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継続は力なりとはよく言ったもんだ。
ホットヨガと脱毛の効果は目に見えるのが楽しい。比例して私の自信も回復しつつある。
自分のやりたいことを優先させるからといって、良太と全く会わないわけではない。ただ、甲斐甲斐しく良太の部屋へ通うのはやめた。一緒に過ごす時間が減った代わりに、「だらだら」とか「なぁなぁ」という感覚がなくなった。
放っておいても良太はうちにやってくる。むこうから来てくれるうちは大丈夫な気がしている。もちろん尺度得点があるわけじゃない。でも、目安にはなると思うんだ。
今夜は良太がうちにくると言うから、夕飯を仕入れてくるように頼んだ。
「おお。豪華」
やるな、ほか弁。
天丼が税込みたった540円。このお値段で大振りな海老が2本入り。大盤振る舞いもいいとこやろ。自炊するのがあほらしくなる。
「海老1本ちょーだい」
「やだ。食べたいなら良太も買えばいいでしょ」
「お前というやつは。このド定番ののり弁が最強にして最高と知らんのか」
「だったら黙ってのり弁食べてなさいよ」
いただきますと手を合わせ、私はさっさと海老の天ぷらにかぶりつく。
「ぎょうざ……」
「は?」
「宇多の餃子がよかった」
そういえばいつぞやそんなことを聞いたような気がする。今日はほか弁でといいつけたのは私だった。
「あのさ、私そもそも料理好きじゃないんだよね」
懐事情で自炊はする。裕福で自炊の必要がなければしないと思う。家事全般に言える。自分でやらなければならないからやるだけで、好きこのんでやるものか。
「知ってる。けど宇多の餃子が一番うまいもん」
「それはどうも」
「明日、」
「やだよ。めんどくさい」
発言を被せる私に良太が目を細めて抗議するけれど、めんどいものはめんどい。
「良太が作ってみたらいいじゃん。私より手先が器用で凝り性なんだから、料理に向いてんじゃない?」
「俺は宇多のがいいって言ってんだけど」
「私は嫌だって言ってんの」
あーあ。せっかくの豪華海老天丼がまずくなる。
会話を終わらせたい雰囲気を感じ取ったのか、良太もむくれた表情でのり弁をがつがつ食べだした。私も負けじと天丼をかきこむ。もっと味わって食べたいのに、ついついむきになってしまう。
良太のほうが先に食べ終わりそうなのが悔しくて、私はお茶を取りに席を立つ。断じて私が食べるのが遅いのではない。
「はい」
「っと! 零れるだろ」
「あんたね、持ってきてもらってそれ? ありがとうじゃないの!?」
「さっきから感じ悪くね?」
「良太がありがとうも言えないからでしょ」
「はいはい。ありがとうございますぅ」
「言い方!」
私は自分の飲み物が欲しかったのであって、良太の分まで用意する義理はなかったのだ。そりゃあ少しだけ乱暴になっちゃったかもだけど、あくまで親切心なんだからケチをつけられてはたまらない。
「宇多。最近変。おかしい」
「どこが」
「落ち着きがないっていうか。いきなり頭とか眼鏡とか変えちゃって。ジムだかヨガだか知らないけどさぁ。急に色気づいちゃって? 俺としては、宇多が痛い方向に突っ走るんじゃないかと気が気じゃないわけ」
「はああ? あんたに心配してもらういわれはないんだけど。だいたいねぇ、」
ああ。
ダメだ。
止まらない。
「仕事、仕事って、本当に仕事かわかったもんじゃない! 別に結婚してるわけでもなし? 浮気したってどうってことないだろうしあんたの勝手だけど。私は自分の仕事が終わったら真っすぐ帰宅してあんたの食事を準備してろって? デートはおろか贈り物ひとつしてくれないくせに、私にはあんたの食事代かぶってまでやりたくもない炊事させられんの! んで休みには俺の部屋の掃除洗濯までって何様よっ」
止めなきゃいけないってわかっているのに、私の口はブレーキが壊れて大暴走だ。
止めなきゃ終わる。私たちの関係が終わる。そう思うのに止められない。
止めなきゃなのに、どこかで「全部ぶちまけちゃえ!」って思っている。
「それに色気づいて何が悪い! 色気がないから手ぇ出してこないんでしょ! こんなんじゃ結婚したって子どもだってできるわけない。結婚も子どもも嫌なら期待させんなっ」
止めたいのか、続けたいのか、どっちが本心なのか、私自身にも、もうわからない。
こんなこと考えている間にも、私の口は良太に対する積年の不平不満をつらつらとあげつらっている。
「私はあんたのママでもなければ家政婦でもないんだってば! ばかっ!!」
──終わった。
私たちの8年が無に帰した。
どうあがいたってもう駄目だ。
本当に悪いのは私だ。
私はしてはいけないことをしてしまった。恋人として、いや、人として言ってはいけないことをマシンガンよろしく撃ち放ってしまった。
良太は何も言わない。
言い返してこない。
同じだけ怒鳴り返してこればいいのに。
大好きな彼の、驚いたようで深く傷ついた顔を見ていられない。
最低だ。
気持ちが悪い。
吐き気がする。
沈黙に殺される。
財布の入ったカバンをひっつかんで飛び出すしかなかった。
ホットヨガと脱毛の効果は目に見えるのが楽しい。比例して私の自信も回復しつつある。
自分のやりたいことを優先させるからといって、良太と全く会わないわけではない。ただ、甲斐甲斐しく良太の部屋へ通うのはやめた。一緒に過ごす時間が減った代わりに、「だらだら」とか「なぁなぁ」という感覚がなくなった。
放っておいても良太はうちにやってくる。むこうから来てくれるうちは大丈夫な気がしている。もちろん尺度得点があるわけじゃない。でも、目安にはなると思うんだ。
今夜は良太がうちにくると言うから、夕飯を仕入れてくるように頼んだ。
「おお。豪華」
やるな、ほか弁。
天丼が税込みたった540円。このお値段で大振りな海老が2本入り。大盤振る舞いもいいとこやろ。自炊するのがあほらしくなる。
「海老1本ちょーだい」
「やだ。食べたいなら良太も買えばいいでしょ」
「お前というやつは。このド定番ののり弁が最強にして最高と知らんのか」
「だったら黙ってのり弁食べてなさいよ」
いただきますと手を合わせ、私はさっさと海老の天ぷらにかぶりつく。
「ぎょうざ……」
「は?」
「宇多の餃子がよかった」
そういえばいつぞやそんなことを聞いたような気がする。今日はほか弁でといいつけたのは私だった。
「あのさ、私そもそも料理好きじゃないんだよね」
懐事情で自炊はする。裕福で自炊の必要がなければしないと思う。家事全般に言える。自分でやらなければならないからやるだけで、好きこのんでやるものか。
「知ってる。けど宇多の餃子が一番うまいもん」
「それはどうも」
「明日、」
「やだよ。めんどくさい」
発言を被せる私に良太が目を細めて抗議するけれど、めんどいものはめんどい。
「良太が作ってみたらいいじゃん。私より手先が器用で凝り性なんだから、料理に向いてんじゃない?」
「俺は宇多のがいいって言ってんだけど」
「私は嫌だって言ってんの」
あーあ。せっかくの豪華海老天丼がまずくなる。
会話を終わらせたい雰囲気を感じ取ったのか、良太もむくれた表情でのり弁をがつがつ食べだした。私も負けじと天丼をかきこむ。もっと味わって食べたいのに、ついついむきになってしまう。
良太のほうが先に食べ終わりそうなのが悔しくて、私はお茶を取りに席を立つ。断じて私が食べるのが遅いのではない。
「はい」
「っと! 零れるだろ」
「あんたね、持ってきてもらってそれ? ありがとうじゃないの!?」
「さっきから感じ悪くね?」
「良太がありがとうも言えないからでしょ」
「はいはい。ありがとうございますぅ」
「言い方!」
私は自分の飲み物が欲しかったのであって、良太の分まで用意する義理はなかったのだ。そりゃあ少しだけ乱暴になっちゃったかもだけど、あくまで親切心なんだからケチをつけられてはたまらない。
「宇多。最近変。おかしい」
「どこが」
「落ち着きがないっていうか。いきなり頭とか眼鏡とか変えちゃって。ジムだかヨガだか知らないけどさぁ。急に色気づいちゃって? 俺としては、宇多が痛い方向に突っ走るんじゃないかと気が気じゃないわけ」
「はああ? あんたに心配してもらういわれはないんだけど。だいたいねぇ、」
ああ。
ダメだ。
止まらない。
「仕事、仕事って、本当に仕事かわかったもんじゃない! 別に結婚してるわけでもなし? 浮気したってどうってことないだろうしあんたの勝手だけど。私は自分の仕事が終わったら真っすぐ帰宅してあんたの食事を準備してろって? デートはおろか贈り物ひとつしてくれないくせに、私にはあんたの食事代かぶってまでやりたくもない炊事させられんの! んで休みには俺の部屋の掃除洗濯までって何様よっ」
止めなきゃいけないってわかっているのに、私の口はブレーキが壊れて大暴走だ。
止めなきゃ終わる。私たちの関係が終わる。そう思うのに止められない。
止めなきゃなのに、どこかで「全部ぶちまけちゃえ!」って思っている。
「それに色気づいて何が悪い! 色気がないから手ぇ出してこないんでしょ! こんなんじゃ結婚したって子どもだってできるわけない。結婚も子どもも嫌なら期待させんなっ」
止めたいのか、続けたいのか、どっちが本心なのか、私自身にも、もうわからない。
こんなこと考えている間にも、私の口は良太に対する積年の不平不満をつらつらとあげつらっている。
「私はあんたのママでもなければ家政婦でもないんだってば! ばかっ!!」
──終わった。
私たちの8年が無に帰した。
どうあがいたってもう駄目だ。
本当に悪いのは私だ。
私はしてはいけないことをしてしまった。恋人として、いや、人として言ってはいけないことをマシンガンよろしく撃ち放ってしまった。
良太は何も言わない。
言い返してこない。
同じだけ怒鳴り返してこればいいのに。
大好きな彼の、驚いたようで深く傷ついた顔を見ていられない。
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