カナリアを食べた猫

端本 やこ

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第1章 猫にまたたび

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 デーデーポッポー、デーデーポッポー

 小鳥のさえずりとはかけ離れた鳴き声が不快に脳を刺激する。

「……うっさい」

 布団に包まったまま、伸ばした右手だけで枕元を探る。引き込んだスマホを確認すれば、設定したアラームより5分早い。
 山鳩キジバトは毎朝のようにベランダにやってきて、思うだけ鳴いたら飛び去っていく。
 ムカつく。
 勝手な誰かさんと一緒。

「ぷはっ」

 清らかな空気を求めて布団から頭を出すと、冷たい空気が体の中に流れ込んだ。
 思い出すのもくだらないと頭をリフレッシュさせると、不意に下腹部の収縮を感じた。
 忘れていた顔が浮かんだのは乱れたホルモンバランスのせいに違いない。

 学生時代から毎月の痛みに悩まされていた。20代後半に入ると、痛みが減り、不順気味になった。
 婦人科と泌尿器科で検査を受けても原因不明のままだ。
 妙な病は見つからず、もちろん妊娠の兆しでもない。ただ、女性ホルモンの分泌量が少なく、バランスが崩れているのは常らしい。

 ――仕事やプライベートでストレスを感じることは?

 医者の窺う視線に、「はぁ」としか答えられなかった。
 オーガニックコスメやアロマを取り扱うブランドのスクール事業部で働いている。『アトウッド』というブランド名だけで事業内容の理解を得られる程度に世間一般での知名度は高い。
 人気のスクールで、講座の企画から講師と受講者の管理といった事務全般を担っている。フロアのスケジュール管理や教材の手配と、雑務も多く忙しい。
 しかし、忙しさに見合った収入を得て、それなりに生活が出来ている。
 故郷の家族も元気に暮らしているし、友人関係も良好だ。
 ストレスに思い当たる節はなかった。

 スマホを枕の下に葬ってもまだ、山鳩は耳障りな求愛を続けている。
 二度寝は女性特有の腹痛に遮られ、アラーム音は一鳴り聞いただけで十分だった。
 気怠い腰を擦って起き上がると、寒さに身体が震える。その振動で体内から溢れ出たのが分かった。

「ぅっ」

 最悪。
 朝一でショーツを手洗いする羽目に陥ってしまった。

***

 早く目覚めたにかかわらず、余計な作業をしたせいでお弁当を用意する時間が無くなった。しかたなくコンビニでサンドイッチを買って出勤したけれど、今はそのサンドイッチを持て余している。
 もともと食は細いほうだ。特に生理中は食欲が減退する。サンドイッチをパックに戻して、一緒に買ったスムージーにストローを挿した。
 手元の資料を捲りながらドリンクを吸い上げていると、椅子に掛けたジャケットから振動が伝わった。

 紗也さや? 昼時に珍しい。

 スマホの画面に表示されているのは大学時代からの友人である狛江紗也加こまえ さやかだ。明るく社交的で、遊びの誘いをくれることが多い。

「しのりーん、日程調整させてー」

 挨拶はおろか、要件を話す前にスケジュールを抑えるあたり紗也らしい。
 苦笑しつつ、説明を求めた。

「一月末ぐらいにって言ったでしょ」
「だから何の話?」
異業種交流会・・・・・・!」
「あー」

 合コンか。
 紗也から合コンの打診を受けたのは、確か11月の終わり頃だった。現役消防士の弟から持ち掛けられたという経緯であったはず。
 学生でもあるまいしと思いつつ、婚活だの異業種交流会だのと言い換えて遊んでいるうちに悪い話ではないような気がして……最終的に了承したところまで思い出した。

「もしかして、忙しい?」
「ボチボチね」

 嘘ではない。
 新年に抱負を掲げる人は多く、新しいことを始めるにはうってつけ。そんなわけで、年始は新規受講の問い合わせと申し込みが増える。
 新年度にかけてのこの時期は、いわばカルチャースクールの”掻き入れ時”だ。

理都りつは?」

 紗也と同じ同窓生の兎本理都子うもと りつこも参加予定だ。

「いつでも都合つけるでしょ」

 出会いの場には積極的に顔を出す理都は男性ウケもいい。場慣れしているだけに強力な合コン要員だ。

「どうかした? 声に張りがないっていうか、、、やっぱ気乗りしない?」

 紗也の伺うような口ぶりに気を遣わせているのが分かる。合コン自体苦手で、一度は断りかけた話であるから余計だろう。
 人見知りが発動する私は、初対面の人と食事と会話を楽しむという趣向からして苦手。
 その点、誰にでも分け隔てなく気配りの出来る紗也と、ノリの良い理都と臨むのは気楽ではある――が、

 合コンに実りを求めるのもいかがなもの?

 今の生活に出会いを望めないのは重々承知の上。
 ただ、次の恋愛に積極的になれる気分じゃないのが本音。

「生理中」

 特に、こんな日は。

「そっか。なら来週以降にしよう」

 資料をスケジュール帳に持ち替え、候補日に”交流会”と書き込んだ。
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