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こんな小デブに!なんで!わたくしが!
しおりを挟むアンバー・マーコットは、いよいよ覚悟を決めた。
不本意な気持ちではあった。
俯いたその顔には眉間に皺がより、目には涙が浮かんでいた。
王妃教育では、常に淑女たれと言われ続けてきた。
内心では顎を噛み砕きそうなほどに歯を食いしばりつつ、優雅に目を細め、口角を穏やかに引き上げる。
ーー何があっても決して感情を見せるようなことがあってはならない。
日々繰り返されてきた言葉が頭をよぎり、一瞬にして吹き飛んだ。今ではそれをアホみたいに繰り返しまくった講師たちに、うっせばーかばーか!と怒鳴りつけてやりたいくらいだ。
それでも成さねばならないのだ。そうでもしないと、結局、別の意味で気が狂いそうになるのだから、どうしようもない。
頭の中で、御託を並べ終えた彼女は、非常に不本意ながら。
目の前の小デブに、口付けた。
クリオラシュ・ヘイザムは、にひゃあ、とだらけた顔でそれに応じる。
「ありがとうございます。私の女神。本当に信じられない。私はなんて幸せ者なんだ!」
矢継ぎ早に告げられる言葉は、たいてい、アンバーへの賞賛や感謝であり、次いで自分が幸運だとか果報者だとかの自分ラッキー的な言葉である。
こんな小太りに、何を言われようが嬉しくもなんともない。
腹の中では辛辣な言葉をこれでもかと吐きながら、アンバーは口角が震えるのを何とか阻止し、どうにか洗練された微笑みを返した。
またもや感激した様子の、クリオラシュが襲い掛かるようにアンバーに抱きついた。腹の肉がほよよんとアンバーの華奢な体を包み込む。小太りのくせに節だった指がアンバーの顎をクイっとやる。啄むように口付けられた。
「ん、はむ、ふ、んン……♡♡」
こ、れ、だ、か、ら!
この男は嫌なのだ!!!
アンバーは、目の前の男をキィ、と睨みつけそうになるのを必死で堪え続ける。
他愛のないそれは、角度を変えてどんどんと深いものになっていく。アンバーの我慢しきれなかった吐息まで呑み込んでしまうキスは、とても、魅力的なものだった。
それがとても許せない。
許せないのに、じゅわり、と下が濡れ始める。
さらに居た堪れない。
くっそー、と思いながらも、アンバーは両の手を彼の背に回してしまう。
デカい!アンバーの細腕では回り切らない!
こんな、小デブに!なんで!わたくしが!
このように、アンバーは実に不本意な気持ちで一杯である。
それでも体はモジモジし始める。
もう欲しくてたまらないのだ。
痴女だ!もう!
我ながら痴女すぎる!
屈辱に震えながらも口を開く。
しかし口をつくのは本心とは全く違うはずの甘ったるい声だった。
「クリオラシュさま……、はやく哀れなアンバーに、お慈悲をくださぁい♡」
アンバー・マーコットは脇役俳優であるポッチャリ男の手管に、ガッツリ堕とされている。
それはもう不本意なほどに。
応援ありがとうございます!
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