カナリアを食べた猫

端本 やこ

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おまけ2(続いたらしい)

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──詩乃が幸せでよかったぁ。

 ワインで潰れる寸前の宇多さんが口にした。
 泣くんじゃないかと思うぐらい、詩乃さんが目元を和らげた。
 んで俺は、、、俺もうっかり泣きそうになるぐらい自信が持てた。

「なんつーか、めっちゃいい感じのご夫婦だったね」

 負ぶわれた宇多さんを玄関で見送った。先に動き出した詩乃さんが振り向いて、少しだけ視線をさまよわせる。

「宇多と荒井君? 夫婦じゃないよ」

 まだ、とつけ加えて詩乃さんは玄関のドアに視線をやった。

「あ、そうなん。俺、てっきり」
「わかるよ。あのふたり、長いから」

 詩乃さんが差しだした手に指を絡めて部屋に戻る。ふたりで後片付けをしながら、宇多さんカップルの話を聞いた。たまに聞く宇多さん単体の噂に、荒井さんを含めた話だ。
 今夜は様子が違ったようだけど、詩乃さんは終始誇らしげに宇多さんたちを語る。

「逸登君、本当にありがとう。宇多にも気を遣ってくれてすごく嬉しかった」

 洗い物を終えて手を拭きながら、今日一番のキラキラした目を向けてくれる。
 詩乃さんが考えているほど俺は気を回していないし、むしろ気遣いたい詩乃さんに対して大失敗をするところだった。宇多さんにこそありがとうなんだけど、俺は何食わぬ顔で「うん」と頷く。

「詩乃さん。ちょっと真面目に聞きたいことある」

 綺麗に片づいたテーブルを挟む位置に腰を据えて、違うなと真横に並びなおした。詩乃さんの微妙な反応も感ぜられるように手を繋いで、んでやっぱりこれも不十分な気がして細い肩に腕を回す。
 宇多さんでいい流れだったのに、理都子さんを持ち出すのは躊躇われる。それでも俺たちの将来のためにはっきりさせておきたい。

「あのですね」

 ほんのちょっと畏まって、とりあえず自分の気持ちを正直に伝えることから始めた。
 今日の手料理がいかにうまかったか、用意してくれてどれだけ嬉しかったか、それから詩乃さんの試験期間に感じていたことと、仕事中でもふと詩乃さんが頭をよぎるほど好きでしかたないことも、全部。他でもないありのままの詩乃さんに惚れていると語れば語るほど、詩乃さんの肩が徐々に離れていくのだけど、気にせず近づいて引き戻す。肩を抱いておいて正解だった。

「もういい、もういい。わかったよ、ありがとう」
「いや、わかってないと思う」
「それで私に聞きたいことって?」

 そう、本題はそれ。
 俺は深呼吸で整えた。

「満足させられないって何? どこからきた? 俺、詩乃さんの全部に大満足でこんなに好きでしかたないのに」

 詩乃さんへの愛を語るうちに若干腹立たしくなってしまった。
 肝心の詩乃さんは「え?」と首を捻る。続いて「なんのこと?」と覗きこんできた。
 俺たちの間に沈黙が流れる。

「詩乃さんが言ったんじゃん!」
「ええー」

 真剣モードの俺に、詩乃さんは引くどころか面倒くさそうに眉を寄せる。
 詩乃さんの「私じゃ満足させられないからせめて」という言葉に深い意味はなかったらしい。小さく息を吐いて、俺の腿に軽く手を乗せて体を向けた。

「気に揉ませてごめんなさい。私が言い方を間違った」

 謝るな。俺は詩乃さんの本心を知りたい。詩乃さんが大丈夫なつもりでも、心の傷が塞がりきってないかもしれないだろ。

「もし、逸登君が理都子たちのことを気にしてるなら、なんだけど……」

 ひどく言いにくそうにする。宇多さんと健次のねえちゃんでない友人の名前を、詩乃さんに言わせてしまった。

「理都子には心底呆れたから連絡すらしないままだし、秀治とは会社でも顔を合わせてない」

 俺の腿の上で固く握られた手が信じて欲しいと訴えかけてくる。
 詩乃さんの言動は信じる。けど、まだ、心の奥底は見えないままだ。
 俺が何も答えないでいると、詩乃さんはゆっくり拳を開いていく。

「逸登君も知ってる通り、確かに、あの時はめちゃくちゃショックだった。けど、今となってはそれだけ。自分でも薄情に思うんだけど、どうしても秀治じゃなきゃだめってほど好きじゃなかった。結果論だとしても、それがわかってよかったと思ってる。第一、そうじゃなきゃ、私たちは今こうしていない。そうでしょ?」

 だからそんな顔しないでと、開いた手が俺の頬に添えられる。冷たい。冷えた詩乃さんの手から彼女の心の内なんて読み取れるはずもない。俺の情熱を奪っていけばいいのに。

「正直なところ、学生の頃からずっとなんだよね」

 話が予想外の方向へ進む気配がする。詩乃さんが教えておこうと思うなら聞いておくべきなんだろう。

「男のひとって、なんていうんだろう、、、通り過ぎてくものだって、諦めてた」

 ぐあ。聞き捨てならねえ。
 無感情に鼻で嗤う詩乃さんの内心なんて知りたくない……わけあるか! ちゃんと受け止めるって決めてんだ。

「一時的な付き合いなのに、いちいち気持ちのやりとりをする意味がわかんなくなってた」

 ちょっとだけ早口になって「それに」と続く。

「そうなると本気で好きかどうかなんて考えなくなる。悪いひとじゃなさそうだから、とりあえず付き合ってみる、みたいな。相手にとっては遊びたい気分の時に偶然私が近くにいただけのことでしょ。私も、ひとりでいるぐらいなら彼氏と呼べるひとが欲しいなって」

 へへへっと、一種の照れを滲ませて自嘲した。
 悲しすぎる。
 詩乃さんはコロコロと喉を鳴らしてないとだめだ。機嫌よく微笑むのが一番綺麗なんだから。

「あっ、誤解しないでね。逸登君は秀治たちとは全然違う。好きになってからのお付き合いだよ。だから」
「うん」
「私、決めたんだ」

 俺が通り過ぎていかないように、自分が変わる。正解がわからないなりにやれることはやりたい。具体案を打ち出すのも、実行するのも、苦にならないことに気がついた。的外れでもいいやって思えるぐらい楽しんでいる──そんな風に聞かされて、愛しさ大爆発。

「……それで、あんなこと言ったんかあ」

 俺の感情が忙しくなって、思わず詩乃さんを抱き寄せた。ぎゅーっと抱きしめているからか、詩乃さんは頷くこともままならない様子で、俺の喉仏に軽く返事をくれる。
 思っていた以上に、詩乃さんはちゃんと考えていた。俺が考えた以上の理由があった。仕事の資格試験を受けたのだって、俺をもてなしてくれたのも彼女の頑張りの一環なんだ。
 カンストビッチ以外の過去も全部背負って、詩乃さんは、俺の愛する詩乃さんでいてくれる。
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