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第六章
第三八三話 サイドターミラ⑤
しおりを挟む音を立てて引戸が開くや頬の横を何かが掠めた。
一瞬のあと、その何かを追うように真横を通り過ぎる白髪が垣間見えて、振り返るとシオンが両眼を押さえて蹲っている。
「――っ! ウォオ――ぐげっ!?」
シロウが聖痕を走らせ、上げ掛けた吠え声が潰された。
『グシャ、ブチィ!』
喉ごと。
声にならない遠吠えが引き千切られた気管から鮮血と共に噴き上がる。
「うがぁあああ――――っ! あひぃいいい――――っ!」
シオンは地面で七転八倒し目を押さえて鳴き叫ぶ。目元には茶色い何かが付着しており、擦れば擦るほど更に激しく哭いて転げ回る。
二人を無視した白髪はシセイの後方で貫手を放ち終えていた。貫いているのはシモンの腹。血濡れた手が背中から飛び出している。
『ブシュンッ、ギュボっ』
手が抜き取られて数瞬後、前後から血を噴き出したシモンは腹から飛び出した臓物を抱えて膝をつく。悲鳴も上げられず口からゴボゴボ血の泡を吹いていた。
「シセイはその場で大人しくしとれ。よいな?」
「…………はぃ」
消え入りそうな声で返事をしたシセイはピクリとも動かない。その足下ではシオンが転げ回っている。
「うがぁああぁああ~っ! ひぃいいい~~っ!」
シモンの腑を掻き出した白髪はゆっくりとシセイの横を通り抜け、しゃがみ込んでシオンの髪を掴むとぐいっと上を向かせて、恐ろしいことを宣った。
「うるさいんじゃクソボケ……目玉が痛いか?」
「痛い痛い痛い痛い痛い~~っ!」
「そんな痛い目玉はいらぬな。どれ……取ってやろう」
白髪はシオンの手を払い除けると目蓋を押し開き、血塗れの指を眼窩に突っ込んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア――――っ!」
「暴れるでないクソボケ。キレイに取れぬじゃろう」
ぐちぐち指をめり込ませ、ぐりぐり捻って引っ張り、ぶちぶち視神経を引き千切る。
数分間に及ぶ絶叫の末、喉が枯れたシオンの右眼はキレイに取れて、ポッカリ昏い孔が空いた。血と涙と粘液が溢れて頬に太い帯を引く。
「ヒッ……ヒッ、ヒッ……ウゥ……」
もはや叫ぶ気力も無い様子のシオンだったが、白髪は更に追い討ちを掛ける。
「よう見ておくのじゃ。キレイな亜麻色じゃろう?」
残った左眼を開かせ自分の右眼と対面させると、
『ブチュンッ』
目の前で握り潰し、ぐちゃぐちゃになった目玉を掌から地面にドロリと落とす。
「見たか? 左もこうなるでの。覚えておくのじゃぞ?」
「――――っ」
折檻とも体罰とも違う。そう呼ぶにはあまりにも過激で無慈悲な人体破壊だった。
シオンは両眼を抜かれて気絶し、シロウは気管を抉られて痙攣し、シモンは腸管を引き摺り出されて茫然としている。何もされていないのはシセイだけだ。
「シセイ。このクソボケども連れて帰れ」
「長老……その方は……我等の客人で……」
「客人じゃと? 笑わすな。拉致言うとったぞ。拐かしは掟で禁じられておる」
話は分かってくれそうだ。分かってはくれそうだが、どう考えてもやり過ぎだろう。
三人とも重傷。生体魔法で治療が間に合ったとしても後遺症が残るほど重度の損傷だ。再生治療を施すにしても今まで通り動けるようになるまで長い時間が必要になる。
「それより、急がんと間に合わんのではないか?」
「……」
「お前のチカラはチを食うでな。ギリギリ死なぬ程度にしておいてやったぞクソボケ。お前がじゃ」
「――っ」
「とっとと往ねぃ! このションベンガキが! コブクロ引っこ抜くぞボケナス!」
「…………はぃ」
物凄く口の悪い長老はシセイへの罵倒を終えると、玄関先で立ち尽くす穂積に向かって踵を返した。
長老と言っても皺くちゃの老人ではない。
見た目は十代にも見えるが、同時に百歳を超えているような不思議な雰囲気を纏う仙女のような女性だ。
瞳の色は真紅。白髪には唐紅が混じっている。
「シレイと申す。歓迎するのじゃ。お客人」
明らかに魔力不全症候群の症状だった。
**********
長老シレイの家には床一面に畳が敷いてあった。い草の香りと漢方薬のような匂いが混ざり合って、彼女が醸し出す不思議な風格に古風なアクセントを添えている。
「初めまして。新高穂積と申します」
「そう畏まらんでも良いのじゃ。茶でも出すからその辺に座っておれ」
「あ、お構いなく」
「構わいでか。構うに決まっとろう。今日からお主はこの家で寝起きせい」
魔女教会を手酷く追い払ったシレイの家に招き入れられた穂積は、囲炉裏の前で正座して彼女の動きを目で追いながら考えていた。
果たしてこの状況は喜ぶべきか否か。
厳しい長老なら魔女教会をしっかり躾けてもらえるだろうと思ってはいたが、厳しいどころではない苛烈さで半殺しにしてしまったのだから言うべき言葉が見つからない。
「ほれ飲め。足を崩せ。楽にせい」
「……どうも」
老人特有の余裕と包容力に甘えてしまいそうになるが、見た目の若さに凄まじいギャップを感じて戸惑うばかりだ。さらには魔女教会が手も足も出ないほどの強さを併せ持つ。その気になれば一瞬で殺されてしまうだろう。
「あの……あれで良かったんですか?」
「あのクソボケ四人組はあのくらいで丁度いいんじゃ」
口が悪くて異様に強いシレイは長老として必要なことをしたまでだと言う。
「……再起不能では?」
「なんのなんの。そこまでひ弱ではない」
別に心配するわけではないが、両眼を潰されたシオンの視力は戻るか分からないし、仮に回復したとしても普通ならあれほど痛ぶられればトラウマになる。ひ弱とかそういう次元の話ではないように思うのだが、シレイはまるで当たり前の事のように極度に過剰な折檻を語る。
「魔女教会がヘマすると里が滅ぶ。あの程度で死ぬならその方が良いんじゃ」
「例の魔女は? ヘマじゃないんですか?」
「アレは儂の不手際じゃ。クソボケのシバキ方が足らんかった。お主を巻き込んでしもうた事も、シバキ足らんかったせいじゃ」
「……魔女教会をシバクのが長老の仕事なんですか?」
「そんなわけなかろう。じゃが、儂があの四人に手を焼いておるのは確かじゃな」
様々な薬のレシピを継承し、処方の知識を用いて村人を癒す、里の薬師のような存在が長老の本来あるべき姿らしい。
ターミラの里には樹海や山から採取できる薬草を使った数々の薬があり、いずれも万病に良く効く。それらを開発したのはすべてミョン様だと言われており、代々の長老が引き継いできたおかげで隠れ里でありながら医療分野で困ることは無い。
薬学の偉人の御伽噺はダミダ島にもあった。この里はその本場ということだろう。
「ともかく、すまんかった。アレが暴れたせいでクソボケまで目が行き届かなんだ。謝罪するのじゃ」
「シレイさんの謝罪は受け入れます。魔女教会の愚行を許すわけではありませんが、背景はシセイから大体聞きました。問題は砂の魔女ですね?」
「そうじゃ。アレをどうにかせんことには里が滅ぶ」
シレイは魔女教会のテロ計画を知っているのだろうか。もし知らないとしたら、長老と一対一で話す機会を与えてしまったシセイは本物の馬鹿だが、協力関係にあるなら厄介だ。この過激で危険な長老の意向がどういうものなのか、まずはそこを知る必要がある。
「シレイさんは魔女教会のテロ計画をどう思いますか?」
「てろ?」
「あの四人が帝国へ大規模な破壊工作を仕掛けようとしていることをご存知ですか?」
「なんじゃそりゃ?」
「…………」
シセイはやっぱり馬鹿だった。
「魔女を引き連れて帝国に突撃かますらしいですよ?」
「は?」
「パルム大湖が枯れれば帝国は滅びるらしいです。皇族を皆殺して帝国貴族が全面降伏したら、今度はターミラが復活するらしいです」
「……んー。んん~?」
「あれ? もしかして悩んでます? こんなバカな計画なのに?」
「意気は認めるのじゃ……意気だけはの」
なんとなく、あの四人を作った土壌のようなものが見えた気がする。シレイは根っこの部分で彼女たちと同類なのかもしれない。
(フキさんとは真逆のタイプだな。我慢しないのか)
里を守る使命を背負っているため出る釘を打つ役回りも負っているのだろうが、打ち方が荒っぽ過ぎて肝が冷えた。シロウが一週間で回復してくれることを祈るばかりだが、何故か自分には優しく接してくれるので交渉の目もありそうに思える。
「ぼちぼち夕餉の仕度じゃ。里の夜は早いでの」
「あ、手伝います」
「ほかほか。なら豆のヘタでも取っとくれ。片手で出来るか?」
「問題ありません」
「そかそか。こっちゃ来い」
和やかに笑って手招きするシレイに着いて土間に降り、指示通りに食材の下拵えをした。台所に並んで立つ二人の姿は祖母と孫のようだが、祖母の方が孫より若く見える部分は実に奇妙だ。
「ターミラの里でしたか? いつ頃からあるんです?」
「この地に住み着いたのは三千年以上前のことと伝わっておる。里を拓かれたのはミョン様と呼ばれるお方じゃ」
「魔女のチカラを求めて旅立ったと聞きました」
「最低限の治水と開墾を終えて、いくつかの掟を定められた後にの。外の者から見ればこの里は奇怪に映るであろう?」
料理を手伝いながらターミラの里について色々と教えてもらった。どれも驚愕の事実ばかりだ。
「えっ!?」
この里には女しかいない。血を薄めつつ細々と血脈を繋いで三千年。永く隠れ潜むうちに男が生まれなくなった。
「え~っ!?」
子を作るために外で男漁りをする文化がある。交流とは要するに年頃の娘が好みの男をスラムで見つけて、セックスして帰ってくるだけらしい。
「マジっすか!?」
男漁りの世話は魔女教会のお役目。里の存在を気取られることを防ぐためには非情な口封じもする。
外の人間を里へ招き入れることは男であれ女であれ掟で禁じられている。過去に引き入れた人間は僅かな例外を除いてほとんどいない。
「俺は!?」
例外というのは樹海の遭難者が迷い込んだ場合などを差す。もちろん生かして返さないが、それが男だったら村人同士で女の闘いが始まる、と数百年前の記録にはあるらしい。
「ここ数百年で里を訪れた男はお主だけじゃ」
夕食が出来上がって食べ始めた頃にはカルチャーショックで放心していた。昼間の村人たちは魔女教会ではなく、世にも珍しい男をガン見していたのだ。
「正直ムラムラするから一発ヤらせろ。ええじゃろ?」
「EDなんで無理です」
「イーデーってなんじゃ?」
ミヨイさまは媚薬を開発しなかったらしい。
「勃起不全症のことです」
「ほうか……可哀想にのう。じゃが心配せんでええ。儂に任せておけ……くははっ」
「いえ……遠慮させてください」
「儂……脱ぐと凄いんじゃ……たぶん」
「たぶん?」
食後の片付けが終わり布団を敷くと、お約束のように襲われた。
「あ――――っ!」
「良いではないか、良いではないかぁ」
「やめてぇ~!」
「くはははっ」
シレイは滅茶苦茶強い。魔法ではなく体術が極まっていて、簡単に押し倒されてアレコレ試されたがEDの封印は頑固だった。
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