チキンさんの事始め

端本 やこ

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 お気に入りの眼鏡を高級ノートの上に置いて、私は自分で部屋着を脱いだ。
 良太の真っ直ぐな視線に受けて立つように、下着を、体を、隠さず、一歩一歩近づく。ベッドに座る良太の足の間に片膝をついた。

「黒。初めて見た気がする」

 肩先に触れた良太の唇がやけに熱い。似合ってる、と呟く吐息の灼熱に焦がされる。私の体を形とるように良太の指先が走る。感触を確かめるようにそっと。
 触れるか触れないかのギリギリの圧がくすぐったくて……色っぽい。
 大人だなって、大人になったんだなぁって、ぼんやりするのは、頭の中まで火照ってきている証拠だ。

「隠れて綺麗になるなよなー」
「心配した?」
「それなりに」
「そそられる?」

 良太が。私に。今、改めて。

「かなり」

 強引で余裕のないキスに興奮させられたのは私の方だった。お尻を半分だけ覆う布を中心でひとまとめにして、良太が指先を引っかけた。クイっと引かれるたび、食い込みがダイレクトに私を刺激する。
 食い込みに気を取られているうちに、口で探りあてられた乳房はブラカップからだらしなくこぼれた。

「宇多めっちゃエロい」

 良太もね、とは言えずに深く息を吸う。尾てい骨あたりで悪さをしていた動きがいつの間にか前に移動していた。

「あーあ。新しいパンツべったべたにして」

 ぐりぐりと割れ目の奥へ挟まってくるショーツは、もはや布というより紐で、良太の指の代わりを果たす。

「おお。マジで毛ないじゃん」

 クロッチを挟み込んだ部分を観察して、はむっとかぶりついてきた。

「ん」
「ぷにっぷに。宇多、こんな肉厚だったけな」
「良太が忘れちゃうぐらい、抱かれてない」
「そう意地悪言いなさんな。じっくり味わって思い出すから」

 言葉通り、良太は紐を完全にずらして、開いた。すっと外気が体内に侵入して無意識にぶるっと震えてしまう。粘膜に良太の視線を感じる。荒っぽく中をほぐす本物の指とは裏腹に、寒くないようにと温める舌使いは繊細で、どちらの動きもあますことなく気持ちがいい。今まで隠れていた部分にも丁寧に舌を這わせて、これじゃまるで良太を覚え込まされているみたいだ。
 もう息継ぎなんて気にしてられない。荒々しい呼吸の合間に漏れる嬌声はほとんど呻き声だ。

「ンあっ、りょーた」
「何? もっと?」

 良太の髪をつかんだ手に指を絡められて追い立てられる。私の好きな動きは知り尽くした良太だ。弄ぶのも高めるのも意のままで、悔しいけれど、それがたまんなくて膣が喜びで収縮する。

「パイパンめっちゃいい」
「気に入った?」
「最高。なにかとやりやすいし、宇多の感度上がってね?」
「そうか、もっ、、、あぁ!」

 最高潮を迎えてハアハアと息を整える私の耳にパチッとコンドームを装着した音が届く。

「いって」
「どしたの?」
「ゴムに巻き込まれるとけっこー痛い」
「ふっ。良太も全剃りマンにしなよ」
「え。それはちょっと勇気ないなー」
「剃ったげるよ」
「やだ。怖い」
「やってみると案外平気」
「まぁ考えとく。それより、さすがにもう脱がせるね」
「あ。うん」

 私が腰を浮かせて、良太がショーツを取っ払う。丸められたショーツは笑っちゃうぐらい、お洒落さもセクシーさからもかけ離れてしまった。

「ブラも、な」
「うん」

 丸裸になった胸をに顔をつけて「やっぱ肌質変わった」とすり寄ってきた。無邪気さのある仕草にきゅんとして思わず抱きしめる。

「宇多」
「うん」

 キスと同時に、ゆっくり挿入された。良太と繋がるこの瞬間が一番好きだ。
 セックスが好きで、私がセックスを好きなのは──

「良太。好き」

 溢れた想いは独り言に近いのに、良太はしっかりと、でも優しく抱きしめ返してくれた。
 幸せはここにある。
 最中であることは是非に及ばず。
 今、私は満たされている。

「ちょっとごめんな」

 耳元に一言残してから良太は腕をつぱって体を離した。次に起こる期待はあるから甘んずる。そのくせ、ゼロ距離でなくなった寂しさが脚で良太の腰を固めさせた。

「入れたばっかで抜かないって」
「ん。わかってるけど」
「ほら。入ってるだろ、ここに」

 そう言って、良太が掌で私のかつて茂みがあった部分に圧をかけた。

「あっ」
「わかる? 感じる? 俺が宇多の中にいるの」

 いたずらっぽいピストンがはじまった。わざと内壁を擦るような動きと、外部からの圧迫が、脳に電気信号を送り続ける。膣から子宮を通ってショートしかけた信号が目の奥でチカチカと火花を散らす。

「良太。りょーたっ。……りょっうんっっ」

 激しさを増す攻めに私は良太の名前を呼ぶことしかできない。
 私の呼びかけに呼応するように腰を打ち付ける良太の高揚がわかる。
 もう終わって欲しいってぐらい激しくて、でもこのまま永遠に穿たれてもいたくて。

「くっ、出るッ」

 噛みしめるような良太の呻きと一緒に私の中の火花も完全に弾け飛んだ。
 眩しさから一転、瞼の裏に暗がりが訪れた。
 股の間に残る余韻と忙しい脈拍をなだめる。正直、めっちゃよかった。
 ごそごそと良太が動く気配がする。何か声をかけようとも思うけれど、野暮ったい気がしてやめた。
 息が整ったころ、処理を終えた良太がごろんと横に寄り添うように寝そべった。 

「けっこう頑張ったなー」
「えっちだけじゃなくて、だもんね」
「なぁなぁ。明日、休まん?」
「予定もないのに?」
「俺ら真面目に働いてんだから、一回ぐらいズルしてもええやろ。一日中ゴロゴロしたい」

 いつもの私なら説教をおっぱじめるところだ。せっかく休みを取得するならば旅行でも計画しようってね。
 でも、今の私の気持ちは良太寄り。一日中ゴロゴロには惹かれる。あわよくばイチャイチャできてしまうのではと期待も含め。

「んー、明日起きてから考えよ」
「ノリ悪っる~」
「どこの理都子だっつーの」
「おまっ。よりによってアレに例えんなよ」
「性欲解禁したら誰しも理都子でしょ」
「なるなよ。宇多は絶対ほかにフラフラしたら駄目。頼むから」
「良太次第なとこあるけどねー」
「もう迎えなんて行ってやらねぇかんな」
「来るよ。来てくれるよ、良太は」

 自信満々でのぞき込むと、良太はふと視線を外した。
 ね、やっぱり。私が世話を焼くように、良太は私の面倒をみてくれるんだから。

「ほんっっっと良太は私のこと大好きよね~」
「それは宇多だろ。やってる間ずーっと、りょーた、りょーた言うてたのはどこの誰でしたっけね~」

 事実だけど面白くない。
 私はぷいっと背中を向けて寝る姿勢に入る。良太は慌てる様子もなく、私の背中にぴったりくっついてきた。

「おやすみ、宇多」
「うん。おやすみ」
 
 回された腕に重ねて、恋人繋ぎで眠りにつく。
 明日、一日中、か。
 いいかも。
 すると直ぐに良太の寝息が耳元にかかった。いくらなんでも早過ぎる。
 けど、まぁ、

「そりゃ疲れたに違いないっか」

 思わずクスッとしてしまう。
 私はもう一度「おやすみ」と呟いて穏やかな良太の寝息を子守歌にした。
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