ぶさた

端本 やこ

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本編

1:誠

 人間、四十になると一年なんて瞬き一回の間に過ぎている。
 元旦に「ああ、今年ももう終わったようなもんだ」と感じてしまうのだから、ポール・ジャネも驚きだろう。
 今年もまた、瞬く間に恒例行事「歳忘れの会」が開かれている。時代に逆うかのような盛大な催しは社風が半分、もう半分は土地柄ということにしておこう。
 営業部というのは、関係各部に無理を言うのも仕事の一部だったりする。社内に伝手を作れ! と、全員参加は半分義務化している。
 かくいう俺もご多分に漏れずってやつだ。
 外回りを言い訳に、代表以下のつまらない挨拶が終わった頃合いを見計らって会場に顔を出したのは、単純にダルいから。

 ホテルの宴会場を瓶ビール片手に練り歩く。面倒は先に酔わせて潰すに限る。上役には抜け目なく、自分と同等アーンド以下にはそつなく。広い会場を一周し終えて、自席のある円卓を目指す。
 おっ、女子の隣ラッキ♪
 籤で決まる席は、外れを引くとむさ苦しい野郎席であったり、上役達がズラズラと並ぶ事もある。

「華やかな席で今年は当たりだな」

 伏せられたままのグラスを二個反転させて席に着く。自分の分は手酌でいい。
 隣の女性社員の答えを聞くどころか、まともに見るのも一杯流し込んでからだ。
 琥珀の液体を満たした飾り気のないグラスを隣に置いて、手にあるものを勝手に合わせる。
乾杯の肴に、目線を足元から走らせる。どの時点で何処の誰か当たりをつけられるかのひとり遊びだ。
 高すぎないヒールに、スラリと伸びた脚は膝下が長く美しい。ツイード生地のセットアップはモノトーンで落ち着いた印象だ。細い首、白いうなじに、パールのアクセサリーが華やかさを添える。耳に揺れているそれがやけにチラチラと視線を捉える。

 んー。
 こんな色気ある子、ウチに居たか? 

 ちょいキツメのデキる系には、甘えるか紳士を装うかの二択だ。この岐路は間違えられない。とは言え、社内の人間にあまり格好をつけられたものでもない。
 
「俺、営業の久我島。よろしくね」

 どうぞとグラスを勧めるついでに、それはそれは軽い口調で自己紹介をして記憶を探る。

「存じております」
「それは光栄だな」

 キョトンとした目を向けられて、興味を引けた事実にほくそ笑む。

「仕事柄、人を覚えるのは得意なんだけどな。しかもこんな美人を忘れる訳もない。新人さんかな?」
「お酒に強くて有名な鬼の営業課長が酔ってらっしゃる訳でも無し。つまらない冗談は止めてください」

 んぁ?
 この凛と通った声。少し早口だが活舌が良く聞き取り易い話し方。

「は? え? うそぉ!?」
「何ですか、その話し方」
「まさか、、、相園主任かっ」
「だから何なんですか、さっきから」

 いやいやいやいや。
 ちょーっと待て!

 経理の相園佳奈あいぞの かなと言えば、地味で仕事はきっちりきっかり。普段は髪をひっつめ、化粧っ気はなく、風紀委員さながら事務職のダサイ制服を着こなしている。
 良くも悪くも、真面目が過ぎるお局事務員だ。
 経理なくして営業は立ち行かない。無理を強いて貫き通す営業部にとって、融通の利かない経理部は鬼門である。
 鬼門に立ちはだかる口煩い佳奈を適当に遣り込めるのは、課長である俺の役目になっていた。
 佳奈と顔を合わせる機会は多く、聞かされるのは決まってクレームだ。期限を守れだのなんだのと小言めいたものばかりである。

 その、相薗主任が!
 変貌ってレベルちゃうだろっ。

 冷えた瞳が流行りの大きめな眼鏡の奥から射抜いてくる。気の強そうな雰囲気は変わらないものの、小さな顎のラインから流れる細く長い首が色っぽい。
 ビールに口を付けただけでほんのり頬を染め上げた。
 色気を上乗せした横顔をマジマジと見つめる。

 眼鏡一つでここまで印象変わるものか?

 思えば、仕事中は銀のハーフリムの眼鏡とマスクで半分以上顔を隠している。尊顔を拝したのは初めてだ。
 俺が可愛さの残る美人系に惹かれるのはいつものことだ。佳奈の素顔の美しさをスルーしちまっていたのは不覚。んでもって、今ここで必死に毅然を貫こうとする姿勢に気づかない俺ではない。
 弱さを見せるは武器になるって知らないのかねぇ。

「ビール苦手だった?」
「シャンディだったら飲めます」
「ぷっ。無理しなくていいよ」

 お付き合いぐらいはだとか、ビールでなければと言い訳しているが、照れている様子が見て取れる。そこは付き合うところでも照れるところでもないだろうに。

「可愛いとこあんじゃん」

 わざと指が触れるようにグラスを掠め取った。佳奈の口紅の痕を微妙に外して一気に飲み干す。
 横目に佳奈が固まったのが見えた。
 おもしろ。
 思い通りの反応を見せられて、よけいにかまいたくなる。
 通りかかった給仕係に二人分の飲み物を注文した。

「甘い泡ならいけるでしょ」
「いただきます」

 すみませんと小さく呟いたのも聞き逃さなかったが、あえて聞こえないふりをした。

 勤続年数に比例して、入れ代わり立ち代わり声が掛けられる。その頻度は佳奈も近しいものがある。
 俺の場合、既に上役への挨拶は終えているのだから、残りは適当にあしらって問題なし。

「私も久我島さんと同じテーブルが良かったのにぃ」
「ねー。私なんて副社長の隣だよ!」
「俺の横で飲むならそれなりの覚悟して物言えよ」

 セクハラもパワハラも、場と相手と何より自分のキャラを弁えれば認識されない。その辺りの機微を察せられてこその営業職である。
 円卓に寄って来た女子たちを相手にしながら、新人の出し物を眺める佳奈を気にしていた。

「相園さ~ん! 俺の晴れ舞台見てくれました?」
「センター張るだけあるわね。この衣装も似合ってる」

 余興を終えた新人男性が駆け寄った。ずいぶん懐いているとみえる。佳奈も楽しそうに、アイドルを真似た衣装の短いスカートを摘んで捲りにかかっている。辱めを受けながらも喜ぶガキが疎ましい。

 ん~、妬けるねぇ。

 俺には口うるさいだけの女が、砕けた雰囲気で若手に接するのが単純に面白くない。
 女を見る目はそれなりに養ってきた自負がある。
 私服姿で気付けなかったのは悔しいし、俺以外にはフランクに対応するのも許容し難い。

 攻略対象確定。

 社内の人間だけに手は抜けない。
 キャピキャピする女子を適当にいなし、久々に本気で追い込むのも一興だと狙いを定めた。
感想 2

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