カナリアを食べた猫

端本 やこ

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第1章 猫にまたたび

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 久しぶりに酔ったかも。
 紗也と理都が一緒だと緊張せずにいられる。隣の逸登君が何気なく話をふってくれて、浮かずに済んでいるのも大きい。
 合コンを楽しんでいる状況が初めてで、自然と飲食が進んでいた。

「ちょ、ほんとすごい! 二人も見せてもらえばー?」

 その手のお店でもあるまいし、お触り放題なのもいかがなもの?
 と、思いつつも、自由奔放な理都を止める気はとっくに失せている。

「健次で見慣れてるって」

 さすがに紗也も呆れている。
 しかし、理都はお構いなしだ。両手に花状態にご満悦で、花のシャツを軽く捲り直に触れ出した。
 自然な手付きとスピード感はさすがとしか言いようがない。

「詩乃ちゃんも触ってみる?」

 ときどきムラ君の視線が絡みつく。弓なりに細められた目の奥が底深い。爽やかな顔つきなんだけど、大きな黒目がやけに鋭くて、どことなく粘着質。
 抱いた苦手意識のせいか、迂闊に目を合わせてはいけないような気がして落ち着かない。

「ぇ、あ、私は大丈夫」

 誤魔化すためにグラスに口をつけた。ちびちびと飲んでいる梅酒のロックも3杯目が終わろうとしている。私にとっては、明らかに飲みすぎの量だ。

「詩乃さぁ、ノリ悪いのマジつまんないって」

 ノリが悪い。澄ましている。何を考えているか分からない。冷たい。感じ悪い――
 子どもの頃から散々陰口をたたかれてきた。
 今や面と向かって投げてくるのは理都か、別れ話をする男ぐらい。

「そんなつもりじゃ」

 言い訳も反論も無意味だと知っている。
 別れ話すらしない男だっているんだから。フェードアウトした男の顔がチラついて、言われ慣れた言葉に苛立ちを覚えた。
 これもお酒のせいだと思いたい。
 グラスの底に薄く残った梅酒に恨みがましい目を向ける。

「興味ないふりもいいけど、感じ悪い」

 理都も酔いが回ったのか、やけに突っかかってくる。
 せっかく「仕方ない」でやり過ごしてるのに、責め立てられるのは不愉快。

「興味あるよ?」

 意思を持って微笑を向けると、理都がぐっと喉を鳴らした。巧く笑えず、冷笑になっているのは分かっている。
 情けなくも、これが際一杯の応戦。
 以上、これまで。
 険悪な雰囲気にしたいわけじゃないし、子ども染みた張り合いも馬鹿らしい。下手なほほ笑みは真顔に戻した。

「なんだ遠慮しなくていいのに」

 にっこりするムラ君は、私の汚さに気付いていない。
 ありがたいけれど、だからと言ってムラ君に手を伸ばす気にはなれない。

「そぉ? それじゃ、せっかくだし誰かのじゃなければ」

 視線を先行させて、ゆっくり首を回した。
 逸登君に向けた営業スマイルは、理都に見せた冷笑より幾分マシなはず。

「詩乃さん、その心配してたんだ」

 逸登君が切れ長の目を細めると穏やかさが増す。どうぞと、袖を伸ばし二の腕を差し出してくれた。
 いやらしさのない視線に安堵して、遠い方の手をゆっくりと持ち上げると、

「どれ、中井氏。詩乃様がお楽しみぞ。服の上からってこともなかろう」

 紗也が無遠慮に逸登君の臍あたりを鷲掴んだ。
 冗談を言っているのに、妙に目が座っている。
 心ここに有らずのまま笑っているような妙な顔付きは紗也らしくない。

「ちょっと、紗也」
「サヤ、どしたのー?」

 理都でさえ首を傾げると、紗也は飲み過ぎたと、通りかかった店員を捕まえてお冷をオーダーした。

「でも折角なら腹筋見たいー」
「だよね」

 理都の煽りに紗也がニヤリとして両手をワキワキさせた。

「健次のねーちゃん痴女だ」

 くまちゃんがケタケタと笑いだすと、紗也が「よいではないか」と時代劇風の三文芝居を始めた。

「そこは『あ~れ~』って回るとこでしょ!」
「え。それを俺に求める?」

 一通りお代官様ごっこに興じた紗也は、届いた水を流し込んだ。
 理都とは違うノリの良さは私を救う。
 紗也と一緒に居ると、いつだって自然に微笑む自分に気付かされる。

「まさか女の子にひん剥かれることになるとは」
「待て待てぃ」

 もぞもぞと乱れた衣服を整えだす逸登を阻む紗也に迷いはない。

「ちょ。まだやる?」
「違うって! ほら詩乃、しっかり拝ませて頂きなさ~い」
「今の件要くだりいった? ここまで長くない?」
「ほらぁ、詩乃様がお待ちかねぞ」
「ぇ? あー、ごめん」

 逸登君が薄っすらと微笑んだのは了承の兆し。
 捲りなさいと人差し指を軽く曲げて見せると、逸登君は後ろ手で体重を支え、控え目に腹筋をさらけ出した。
 すごっ。
 綺麗というのが正しいに違いない。
 広告やメディアで見かけるような、魅せるために作られたボディビルディングとは違う。素人目にも、肉体のポテンシャルを余す事無く使うために鍛えれているのが分かる。

「触っていい?」
「どうぞ。詩乃様専用です」

 梅酒の残りを一気に口に含み、グラスの底の角を立てて逸登君の鳩尾を撫でるように這わせた。

「冷たっ」

 グラスが纏う汗が大粒の雫となって、割れた腹筋の縦筋を流れて臍に溜まる。
 片目を瞑って冷たさに耐える表情が愉しくて、わざとゆっくりグラスを動かす。

「生でシックスパック見るの初めてかも」

 緩む頬を自由にさせて、逸登君の恨めし気な視線を真正面に受け止めた。
 挑戦的に視線を絡めたまま、グラスの底でブロックをなぞらえる。

「本当、いいカラダ」

 逸登君の喉仏が大きく上下した。瞬間的に力が籠められると臍のダムが決壊し、一直線に脇腹を光らせる。
 色っぽいなぁ。
 ひとさし指の背を宛がって掬い取り、臍の窪みにグラスを乗せて蓋にした。手から離れたグラスが、逸登君の引き締まったお腹をまた濡らす。
 水滴の感触に反射で収縮する筋肉が固さを増した。

「詩乃さん、危ないって」
「空にしたから大丈夫」

 一筋指を沿わせただけでは名残惜しい。
 自分の身体にはない固さと、なにより体温が違う。
 指先に残る感触を記憶しつつ、逸登君の濡れた腹部をおしぼりで拭った。

「っ、ストップ! 自分でやる」
「あらそう? ごちそうさまでした」

 残念。
 本人から咎められたら止めるしかない。
 不貞腐れたようにも見える逸登君が乱雑に裾をデニムに差し込んでいる。
 もしかしたら、気分よく楽しみすぎちゃった?
 謀らずとも、ふふっと忍び笑いが漏れた。

「あれ? みんなどうしたの?」

 賑やかしていた周囲が黙っていることに気が付いた。

「え」
「あ」
「いや」
「詩乃って、そういうとこあるよねー」

 真顔になった理都が、脱力したようなか細い声をだした。
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