カナリアを食べた猫

端本 やこ

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おまけ2(続いたらしい)

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 後処理をしている間に、背を向けて「おやすみ」と言われてしまった。
 顔を覗き込んでみるも、亀みたいに布団に隠れようとする。

「しーのさん。ごめんて」

 半笑いになるのを噛みしめる。へそを曲げる詩乃さんでも愛してますからね。
 詩乃さんは、たぶん、怒っていない。多少とは言え、自分の欲を優先した自覚があるだけに謝らずにはいられない。

「起ーきて。まだ終われない」
「今日は終わり」
「どエロい詩乃さん最高だった。してくれたのすげえ気持ちよかった。めっちゃ好き。ますます好き」
「……」
「今度またしてね」
「……」
「今日はもう転がってるだけでいいから」

 布団をずり下げて肩先にキスをしてみる。
 無反応を装う詩乃さんの臀部に柔らかくなったものを押し付けた。

「明日の休み」
「うん?」
「久ぶりだから楽しみにしてた」
「俺も」
「デートしたいなって」
「しよ! 詩乃さんのしたいこと全部。行きたいとこある?」
「お買い物かなぁ。だから、おやすみ」

 おやすみ、なんて言えるわけない。言うわけない。
 ちょー。マジで、お願い。もう少し相手してってば。

「抱っこでシよ。詩乃さん好きでしょ」

 二の腕を指先で辿ってお誘いをする。
 詩乃さんの指が動いた、、、と思ったら、布団を引っ張っただけだった。布団を被ったとて、同じ布団に入っているのは変わらない。布団の中でちょっかいをかけてみる。

「もう!」

 がばっと起き上がった詩乃さんを見上げてときめく。
 思いが通じるって嬉しい──なんて思ったのも一瞬で、詩乃さんは脱ぎ散らかした部屋着を回収してベッドから抜け出てしまった。

「シャワーしてくる」
「俺も!」
「ひとり用でーす」
「狭いの気にしない」

 体を起こすと、詩乃さんがベッドの脇まで戻ってきてくれた。
 鼻先に近づく詩乃さんの顔をようやく見れて、自然と顔がほころぶ。

「本当の本当に今夜はもうおしまい! さっぱり綺麗にしたら寝るからね」

 でた真顔。でも、もう克服したもんね~だ。詩乃さんの真顔も愛でられる俺ですよ。

「仮眠するかあ」
「朝まで寝るの!」
「朝まで我慢きっつー」
「朝からしません。朝が来たらお出かけの準備。デートしてくれるんでしょ?」
「するよ。さっきの続きもデートも」
「無理!」

 すっくと立ちあがった詩乃さんは、長い黒髪をふぁさぁと跳ねのけて回れ右をした。
 シャワーに向かう後ろ姿、小さなお尻からすらりと伸びる脚が美しい。ただ見とれて見送った。
 バスルームの扉が閉じる音を聞いて、背中からベッドに倒れ込む。
 さすがに諦めるしかないっか。
 正常位でしかやってないんだけどなー。
 こんなことならば冷静を保ってあれこれ楽しむべきだった……いや、ムリだな。俺を咥えこんだ詩乃さんの絵を思い出してにやける。
 とんでもなくいいもん見せてもらった。
 下手に押さえつけるんじゃなかった。詩乃さんに任せて好きなようにフェラしてもらえばよかった。
 くっそー。後悔先に立たずとはこのことか。色々損したっぽい。
 シャワーは朝でいいやと思ったけれど、詩乃さんに強制されてしまった。ざっと体を洗って出ると、詩乃さんは正座して待っていた。

「先に寝ててよかったのに」

 どうしたの? と、傍らにしゃがんだ。
 ただ真顔なだけでなくて、気負った空気感を漂わせている。

「セックスが嫌なんじゃないの」
「おん?」
「私ってば、いっつも疲れて寝落ちして、次の日だって起きられずにお昼までぐだぐだしちゃう」
「うん。仕方なくね? そうさせてんのは俺だしさ」

 気怠そうな詩乃さんの世話すんの楽しみなんだよね。あの甘えられてる感じが好きで、なんでもしてあげちゃう。

「よくない。まったくもってよくない」
「いいと思います」

 一旦落ち着こうの意を込めて、用意しておいたボトルの蓋を捻って渡す。

「詩乃さんはさー、色々考え過ぎだと思う。自然でいて欲しいっての、俺も同じ気持ち」
「そんなこと」
「お、こっち向いてくれた。ほら、俺はこれだけで嬉しくなっちゃうわけ」

 微妙な顔してら。
 にっこりしていて欲しいんだけどねえ。難しいもんだ。

「ずっと一緒にいたい」

 拒否られるのはこたえる。辛くても耐える。だからもっとわがまま放題していいし、イライラをぶつけてくれてもかまわんのよ。そりゃ腹立つこともあるだろうけど、我慢してたり嘘をつかれるよりよっぽどマシ。

「それだけだよ。ぅぉっと!あっぶねー」

 突然抱きついてこられて尻餅をついてしまった。
 抱きつくというより、しがみつく、だな。これは。
 まんざらでもない。
 はからずもいい雰囲気で、さりげなく詩乃さんの頭を自分の肩に乗せさせて、もう片方の手で背中を擦る。
 詩乃さんがどんな感情を抱いていても、どんなときだって、俺がついていれば安全だと悟りますよーに。んでもって、それが当たり前になればいい。

「逸登君ありがと。だぃ……愛してるよ」

 息が止まった。
 背中を擦っていた手も止まった。
 思考が弾けた。

「……の、さん」

 首に回された腕がますます強く俺を抱き締める。
 頬に当たる詩乃さんの耳が熱を帯びてきた。

「ちょい離れて」
「やだ」
「ちょっとだけでいいから」
「やーだよっ」

 ぎゅうぎゅうと絞められる。もちろん無理やり引き剥がせないほどじゃない。けど引き剥がせない。

「お願い。顔見せて」
「見せない!」

 俺の肩に宛がわれている喉がころころ、ころころ、ころころ鳴り続ける。

「言うこときかないと抱くよ!」

 ついにころころが止まって、スッと身を離された。
 いや離れるんかいっ。

「さ、寝よ。明日はデートだもんね」

 面白がる目で挑発して、ふっと微笑んだと思ったら、いつも通りの詩乃さんになってしまった。
 何事もなかったようにベッドに入った詩乃さんを慌てて追った。

「詩乃さーん」
「ねえ、詩乃さんってばー」
「さっきのもっかい言って」
「顔見て言って」
「そしたら今晩は我慢できると思うんだけどなー」
「無視されたらイタズラしちゃうかもなあ」
「いいのっかな~」
「本気だよ」
「おーい」
「詩乃さま、ご用にござりますぞ」
「まだ起きてんでしょー。知ってんだから」
「詩乃さーん。しのりーん。しぃのちゃーん」

 わざと耳元で囁き続ける。こちとら子守唄にするつもりならすればいいぐらいの覚悟ですんで。
 なんたって俺は詩乃さんに愛されてる男ですから。余裕ですとも。

「うるさいっ!」

 はい、俺の勝ちー。
 ぷくっと膨れた詩乃さんの頬をそっと撫でる。

「明日のデート、欲しいもんあるから本屋寄っていい?」
「もちろん」

 結婚情報誌買お。
 俺もぐだぐだ考えるの止める。ちゃんと詩乃さんに意識してもらおう。
 情報誌をふたりでめくって、計画を立てて、堅実に、確実に、前に進もう。

「逸登君」
「なあに?」

 アーモンド型の目が俺を見つめる。瞬きせず10秒は経った。

「ずっと一緒にいようね」

 からかうでもなく、探るでもなく、自信を帯びた声はプロポーズに聞こえた。
 俺の答えなんてはじめから決まっている。

「喜んで」

 渇きを感じただろう瞼にそっと口づける。詩乃さんはそのまま静かに目を閉じた。穏やかな呼吸を感じ取って、俺も明日に備えることにした。



おしまい
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