カナリアを食べた猫

端本 やこ

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第1章 猫にまたたび

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「はい、詩乃。よろしくー」 

 理都から当たり前のようにソーセージの盛り合わせが回されてきた。
 これすなわち、均等に切り分けろということだ。

「詩乃は料理得意だから」
「いいなぁ。詩乃ちゃんの手料理食べたい」
「作るのは嫌いじゃないけど、あんまり食べられないから結局作らないな」

 作り置きをしないでもないけど、同じものを食べ続けることになるのだからつまらない。カレーを作った時には、1週間毎食続いてげんなりした。

「あはは。詩乃、冷たくなーい?」
「あっ。そんなつもりじゃなくて……」

 本当にムラ君を跳ね除けたつもりはなかった。ただ、食べ飽きてしまうという話をしただけだ。
 どう取り繕ったものかと考えるが、ムラ君を狙う理都の手前、言い訳するのを止めた。

「そう言えばさ、健次が初めて消火活動した直後なんだけど」

 カトラリーを寄越した紗也がソーセージを見つめてトーンを落とした。「うん?」と先を促して、手前にある細長いソーセージからナイフを入れる。

「ソーセージ食べられなくなった」

 予想を反して手短に終わらせた紗也の文脈は、大切な部分が欠落している。

「どういうこと?」
「アイツ、朝ごはんのソーセージ見て『昨日助けられなかった人の指にそっくり』って」

 うっかり手元が狂って、鉄板上を滑ったナイフが乾いた金属音を立てた。
 
「ソーセージが残ってただけラッキーでしょ」

 ムラ君の発言を飲み込むまで数秒。
 意味を理解して、ぞくっとした。
 ムラ君は相変わらず人好きのする笑顔を崩さないけど、それがかえって異様に感じてしまう。本音を隠した笑顔は、どこかで見たことがあるような気がした。

「ま、健次の反応は新人あるあるってやつだわな」

 ジョッキを煽るくまちゃんは「なんてこともない」といった感じだ。
 エグい。
 耳にしただけで強く印象に残る逸話だけど、彼らにとっては珍しくないみたい。
 どう捉えていいものか悩んでいるうちに、理都はあるある話をせがみ始めた。

「はい、理都」

 切り分けたソーセージをフォークに刺して、理都の口元に突き出した。
 我ながら強引だと思うけれど、他に会話を止める方法を思いつかない。

「えー食べらんないよぉ。こんがり焼けた指なんてムリー」

 理都の気持ちも分かる。だからといって、人命を背負う仕事の過酷さを面白がるのは違う。興味本位で聞いてよいことと悪いことってあるはず。
 紗也も眉根を寄せた。
 拒まれたフォークが虚しく宙で浮いている。
 ……引くしかないっか。
 巧く対応できない自分が嫌い。世話役も失格だ。

「ラッキ。いただきます」

 引きかけたフォークの柄に軽く手添えて、逸登君がぱくりと頬張った。

「ん。うまっ」

 あっと驚いたのが半分。もう半分はホッとした。
 目を細めて咀嚼する表情が穏やかで、私の失敗がすっと消えていく。逸登君の肩越しに見える紗也の表情筋も緩まったように見えた。

「せこっ。俺も食べさせて!」
「はい、あーん」

 私の手にあったはずのフォークはいつの間にか逸登君が握っている。逸登君がチョリソーを突き刺してくまちゃんの口元に差し出すと、お前じゃないだのなんだのとじゃれ合い始めた。
 子どもっぽいやりとりがおかしくて喉が鳴る。

「資料に逃げ遅れた人が写ってるとかもあるあるだな」
「ぅえっ。それって心霊写真的なこと?」
「野次馬の中とか、現場検証資料とか。壁際にぽつんと立ってたりする」

 思わず壁から身体を遠ざけたのは、その手の話は苦手だから。

「しのりん、怖がり過ぎでしょ」
「違っ。紗也と違って独り暮らしなの!」

 揶揄われた恥ずかしもあるけれど、後で1人っきりの部屋で思い出す方が嫌だ。
 浴室にトイレと、自分の部屋で勇気が必要になるのもまた「あるある」でしょ。

「霊感あると連れて帰ってくるヤツも居るんだよね」

 正面でムラ君が「この辺りに」と肩を指す。
 面白がるようにニヤリとした笑顔にはっきり苦手意識が芽生えた。
 けど、それより心霊的なあれこれのほうがイヤ。
 恐る恐る壁寄りの肩から反対に首を回す。

「っ」

 予期せず、大きな喉仏が目の前にあって息を飲んだ。壁を避けて、逸登君の側に身体を寄せていたことを忘れていた。

「ん? ぁ」
「ご、ごめん」

 咄嗟に小さく謝りつつも、ゆっくりと上下する逸登君の角ばった喉に見入ってしまった。
 生唾を飲むような動きを見せたのは逸登君。
 ごくりと飲下する音を発したのは私の喉。
 多分。
 視線の先に集中して、自らが発した音であるかさえ定かじゃない。

「信じるか信じないはあなた次第です」

 逸登君がボソっと呟いた声は私にしか聞こえていないはず。優しく目を細めて、怖い話をフィクションに変えてくれる。

「信じ──たくない」

 皆の笑い声に紛れた私の答えに、逸登君も笑う。
 色々な恥ずかしさを隠して、俯き加減に体勢を元に戻した。

「くまちゃん救急救命士なの⁉」

 紗也が「すごい!」と頓狂な声を出した。
 大きな身体に反して、縮こまって照れるくまちゃんが可愛い。素直さのある、いい人なんだろうなって思う。
 言葉だけでなく感情そのものを表に出すのが苦手な私とは正反対。
 可愛くないと分かっていても、その瞬間が訪れると「柄でもない」と自戒するクセがある。「柄」の壁を軽く超えるくまちゃんが羨ましい。

「勉強も試験も大変なんだって、健次から聞いたことある」
「ムッキムキのお医者さんだー」

 理都のくまちゃんに対する興味関心度が急激に跳ね上がった。紗也の目にもあからさまだろうな。
 異業種交流会から婚活にシフトチェンジしたのだから、社会的地位を気にするのも当たり前か。
 指摘しないのは紗也も私も一緒。出来ないと言っても良かった。

「医師ではないよ。ムラと逸登と同じ消防署員」
「俺たちは消防車で、くまは救急車に乗ってるってだけ」

 救急救命士も国家資格保有者だ。ムラ君の端的な説明はさすがに大雑把過ぎるような気もする。けれど、理都を納得させるにはそういう言い方もありなんだろう。

「どっちにしても、くまちゃんエリートさんだ」
「いやいや、ただの筋肉達磨でしょ」

 筋肉という単語に理都がにっこりと微笑んだ。
 私には色情を浮かべただけに見えた。
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