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第十一話 思わぬ収穫 中編

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「おほん」
 咳払いを一つし、最も年長であろう男が前に出てきて居住まいを正して頭を下げる。
「命を助けてもらいました我々三人、それぞれが出来る事でお礼をしたいと思うのですが」
「別にいいよ……っても、気持ち悪いか」
「ええ、商いに無料はいけません。そこは助けられた分の対価は返したい所で」
 気持ちは分かる。無償の施しほど警戒しなければいけないものはない。

「私は主に武器を扱っている者で”アンダ”と申します」
「私は素材仲介をやっている”マテラ”です」
「自分は鑑定士の”レイザル”です。お兄さんお姉さん、本当に助かりましたよ」
「レイザル……って、確か王都ギルド直属の人じゃなかったっけ?」
「お、よくご存じで」
 年長の背の高い髭男がアンダ。小太りの気弱そうなのがマテラ。そして糸目の若い優男がレイザル、か。

「なんでこんな北東の地域に?」
「ああ、久しぶりに"武の才能"を持つ冒険者が出たって聞きましてね。見定めに来たのですよ」
 レイザルの言葉に思わず見回しソフィーを見てしまう。
「……それ、うちの事ですか?」
「ん? お姉さんが?」
「……ですよね? イクヤさん」
「俺に聞くなよ。事実だけど」
「これは何という偶然! お導きか!」
 急に祈るような大仰な動きをするので思わず引いてしまう。

「じゃあ、お兄さんのパーティーって事ですかね?」
「いや、リーダーはこっち。俺はソロ」
 と指差した先は、ぼんやりと話を聞いているフリをしていたニア。急に話のスポットライトが当たり驚いている。

「ふむ……じゃあ、ニア様。お礼も兼ねまして自分に能力鑑定をさせてもらってもいいですか? 勿論、全員です」
「あのー……イクヤさん?」
「だから俺に聞くなっての。まあ、このレイザルさんはかなり鑑定業界じゃ有名な人だよ。正確に細かい所まで見てくれるし、説明や助言も完璧だって噂だ」
「それは過大評価というものかと」
 そうは言いながらも所作に謙遜など全く見られず、寧ろその程度か? と挑発的な視線を送ってきているようだ。
「正式に受けたら金貨十枚は下らないって聞いたけど」
「それなりの仕事はさせてもらっていますからね」
「じゅ……っ!」
「ニア! 受けましょ! 金貨三十枚分の価値!!」
 金にがめついエミリーが食いつきレイザルの手とニアの手を強制的に握らせる。

「あ、そこのお兄さんも入ってますからね?」
「俺も?」
「お兄さんが体張ってくれなきゃ、自分ら三人やられてましたから」
「俺、召喚人なんだけど」
「このレイザルの目利きと腕では足りないと?」
 そう言う意味ではないのだけどなー……と苦笑い。
 どうせ何も変化もないのは分かっている。現実を直視させられるようで、正確な能力鑑定はしたくなかった。
 ただ、せっかくの厚意を無碍にするのも悪いか。

「じゃ、俺もお願いします」
「相、承りました」
 満足そうに頷き、早速目当てのソフィーから鑑定が始まった。以前の時の消耗させられる感覚を思い出してか、やや身構えている。

「私の方は……魔物の素材なんて預けられても迷惑ですよね?」
「貰えるものは貰うけど、結局ギルドに売ってしまうからなあ」
「じゃあ結局私の手元に戻るわけですね」
 そう提案してきたのは素材仲介を行うというマテラだった。

「では、こういうのはどうですかな? しばらくアリエスの街に留まってますので、私の所に直接持ってきてくれれば市場の最大値で買い取りましょう」
「ギルド通さないのは俺達的にはまずくないですか? ギルドと繋がってるんでしょ?」
「問題はありませんよ。あくまでギルドの管理下は貴重なダンジョンアイテムですからね。狩人ギルドの権限を持ってっただけの盗人です」
「そ、それは随分と私怨のある言い方……」
「いずれは取り戻しますよ。冒険者ギルドを通さない方が良いと、冒険者の皆様にお教えするのも目的なので」
「営業も兼ねてるってわけですね。了解」
「大体の指標ですが、二割から三割増で買い取る事になると思いますよ。仲介二つ通さないで済みますからね」
 それは正直……かなり魅力的な話だった。狩りの成果が二割増えるだけでも、相当に実入りが良くなる。
「ハーマル通りの三番路地。そこに私の協力店がありますので、この硬貨を見せてください」
 そう言って俺とニアに一枚ずつ手渡される。
 解体され広げられた竜のような文様が彫られていた。

「必ず利用させてもらいますよ」
「どうぞご贔屓に。それじゃ、メサルティム村に置いてきた荷馬車に戻ってますね」
 マテラは仲間の二人に声を掛け一人で戻っていく。行商にしては荷物が無いと思っていたが、幾つかの店を束ねる経営者のようだ。

「さて、最後は私の出番ですかな。やはり冒険者の皆様とあらば装備でしょうなあ……」
「タダで寄越しなさいよね。一番高い奴」
「お嬢さん、転売というのはあまり良い考えとは思えませんな」
「ぐっ……」
 魂胆がバレバレだ。最も武器に興味が無いのは間違いなくエミリーなのだから。

 と、そこでソフィーが戻ってきた。入れ替わりでエミリーが去っていく。
「なんだか不思議な感じやったわ。前はかなり時間掛かったしすごく気持ち悪かったんやけど……レイザルさんの場合は速いし負荷も無いしで、水に入って出てきたみたいな感じでしたわ」
「そこも鑑定士の腕前の一つですからなあ。さてさて、八大戦士の雛鳥のお嬢さん。お嬢さんは質の良い槍が良いですかな?」
「何でも使えますけど、槍が馴染んでるなあ。でも今一歩足りひんのよなー……」
「足りない、か。具体的には?」
 はっきりとしないソフィーの言葉に、その違和感を探ってみる。
「うち、色んな武器試してみてんけど、まあどれもそこそこ使えるんですよ。剣でも槍でも斧でも弓でも全部同じくらいに。でも突き抜けない感じと言うか、どうやっても一つの武器じゃ一つの事しかできひん感じあって」
「……なるほどなあ」

 ソフィーの言葉に暫く考える。彼女は確かに槍などの長物が得意だが、他の武器でも達人を取れる程に極めている。槍が他の武器よりも扱いやすい理由は、一本で色々な事ができるから、だったと思う。それなら……

「なあアンダさん。”戟”とか”薙刀”とかって分かります?」
「聞いた事のない言葉ですな」
「じゃあハルバートは?」
「ありますぞ。長柄の槍斧ですな」
「そうそう」
 この世界の武器の認識も確認できた。良し良し。

「じゃあ、ハルバ―トの穂先と、こういう形状の剣型の穂先と、あとこんな形状の鎌と槍を合せたような穂先は作れます?」
「ふむ……これはなかなか奇抜な発想ですな。良いでしょう、腕の良い鍛治に打たせます。柄はどういたしますかな?」
「そっちもお願いします。曲がらない丈夫な奴で。何せ未来の八大戦士が使う武器になるんで」
「それはそれは……全力で作らせていただきましょう」
「イクヤさん?」
 わけの分からない、といった表情の当人は置いてけぼりに、野郎二人で悪い笑みを浮かべる。

「他の皆様は得意武器の新調でよろしいですかな?」
「そんなにサービスしてくれるんですか?」
「ええ、ソフィー様のは我々としても新しい試み。営業としての効果も見込めますからな」
「……?」
 ニアもよく分かっていない様子だ。

「とりあえず俺は切れ味の良い斧が二振りあればいいかな。手斧で。ニアは?」
「私は剣でいいですかね……長剣がいいです」
「承りました……とは言えニア様については、あまり合っていないようですが」
「そんなのも分かるんですか」
「これでも多少の心得はありますし、遣い手も数多見てきましたからな。どちらかと言うとイクヤ様のように重い武器を使う方が合っているようですな。その刃こぼれを見るに」
 ニアが背負う長剣を指す。入念に研いでいる姿を見られていたので当然か。

「でも、わたしは剣が使いたいです……」
「無理にとは言いません。が、自分の体に合った武器を選ぶのは大切な事です。ソフィー様が悩まれているように」
「むう」
「試しに大斧とか使ってみるか? ニアの力なら振り回せると思う」
「うーん……剣使いたい……まあ、試すつもりでなら」
「では、承りました。おや、エミリー様がお戻りのようですな」
「じゃ、私行ってきます」
 こちらに向かってくるエミリーに気が付いたアンダが知らせてくれると、ニアが足早に立ち去る。少し考える時間が欲しいのかもしれない。

「初めてだったけどチョロかったわ。イクヤ、あんたこれ分かる? なんだかあの鑑定士も説明し辛い才能だってさ」
 エミリーとニアが入れ替わりとなり、戻ってきたエミリーが鑑定書を俺に見せてきた。

「魔力の才能、掃除の才能に料理の才能、整理整頓の才能に生育の才能……お前、メイドになってた方が良かったんじゃないか?」
「うっさい!」
「エミリーちゃん、ええなあ……」
 ソフィーは心底羨ましそうだ。あれば前の職では活躍できただろう。
「それよりもこの才能……あ、そう言えばあんたも持ってなかったっけ?」
 記憶を探るように上方を見つめるエミリー。

「こりゃ”銃撃の才能”。何でお前が?」
「さあ?」

 銃の存在しないこの世界。完全に腐る才能である”銃撃の才能”。召喚人の俺はともかく、なぜこちらの世界の住人であるエミリーが持っているんだ?

「まあ、あたしには魔力以外の才能はちょっと使えなさそうね。戦士系の才能でもあったら良かったんだけど」
「散々俺と一緒に居て変化が無いんだから当然だけどな。いい嫁にはなれるんじゃないか?」
「嫁……! まあ悪くはないわね」
「イクヤ様は銃という武器をご存じで?」
「ああ、銃ってのは……」
 そこは武器商人、知らない武器の名前が気になって仕方がないようだ。
 なので、かい摘んで説明してやる。興味深そうに聞いている辺り、開発を目論んでそうな空気を感じる。

「かなり興味深いですな……鉄の礫を飛ばすのは弓やボウガンの発想と同じですが」
「それを火薬だとかの爆発を利用して威力を高めた感じかな。でも手は出さない方が良いと思いますよ。作ろうとすると妙な力で妨害されるらしくて」
「ふむ……”精霊の悪戯”ですかな」
「何それ?」
 知らない単語だ。

「時折あるのですよ。失敗する筈の無い事象があり得ない失敗をする。様々な職人が何度行っても成功しない。そういう現象が。何か見えざる力によってコントロールされているのかもしれませんな」
「俺達召喚人みたいなのも居ますしね」
「流星に乗って現れる天上人と呼んでいた頃が懐かしい。さて、エミリー様はどんな武器をご所望ですかな? やはり護身用のナイフ?」
「それもいいけど、やっぱり売り物になる物がいいわね」
「エミリーお前なあ……ロッドの新調やスペアはいらないのか?」
「別に何使っても投げづらいのは一緒だし。これだってそこそこ高いの選んだんだからね」
 そう言いながら俺にグリグリとロッドの頭を押し付けてくる。

「やめろっての。うーん、道具の差じゃ無いのか」
「そもそもあたし、物を投げるのとか苦手なのよ。あんたに無理矢理ナイフ投げ教わった時も散々だったじゃない」
「うん、ノーコン過ぎて俺に刺さるトコだった」
「うっさいわね言わなくていいのよ」
 教導を始めたばかりの頃、全員の戦闘訓練をしていた時だったと思う。前衛二人があまりにも頼りないので、後衛のエミリーにも自衛の手段としてナイフ投げを教えたのだが、半日やった所で俺が音を上げた。あまりにもコントロール下手過ぎて。

「治癒魔法を放つ時って、具体的にどんな感じなんだ?」
「そりゃ、詠唱と魔力をこうして手の平に込めて。出来上がった魔法をロッドに移していくの」
 指でなぞり、頭の宝玉部分で止める。
「ここで魔法を安定させて、それを……投げる!」
 と、上から下へと振り下ろすように振る。

「上手い人はこんな風に振らなくてもイメージで投げられるらしいけどね」
「デイジーなんかは振ってた記憶がないな」
 思い起こす俺の知る魔法士二人。デイジーはとにかく詠唱が速く、コンパクトで到達も速い。フィオーラは大仰な身振りや台詞を付けるのが好きだったので振り回していたが。
「あたしの場合”投げる”とか、こう、山なりに飛んでく物のイメージが苦手みたい……って、ソニア様が言ってたわ」
「様、ねえ」
「何笑ってんのよあんた、殺させるわよ。あの魔女達に」
 何があったかは詳しくは聞いていないが、特訓を経てエミリーは随分と大人しくなった。今度ベックに会ったら聞いてみるか。

「じゃあ逆に、直線的に飛ぶイメージはどうなんだ?」
「はあ? そんな風に物は飛ばないでしょ、近くならともかく、遠くに飛ばすなら投げるのも弓も大砲も上に向けるじゃない」
 そうか、この世界だと地面と平行に飛ぶイメージができないのか。攻撃魔法も基本的に山なりの軌道をイメージしているのかもしれない。

「エミリーに銃の才能がある……って事は、狙いを付けるのには適性がある、か。何でこの才能が開いた……?」
 考えられる可能性。召喚人でもないエミリーが、実物を見た事を無いのに何故か適性が生まれた。
 人気鑑定士のレイザルも良く分からないと言っていたのなら、ほぼ初めて見た才能なのでは無いか。つまりは、この世界の人間が知らずに持っている可能性は低い。

「……原因は俺、か?」
「さっきから何ブツブツ言ってんのよ」
「ほう……」
 文句を言うエミリーと何故か感嘆の声を上げるアンダ。

「エミリーにはあの時……二人が初めて能力鑑定してる時に話したよな。結構詳しく」
「まあ、そうね。作れないって言うからそれ以来忘れてたけど」
「知識としてあるもの、あると信じられるもの、あって当然だと思うもの。それが才能の適性に現れるって事かもしれない」
「はあ……?」
「なるほど、面白い見解ですな。”才能”という誰しもが持っている常識について、そんな風に考えますか」
「そもそも才能だとかスキルだとかステータスだとか、そんなものがある事自体おかしいんだけどな。でも、この世界じゃ常識として知られているし、皆受け入れている」
「私は考えた事もありませんでしたな。私には商売の才能や鑑識の才能がある事が分かった。それ故にこの道を選んだだけでしたから。異界から来た召喚人ならではの発想でしょうなあ」
 アンダはどこか楽しそうだ。エミリーは理解が追い付いていないようで首をひねっている。
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