少なくともBBQよりは下だった。

 現在時刻二二五〇時――、あと一時間ほどで日付が変わる。

「……まだ間に合いますかね?」
「絶対無理だ!」
「……まぁ、直接呼ばれてないし? 俺は貴族街に入れないし? もういいんじゃないですか?」
「あー、どうするか……」

 とりあえず、日付が変わる前にナツが皇室に文伝を送り、遅参の連絡は入れた体を作ることにした。

 皇帝とのアポイントメントをドタキャン――どころか、すっぽかしてしまった。

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