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第四節 The Finisher Take
第116話 Terrible Instructor Ⅰ
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実技試験が終わったクリスを連れて、少女は公安の最上階を目指していた。少女の瞳は腫れぼったくなっているが、そこは誰も気にしてはいけない。
それこそ紛う事なく禁句だ。
クリスもそこは気になっていたが、触れると痛い目を見そうだと野生の勘が告げていた。だから見て見ぬフリを決め込んでいた。
どうやら天然だから空気は読めなくても、野生の勘には逆らわないらしい。言うなれば「天然の野生児」と言えるだろう。
天然の意味が違うのは気にしてはいけない。
こんこん
「入っておいで」
がちゃっ
『クリス、おめでとうさん。それと、アンタは残念だったね』
『ありがとうございます』 / 「くっ」
マムは顔を綻ばせながら、クリスに対して言の葉を紡ぐ。更に少女に対してはニヤニヤしながら声を投げていた。
クリスは「何が残念だったのか?」と気になっていたが、天然の野生児の勘が危険を告げていた。
拠ってあえて何も触れなかった。
少女はクリスがトレーニングルームから出た時にはもう既に、膨れっ面だった。
それがマムの一言で余計に空気が送り込まれた様子で、破裂寸前くらいまで膨らんでいた。
その表情はマムの琴線に触れ、嗜虐心をくすぐった様子だった。
「これが才能の違いってヤツかねぇ?」
「もうッ、うっさいわねッ!アタシの事はどうだっていいでしょ?その前にクリスは合格したの!とっとと、デバイスを渡しなさいよ!」
「ほら、早くしてッ!ふんすっ」
「全く、これだから情緒不安定のおこちゃまは手に負えないから困る。はぁ」
「きーーッ」
マムは終始口角を上げてニヤニヤしながら言葉を紡いでいる。困ると言いながらも口元だけはニヤニヤ笑っていた。
一方で少女はもはや半泣きの状態だ。拠って抗議の目をマムに叩き付けながら強気で八つ当たり的な態度を取り、乱雑で傍若無人な言葉を投げて虚勢を張っていた。
然しながらクリスは2人が何を言ってるか分からない。分からないながらも2人の表情や語勢から、なんとなく想像する事は出来た。
『仲がいいんだな』
『ちょ、クリス!どうしてこれを見て、そんな感想になるワケ?普通に仲がいいようには見える場面じゃないわよね?』
『そうなのか?2人の会話は此の身には理解出来ないから何を言ってるかは分からない。だから見た感じで判断したのだが、母娘のようで良い雰囲気に思ったのだが……。違ったのか?』
「はーっはっはっはっ。まぁ、見ように拠ってはそうなるみたいだね。あたしゃアンタの母親になったつもりは無いがね」
キッ
『さて、バカ娘とのバカ話は終わりだ。クリス、こっちに来な』
『う、うむ』
『ほいよ。これをクリスに授ける。受け取るがいいさ』
『これは?』
『何が「これは?」だい!かまととぶったらダメさ!アンタも知っているだろうに。それは「デバイス」ってモンだ。そしてこれは、アンタにとっての武器にもなるし、クエストを行う上での助けにもなるし、それ以前にアンタの持つ「言葉の壁」を取り去ってくれるモンだ』
『これで普通に会話が理解出来るようになるハズさね』
マムはクリスにデバイスを渡した。クリスのイメージとしてはデバイスはバイザーだけだと思っていた事から、語弊があった様子だった。
「デバイス」は1人の天才が魔導工学によって作った、発明品である。そしてデバイスの発明に拠って世界は、「仮初めの平和」を成就する事が出来た。
この功績からデバイスは、「ヒト種が生み出した人類最大にして最後の叡智の結晶」とも呼ばれている。
その内部構造は複雑だが簡単に説明する。
1つ目に科学技術の根幹である、「真理」に基づく量子力学に於ける演算装置がある。
2つ目に魔術理論の根幹である、「虚理」に基づく神秘力学に於ける演算装置がある。
それら2つの演算装置が複雑に組み合わさった形で、融合形成されている。
——以上だ。
よ、要するに物理専門のパソコンと、魔術専門のパソコンがデバイスの中で共存共栄してると考えれば良い。
ただし「デバイス」自体は「端末」と呼ばれる事もある。それは全てのデバイスを統括している演算装置があり、それがネットワークを経由して個体識別を行っている為である。
ちなみにウェアラブル端末であるデバイスは、腕に付けるガントレットと頭に着けるバイザーの1セットでデバイスと称されている。
デバイスは統合演算装置・ミュステリオン内からネットワーク経由で、OSSをダウンロードする事で初めて使用可能となる。
その際にデバイスの基本装備であるメインパッケージの、「略式虚理空間」と「結界様式」及び「兵装様式」も追加でダウンロードされる事になる。
然しながら、デバイスにこれらのメインパッケージをダウンロードする際には、使用者情報のアップロードが必要になる。
何故ならばデバイスは「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」を元に作られているからだ。
ただ、デバイスのメインパッケージは戦闘兵装として心許ないのも事実だった。
そこで開発されたのが、ASPである。
ASPは使用者に拠るデバイスの汎用性の拡大を、謳い文句に掲げている。
それに拠りアプリケーションと呼ばれるソフトウェアを、デバイスにインストールする事でカスタマイズが出来るようになった。
デバイスのメインパッケージの結界様式は、魔獣討伐系の依頼で重宝される行動範囲制限機能である。
また兵装様式には、ガントレットのソードモードとガンモード、バイザーの翻訳、アラーム、索敵、暗視、通信が含まれている。
そこにASPを有料での使用許可契約してインストールする事で、お好みの仕様へと変更出来るようになる。
例えばガントレットの兵装を槍や弓といった自分が扱いやすい武器や、守りに適した盾、更にはマナ放射器とする事も出来る。
バイザーの仕様に特定の獲物のマーキング機能や、体感温度調節機能といったモノを付け加える事も出来る。
要はハンターの依頼に沿った内容のASPをインストールする事で、依頼完結を手助けしていると言える。
かくしてそういったASPの開発は、各国の武器開発と並び国益を得る為の手段となっている。
武器開発が魔獣素材の影響を受けるのに対して、ASPの開発は魔獣素材の影響を受けない事から開発競争が激化しているのが現状だった。
更にはハンター達に人気のあるASPを開発した国に於いては、武器販売の利益以上の利益を叩き出した事実もあって、一層の拍車をかけている。
ちなみに繰り返すがデバイス自体は「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」に拠り、複製が出来無い仕様となっている。
その結果、複製したとしても模倣品はOSSのみダウンロードもインストールも出来るが、メインパッケージのダウンロードは出来ない。然しながらASPのインストールは出来る。
拠ってメインパッケージではない翻訳のASPをインストールした複製デバイスは、言葉の壁に拠って日常生活に差し支える人達には重宝されている。
さらに、デバイスにはバックアップ機能も搭載されている。これは使用者情報をアップロードする事でのみ使える機能だ。
デバイスは略式虚理空間を備えているので紛失や故障、破損時には高価なアイテム類が失われる事にも繋がる可能性がある。
もしもそれが依頼時に発生すれば、それが原因で完結出来ない恐れが出て来る。
拠ってバックアップ機能が実装された。バックアップ機能がどうやって故障や破損を検知しているかは、企業秘密の為に詳細は不明だ。
しかしバックアップ機能はそれが例え依頼中であったとしても、故障や破損の場合は直ぐさま使用者の元へと中身をそっくりそのまま移し替えた状態で、新たなデバイスを転送してくれるので依頼には影響しない親切設計となっている。
ただし紛失の場合には手続きが必要になる。
だが問題点もある。様々な機能を兼ね備えたデバイスは「非常に高価である」という事だ。
拠って言葉の壁を取り除く為には、全ての国民に行き渡らせる必要がある。しかしそんな事が出来る程に各国の財政は豊かではない。
拠って「廉価版」と呼ばれる翻訳機能のみの複製品は安値で市場に出回っている。本来であれば複製品は海賊版なので、ライセンス保持者は認めないだろう。
だが「仮初めの平和」を維持する為には言葉の壁がどうしても邪魔になる。
従ってこれは本来の「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」を妨げる事にならない事から、ライセンス保持者も翻訳機能のみの複製品に関しては黙認にしているフシがある。
何故ならばデバイスは、言葉の壁を取り除く目的の為に生み出されたのだから。
それこそ紛う事なく禁句だ。
クリスもそこは気になっていたが、触れると痛い目を見そうだと野生の勘が告げていた。だから見て見ぬフリを決め込んでいた。
どうやら天然だから空気は読めなくても、野生の勘には逆らわないらしい。言うなれば「天然の野生児」と言えるだろう。
天然の意味が違うのは気にしてはいけない。
こんこん
「入っておいで」
がちゃっ
『クリス、おめでとうさん。それと、アンタは残念だったね』
『ありがとうございます』 / 「くっ」
マムは顔を綻ばせながら、クリスに対して言の葉を紡ぐ。更に少女に対してはニヤニヤしながら声を投げていた。
クリスは「何が残念だったのか?」と気になっていたが、天然の野生児の勘が危険を告げていた。
拠ってあえて何も触れなかった。
少女はクリスがトレーニングルームから出た時にはもう既に、膨れっ面だった。
それがマムの一言で余計に空気が送り込まれた様子で、破裂寸前くらいまで膨らんでいた。
その表情はマムの琴線に触れ、嗜虐心をくすぐった様子だった。
「これが才能の違いってヤツかねぇ?」
「もうッ、うっさいわねッ!アタシの事はどうだっていいでしょ?その前にクリスは合格したの!とっとと、デバイスを渡しなさいよ!」
「ほら、早くしてッ!ふんすっ」
「全く、これだから情緒不安定のおこちゃまは手に負えないから困る。はぁ」
「きーーッ」
マムは終始口角を上げてニヤニヤしながら言葉を紡いでいる。困ると言いながらも口元だけはニヤニヤ笑っていた。
一方で少女はもはや半泣きの状態だ。拠って抗議の目をマムに叩き付けながら強気で八つ当たり的な態度を取り、乱雑で傍若無人な言葉を投げて虚勢を張っていた。
然しながらクリスは2人が何を言ってるか分からない。分からないながらも2人の表情や語勢から、なんとなく想像する事は出来た。
『仲がいいんだな』
『ちょ、クリス!どうしてこれを見て、そんな感想になるワケ?普通に仲がいいようには見える場面じゃないわよね?』
『そうなのか?2人の会話は此の身には理解出来ないから何を言ってるかは分からない。だから見た感じで判断したのだが、母娘のようで良い雰囲気に思ったのだが……。違ったのか?』
「はーっはっはっはっ。まぁ、見ように拠ってはそうなるみたいだね。あたしゃアンタの母親になったつもりは無いがね」
キッ
『さて、バカ娘とのバカ話は終わりだ。クリス、こっちに来な』
『う、うむ』
『ほいよ。これをクリスに授ける。受け取るがいいさ』
『これは?』
『何が「これは?」だい!かまととぶったらダメさ!アンタも知っているだろうに。それは「デバイス」ってモンだ。そしてこれは、アンタにとっての武器にもなるし、クエストを行う上での助けにもなるし、それ以前にアンタの持つ「言葉の壁」を取り去ってくれるモンだ』
『これで普通に会話が理解出来るようになるハズさね』
マムはクリスにデバイスを渡した。クリスのイメージとしてはデバイスはバイザーだけだと思っていた事から、語弊があった様子だった。
「デバイス」は1人の天才が魔導工学によって作った、発明品である。そしてデバイスの発明に拠って世界は、「仮初めの平和」を成就する事が出来た。
この功績からデバイスは、「ヒト種が生み出した人類最大にして最後の叡智の結晶」とも呼ばれている。
その内部構造は複雑だが簡単に説明する。
1つ目に科学技術の根幹である、「真理」に基づく量子力学に於ける演算装置がある。
2つ目に魔術理論の根幹である、「虚理」に基づく神秘力学に於ける演算装置がある。
それら2つの演算装置が複雑に組み合わさった形で、融合形成されている。
——以上だ。
よ、要するに物理専門のパソコンと、魔術専門のパソコンがデバイスの中で共存共栄してると考えれば良い。
ただし「デバイス」自体は「端末」と呼ばれる事もある。それは全てのデバイスを統括している演算装置があり、それがネットワークを経由して個体識別を行っている為である。
ちなみにウェアラブル端末であるデバイスは、腕に付けるガントレットと頭に着けるバイザーの1セットでデバイスと称されている。
デバイスは統合演算装置・ミュステリオン内からネットワーク経由で、OSSをダウンロードする事で初めて使用可能となる。
その際にデバイスの基本装備であるメインパッケージの、「略式虚理空間」と「結界様式」及び「兵装様式」も追加でダウンロードされる事になる。
然しながら、デバイスにこれらのメインパッケージをダウンロードする際には、使用者情報のアップロードが必要になる。
何故ならばデバイスは「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」を元に作られているからだ。
ただ、デバイスのメインパッケージは戦闘兵装として心許ないのも事実だった。
そこで開発されたのが、ASPである。
ASPは使用者に拠るデバイスの汎用性の拡大を、謳い文句に掲げている。
それに拠りアプリケーションと呼ばれるソフトウェアを、デバイスにインストールする事でカスタマイズが出来るようになった。
デバイスのメインパッケージの結界様式は、魔獣討伐系の依頼で重宝される行動範囲制限機能である。
また兵装様式には、ガントレットのソードモードとガンモード、バイザーの翻訳、アラーム、索敵、暗視、通信が含まれている。
そこにASPを有料での使用許可契約してインストールする事で、お好みの仕様へと変更出来るようになる。
例えばガントレットの兵装を槍や弓といった自分が扱いやすい武器や、守りに適した盾、更にはマナ放射器とする事も出来る。
バイザーの仕様に特定の獲物のマーキング機能や、体感温度調節機能といったモノを付け加える事も出来る。
要はハンターの依頼に沿った内容のASPをインストールする事で、依頼完結を手助けしていると言える。
かくしてそういったASPの開発は、各国の武器開発と並び国益を得る為の手段となっている。
武器開発が魔獣素材の影響を受けるのに対して、ASPの開発は魔獣素材の影響を受けない事から開発競争が激化しているのが現状だった。
更にはハンター達に人気のあるASPを開発した国に於いては、武器販売の利益以上の利益を叩き出した事実もあって、一層の拍車をかけている。
ちなみに繰り返すがデバイス自体は「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」に拠り、複製が出来無い仕様となっている。
その結果、複製したとしても模倣品はOSSのみダウンロードもインストールも出来るが、メインパッケージのダウンロードは出来ない。然しながらASPのインストールは出来る。
拠ってメインパッケージではない翻訳のASPをインストールした複製デバイスは、言葉の壁に拠って日常生活に差し支える人達には重宝されている。
さらに、デバイスにはバックアップ機能も搭載されている。これは使用者情報をアップロードする事でのみ使える機能だ。
デバイスは略式虚理空間を備えているので紛失や故障、破損時には高価なアイテム類が失われる事にも繋がる可能性がある。
もしもそれが依頼時に発生すれば、それが原因で完結出来ない恐れが出て来る。
拠ってバックアップ機能が実装された。バックアップ機能がどうやって故障や破損を検知しているかは、企業秘密の為に詳細は不明だ。
しかしバックアップ機能はそれが例え依頼中であったとしても、故障や破損の場合は直ぐさま使用者の元へと中身をそっくりそのまま移し替えた状態で、新たなデバイスを転送してくれるので依頼には影響しない親切設計となっている。
ただし紛失の場合には手続きが必要になる。
だが問題点もある。様々な機能を兼ね備えたデバイスは「非常に高価である」という事だ。
拠って言葉の壁を取り除く為には、全ての国民に行き渡らせる必要がある。しかしそんな事が出来る程に各国の財政は豊かではない。
拠って「廉価版」と呼ばれる翻訳機能のみの複製品は安値で市場に出回っている。本来であれば複製品は海賊版なので、ライセンス保持者は認めないだろう。
だが「仮初めの平和」を維持する為には言葉の壁がどうしても邪魔になる。
従ってこれは本来の「ワンユーザー・ワンデバイスの概念」を妨げる事にならない事から、ライセンス保持者も翻訳機能のみの複製品に関しては黙認にしているフシがある。
何故ならばデバイスは、言葉の壁を取り除く目的の為に生み出されたのだから。
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