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第六章
第四〇九話 手踏足踏
しおりを挟む「こんにちはぁ~。はじめまして、苦水流花でぇす。第七夫人のフィーアさん? よろしくお願いしますぅ。わぁ~、お腹おっきいぃですねぇ。お大事にしてください」
『死ねニャ。ご主人様の子ニャンコ産んでからニャ』
にゃんト〇クは相変わらずの超意訳機能を発揮していた。
謎の力で気絶させられた苦水は分が悪いと理解したのか表面上は朗らかに取り繕っているのだが、アプリによってメッキは瞬時に剥がれ落ち、猫被りはネコ語によって裏返される。
「お断りするわ。言われるまでもなく、この子は無事に産むけどね」
『お断りだニャ。勝手に産むから放っとけニャ』
「まあまあ、そう言わずに。黒服の獄卒殺しちゃったことなら謝ります。本当にごめんなさい……くすん」
『黙って死ねニャ。黒い中ボスニャンコが待ってるニャ』
「その変な魔堰は何? 翻訳魔堰? 表情とセリフが合ってないわ」
『その板切れはニャンニャのニャ? ニャン語ニャのかニャ? 顔面の崩れっぷりと合わニャいニャ』
驚いたことにフィーアの場合はセリフをほぼそのままの意味で翻訳している。言葉に嘘が無いからだろうが、結果として会話が成立していなくもない。
「苦水。お前は早くトティアス語を覚えろ。そのアプリは良くない」
「え~、英語だけでも厳しかったのに地獄言葉ですかぁ? 新高さんからその魔女に頼んでくださいよぉ」
「イソラにか? ……お前と相性悪そうだなぁ~」
「勉強するのメンドイっス」
穂積も外国語は苦手なので気持ちは分かるが、二人の魔女を引き合わせるのは覚悟が要る仕事になりそうだ。幸いなことにナツは日本語の読み書きが出来るので苦水のトティアス語講師になれる。
「あなた? ナツにこの女を任せるの?」
「言葉を覚えないと始まらないからな。おまえもナツに協力してやってくれ」
「……気が進まないわ。翻訳機能も壊れてるみたいだし」
「これはスマホという魔堰みたいなものだ。異世界の情報を引き出せる道具だが、どうやら苦水にしか使えない」
「ニホンの情報を? ……小説も?」
「あっ! その手もあるな! 異世界からなら著作権の侵害も無い!」
「なら仕方ないわね。協力するわ」
苦水もにゃんト〇クで正しく翻訳されるフィーアの言葉を聞いてピンと来たようだ。
「なるほど……つまり! あたしはそれで楽して稼げると言うわけですね! さっすが新高さん! 地獄に文学! パナイっス!」
「おうよ! ペンネーム考えとけ!」
「アイアイサ~!」
詰所の卓上光魔堰に驚き、弄くり回して普通に壊し、砂に変えて怒られつつ、早速スマホで良さげな小説を検索し始めた。
「どれがいいですかねぇ? よく分かんないっス」
「そういえば、お前は理系女子だったな」
「とりあえず太宰とか? あっ! 源氏物語なら長続きしそう!」
「昔話とかグリム童話は?」
「ちょっとガキっぽくないっスか?」
「初めは子供向けぐらいが丁度いい。識字率が低いし、小説自体を知らないから」
苦水はスマホを介して地球の名作を盗作しまくり、『レモン・ヘンナー』が師と仰ぐ文学の巨人『地獄聖女』として生まれて間もないトティアス文学史に燦然と輝くことになる。
「発電機も忘れんなよ」
「ハイハイ、わかってますって」
「開発費は盗作で捻出しろ」
「そこから!?」
苦水は女神の試練には興味を示さず、シオンと詰所に残った。今まで知らなかった彼女の一面だったが、アレは金銭に執着するタチだろう。スマホの情報が金になると知った後は徐々に真剣になって、本気でネタ検索に集中し始めた。
普通の女子が見せたなら眉を顰める姿だろうが、穂積は少し安心した。金儲けに懸命な苦水には、どこか昔に近い真摯さがあって、不器用なりに必死だった三等機関士を思い出した。
本人としては、地獄の沙汰も金次第なので、次回はちゃんと閻魔の沙汰を受けるために金を求めていたのだが、穂積は知る由もない。
それはさておき、既に時刻は日没前、樹海には早くも薄く闇の帷が降りて、篝火の灯りに照らされる不死男が更に暗い祠の前に浮かび上がるというホラーな光景が生じていた。
「では、ニイタカさん。試練。どうぞ」
「どうぞて……嫌がらせですか?」
ただでさえ怖い試練が、不死男と篝火のせいで五割り増しに怖くなっている。
「普通は昼間に入りますが、急ぐのでしょうから協力は惜しみませんとも。ふぉふぉふぉ」
「……お心遣い痛み入りますよホント」
「怖れてはなりません。貴方が気にする物理的な脅威は本当にありませんから」
「……わかりました」
重たい背嚢を背負って松明を手に持ち、暗窟の前に坐する不死男を目にして立ち竦んで、早速に怖れてしまった。朝を待っては駄目だろうか。
「ちょっと貴方たち何をやってるの! 並びなさい! 平伏なさい!」
「「「「「はあ……了解です」」」」」
「え? 何を……って何してるんです?」
フィーアに命じられて花道を作り平伏する黒服たちだが、不死男からはかな~り距離を取っていて、何処へと続く花道なのかよく分からない。しかも穂積の現在地、歩き出す前の時点で花道を半分くらい過ぎてしまっていた。
「あの……絶対、嫌々やってますよね?」
「……ご命令ですので」
「そういうのは結構ですから……やめてください」
「左様で? では、女神の加護があらんことを。はい解散。各位、周辺警戒」
「「「「了解」」」」
サラっとポーズを解いて方々に散っていく真面目な黒服たちのおかげで穂積の心に物悲しい隙間風が吹いた。
「なんだよ……じゃあ最初からやんなよ……」
「あなたぁ――! 待ってて! 心から平伏するように説得してくるわ!」
「おまえ! それはやめて! 余計に辛くなるから!」
フィーアは試練に対する意気込みに変化があったらしく、穂積の挑戦を以前ほど強硬に反対しなくなった。とは言っても、心配なのは変わらないのか験を担ごうとする。
帰りを待つ者の祈りによって女神の鞭撻が緩まるのだと言うが、検証しようのないジンクスは誰が言い出したものなのかも分からない。
そんな試練の祠の目前にちょこんと座っている幽霊のような男の存在も、色んな意味で大きな障害になっていた。
怖いぞ怖いぞと脅され続けた女神の試練。それに挑む寸前まで怖がらせてくるこの状況に、文句の一つも言いたくなる。
「何やってんだニイタカコラ。あんなヒョロガリにビビってんのか?」
「シロウ……」
「怖い試練だか知らねぇが、ビビってんじゃねぇぞ」
少し上から降ってきた声を見上げると、シロウが宙に浮いていた。クロの首に括った蔦に背負子を引っ掛けるような形でプラプラと、鈴のように揺れている。
祠の守役に工具や資材を貸してもらい苦水の両手を使って改良したシロウ専用背負子 (改)の成果である。
「そうは言うがな、あの男は殺しても死なないんだ。しかも教皇より強いらしい。物理的に」
「気持ちで負けんな! 見ろアレ。ピクリとも動かねぇし、テメェと似たような面だ」
「顔が似てるから何?」
「同郷の誼みで通してもらえ」
暴走因子の怖い顔では分からなかったが、遠目から見ても不死男は明らかに東洋人の顔立ちをしている。さらに、好物が味噌汁と言うならおそらく日本人だろう、とは思えなかった。
痩せ細った体はもちろん、雰囲気が現代人離れしていて親近感が全く湧いて来ない。
「あなた。私がギリギリまで一緒に行くわ」
「しゃあねぇ……行くぞクロ」
『クゥン……』
「だよな? 怖いよなぁ?」
「私は犬は嫌いよ」
「ちっげぇよ。狼だ」
フィーアに、シロウとクロをお供に連れて、トティアス最強以上の不死男の元へ向かう。暖色の炎に照らされ、陰影を深めた和顔が近づいてくる。
「どう邪魔してくるんだ?」
「足を出そうとした場所に手があるのよ」
「意味がわからない」
どんな嫌がらせか知らないが、それは踏み出しにくい。因みに踏んだら転ばされるらしい。
ただし、死に至るような攻撃を繰り出してくるわけではなく、本当にやんわり転ぶだけでケガもしないのだとか。
「……遊ばれてんじゃねぇ? 昔クソババアに似たようなことやられたぞ」
「シレイさんが? ……子供扱いってことか?」
「おうよ。『手々踏んじゃった』だ」
ターミラの里の伝統的な手遊び。いくつかの◯を地面に描いて子供はその上で足踏みをする。大人は子供の前にしゃがんで手を◯に差し入れ、足を取ろうとするから、これを避けつつ田楽のリズムに合わせて飛び跳ねる。
「何よそれ? 面白いの?」
「フェイントも有効だろうし、転ぶだけなら楽しいかもな」
「クソババアに取られると縦に三回転させられるから必死だ」
「……何歳児が?」
「三歳から三〇歳まで例外なく三回転だ」
「三〇て……大人じゃん」
幼いほどに◯の数が多くなるので取られにくくなる。足を下ろせる場所の選択肢が増える分だけハンデになるということだが、不死男の通せんぼにその理屈はおかしいだろう。
「選択肢は無数にあるじゃないか」
「…………取られたわ」
フィーアは言う。何処にどんな風に踏み出しても、必ずそこに手があった。
「ちょっと待て。まさかあの体勢からか?」
「…………その瞬間まで動かないわ」
坐禅を組んだ状態からそのようなことが可能とは思えない。
「そういえば、腕の動きは見えないわね」
「見えないって……手は見えるんだろ?」
「意識を向けた先には掌があるわ。適当に踏み出したら絶対に踏むわ。着地間際にズラしても何故か踏むわ。思いっきり震脚を踏み込んでも感触は変わらなかったわ」
「思いっきり震脚て……――妊婦が四股踏むんじゃありません!」
「潰してやろうと思ったのに感触が変わらないのよ。気持ち悪かったわ」
「ホント良かったよ! 衝撃緩和してくれて!」
聞いている限り、不死男の通せんぼは『手々踏んじゃった』とよく似た状況だった。
「スカリーたちが一斉に二十発ぐらい風刃を撃ち込んでも当たらなかったわ」
「坐禅で避けたの!?」
「回避動作も見えなかったわ」
「もはや幽霊!」
何かのチカラなのだろうか。
聖痕が浮かばないなら苦水の同類ということになるが、彼女以上に異様な奇跡が生えた縁もゆかりも無い男に、正面から挑まねばならない謂れはない。
「隅っこからこっそり入っちゃダメ?」
「それはもう試したわ」
「……結果は?」
「端に着いたら目の前に居たわ」
横長の洞穴の端までは二十メートル以上の距離があるが、不死男の移動を誰も認識できなかったらしい。
素直に頼むしかなさそうだ。
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