チキンさんの事始め

端本 やこ

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 けたたましい目覚ましで朝に連れ戻される。
 本日も快晴なり。カーテンに遮られたぼんやりとした明るさが天気を告げる。
 次いで、喉の渇きと内腿のべたつきで、事後そのまま寝てしまったことを思い出す。さすがにちと気持ち悪い。シャワーしよっと。
 体を起こして素っ裸なことも思い出した。きょろきょろと昨晩身に着けていた黒い下着を探す。ベットのすぐ横、足許で、公園に放置された泥団子さながら丸まって転がっていた。
 あーあ。せっかくのセクシーさが台無しぞ。
 手洗いせねばなるまい。せっかく良太も気に入ってくれたんだから、長持ちさせたい。

「おはぉー、宇多ぁ。愛してるぞー」

 髭の伸びた良太がしどけない間延びした声を出した。寝ぼけ眼を眩しそうに細めて私を眺める。
 こいつ。本当に寝ぼけている……と思っていたら、

「愛してるよ。ほんとに」

 と、続いた。
 んまっ! 開口一番なにごと!?
 まさか本気で休むつもりなんじゃ……。

「言わなきゃ伝わんねーんだから言うさ。だから、ちゃんとそのまま受け取れよ」

 私の驚きを読み取ったらしい。相変わらず優しく目を細めたままの良太が、私の頬を軽く撫で上げる。
 私にとって大きな壁を良太はいつでも軽々飛び越えて、私に手を差し伸べる。
 本当はそれだけシンプルなことなんだ。
 とてつもなくシンプルなくせに、とんでもなく難しい。
 気持ちを、考えを、ちゃんと言葉にして伝える、それだけのことなのにな。
 私より体温の高い良太の右手をそっと握る。私に差し伸べられた温かい手を。
 照れてる場合じゃない。努力を怠って、本当に大切な存在を失くすだなんて馬鹿げているもの。

「うん。りょーたのことは私が責任もって世話したげるから安心して。ちゃんと介護まで面倒みるから」

 こんな素直じゃない私を扱えるのはこの手だけ。
 だから、私は離さない。この手が動かなくなるまで、絶対に。

「さっ、起きるよ! 朝ごはん、トースト焼くから。さっさと顔洗ってきて!」

 私は両手で無理やり引っ張り上げて、良太を急かす。
 時間を読んでパパっと逆算して、朝食の準備と自分もシャワーを浴びる算段をつける。
 出勤したら、詩乃宛てに自社製品のギフトセットを贈ろう。洗剤詰め合わせを、中井さんの分も2セット。オシャレさの欠片も見当たらないのが私っぽいってもんよ。

「なー、宇多。今日遅くなる?」
「今日は定時で上がれるはずだから、ヨガ行くつもり」
「なら丁度いいかも。今晩、餃子作って。精のつくもん食いたい」
「調子にのるな」
「スーパーで待ち合わせよ」

 それはあれかい?
 一緒に買い物して、一緒に作って、一緒に片づけまで終わらせるってことだよね。

「それじゃ今夜は良太んちね。ニンニク臭くなるし」
 
 わかった、と良太が元気に立ち上がる。そして良太は洗面所へ、私はキッチンへ向かう。
 昨日の苛立ちが嘘みたいに消滅して、小さな約束で今日も一日頑張れそうな気がしてしまう。
 我ながら現金だ。
 トーストだけじゃなんだから、サラダとハムエッグに、インスタントスープもつけて進ぜよう。
 きっと良太はあっと言う間に平らげて、時計をチラ見して気怠く「行くかー」と先に家を出る。それから私は大急ぎで新調した他の下着セットを準備しよう。良太の家に置いてある着替えをこっそり交換せねば。

「お待たせー」
「おっ、うまそ。サンキュ」

 最後に、バターを塗ったくったトーストを並べると、良太はマグカップのスープをくるくる溶かす手を止めた。
 正面に座って手を合わせる。

「いただきます」
「いただきます」

 こうして平凡な私たちの平凡な一日が、今日もはじまる。


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