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第六章
第四一三話 浪漫封鎖
しおりを挟む独居房という世にも新しい新居を固辞して、異端審問官用の宿舎の一室を間借りした。
流花は当たり前のように同じ部屋に入ろうとして覇気で気絶させられ、フィーアに慰めてもらった穂積は久しぶりの安眠を得た。
雪のような色白の肌は冷たそうに見えて、その実とても熱く、ほどほどに焚かれた古岩香は彼女をしっかりと潤し、たっぷりと満たして、会えなかった時間を埋めてくれたようだ。
「はい、あなた。お味噌汁よ」
「おう、おまえ。ありがとう……おっ! パルガニじゃん!」
「相変わらず豊漁らしくて。ヘル婆さんの手配で聖都にも流れてきてるの」
「ヘル婆さんなら渡し船の運航禁止令も上手く利用するだろう。実質的に流通の独占だな。銭ゲババアめ」
「「「…………」」」
翌朝、食堂にて、仲睦まじい夫妻を見つめる三つの視線が並んでいる。
『カタカタカタカタカタカタカタカタガタガタガタガタ……』
テーブルの対面に座る男女から漂う朝チュンの気配に、流花の貧乏揺すりが混ぜ込まれ、食堂の空気が乾燥してきた。
「流花……もう少し落ち着いて食べろ。行儀が悪い」
「渇くんです。カニ超久々なんで、我慢しますけど」
これでも朝イチで舌を突っ込んで潤し、かなりマシになったのだ。渇いていたからか、鉄砲水は出なかった。起き抜けにベッドを砂に変え、後頭部を床に強打した痛みでチカラは止まったらしい。
『ガシャンッ、ガツガツ! ズズズズズゥ~! バキ、ボリ、ゴリ…………プッ!』
シロウはシオンの手を借りることを良しとせず、皿に盛られた米に顔面を打ち込むように犬喰い。パルガニの味噌汁も自力で啜り、噛み砕いて身を食らい、殻を吐き出す。
「シロウ……大人しくシオンに食わせてもらえ」
「…………」
米粒まみれの顔面を不機嫌に歪ませ返事もしない。隣に座るシオンに命じて拭かせようとすると、唸り声を上げて威嚇する。仕方なく手元の布巾を差し出したら、即座に顔を突き出してきて、不機嫌なままを装っているが口元はわずかに弛んでいた。
『カチャカチャ……ズズ……パキッ……チュルン』
シオンは終始大人しくしている。偶に横目でチラチラと流花とシロウを盗み見て、警戒はしているようだが、それ以外は視線がコチラを向いている。
「シオン……こっちは見なくていいから。気にせず食べなさい」
「ん……。わかった」
シオンは非常に従順だった。まさに忠犬ハチ公といった具合で、シロウの世話はもちろんのこと、頼めば流花の相手まで文句も言わずに務めるのだから、獣のチカラの影響を思えば不憫ですらある。
シロウは里に帰れと何度も薦めているのだが、一旦呑まれてしまった感応による共感を解くことは、シオンには難しかった。一時は呑まれながらも、冷静に撤退を選べたシセイとは違うようだ。
**********
朝食後、教皇執務室にてデント教皇との交渉に臨む。付いて来なくていいと言ったのだが、四人とも同席を希望してフィーアの口添えで許可を得たのだ。
特に言葉の分からない流花には「絶対に大人しくしていろ」と言い聞かせてある。教皇デント・スランプ・デプレスリウスについて説明し、下手に暴れたら簡単に殺されると脅すと「何その名前、不景気すぎるっしょ!」と笑っていた。
「あと三ヶ月しか猶予はありません」
「それはわかってますが、年次会議の方はどうなるんです?」
元老院年次会議に関して、皇室からは未だに何の通達も無い。ノーマン公爵家に勅令が下り、第四艦隊がアルローへ向けて出撃する運びになったとはいえ、実際に艦隊を運用するのはマイルズなのでノックスも出席は可能なのだが。
「こうも状況が動いては開催しても何も決まらないでしょうね。この沈黙は情報封鎖と移動制限を継続するため。要するに貴方向けの対策です」
「だから試練に注力せよとおっしゃる? 猊下としても戦争は困るのでは?」
帝国とアルローが本格的に開戦すれば、トティアス全体にとってマイナス要素の方が大きいと思われるが、教会の人材が足りない現状では国同士の戦争といえど優先度は低いと言う。
「せめてツヴァイが存命なら、やりようはあったのですがね」
「それは……申し訳ありませんでした」
「いいですよ。許してあげますから、この夏を乗り切るまではここに居てください」
『どっちにしろ黒目の女は使い捨てニャ』
「流花ぁ!」
「はいスミマセン」
にゃんト〇クに言われるまでもない。デント教皇の本音は流花という既存のどうでもいい戦力の投入。腹案は決まっているのだ。
ならばコチラから対案を提示するしかないだろう。
「猊下。使徒が湧き出す穴ですが、太古の人造兵製造工場らしいです」
「ほう……魔女の使徒と呼ばれるアレは古代兵器の類だと? 他ならぬ魔女の証言ならそういうこともあるでしょう」
「女神降臨以前から稼働し続けている以上、魔力以外の動力で動いていることは確実。ならば接収を目指すべきです。魔力が消える前に」
デント教皇の雰囲気が変わった。
穂積の証言をすべて鵜呑みにするわけにはいかないが、昨日の試練にしても前例の無い結果を出した目の前の男が異質であることは事実。信じなければ話は進まず、齎される情報は無視するには大きすぎる内容ばかり。
デント教皇が穂積を次期教皇に据えようとする理由は、既存の考古学研究には無い独自の情報ソースが多くのウエイトを占めていた。
さらに決め手となったのがその思想。危険な要因を根本的に排除することを第一義とし、リスクを管理して制御下に置くやり方はトティアス全体にとって歓迎すべきものだ。
「二人の上位席が死力を尽くして、二ヶ月押し止めるのがやっとの相手ですよ?」
「機密保持は大切ですが、無限湧きする敵に対して少数精鋭に固執するのは得策ではありません」
「過去には数で抑え込もうとした例もあります。犠牲者が増えたのみならず、敵を増やす結果となりました」
どんな生物でも雌雄の別なく孕ませ化け物を産ませる能力がネックなのだ。仲間の腹を裂いて出てくる、母胎の特徴を受け継ぐ異形は、たしかに志気にも大きく影響するだろう。
「艦砲射撃による継続的な絨毯爆撃を提案します。飛行魔堰も投入して上空から攻撃してもいいでしょう」
「使徒は飛びませんし、遠距離攻撃もありません。飛行魔堰からの攻撃は有効でしたが、残念ながら離着陸できる平地は僅かしかなく、広い拠点の防衛は困難を極めます」
「洋上に滑走路を造りましょう」
「洋上に?」
「前線基地としても機能します」
危険を犯して上陸し、薪と食糧を集める必要など無い。資材と糧食を備蓄できる場所と、船舶輸送による補給線を維持できれば何ヶ月でも戦える。
おそらく冬の間に増えて、夏場に一挙に湧き出しているのだろうから、プラントの破壊と動力源の接収を目標とするなら、年間通して継続的に間引いた方がいい。
予め海岸線にバリケードを築き、壁上にありったけの砲魔堰を並べておけば撃ち漏らしを狩ることも容易だし、最良は湧き点をゲートで囲って進路を限定してしまうことで、計画的に殲滅・攻略を進めていくことだ。
完全攻略まで何年も掛かるとしても、自然の氷に任せず、人の目で厳しく監視しつつ攻め続けることが肝要だ。
「三ヶ月で可能とは思えませんね」
「今年は間に合いません。しかし、艦隊による支援と補給があるだけでかなり楽になるはずです。面と向かって一匹ずつ倒していくよりは遥かにマシですよ」
「教会は戦闘艦を持っていません」
「情報開示です。それしかありません」
女神教会だけで秘匿したまま抱えておくには、大きすぎる問題だと言わざるを得ない。なぜ帝国の手を借りないのか不思議でならなかった。
「彼の地に余人を近づけてはならぬと定められています。公開すれば探索者が大挙して押し寄せるでしょう」
「構わないじゃないですか。造兵プラントを制圧し、遺跡を調査するには彼らの助けが必要です。なぜ魔女の眠る地や使徒の脅威を秘匿しなければならないんです?」
「ふむ……仕方ない。これは他言無用ですよ? 普通に消さなければいけなくなりますから」
「ちょ、ちょっと待ってください。お前ら、全員出てけ」
四人に退出を求めた。もちろん彼女たち自身の為だ。知る必要の無い危険な情報は知らない方がいい。
「嫌よ」
「ニイタカが背負ってくならいいぜ? 噛みついて離さねぇけど」
「ん……聞く。誰にも言わない」
「何言ってるかわかりませーん」
「実はですね。彼処には――」
全員が退出拒否したかと思えば、待てと言うのに教皇はさっさと話し始める。
「ちょっと猊下! 待ってくだ「『世界の要石』があります」……なんで言っちゃうかな!?」
再び止める前に結論だけ開示されてしまう。同席した者は逃げられなくなった。絶対に確信犯だ。
「なんて? このジジイなんて言ったんスか? ね? 穂積さん、ねぇってばぁ~」
「……はぁ~」
浪漫溢れるワードに興味津々な女たちの様子が気になった流花が絡んでくる。とりあえず無視して教会に伝わる伝説を拝聴することにした。
「歴代教皇しか知りませんのでね。超々特々級の禁忌なのでね」
「超々得々って大安売りみたいです。なんか軽くないですか?」
海の魔女は女神の夫によって時空結界に囚われ封印された。『新訳女神聖典』では海底に封じられたことになっているが、およそ三千年前に焚書された『旧約女神聖典』では遥か北方の地となっている。
「要石が何を意味するかはわかりませんが、それっぽい物はあります」
「はぁ」
「それが彼の地に魔女が眠るとされる理由でもあります」
「へぇ」
「ニイタカさん……もっと興味ありげに聞いてください。『世界の要石』ですよ? 取れたらどうなるんでしょうね?」
「知りませんよ」
デント教皇はこの手の話が好きなのかもしれない。教皇しか知り得てはならないのだから、他人との話題に登ること自体が初めてなのだろうが、内心では喋りたくて仕方なかったのか、少し楽しそうだった。
「先代も興奮気味に語ってくださいました。私は懸命に太鼓持ちしました。貴方もそうしてください」
「か、要石だってぇえええ~!? そんなばなな……バカな!」
「努力は認めますが、噛まないでください」
「魔女の封印場所を暗示する石ということは、女神の夫のお墓とかですか?」
「…………ニイタカさん。貴方たった今、私を敵に回しましたよ?」
「あ。当たっちゃいました? すみませんどうも」
魔女の眠る地にはスノーの墓があるらしい。時空結界に包んだ後、すぐに亡くなったなら同じ場所にあっても不思議ではないが、墓があるということは――、
「――ご遺体は!?」
スノーの身体にはイソラの変異レギオンが入っていたはずだ。
普通なら一万年も経過して人の遺体が残っているとは思えないが、結界魔法で時間は止まるし、相手は不老不死の特性を得た異様なレギオン。
通常と同じレギオン入りの改造魔獣は活動再開したのだから、死んだスノーがゾンビのようになっている可能性もあるのではないか。
「伝説の要石かもと伝わる墓を荒らせるはずがないでしょう。しかし普通に考えて、とっくの昔に風化してますよ」
「んおっほんっ! 猊下? 他には何か伝わってません?」
「他にですか?」
「ええ。例えば……動く死体の伝説とかぁ゛あ゛あ゛あぁ~」
ゾンビっぽいジェスチャーを交えつつ聞いてみると、約一名を除き女たちがビビった。フィーアは無表情で瞳を揺らし、シオンは固まったシロウに抱きついて震えている。その隣で笑いを噛み殺す流花は平常運転だ。
「何ですかそれは? そんな恐ろしいことをよく思いつきますね」
「俺の世界ではフィルムの中に居たもので」
「コレですよコレ!」
流花はスマホでゾンビ映画のクライマックスシーンを再生して、怖いもの知らずにもデント教皇に突き出した。バイオハ〇ードやウォー〇ング・デッドなどの有名どころではなく、
「B級だな」
「こういう安っぽいのがいいんス」
「「ひぃいいい~!」」
「「…………禁忌」」
ゾンビを知らないトティアスの民には刺激が強かったようだ。
スマホの証拠映像から視線を切って、気を取り直したデント教皇は超々特々級禁忌の詳細をこう締め括った。
「要石を得た者は魔女の力を手に入れることができると伝わっています。万が一にも許されませんので、好奇心旺盛な探索者に来てもらっては困ります」
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