海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第六章

第三七八話 サイドアルロー⑥

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第三八〇話 サイドアルロー⑥

 タミルを医務室に寝かせ、女性社員たちを客間で休ませて、二階の会議室には主要メンバーが集まっていた。

 開発局長クリスを始めとした工房組はタミルの大楯の構造解析に没頭しているので不参加である。

「何人か手練れが混じってたな。ありゃ情報部の人間だぜ?」
「間違いなく裏から支援しとるのう。非国籍部隊の相手もそうじゃし……陛下の勅令じゃな」
「情報部がこんなに居たとは。お爺様。半数という話ですが、何人ほどです?」
「情報部は常時二百人は居るとされておったが、実際にはもっとじゃろう。他国に潜入しとる人間も含めれば相当な物量じゃ」
「カハっ。魔力容量の大きい手練れが最低百人は入ってきたと……そりゃ厳しい」
「情報部自体は然程の脅威ではない」

 肩を竦めるミーレスの背後から不意に湧いた気配が普通に発言した。

 暗闘の指揮から戻ったバルトである。彼は警備主任の職をジョジョに譲り、大使館を裏から支える非国籍部隊の隊長に就任していた。上司はもちろんハインだ。

「だから背後に立つなって。気配消す必要あるか? あ?」
「問題はアルロー貴族の多くが取り込まれていることだ」
「聞けよ。人の話をよ」

 本来の業務内容は主に諜報活動なのだが、情報部に焚き付けられた貴族派閥の攻勢が激しさを増したことで多少過激に対応せざるを得なくなっていた。

 部隊員はセントルーサ監獄から中途採用した十二人の工作員たち。全員がどこかしら肉体を欠損しており生体魔法による再生治療でも長い療養期間が必要だったが、筋電義肢を選択することで動けるようになった。

「非国籍部隊は大丈夫なのか? 義肢もまだまだ開発段階だろ?」
「身体の不自由は然程のハンデではない」

 中には脳みそがパーな人間もいたが、リヒトと同じく大使館敷地内では真面でいられる。彼ら、彼女らが祖国を裏切り就労契約にサインしたのは隷属魔堰から解放してもらった恩義と『消える領域』の気配によるところが大きいと考えられる。

「問題は敷地外での活動時間に制限があることだ。いずれも症状が個性的で困る」
「……半数がそうだったか? 普通ならもう使い物にならんぜ」
「私見だがリヒトのが最も酷い。そのことに希望を見出す女性隊員もいる」
「それはどうでもいいけどよ……ヒービン船舶管理の件は?」
「捕縛された監督も含め、全員の存命は確認済みだ」

 相変わらず仕事が早い。身体&精神障害者の集団を率いて帝国情報部と渡り合っているのだから、さすがはイーナンの懐刀と言うべきか。

「ふむ……だが安易に手出しはできんぞい」
「判断は任せる。ハイン、どうする?」
「今すぐ動けますか?」
「会社事務所とギジュメイル屋敷。配置は既に完了している」
「活動限界までは?」
「あと二時間ほどだ」

 ハインはチェスカを見た。こういう時の外への対応は外務大臣に一任される。

 どちらも長引けば危うい状況。特にカントは逃げられないように両足の腱を切られ、拷問紛いの尋問を受けている。

「チェスカ外務大臣。人道的見地から救出したことにすれば体裁は整いますが?」
「ダメダメ。似たような状況が多すぎて切りが無くなるし、甘い対応すると平民はすぐ大使館に頼ろうとするから」

 残念ながらこれが現実だった。スラムの病人や孤児は助けるのにどうして自分たちを守ってくれないのかと、そう言って泣きつく平民が後を立たない。

 終いには亡命すると言うので一時的にでも受け入れざるを得ず、そうした場合は一時避難期間が過ぎても居座ろうとする者が多かった。アルローの外務に事情を説明しても梨の礫で動いてもらえず、今はホットラインも無い。

 チェスカは穂積からニホン国籍付与とビザ発行の権限を委任されていたが、状況次第で短期ビザを渡すのみで国籍は一度も与えなかった。ちまたではチェスカの名前がルーシーに代わる悪女の代名詞となっている。

「では、見捨てますか?」
「まさか。これから行われるのはオーナーとしての正当な資産の回収ってこと。ひひっ」
「目標はどうします?」
「人的資産だけは残らず回収。書類関係は可能なら持ち帰るってことで」
「金銭と不動産は?」
「無視していいよ。ヒービン社長のことだからどうせ残ってないし」
「かしこまりました。バルトは付いてきてください」

 ハインはバルトを廊下に連れ出した。複数の命令権者の発言は彼の任務を無駄に困難なものにする。穂積はバルトに対してハインの命令にのみ従うように伝えてあったが、内実を理解していない上位陣も多い。

「バルト。ヒービン船舶管理の人員を全員生かして連れ帰ってください。邪魔な人間は始末していいです。死体はヒトツメに火葬させてください」
「了解だが、火葬するにも数が多いと骨だ」

 切断された足の腱を治しても目の再生治療は固辞したドラントの工作員はヒトツメと名乗った。歯弾による不意打ち未遂が懐かしい褐色の彼女は隊員の中に半数いるパーのうちの一人だが、情報部出身の者と比べても遜色ないほど優秀だった。

 眼球を再生しても視力の低下は避けられず、視界と感覚のズレは戦闘で致命的に働くため隻眼でいることを選んだ。ヒトツメの自称はもちろん偽名だが、諜報員にはよくあることなので誰も気にしない。

「魔法行使に例の制限が出たらやむを得ません。ギジュメイル屋敷に放り込んでおいてください」
「了解」

 非国籍部隊の隊員には身体的・精神的障害の他に、もう一つ共通の枷があった。魔力容量は大きいにも関わらず、彼らの魔法には魔力欠乏とは異なる限界が訪れる。

 魔法を乱発しすぎると首に蜘蛛の巣のように刻まれたひび割れが色濃くなり、元に戻るまで魔法が一切使えなくなる。特に痛くも痒くもないのだが、魔法を行使しようとしても聖痕がチラリとも浮かばない。

 隷属魔堰に抵抗し続け、それでも生きているような人間が殺されずに解放されることなど無い。それ故に知られていなかった謎の症状だった。

「早く国籍が取れるように頑張ってください」
「何故だ?」
「国籍が無いと婚姻届が出せないからです」
「誰のだ?」
「私と貴方のです。殺しますよ?」
「……了解」

 穂積の目論見どおりバルトはしっかりとハインの尻に敷かれて、試練の精神障害に悩まされることなく淡々と任務をこなす。

 彼にとっては望外に幸福な現在いまだった。結婚しろと命じられれば結婚するしかないのだが、それはそれで。


**********


 朝方、医務室で目を覚ましたタミルは、ベッド脇の丸椅子に座ったまま眠るミリーの姿を見つけた。

(ああ……無事だ)

 馴れ初めは工房を訪れた時、カントと共にクリスを待っていた彼女と出会った。自己紹介すると固まって目を見開き、不自然に慌てて頭を下げる姿が印象に残った。

『タミルさんでしたよね?』
『そうだよ、キサラちゃん。錬成魔法を習得するため追い回しに出されたタミル上等兵であります! よっろしくぅ!』
『あっそ。ミリーさんにソレ、やめてよね。バカにしてるから』

 あとでキサラから聞いた話によると、死んだ彼女の婚約者が自分と同じ名前だったらしい。

 なるほど。であればあの反応も頷ける。いつも通りに女子ウケする気さくな挨拶をキメたはずなのに、避けられているようで困惑していたのだ。

 その後、三人の少女から三者三様の錬成魔法のコツを教えられ、何とかそれなりに新素材の錬成が出来るようになったところで、女の子たちが大使館に取られた。

 可愛い少女を三人とも囲う穂積に苛ついたタミルは工房に居残り、独力で新素材錬成の習熟に努めていたのだが、設計分野でクリスと師弟関係にあったらしいカントはちょくちょく工房を訪ねてきた。

『伯父さん! いつまでも入り浸ってたらご迷惑でしょ!』
『オーナーのおかげで楽しみが減った! 高速旅客船も図面はできても船主がおらん! 話のわかる奴が少ないんじゃい、アルローは!』
『まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。ミリーさんも一休みしてってください』

 カントの愚痴に付き合わされる機会が増えて、その度にミリーが迎えに来る。目の下にクマを作って仕事に励む女性というのは馴染みが無かったし、何よりキサラに言われた『バカにしてる』の意味が分かってきて、自分のキャラがブレていた。

『なるほどですねぇ。高機動戦は部材を疲労させるとぉ。へぇ~、知らなかったです』
『ノーマンの御家芸だか知らんが『一杯』の連続は船の寿命を削る。必要なのかもしれんが、それならそのつもりで造らせろってことじゃい』

 カントの話は面白かった。専門的すぎて分からない部分は多くあったが、材料強度と船殻構造の関係がすべて計算によって予め定まるものであるという点は目から鱗だった。自分が乗ってきた艦もすべてそうだったのかと思い、海兵の視点から素朴な質問すると、造り手の立場から答えが返ってくる。

『たしかにぃ! 第四艦隊の艦艇は入れ替わりが激しいって聞きますよ! へぇ~! でも、そのつもりで造るとお高いんでは?』
『当然だな。同じ年数持たせようとすれば入渠費用も嵩むだろう。海兵さんの立場から言えば、要はそれに見合う戦果が上げられるかどうかだ』

 必要な強度を得るためには船殻を頑強に造るしかなく、そのためにはより強度の高い材料か、より多くの材料が必要になる。そういう意味で新素材は今まで不可能だった設計を可能にする大きなブレイクスルーだった。

『……ということは、新たな新素材が生まれれば可能性は更に広がるんですね?』
『そりゃそうだが、既にクリスは様々な分子結合を試し終えて、今も試し続けている。それでも今だにG素材を超えるもんは見つかっておらんし、クリスに追いつける人間は今後も出て来んだろ』

 だからこそカントはクリスに期待しているし、彼女には持てるすべての技能を伝授した。盗まれていたことも承知の上で出し惜しみはしなかったと言う。

『こっちの内心をあの娘は気付きもせん。そこがアイツの強みでもあるがな』
『キサラちゃんが上手くフォローしてるんでしょ? カンナちゃんも集中すると周りが見えなくなるし……あの三人は良いチームです』
『伯父さん! また入り浸ってるし……もう! すみませんね、タミルさん。毎度毎度……』
『あっ。ミリーさん、いらっしゃい。今、お茶を淹れます』
『いえ、お構いなく。それより、ちゃんと食事は摂ってますか? 良かったらこれ、食べてください』
『あ……ありがとうございます』

 それから彼女は時々差し入れをしてくれるようになった。

 警備が撤収した工房には自分以外に誰もおらず、慣れない異国での一人暮らしに往生していた。

 正直とても有り難かったが、彼女にはどうしても気後れしてしまう。自分を映す瞳の中に、既に故人となったタミルの影がチラホラ見えて、どう振舞っていいのか分からなくなっていた。

『最近、船主との関係が上手くいかなくて……。VLTCの配乗を早く進めろとせっつかれています。訓練が一朝一夕で終わるはずもないのに……』
『ギジュメイル派閥はサージュメイルに押されてるって噂ですからね。早く稼がせたいんでしょう』
『それはわかっているんですが……海運とはそういう商売ではないでしょう?』
『ですね……。長い目で見てほしいところですが、相手は商人の派閥。金儲けでは敵わないでしょう』
『そうなんですよねぇ……なんで張り合ってるの?』
『それが貴族ってもんなんじゃ? まぁ、もう少し頑張ってください。何とかなるかも』
『え? その、気にしないでください。ただの愚痴ですから』

 タミルは焼結新素材の製法を引っ提げて、自分をギジュメイルに売り込んだ。

 ギジュメイル派閥に儲けさせてやればVLTC計画にも余裕が生まれ、ミリーの会社も楽になると思った。

(それがまさか、肝心の船殻を削り始めるとは……)

 良かれと思って始めたことが裏目に出て、ミリーを更に追い込む結果になってしまった。

 瑕疵物件の雨漏り建材を何とかしろと難題を与えられて、頭を抱えている間に事態は加速した。

 拉致された彼女を屋敷で見かけた時には心臓が凍る思いだった。

 貴族屋敷に乗り込んできたカントの怒りに当てられ、顔も知らない男の亡霊に尻を蹴られて動いた結果が、この有様だ。

(だけど……無事だった)

 ベッドの左脇で眠る彼女は相変わらず目元にクマが浮かんでいて、閉じられた睫毛は涙に濡れていた。

 拭おうと左手を伸ばして、手首から先が無いことに気付く。

 タミルは自嘲を浮かべて腕を引っ込めた。

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