カナリアを食べた猫

端本 やこ

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第1章 猫にまたたび

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 紗也さやとの電話から10日後、合コン会場の最寄駅で待ち合わせた。

「久しぶり」

 改札前で大きく手を振る紗也に気付いて駆け寄ると、ほぼ同じタイミングで理都りつもやってきた。
 社会人になって顔を合わせる機会は減れども、会えば自然と昔に戻る。
 理都が赤ちゃんのようにふっくらとした手を絡ませて、寒いだの冷たいだのと始めた。理都の人懐っこさを見て、相変わらずねと笑う紗也になんだか安心する。
 実のない話でも楽しいのは学生時代と変わらない。
 朗らかで元気印の紗也とフェミニンな理都に挟まれて歩くと、傍目には私が一番お姉さんに見えているだろう。
 この二人が老け知らずなだけ。
 私は普通・・だと思う。

「こっちで合ってるよね?」

 自信なさげな紗也のスマホを横から覗き込む。下調べを怠ったのは私も同じで、お店の場所を一緒に確認する。
 本来なら仲良し4人組の私たちだけど、面倒見のいい委員長タイプが欠席の編成では仕方ない。

「えっと、そこ曲がって直ぐっぽいね」
「おっけ。よかった」
「早く行こ!」
 
 なんとなくついてきていただけの理都が先頭に躍り出た。急にやる気を出したのは寒いから──な、はずがない。そんな理都に苦笑しつつ、私は今回が人生最後の合コンだと宣言した。

「なんでー。楽しいのにー」

 取り合わない理都は私の腕に絡みついて見上げてきた。押し付けられた胸の質量と柔らかさは、正直なところ羨ましさしかない。
 理都のように男性を虜にできるような体つきだったら、彼氏と長続きするのかも。
 おっぱいについて考えてしまった私に代わって紗也が説明を……してくれたはいいけれど、「婚活だったら来るらしいよ」というのはどうなんだろう。
 思った通り、理都は紗也の説明で簡単に納得した。私の「最後」の決意を軽く見られている気がする。
 が、弁明する前にお店に到着してしまった。

***

 掘りごたつ式の個室に通されると、先に到着していた男性陣が慌てて立ち上がった。

「座っててくださーい」

 機敏だなぁと朗らかに声を掛ける紗也の横で、理都はさっさと自己紹介を終わらせた。席につく前にしてこの手際の良さ。

「ムラ君とくまちゃんね。ばっちり覚えた!」

 笑顔の理都の後ろで、私は三人の男性陣を順に窺う。
 一番童顔なのが村瀬充哉むらせみつやで、筋肉隆々としたのが日隈太郎ひくま たろう
 ムラ君、くまちゃん、ムラ君、くまちゃんと、心の中で唱える。

「イットって珍しい名前だねー。どんな字書くのー?」

 理都は中井逸登なかい いっとに上目で伺うと同時に、ムラ君とくまちゃんの腕を取って席に付いた。
 さすが理都。
 主導権を掌握する流れ作業は何度見ても感心してしまう。
 私はというと、「こんばんは」と一言発するのが精いっぱいだった。

「これ、どうぞ」
「あっ、すみません」

 鞄を置いてコートから腕を抜くと、逸登君がハンガーを差し出してくれた。

詩乃しのぉ、私のもー」
「はいはい」

 もぞもぞと上着を脱ぐ理都を手伝って、そのままコートを受け取った。世話役が不在の今日は私が代理だ。

「足らないか。ちょっと待ってて」

 ハンガーをもらってくると、個室を出かけた逸登君を止めた。
 塩顔で真面目そうな印象は私好みで、気配りも出来るなんてポイント高い。

「一緒に掛けちゃうので」

 小柄な理都のコートに重ねて、自分のアウターを掛ける。
 仕事帰りは同じでも、制服のある二人とは違って私だけがオフィススタイルだ。固すぎず緩すぎずで悩んだ末、ベージュのワントーンに纏めてきた。明るい色味であるだけ、合コン仕様にしたつもり。
 紗也はノースリーブニットにデニムを合わせている。緩めの三つ編みが、元気印だけでない大人っぽさを出している。
 理都はバックリボンのふわふわしたセーターに花柄のスカートだ。大きな胸を隠して背中をチラ見せするあたり、自分の魅力を存分に引き出すスタイルを熟知している。
 二十歳ハタチそこそこならともかく、あのふわふわは絶対着れない。
 ううん。若くても私には無理。
 細長い体型でややつり目の私は、柔らかい雰囲気で可愛い系の理都子の隣にいると余計にキツイ印象を与える。小柄で豊満な理都とつるんでいるからこそ、事あるごとに比べられてきた。

「どうかした?」
「えっ、あ、いえ。なんでも」

 逸登君の何か言いたげな視線を感じて、誤魔化すように目を伏せてしまった。微妙な居心地で、なんとなく髪と服を整えて繕う。

「座ろっか」
「ですね」

 理都がムラ君とくまちゃんの間に納まっているのは、彼らの顔面偏差値が理都の及第点をクリアしていることを意味する。
 幹事の紗也は出入口に一番近いところに腰を落ち着けた。
 私はなるべく隅に居たくて、逸登君を紗也と挟んだ。

「いつも健次けんじがお世話になってまーす」

 紗也の一言が乾杯の合図になった。男性陣との共通項である弟ネタは皮切りに最適だった。
 私には初対面で提供できる話題がない。家と職場の往復の日々。仕事は嫌いじゃないけれど、プライベートが充実しているわけでもなくて、、、妙に切ない。
 
「サヤんとこ、ホント兄弟仲いいよねー」

 理都は軽く会話に参加しつつも、両脇の男性の肩や腕に何気なく触れる。「もぅ」に「えー」と、身のない返事をするのに繰り出すボディタッチは、相手に好意があると思わせるには十分だ。

 まぁ、さすがにアレを真似ようとは思わないけど。

 理都は同性の友達にも甘える。残念だけど、「寂しがり屋」だとか「甘えん坊気質」で惑わされるのは男性だけだと思う。同性だからこそ勘づくものというかなんというか。
 要するに、言動の奥に隠されたあざとさが許容しきれない。

 ……でも、なんか放っておけないんだよなぁ。

 屈託なく笑う理都を、複雑な思いで眺める。
 理都は男性にも女性にも同じように接する。裏表がないのは長所で憎み切れない。彼女の甘えたに言葉を濁しながらも付き合っているのは紛れもなく私自身だ。

「詩乃さんは何にする?」
「ぇっ」

 逸登君から流されたドリンクメニューを反射で受け取った。
 テーブルを見ると、「とりあえず」のジョッキが幾つか空になっている。

「そのビール俺がもらうから、詩乃ちゃん好きなの頼みなよ」

 ムラ君が私のジョッキを自分に引き寄せて、張りの良い頬を緩めて見せた。

「詩乃はあまり飲み食いしないから」

 ぷくっと膨れてムラ君の裾を引く理都に苦笑が漏れる。
 完全にロックオンしてる。
 紗也も読み取ったに違いない。それとなく、くまちゃんに会話を振るようにシフトチェンジした。

「みんな早いなぁ」
「あー、雑な飲み方するけど気にしないで」

 逸登君が苦笑した。文句のつもりがなくとも、そう聞こえてしまったかもしれない。訂正すべきだろうけど、変に畏まってしまう気がして言葉を飲み込んだ。
 結局、気の利いた返しが出来ないまま黒糖梅酒を注文した。
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