13 / 16
お仕事体験編
13
しおりを挟む
「う、嘘でしょ……」
躊躇いなくダイヤを飲み込む橙子に、美穂は自分の目を疑う。
橙子とジンの様子を注意深く伺っていたのに、ほんの一瞬の出来事で完全に隙を突かれてしまった。まさか一気飲みするとは思いもよらず、唖然と眺めるほかなかった。
「ちょっ、本当に飲んだ!?」
美穂は唖然から立ち直るや否や、大きな声を出して橙子に駆け寄った。
「んふふ」
橙子はごきげんに頬を緩ませるばかりだ。
(ダメだダメだダメだっ。この人、素人どころかただの大馬鹿!)
下手に水分を取らせても、体内でどんな化学反応を起こすかわからない。できる事ならば、今すぐここで吐き出させたい。
橙子の様子が気になる美穂には、もう他の姿は見えていなかった。慣れない場所でのおどおどした態度は消滅し、しっかり橙子を支えて立ち上がらせようとした。
「橙子さん、トイレ行きましょう」
「美穂ちゃん行っといで~」
座ったままの橙子に今のところ変化はない。見た目も話し方もどこまでが演技かすでに美穂にはわからなくなりつつある。
「橙子さん」
「んー?」
「いいじゃん」
力づくで橙子を引き上げようとして、若い男に阻まれた。イヤホンの一件で、拭い切れない疑惑と扱い方がわからないという戸惑いが織り交ざっているような目をしている。
「美穂ちゃんも飲んでみなよ」
「いえ。私は」
「はいストーップ。もぅ、怖がらせないでってさっきも言ったでしょ」
クスクスと笑う橙子が、美穂を掴む手にそっと触れた。真面目な子だからと続けて、ジンにした時と同じように指を絡めて巧みに奪っていく。
美穂は滑らかに動く橙子の指先から目が離せなかった。しなやかな手つきは駆け引きを楽しんでいるようで、同性でもその手で愛撫されたいと思わせる蠱惑的な動きをする。
美穂に対する警戒を解いた男は、まるで操り人形のようにストンと橙子の横に腰を落ち着けた。
橙子は若い男と指を絡ませたまま、上体は反対隣のジンに傾けた。
今逃げては、あまりにもあからさまだろう。
ひとまず美穂に薬物を勧める流れは断ち切ることができた。
美穂だけでも行かせたい。美穂が動かないのは指示なのか。
(徹さん! まだ来てくれないとか嘘でしょ!)
知らない内に、カーテンで仕切られたスタッフルームから数人のギャング構成員が出てきた。限界を感じる橙子は焦燥感に苛立ちはじめていた。
徹を信じて茶番を続けているが、あまりに時間の経過が遅く感じる。
ジンの説明からしてダイヤに媚薬効果があることは理解している。橙子にとって過去一番忘れ去りたい記憶であるが、榊原事件の体調変化の経過を必死に思い出す。
「何か暑くなってきたねー。下の熱気?」
確か身体が火照ったのが第一段階だった。飲酒のせいだと勘違いする程度にのぼせた。
次いで、体に力が入らなくなり、最終的には寒気を感じた。意識はあっても深い思考はできなかった。ぼーっとした感じも酔っ払った状態に近かったと記憶している。
朝まで元気に踊れる栄養剤だとジンは言った。となれば、寒気を感じて身体の自由が利かなくなることはないと、橙子は経験則から導き出していた。
「エアコン調整させたけどね。酔ったんじゃない?」
ソファの背もたれに回されたジンの手が橙子の肩に回された。肩の形をなぞる手の動きにセクシーな魅力はない。ただ淫らな印象を与えるだけの動きに美穂は嫌悪を抱く。
「脱いじゃえば?」
橙子の透け感のあるシフォンのトップスの胸元にジンの指が引っ掛かり、悪戯に首元に顔を寄せた。
(ひいっ。マジかぁぁ⁉ もうムリぃぃぃいいーーーっっ!)
首筋に届いた男の唇が極度の不快感を落とし、橙子の我慢は限界を超えた。
ジンの胸に手を置き腕を突っ張る。が、思うように力が入らない。ずるりとソファに沈み込んで全身で避ける。
はずみで眼鏡がずり落ちてしまった。
眼鏡を構う余裕はなく、首を捻ってジンから距離を保とうとする。
橙子の必死の抵抗も虚しく、嘲笑うかのような吐息が首筋を這うだけだった。
『動くな』
扉が勢いよく開けられ、怒号が届いた。
ジンに覆いかぶさられた橙子からは階段につながる出入口は見えない。大勢の猛々しい足音がうねりとなって感じられた。多勢が入り乱れ、テレビでしか聞いたことのない効果音に唸り声までも混ざる。
「はい。こっちだよっと」
緊迫した状況下、聞きなれた俊樹の声が間近でした。普段通りの、のんびりした口調だ。橙子は耳からの情報だけで自身の安全が確保されたと理解する。
助かったと、泣きたくなるのも束の間。ジンが剥がされたと思ったら、代わりの何かが覆い被さってきた。
「ぎゃっ」
「橙子さん伏せて!」
美穂に押し倒され、完全にソファに倒れ込んだ。
「み、ほちゃん?」
「じっとしてて!」
美穂の体の隙間から、俊樹がジンを取り押さえる瞬間を見る。
驚きと怒りの混ざる表情をしたジンの動きを流れのまま封じた。まるで抵抗する余地が無かったように見える。子どもとのお遊びのように、簡単に決着がついた。
「すごっ。トッシー、かっこい~」
俊樹はジンの身柄を確保したまま、橙子ににっこり微笑みかけた。
「おっ。惚れ直しちゃった?」
「いや。元々惚れてない」
「せっかく助けに来たというのにおまえというヤツぁ」
俊樹は楽しそうに、わらわらと追いついた若手捜査員たちにジンを引き渡す。へらへらした調子を一切崩さず、ジンの視界に橙子を入れない様に守り抜いた。
躊躇いなくダイヤを飲み込む橙子に、美穂は自分の目を疑う。
橙子とジンの様子を注意深く伺っていたのに、ほんの一瞬の出来事で完全に隙を突かれてしまった。まさか一気飲みするとは思いもよらず、唖然と眺めるほかなかった。
「ちょっ、本当に飲んだ!?」
美穂は唖然から立ち直るや否や、大きな声を出して橙子に駆け寄った。
「んふふ」
橙子はごきげんに頬を緩ませるばかりだ。
(ダメだダメだダメだっ。この人、素人どころかただの大馬鹿!)
下手に水分を取らせても、体内でどんな化学反応を起こすかわからない。できる事ならば、今すぐここで吐き出させたい。
橙子の様子が気になる美穂には、もう他の姿は見えていなかった。慣れない場所でのおどおどした態度は消滅し、しっかり橙子を支えて立ち上がらせようとした。
「橙子さん、トイレ行きましょう」
「美穂ちゃん行っといで~」
座ったままの橙子に今のところ変化はない。見た目も話し方もどこまでが演技かすでに美穂にはわからなくなりつつある。
「橙子さん」
「んー?」
「いいじゃん」
力づくで橙子を引き上げようとして、若い男に阻まれた。イヤホンの一件で、拭い切れない疑惑と扱い方がわからないという戸惑いが織り交ざっているような目をしている。
「美穂ちゃんも飲んでみなよ」
「いえ。私は」
「はいストーップ。もぅ、怖がらせないでってさっきも言ったでしょ」
クスクスと笑う橙子が、美穂を掴む手にそっと触れた。真面目な子だからと続けて、ジンにした時と同じように指を絡めて巧みに奪っていく。
美穂は滑らかに動く橙子の指先から目が離せなかった。しなやかな手つきは駆け引きを楽しんでいるようで、同性でもその手で愛撫されたいと思わせる蠱惑的な動きをする。
美穂に対する警戒を解いた男は、まるで操り人形のようにストンと橙子の横に腰を落ち着けた。
橙子は若い男と指を絡ませたまま、上体は反対隣のジンに傾けた。
今逃げては、あまりにもあからさまだろう。
ひとまず美穂に薬物を勧める流れは断ち切ることができた。
美穂だけでも行かせたい。美穂が動かないのは指示なのか。
(徹さん! まだ来てくれないとか嘘でしょ!)
知らない内に、カーテンで仕切られたスタッフルームから数人のギャング構成員が出てきた。限界を感じる橙子は焦燥感に苛立ちはじめていた。
徹を信じて茶番を続けているが、あまりに時間の経過が遅く感じる。
ジンの説明からしてダイヤに媚薬効果があることは理解している。橙子にとって過去一番忘れ去りたい記憶であるが、榊原事件の体調変化の経過を必死に思い出す。
「何か暑くなってきたねー。下の熱気?」
確か身体が火照ったのが第一段階だった。飲酒のせいだと勘違いする程度にのぼせた。
次いで、体に力が入らなくなり、最終的には寒気を感じた。意識はあっても深い思考はできなかった。ぼーっとした感じも酔っ払った状態に近かったと記憶している。
朝まで元気に踊れる栄養剤だとジンは言った。となれば、寒気を感じて身体の自由が利かなくなることはないと、橙子は経験則から導き出していた。
「エアコン調整させたけどね。酔ったんじゃない?」
ソファの背もたれに回されたジンの手が橙子の肩に回された。肩の形をなぞる手の動きにセクシーな魅力はない。ただ淫らな印象を与えるだけの動きに美穂は嫌悪を抱く。
「脱いじゃえば?」
橙子の透け感のあるシフォンのトップスの胸元にジンの指が引っ掛かり、悪戯に首元に顔を寄せた。
(ひいっ。マジかぁぁ⁉ もうムリぃぃぃいいーーーっっ!)
首筋に届いた男の唇が極度の不快感を落とし、橙子の我慢は限界を超えた。
ジンの胸に手を置き腕を突っ張る。が、思うように力が入らない。ずるりとソファに沈み込んで全身で避ける。
はずみで眼鏡がずり落ちてしまった。
眼鏡を構う余裕はなく、首を捻ってジンから距離を保とうとする。
橙子の必死の抵抗も虚しく、嘲笑うかのような吐息が首筋を這うだけだった。
『動くな』
扉が勢いよく開けられ、怒号が届いた。
ジンに覆いかぶさられた橙子からは階段につながる出入口は見えない。大勢の猛々しい足音がうねりとなって感じられた。多勢が入り乱れ、テレビでしか聞いたことのない効果音に唸り声までも混ざる。
「はい。こっちだよっと」
緊迫した状況下、聞きなれた俊樹の声が間近でした。普段通りの、のんびりした口調だ。橙子は耳からの情報だけで自身の安全が確保されたと理解する。
助かったと、泣きたくなるのも束の間。ジンが剥がされたと思ったら、代わりの何かが覆い被さってきた。
「ぎゃっ」
「橙子さん伏せて!」
美穂に押し倒され、完全にソファに倒れ込んだ。
「み、ほちゃん?」
「じっとしてて!」
美穂の体の隙間から、俊樹がジンを取り押さえる瞬間を見る。
驚きと怒りの混ざる表情をしたジンの動きを流れのまま封じた。まるで抵抗する余地が無かったように見える。子どもとのお遊びのように、簡単に決着がついた。
「すごっ。トッシー、かっこい~」
俊樹はジンの身柄を確保したまま、橙子ににっこり微笑みかけた。
「おっ。惚れ直しちゃった?」
「いや。元々惚れてない」
「せっかく助けに来たというのにおまえというヤツぁ」
俊樹は楽しそうに、わらわらと追いついた若手捜査員たちにジンを引き渡す。へらへらした調子を一切崩さず、ジンの視界に橙子を入れない様に守り抜いた。
3
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる