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第十六話 第七王女の冒険 3
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ラールセンが見るからに動揺した。
小さく息を呑み、目を見開くと、
「その鋭い瞳は……やっぱり、ウインドさん!?」
と言って、声を震わせつつ背筋をぴしっと伸ばした。
思わず頭を抱えたくなる光景だ。
学校ですれ違う時は気づきもしないくせに、仮面をつけたら僕だとわかる理由はなんだ?
瞳の形なんて覚えているのか?
――やばい。
その言葉以外に出てこない。興味というのか好意というのかわからないけれど、ラールセンからウインドに対する執着心を強く感じる。
怖いほどに。
「ちょっと、ラールセン」
隣から、「突然、やめなさいよ」とアネモネが肩に手をかける。
しかし、眼中に無いのかラールセンは素早く片手で払った。
「あのっ! この前は、色々失礼してすみませんでした! おれ……俺、ほんとなにも知らなくて、生意気なことばっかり言って! あの時の全部が、めっちゃかっこよかったです!」
茶髪の頭が僕の前で深々と下がる。
90度に近い角度で腰を折った、最大限の謝罪だ。
僕の背筋がぞわぞわと震える。危険な流れだ。少ないとはいえ、人通りは切れていない。
通りすがりの誰かが、「ラッセルドーンの息子?」とつぶやいた声が耳に届いて焦る。
どうやって切り抜けるか。
どう考えても、さっさと否定しておくべきだ。いや――声でばれるじゃん。通常声はハルマだし、バリトンボイスはウインド用だ。
無理だ。
「ウインドさん?」
顔を上げたラールセンに向けて、身振りで応えてみた。
――ワタシ、シャベレナイ。
口を指さしてから、両手でバツ印。
これでわかってもらえ――
「ああっ! あなたと俺との関係を軽々しく話すなってことですね! 秘密だと!」
ラールセンが感極まった声をあげて、「ほんと気づかなくてすみません! 正体を隠しておられるのに!」と、またも90度の謝罪。
アネモネはぽかんと口を開けているし、ナーシィはちょっと引いている。
僕も怖くなってきた。
こんな信者はいらないぞ。完全に周囲が見えていない。
「あの……この人は、ウインドじゃなくてブラックなの」
「……え?」
目が点になるとはこのことだ。
ラールセンが腰を折ったまま、ナーシィに首だけ向けた。
繰り返すが、動作がいちいち怖い。
視線を向けられた少女は一歩下がりかけてから、けなげに「この人は、ブラックという名前で、しゃべれないの」と伝えた。
その瞬間、スパンという小気味よい音を鳴らして、ラールセンの頭がはたかれた。
アネモネが「いい加減にしなさい。確認もせずに。女の子も怖がってるでしょ」と手を出したのだった。
「ウインドさん……じゃない?」
「だから、そう聞いたでしょ」
「あっ、確かに髪の色が違う……俺が……見間違えた?」
「わけのわからないところで、落ち込むのはやめなさいって。ほら、もう行こ。二人とも困ってるじゃん」
「でも……アネモネ、この人の瞳には見覚えが……」
「いい加減にしろっての。私も、もう付き合うの疲れた。半日歩き回ったのよ」
アネモネは大きなため息をついてから、ナーシィに「ごめんね、変なやつで」と謝罪した。
「いえ……」と相槌を打ったナーシィが、何を思ったのか、恐る恐る尋ねた。
「あの、お二人は……何を?」
「ん? 一応は買いものなんだけど……こいつに途中で捕まっちゃって、連れまわされたの」
アネモネは諦め顔でそう言って、がっくり肩を落とした。
ナーシィが小首を傾げたのを見て、さらに説明する。ちなみに、ラールセンは見る影もないほどに意気消沈している。
「よくわかんないけど、この人――あっ、ラールセンって言うんだけどね……仮面がどうしても欲しいらしいの」
「仮面……ですか? こんな?」
ナーシィが自分の白い仮面に指で触れた。
「まあ、デザインは何でもいいらしいけど……色にこだわってて、こんな色に近いんだって」
アネモネが耳に揺れるイヤリングを軽く弾いた。そして、じとっとした視線を放心状態のラールセンに向けた。
「これをどこで買ったんだ? ってしつこくて。昔買ったやつだから覚えてないって言ったんだけど……歩けば思い出すだろうって感じで連れまわされたわけ。ほんと災難よ。今日は手に入れたいものがあったのに」
そう言ってオーバーに肩をすくめたアネモネは大人びていて、とても同級生には見えない。
小さな仕草がかっこいい。
正直に言って――アネモネとラールセンが二人で並んで歩いていた場面は、ショックだった。
教室で言葉をかけてくれる数少ない女の子が、見知った男といるのが衝撃だった。
そんなもやもやが、アネモネの言葉を聞いて消えていった。別にラールセンと付き合っているわけじゃないのだ。
聞いてくれたナーシィには感謝しないと。
「ちょっと、ラールセン、しっかりしなさい!」
「……せっかく……せっかく出会えたと思ったのに」
「もう!」
アネモネは耐えきれなくなったように、ラールセンをずるずる引きずり始めた。
そして、誰にともなく恨み節で言った。
「ずっとこの調子で、ほんと呪いにかかったみたい。ウインドの呪い? 魔道具かなんかで消せないかな」
「ラールセンさんはウインドって人が大好きなんですね」
「そうみたい。憧れ……みたいな感じなのかな? 私はよくわかんないけど。あっ、そういえばそっちの人はブラックさんって聞いたけど、あなたは?」
「……ホワイトです」
アネモネが僕とナーシィを見比べて、にこっと微笑んだ。
「ホワイトとブラックの仮面がよく似合ってる。とってもお似合い」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
「今日は邪魔しちゃってごめんね。ラールセンにはきっちり言っとくから」
「ウインドさんと、いつか会えるといいですね」
「会えたら会えたで、色々めんどうなことになりそうな気もする。ウインドって人に迷惑になるかもしれないし」
「……かもしれませんね。あっ、お名前教えてもらってもいいですか?」
「私? アネモネよ」
「アネモネさん……私……ホワイトです」
「さっき聞いたよ」
二人は会話を終えて、お互いにくすくす笑った。
アネモネもきっと、ナーシィが偽名を使っていることくらいは気づいているだろう。
何も聞かないところが彼女の気遣いや優しさの証拠なのだ。
「さ、最後に一つだけ聞かせてほしい!」
さわやかに別れようとしていた僕たちは、突然復活したラールセンの声にぴたりと足を止めた。
アネモネが、残念な人間を見るような悲しげな顔をしている。
ナーシィがちょっと身構えつつ、
「あの……なにか?」
「何度見ても間違いないんだ。その鋭い瞳は――」
「だから、ブラックなんですけど……」
「わかってる。でも、一つだけ……お願いだ! ブラックさんは、きっとウインドさんに近い人間のはず。なんとなく似た雰囲気を感じる。彼の居場所、噂くらいは知らないだろうか? しゃべれないと偽る理由は聞かない。でも、俺はブラックさんがホワイトさんに耳打ちしたのを見たんだ」
ラールセンは一息に言いきって、熱い視線を向けた。
この質問だけは、僕に答えてほしい――そんな思いが伝わってくる。
勘弁してほしいが。
これは思っている以上に重症かもしれない。同一人物だと見抜く理由が、鋭い瞳ってだけなのが怖い。
あの時、かつらをかぶっていて助かった。身バレしていたら、本当に厄介なことになっていた。
「ですから、ブラックは答えられないと――」
気をきかせて断ろうとしたナーシィの肩に手を置いて止めた。
僕からはっきり伝えた方が早いだろう。
しゃべれることには、ラールセンもアネモネも最初から気づいていたのだろう。
通常声はダメ。
バリトンもダメ。
それなら――
「まったく知らないな」
裏声の高音ボイス。
ラールセンとアネモネの時間が止まった。
そして、「だ……だから、ブラックは声を出したくないんです」というナーシィの気恥ずかしそうなフォローに、僕は消え入りたくなった。
小さく息を呑み、目を見開くと、
「その鋭い瞳は……やっぱり、ウインドさん!?」
と言って、声を震わせつつ背筋をぴしっと伸ばした。
思わず頭を抱えたくなる光景だ。
学校ですれ違う時は気づきもしないくせに、仮面をつけたら僕だとわかる理由はなんだ?
瞳の形なんて覚えているのか?
――やばい。
その言葉以外に出てこない。興味というのか好意というのかわからないけれど、ラールセンからウインドに対する執着心を強く感じる。
怖いほどに。
「ちょっと、ラールセン」
隣から、「突然、やめなさいよ」とアネモネが肩に手をかける。
しかし、眼中に無いのかラールセンは素早く片手で払った。
「あのっ! この前は、色々失礼してすみませんでした! おれ……俺、ほんとなにも知らなくて、生意気なことばっかり言って! あの時の全部が、めっちゃかっこよかったです!」
茶髪の頭が僕の前で深々と下がる。
90度に近い角度で腰を折った、最大限の謝罪だ。
僕の背筋がぞわぞわと震える。危険な流れだ。少ないとはいえ、人通りは切れていない。
通りすがりの誰かが、「ラッセルドーンの息子?」とつぶやいた声が耳に届いて焦る。
どうやって切り抜けるか。
どう考えても、さっさと否定しておくべきだ。いや――声でばれるじゃん。通常声はハルマだし、バリトンボイスはウインド用だ。
無理だ。
「ウインドさん?」
顔を上げたラールセンに向けて、身振りで応えてみた。
――ワタシ、シャベレナイ。
口を指さしてから、両手でバツ印。
これでわかってもらえ――
「ああっ! あなたと俺との関係を軽々しく話すなってことですね! 秘密だと!」
ラールセンが感極まった声をあげて、「ほんと気づかなくてすみません! 正体を隠しておられるのに!」と、またも90度の謝罪。
アネモネはぽかんと口を開けているし、ナーシィはちょっと引いている。
僕も怖くなってきた。
こんな信者はいらないぞ。完全に周囲が見えていない。
「あの……この人は、ウインドじゃなくてブラックなの」
「……え?」
目が点になるとはこのことだ。
ラールセンが腰を折ったまま、ナーシィに首だけ向けた。
繰り返すが、動作がいちいち怖い。
視線を向けられた少女は一歩下がりかけてから、けなげに「この人は、ブラックという名前で、しゃべれないの」と伝えた。
その瞬間、スパンという小気味よい音を鳴らして、ラールセンの頭がはたかれた。
アネモネが「いい加減にしなさい。確認もせずに。女の子も怖がってるでしょ」と手を出したのだった。
「ウインドさん……じゃない?」
「だから、そう聞いたでしょ」
「あっ、確かに髪の色が違う……俺が……見間違えた?」
「わけのわからないところで、落ち込むのはやめなさいって。ほら、もう行こ。二人とも困ってるじゃん」
「でも……アネモネ、この人の瞳には見覚えが……」
「いい加減にしろっての。私も、もう付き合うの疲れた。半日歩き回ったのよ」
アネモネは大きなため息をついてから、ナーシィに「ごめんね、変なやつで」と謝罪した。
「いえ……」と相槌を打ったナーシィが、何を思ったのか、恐る恐る尋ねた。
「あの、お二人は……何を?」
「ん? 一応は買いものなんだけど……こいつに途中で捕まっちゃって、連れまわされたの」
アネモネは諦め顔でそう言って、がっくり肩を落とした。
ナーシィが小首を傾げたのを見て、さらに説明する。ちなみに、ラールセンは見る影もないほどに意気消沈している。
「よくわかんないけど、この人――あっ、ラールセンって言うんだけどね……仮面がどうしても欲しいらしいの」
「仮面……ですか? こんな?」
ナーシィが自分の白い仮面に指で触れた。
「まあ、デザインは何でもいいらしいけど……色にこだわってて、こんな色に近いんだって」
アネモネが耳に揺れるイヤリングを軽く弾いた。そして、じとっとした視線を放心状態のラールセンに向けた。
「これをどこで買ったんだ? ってしつこくて。昔買ったやつだから覚えてないって言ったんだけど……歩けば思い出すだろうって感じで連れまわされたわけ。ほんと災難よ。今日は手に入れたいものがあったのに」
そう言ってオーバーに肩をすくめたアネモネは大人びていて、とても同級生には見えない。
小さな仕草がかっこいい。
正直に言って――アネモネとラールセンが二人で並んで歩いていた場面は、ショックだった。
教室で言葉をかけてくれる数少ない女の子が、見知った男といるのが衝撃だった。
そんなもやもやが、アネモネの言葉を聞いて消えていった。別にラールセンと付き合っているわけじゃないのだ。
聞いてくれたナーシィには感謝しないと。
「ちょっと、ラールセン、しっかりしなさい!」
「……せっかく……せっかく出会えたと思ったのに」
「もう!」
アネモネは耐えきれなくなったように、ラールセンをずるずる引きずり始めた。
そして、誰にともなく恨み節で言った。
「ずっとこの調子で、ほんと呪いにかかったみたい。ウインドの呪い? 魔道具かなんかで消せないかな」
「ラールセンさんはウインドって人が大好きなんですね」
「そうみたい。憧れ……みたいな感じなのかな? 私はよくわかんないけど。あっ、そういえばそっちの人はブラックさんって聞いたけど、あなたは?」
「……ホワイトです」
アネモネが僕とナーシィを見比べて、にこっと微笑んだ。
「ホワイトとブラックの仮面がよく似合ってる。とってもお似合い」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
「今日は邪魔しちゃってごめんね。ラールセンにはきっちり言っとくから」
「ウインドさんと、いつか会えるといいですね」
「会えたら会えたで、色々めんどうなことになりそうな気もする。ウインドって人に迷惑になるかもしれないし」
「……かもしれませんね。あっ、お名前教えてもらってもいいですか?」
「私? アネモネよ」
「アネモネさん……私……ホワイトです」
「さっき聞いたよ」
二人は会話を終えて、お互いにくすくす笑った。
アネモネもきっと、ナーシィが偽名を使っていることくらいは気づいているだろう。
何も聞かないところが彼女の気遣いや優しさの証拠なのだ。
「さ、最後に一つだけ聞かせてほしい!」
さわやかに別れようとしていた僕たちは、突然復活したラールセンの声にぴたりと足を止めた。
アネモネが、残念な人間を見るような悲しげな顔をしている。
ナーシィがちょっと身構えつつ、
「あの……なにか?」
「何度見ても間違いないんだ。その鋭い瞳は――」
「だから、ブラックなんですけど……」
「わかってる。でも、一つだけ……お願いだ! ブラックさんは、きっとウインドさんに近い人間のはず。なんとなく似た雰囲気を感じる。彼の居場所、噂くらいは知らないだろうか? しゃべれないと偽る理由は聞かない。でも、俺はブラックさんがホワイトさんに耳打ちしたのを見たんだ」
ラールセンは一息に言いきって、熱い視線を向けた。
この質問だけは、僕に答えてほしい――そんな思いが伝わってくる。
勘弁してほしいが。
これは思っている以上に重症かもしれない。同一人物だと見抜く理由が、鋭い瞳ってだけなのが怖い。
あの時、かつらをかぶっていて助かった。身バレしていたら、本当に厄介なことになっていた。
「ですから、ブラックは答えられないと――」
気をきかせて断ろうとしたナーシィの肩に手を置いて止めた。
僕からはっきり伝えた方が早いだろう。
しゃべれることには、ラールセンもアネモネも最初から気づいていたのだろう。
通常声はダメ。
バリトンもダメ。
それなら――
「まったく知らないな」
裏声の高音ボイス。
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