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第六話 特訓 後編

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「えいやっ!」
 ニアの気合一閃。明らかに鋭さが増しており、羽根をは羽ばたかせて突進してきたカルタロスを横に両断していた。
 ソフィーは無言で槍を突き出し、逃げ出そうとしたカルタロスの背中を貫いて地面に縫い付けている。
 そしてまだ息のある個体をロッドの柄で殴って頭を潰して回るのはエミリーだった。

「どうですっ? イクヤさん!」
「だいぶステータスも上がったみたいだな。多分だけど剣のスキルも付いてるっぽいぞ」
「ほんとですかっ?」
 息を弾ませて喜ぶニアに、何とも言えない気持ちになる。

「まあ一番はソフィーさんだけどな。踏み込みの速さも鋭さも、それに全体を見る目もある」
「そ、そんな私はまだまだ……」
 謙遜するソフィーではあるが、この三人の中での伸び率は一番だろう。どちらかと言うとニアはタンク寄り、アタッカー役はソフィーに向いている。

「ねえ、特別に許可するからあたしにもなんか言いなさいよ」
「お前は別に。魔法がノーコンなの何とかしろ」
「はああああ!? 死ね!!」
 エミリーが喚いているが無視だ。こいつは別にトドメ差しに回っているだけなので言う事が無い。
 それに治癒魔法の投げが下手クソ過ぎるのだ。狙い通りに飛ばせない、下手したら敵を回復している、なんて事が日常茶飯事。
 魔法については俺は見えないし実感も無いのでアドバイスできない。こればかりは先輩の治癒魔法士に師事するしか方法は無いだろう。




「よし、じゃあニア、これを持ってカウンターに行くんだ。手続きはリーダーの役目だからな」
「ちょっとまだ自信ないですけど、やってみますっ!」
 テーブルの中央に置いていた依頼版(クエストボード)を差し出し頷く。
 初めてのクエスト受注だ。

「攻撃力や防御力には武器の方が関係しているのは前に話したよな」
「はいっ! 覚えてます!」
「良い装備、自分に合う装備を見つけるのは大事な事だ。ただ、今三人が身に着けてるのはわりと合ってるし良いと思う。鎧も質が良いし、重過ぎてない感じだから。だからニアは刃の手入れを自分で覚えて、出先でも研げるようになれ。ソフィーさんも槍の研ぎ方や修理の方法を鍛冶屋から聞くんだ。曲がった槍は刺突の威力が落ちるから」
 ニアとソフィーが返事し頷く。

「それとエミリー。お前は……」
「どうせ魔法当てられるようにしろ、でしょ。あんたの思ってる事なんて分かりきってるっての」
「いいや、教えてくれる人を探してからだ。それよりもずっと大事な事がある……文字を覚えろ」
「んなっ!?」
 いつも俺と目を合せないエミリーだったが、驚いた表情で俺を見ている。

「分からないと思ってたか? お前依頼板や本を見せてもちゃんと見てなかったろ。興味が薄い、というより意味が分からないから見ないって反応だった」
「んぐ……」
「ニアとソフィーさんに夜教えてもらうんだ。識字率が低いのも、冒険者で文字の読み書きができない人が多いのは分かってるけど、文字が読めない事は不利な事だらけだ。いつまでも二人任せにしていい話じゃない」
「あ、あんたみたいに何もしなくても言葉が分かる奴に言われたって響かないんですけど!!」
 まるで毛の逆立った猫のようにこちらを睨んで吠える。
「夜、ちゃんと勉強しろ。魔法の習得も本でやる人が多いんだろ? 以上」

 その後もギャンギャン喚いていたが相手にしない。
 明日はこのパーティーの晴れ舞台……と言うよりリベンジ戦になる。
 実力はもう充分だが、同じ魔物ばかりを狩っていた事でワンパターン化していた戦術を壊す必要がある。何よりもターゲットはこの三人にとってトラウマを植え付けた相手、シルヴィだ。自分達でしっかりと準備させるつもりだった。




「うう、痛い……」
「ちょっと待って、今治すから……」

 農場の近隣に現れたシルヴィの群れの撃退クエストの最中。群れからはぐれていた二体を相手に戦い勝利したものの、ニアが負傷する事になった。
 噛み痕は深いが酷くはない。俺の目算ではHPが40~50削られた程度のものだろう。
 エミリーが手をニアに翳しながら呪文を唱え始める。程なくしてニアは薄緑の光に包まれ、出血が止まったようだった。

「ありがと、エミリー」
「ううん。すぐに治せなくてごめん」
 毎度のエミリーの魔法の暴投には呆れているものの、幼馴染二人が手を取り合っている場面に茶々を入れる程無粋ではなかった。

「ニア、どうだ? 撤退するか?」
「いえっ! 大丈夫です!」
 ニアの力強い返答に、怯えが無い事を確認し頷く。

「あの日以来始めての怪我だけど、俺の見立てでは50ダメージぐらいなもんだ。鎧や盾で防いでればノーダメだったろう」
「見切りとか受け身……ですね」
「スキルにもあるけど、自分の訓練次第で上達できるから意識するように。HPが100を切ったらまず助からないと思っておけよ」
「あの、HPってまだ実感があんまり無いんですけど、今の傷は結構酷いんですか?」

 そうか、と自分で舌打ちする。HPに関する話を飛ばしていた。今なら周囲の見晴らしが良いし、本来なら魔物が来ないエリアだ。少し時間を使ってもいいだろう。
「HPは攻撃力とか防御力とかとは違って、鍛えても増えない。そんで全ての生き物や物質のHPは1000で固定されてる」
「へええ……じゃあ今わたしのHPは1000って事ですね。回復してもらったから」
「いいや、ステ板(計測板)が無いから明確には分からないけど、HPが上限の状態って事はまず無い。大体900ぐらいなもんだろ」
「そうなんですかっ!?」
 驚くニアに、もう少し声を落とすようにジェスチャーする。

「HPってのは体力だ。そんで体力は色んな要因で減る。疲労が溜まっていても減るし、出血し続けたり毒が入るとかなりの速度で減っていく。酒に酔っても減るし寝不足でも減るし、何もしなくても減る。つまり生きている限り少しずつ減ってくもんなんだ」
「じゃあ治癒魔法は何なのよ」
 先程の戦闘でも外した手前バツが悪いのか、普段の威勢が消えた声色でエミリーが聞いてくる。

「治癒魔法は怪我で失ったHPを回復させるものだ。だから毒や失血、疲労で失ったHPは戻らない。原理的には、怪我で減ったHP分を回復できると傷が塞がるし、それ以上にはHPは増えない」
「ふーん……あの教師もそんな事言ってた気がする」
 曲がりなりにも治癒魔法士の卵、村で教えてくれた相手が居たのだろう。ただ、勉強嫌いのこいつの事だから、話半分で聞いていたに違いない。

「HPが一気に500以上持ってかれるとショックでほぼ気絶する。残りHPが300ぐらいまではまあ動けるけど、そこまで減ってるようなら走り回る体力は残ってない。200でフラフラの満身創痍、100以下になったら死亡ラインに入ってると思っていい。HP管理の事も後で教えるから」
「今じゃダメなんですか?」
「話したかったけど誰かさんの声で、な」
 キョトンとするニアの後ろを指差すと、そこには茶色い毛玉が幾つか動いている。

「今度はもう少し上手く防御を意識しろよ。俺も手伝う」
 視認できるだけでも六体居る。今の実力じゃキツいし、怪我を負わされた相手なので少し気負ってしまうだろう。だが、返ってきた言葉は意外なものだった。

「なるべく手は出さないでください、イクヤさん。これは『わたし達の冒険』ですから……っ!」
 やや上擦った声ながらも、しっかりとした口調でニアが拒む。

 単純に驚いた。俺の言う事を拒まれたのは初めてだったし、恐れよりも意地の方が上回ったのか。
 
 思わず口元が緩んでしまう。目の前の冒険者がそう言うのなら、俺の掛ける言葉は決まってる。

「任せた」
 そう言ってニアの肩を叩き、エミリーの横まで下がる。

 前に立つニアの背中が少しだけ大きく、そして駆け出しの頃のアレクと微かに重なって見えた。
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