第七王女の買い物係~仮面とダンジョンと二世界転生~

深田くれと

文字の大きさ
16 / 29

第十六話 第七王女の冒険 3

しおりを挟む
 ラールセンが見るからに動揺した。
 小さく息を呑み、目を見開くと、

「その鋭い瞳は……やっぱり、ウインドさん!?」

 と言って、声を震わせつつ背筋をぴしっと伸ばした。
 思わず頭を抱えたくなる光景だ。
 学校ですれ違う時は気づきもしないくせに、仮面をつけたら僕だとわかる理由はなんだ?
 瞳の形なんて覚えているのか?
 ――やばい。
 その言葉以外に出てこない。興味というのか好意というのかわからないけれど、ラールセンからウインドに対する執着心を強く感じる。
 怖いほどに。

「ちょっと、ラールセン」

 隣から、「突然、やめなさいよ」とアネモネが肩に手をかける。
 しかし、眼中に無いのかラールセンは素早く片手で払った。

「あのっ! この前は、色々失礼してすみませんでした! おれ……俺、ほんとなにも知らなくて、生意気なことばっかり言って! あの時の全部が、めっちゃかっこよかったです!」

 茶髪の頭が僕の前で深々と下がる。
 90度に近い角度で腰を折った、最大限の謝罪だ。
 僕の背筋がぞわぞわと震える。危険な流れだ。少ないとはいえ、人通りは切れていない。
 通りすがりの誰かが、「ラッセルドーンの息子?」とつぶやいた声が耳に届いて焦る。
 どうやって切り抜けるか。
 どう考えても、さっさと否定しておくべきだ。いや――声でばれるじゃん。通常声はハルマだし、バリトンボイスはウインド用だ。
 無理だ。

「ウインドさん?」

 顔を上げたラールセンに向けて、身振りで応えてみた。
 ――ワタシ、シャベレナイ。
 口を指さしてから、両手でバツ印。
 これでわかってもらえ――
 
「ああっ! あなたと俺との関係を軽々しく話すなってことですね! 秘密だと!」

 ラールセンが感極まった声をあげて、「ほんと気づかなくてすみません! 正体を隠しておられるのに!」と、またも90度の謝罪。
 アネモネはぽかんと口を開けているし、ナーシィはちょっと引いている。
 僕も怖くなってきた。
 こんな信者はいらないぞ。完全に周囲が見えていない。

「あの……この人は、ウインドじゃなくてブラックなの」
「……え?」

 目が点になるとはこのことだ。
 ラールセンが腰を折ったまま、ナーシィに首だけ向けた。
繰り返すが、動作がいちいち怖い。
 視線を向けられた少女は一歩下がりかけてから、けなげに「この人は、ブラックという名前で、しゃべれないの」と伝えた。
 その瞬間、スパンという小気味よい音を鳴らして、ラールセンの頭がはたかれた。
 アネモネが「いい加減にしなさい。確認もせずに。女の子も怖がってるでしょ」と手を出したのだった。

「ウインドさん……じゃない?」
「だから、そう聞いたでしょ」
「あっ、確かに髪の色が違う……俺が……見間違えた?」
「わけのわからないところで、落ち込むのはやめなさいって。ほら、もう行こ。二人とも困ってるじゃん」
「でも……アネモネ、この人の瞳には見覚えが……」
「いい加減にしろっての。私も、もう付き合うの疲れた。半日歩き回ったのよ」

 アネモネは大きなため息をついてから、ナーシィに「ごめんね、変なやつで」と謝罪した。
「いえ……」と相槌を打ったナーシィが、何を思ったのか、恐る恐る尋ねた。

「あの、お二人は……何を?」
「ん? 一応は買いものなんだけど……こいつに途中で捕まっちゃって、連れまわされたの」

 アネモネは諦め顔でそう言って、がっくり肩を落とした。
 ナーシィが小首を傾げたのを見て、さらに説明する。ちなみに、ラールセンは見る影もないほどに意気消沈している。

「よくわかんないけど、この人――あっ、ラールセンって言うんだけどね……仮面がどうしても欲しいらしいの」
「仮面……ですか? こんな?」

 ナーシィが自分の白い仮面に指で触れた。

「まあ、デザインは何でもいいらしいけど……色にこだわってて、こんな色に近いんだって」

 アネモネが耳に揺れるイヤリングを軽く弾いた。そして、じとっとした視線を放心状態のラールセンに向けた。

「これをどこで買ったんだ? ってしつこくて。昔買ったやつだから覚えてないって言ったんだけど……歩けば思い出すだろうって感じで連れまわされたわけ。ほんと災難よ。今日は手に入れたいものがあったのに」

 そう言ってオーバーに肩をすくめたアネモネは大人びていて、とても同級生には見えない。
 小さな仕草がかっこいい。
 正直に言って――アネモネとラールセンが二人で並んで歩いていた場面は、ショックだった。
 教室で言葉をかけてくれる数少ない女の子が、見知った男といるのが衝撃だった。
 そんなもやもやが、アネモネの言葉を聞いて消えていった。別にラールセンと付き合っているわけじゃないのだ。
 聞いてくれたナーシィには感謝しないと。

「ちょっと、ラールセン、しっかりしなさい!」
「……せっかく……せっかく出会えたと思ったのに」
「もう!」

 アネモネは耐えきれなくなったように、ラールセンをずるずる引きずり始めた。
 そして、誰にともなく恨み節で言った。

「ずっとこの調子で、ほんと呪いにかかったみたい。ウインドの呪い? 魔道具かなんかで消せないかな」
「ラールセンさんはウインドって人が大好きなんですね」
「そうみたい。憧れ……みたいな感じなのかな? 私はよくわかんないけど。あっ、そういえばそっちの人はブラックさんって聞いたけど、あなたは?」
「……ホワイトです」

 アネモネが僕とナーシィを見比べて、にこっと微笑んだ。

「ホワイトとブラックの仮面がよく似合ってる。とってもお似合い」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
「今日は邪魔しちゃってごめんね。ラールセンにはきっちり言っとくから」
「ウインドさんと、いつか会えるといいですね」
「会えたら会えたで、色々めんどうなことになりそうな気もする。ウインドって人に迷惑になるかもしれないし」
「……かもしれませんね。あっ、お名前教えてもらってもいいですか?」
「私? アネモネよ」
「アネモネさん……私……ホワイトです」
「さっき聞いたよ」

 二人は会話を終えて、お互いにくすくす笑った。
 アネモネもきっと、ナーシィが偽名を使っていることくらいは気づいているだろう。
 何も聞かないところが彼女の気遣いや優しさの証拠なのだ。

「さ、最後に一つだけ聞かせてほしい!」

 さわやかに別れようとしていた僕たちは、突然復活したラールセンの声にぴたりと足を止めた。
 アネモネが、残念な人間を見るような悲しげな顔をしている。
 ナーシィがちょっと身構えつつ、

「あの……なにか?」
「何度見ても間違いないんだ。その鋭い瞳は――」
「だから、ブラックなんですけど……」
「わかってる。でも、一つだけ……お願いだ! ブラックさんは、きっとウインドさんに近い人間のはず。なんとなく似た雰囲気を感じる。彼の居場所、噂くらいは知らないだろうか? しゃべれないと偽る理由は聞かない。でも、俺はブラックさんがホワイトさんに耳打ちしたのを見たんだ」

 ラールセンは一息に言いきって、熱い視線を向けた。
 この質問だけは、僕に答えてほしい――そんな思いが伝わってくる。
 勘弁してほしいが。
 これは思っている以上に重症かもしれない。同一人物だと見抜く理由が、鋭い瞳ってだけなのが怖い。
 あの時、かつらをかぶっていて助かった。身バレしていたら、本当に厄介なことになっていた。

「ですから、ブラックは答えられないと――」

 気をきかせて断ろうとしたナーシィの肩に手を置いて止めた。
 僕からはっきり伝えた方が早いだろう。
 しゃべれることには、ラールセンもアネモネも最初から気づいていたのだろう。
 通常声はダメ。
 バリトンもダメ。
 それなら――

「まったく知らないな」

 裏声の高音ボイス。
 ラールセンとアネモネの時間が止まった。
 そして、「だ……だから、ブラックは声を出したくないんです」というナーシィの気恥ずかしそうなフォローに、僕は消え入りたくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

転生したら王族だった

みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。 レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...