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お仕事体験編
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「う、嘘でしょ……」
躊躇いなくダイヤを飲み込む橙子に、美穂は自分の目を疑う。
橙子とジンの様子を注意深く伺っていたのに、ほんの一瞬の出来事で完全に隙を突かれてしまった。まさか一気飲みするとは思いもよらず、唖然と眺めるほかなかった。
「ちょっ、本当に飲んだ!?」
美穂は唖然から立ち直るや否や、大きな声を出して橙子に駆け寄った。
「んふふ」
橙子はごきげんに頬を緩ませるばかりだ。
(ダメだダメだダメだっ。この人、素人どころかただの大馬鹿!)
下手に水分を取らせても、体内でどんな化学反応を起こすかわからない。できる事ならば、今すぐここで吐き出させたい。
橙子の様子が気になる美穂には、もう他の姿は見えていなかった。慣れない場所でのおどおどした態度は消滅し、しっかり橙子を支えて立ち上がらせようとした。
「橙子さん、トイレ行きましょう」
「美穂ちゃん行っといで~」
座ったままの橙子に今のところ変化はない。見た目も話し方もどこまでが演技かすでに美穂にはわからなくなりつつある。
「橙子さん」
「んー?」
「いいじゃん」
力づくで橙子を引き上げようとして、若い男に阻まれた。イヤホンの一件で、拭い切れない疑惑と扱い方がわからないという戸惑いが織り交ざっているような目をしている。
「美穂ちゃんも飲んでみなよ」
「いえ。私は」
「はいストーップ。もぅ、怖がらせないでってさっきも言ったでしょ」
クスクスと笑う橙子が、美穂を掴む手にそっと触れた。真面目な子だからと続けて、ジンにした時と同じように指を絡めて巧みに奪っていく。
美穂は滑らかに動く橙子の指先から目が離せなかった。しなやかな手つきは駆け引きを楽しんでいるようで、同性でもその手で愛撫されたいと思わせる蠱惑的な動きをする。
美穂に対する警戒を解いた男は、まるで操り人形のようにストンと橙子の横に腰を落ち着けた。
橙子は若い男と指を絡ませたまま、上体は反対隣のジンに傾けた。
今逃げては、あまりにもあからさまだろう。
ひとまず美穂に薬物を勧める流れは断ち切ることができた。
美穂だけでも行かせたい。美穂が動かないのは指示なのか。
(徹さん! まだ来てくれないとか嘘でしょ!)
知らない内に、カーテンで仕切られたスタッフルームから数人のギャング構成員が出てきた。限界を感じる橙子は焦燥感に苛立ちはじめていた。
徹を信じて茶番を続けているが、あまりに時間の経過が遅く感じる。
ジンの説明からしてダイヤに媚薬効果があることは理解している。橙子にとって過去一番忘れ去りたい記憶であるが、榊原事件の体調変化の経過を必死に思い出す。
「何か暑くなってきたねー。下の熱気?」
確か身体が火照ったのが第一段階だった。飲酒のせいだと勘違いする程度にのぼせた。
次いで、体に力が入らなくなり、最終的には寒気を感じた。意識はあっても深い思考はできなかった。ぼーっとした感じも酔っ払った状態に近かったと記憶している。
朝まで元気に踊れる栄養剤だとジンは言った。となれば、寒気を感じて身体の自由が利かなくなることはないと、橙子は経験則から導き出していた。
「エアコン調整させたけどね。酔ったんじゃない?」
ソファの背もたれに回されたジンの手が橙子の肩に回された。肩の形をなぞる手の動きにセクシーな魅力はない。ただ淫らな印象を与えるだけの動きに美穂は嫌悪を抱く。
「脱いじゃえば?」
橙子の透け感のあるシフォンのトップスの胸元にジンの指が引っ掛かり、悪戯に首元に顔を寄せた。
(ひいっ。マジかぁぁ⁉ もうムリぃぃぃいいーーーっっ!)
首筋に届いた男の唇が極度の不快感を落とし、橙子の我慢は限界を超えた。
ジンの胸に手を置き腕を突っ張る。が、思うように力が入らない。ずるりとソファに沈み込んで全身で避ける。
はずみで眼鏡がずり落ちてしまった。
眼鏡を構う余裕はなく、首を捻ってジンから距離を保とうとする。
橙子の必死の抵抗も虚しく、嘲笑うかのような吐息が首筋を這うだけだった。
『動くな』
扉が勢いよく開けられ、怒号が届いた。
ジンに覆いかぶさられた橙子からは階段につながる出入口は見えない。大勢の猛々しい足音がうねりとなって感じられた。多勢が入り乱れ、テレビでしか聞いたことのない効果音に唸り声までも混ざる。
「はい。こっちだよっと」
緊迫した状況下、聞きなれた俊樹の声が間近でした。普段通りの、のんびりした口調だ。橙子は耳からの情報だけで自身の安全が確保されたと理解する。
助かったと、泣きたくなるのも束の間。ジンが剥がされたと思ったら、代わりの何かが覆い被さってきた。
「ぎゃっ」
「橙子さん伏せて!」
美穂に押し倒され、完全にソファに倒れ込んだ。
「み、ほちゃん?」
「じっとしてて!」
美穂の体の隙間から、俊樹がジンを取り押さえる瞬間を見る。
驚きと怒りの混ざる表情をしたジンの動きを流れのまま封じた。まるで抵抗する余地が無かったように見える。子どもとのお遊びのように、簡単に決着がついた。
「すごっ。トッシー、かっこい~」
俊樹はジンの身柄を確保したまま、橙子ににっこり微笑みかけた。
「おっ。惚れ直しちゃった?」
「いや。元々惚れてない」
「せっかく助けに来たというのにおまえというヤツぁ」
俊樹は楽しそうに、わらわらと追いついた若手捜査員たちにジンを引き渡す。へらへらした調子を一切崩さず、ジンの視界に橙子を入れない様に守り抜いた。
躊躇いなくダイヤを飲み込む橙子に、美穂は自分の目を疑う。
橙子とジンの様子を注意深く伺っていたのに、ほんの一瞬の出来事で完全に隙を突かれてしまった。まさか一気飲みするとは思いもよらず、唖然と眺めるほかなかった。
「ちょっ、本当に飲んだ!?」
美穂は唖然から立ち直るや否や、大きな声を出して橙子に駆け寄った。
「んふふ」
橙子はごきげんに頬を緩ませるばかりだ。
(ダメだダメだダメだっ。この人、素人どころかただの大馬鹿!)
下手に水分を取らせても、体内でどんな化学反応を起こすかわからない。できる事ならば、今すぐここで吐き出させたい。
橙子の様子が気になる美穂には、もう他の姿は見えていなかった。慣れない場所でのおどおどした態度は消滅し、しっかり橙子を支えて立ち上がらせようとした。
「橙子さん、トイレ行きましょう」
「美穂ちゃん行っといで~」
座ったままの橙子に今のところ変化はない。見た目も話し方もどこまでが演技かすでに美穂にはわからなくなりつつある。
「橙子さん」
「んー?」
「いいじゃん」
力づくで橙子を引き上げようとして、若い男に阻まれた。イヤホンの一件で、拭い切れない疑惑と扱い方がわからないという戸惑いが織り交ざっているような目をしている。
「美穂ちゃんも飲んでみなよ」
「いえ。私は」
「はいストーップ。もぅ、怖がらせないでってさっきも言ったでしょ」
クスクスと笑う橙子が、美穂を掴む手にそっと触れた。真面目な子だからと続けて、ジンにした時と同じように指を絡めて巧みに奪っていく。
美穂は滑らかに動く橙子の指先から目が離せなかった。しなやかな手つきは駆け引きを楽しんでいるようで、同性でもその手で愛撫されたいと思わせる蠱惑的な動きをする。
美穂に対する警戒を解いた男は、まるで操り人形のようにストンと橙子の横に腰を落ち着けた。
橙子は若い男と指を絡ませたまま、上体は反対隣のジンに傾けた。
今逃げては、あまりにもあからさまだろう。
ひとまず美穂に薬物を勧める流れは断ち切ることができた。
美穂だけでも行かせたい。美穂が動かないのは指示なのか。
(徹さん! まだ来てくれないとか嘘でしょ!)
知らない内に、カーテンで仕切られたスタッフルームから数人のギャング構成員が出てきた。限界を感じる橙子は焦燥感に苛立ちはじめていた。
徹を信じて茶番を続けているが、あまりに時間の経過が遅く感じる。
ジンの説明からしてダイヤに媚薬効果があることは理解している。橙子にとって過去一番忘れ去りたい記憶であるが、榊原事件の体調変化の経過を必死に思い出す。
「何か暑くなってきたねー。下の熱気?」
確か身体が火照ったのが第一段階だった。飲酒のせいだと勘違いする程度にのぼせた。
次いで、体に力が入らなくなり、最終的には寒気を感じた。意識はあっても深い思考はできなかった。ぼーっとした感じも酔っ払った状態に近かったと記憶している。
朝まで元気に踊れる栄養剤だとジンは言った。となれば、寒気を感じて身体の自由が利かなくなることはないと、橙子は経験則から導き出していた。
「エアコン調整させたけどね。酔ったんじゃない?」
ソファの背もたれに回されたジンの手が橙子の肩に回された。肩の形をなぞる手の動きにセクシーな魅力はない。ただ淫らな印象を与えるだけの動きに美穂は嫌悪を抱く。
「脱いじゃえば?」
橙子の透け感のあるシフォンのトップスの胸元にジンの指が引っ掛かり、悪戯に首元に顔を寄せた。
(ひいっ。マジかぁぁ⁉ もうムリぃぃぃいいーーーっっ!)
首筋に届いた男の唇が極度の不快感を落とし、橙子の我慢は限界を超えた。
ジンの胸に手を置き腕を突っ張る。が、思うように力が入らない。ずるりとソファに沈み込んで全身で避ける。
はずみで眼鏡がずり落ちてしまった。
眼鏡を構う余裕はなく、首を捻ってジンから距離を保とうとする。
橙子の必死の抵抗も虚しく、嘲笑うかのような吐息が首筋を這うだけだった。
『動くな』
扉が勢いよく開けられ、怒号が届いた。
ジンに覆いかぶさられた橙子からは階段につながる出入口は見えない。大勢の猛々しい足音がうねりとなって感じられた。多勢が入り乱れ、テレビでしか聞いたことのない効果音に唸り声までも混ざる。
「はい。こっちだよっと」
緊迫した状況下、聞きなれた俊樹の声が間近でした。普段通りの、のんびりした口調だ。橙子は耳からの情報だけで自身の安全が確保されたと理解する。
助かったと、泣きたくなるのも束の間。ジンが剥がされたと思ったら、代わりの何かが覆い被さってきた。
「ぎゃっ」
「橙子さん伏せて!」
美穂に押し倒され、完全にソファに倒れ込んだ。
「み、ほちゃん?」
「じっとしてて!」
美穂の体の隙間から、俊樹がジンを取り押さえる瞬間を見る。
驚きと怒りの混ざる表情をしたジンの動きを流れのまま封じた。まるで抵抗する余地が無かったように見える。子どもとのお遊びのように、簡単に決着がついた。
「すごっ。トッシー、かっこい~」
俊樹はジンの身柄を確保したまま、橙子ににっこり微笑みかけた。
「おっ。惚れ直しちゃった?」
「いや。元々惚れてない」
「せっかく助けに来たというのにおまえというヤツぁ」
俊樹は楽しそうに、わらわらと追いついた若手捜査員たちにジンを引き渡す。へらへらした調子を一切崩さず、ジンの視界に橙子を入れない様に守り抜いた。
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