第七王女の買い物係~仮面とダンジョンと二世界転生~

深田くれと

文字の大きさ
17 / 29

第十七話 第七王女の冒険 4

しおりを挟む
「そんなにおもしろかった?」

 二人と別れた僕は、ナーシィの小さな手を引いて路地を進んでいる。
 さっきから彼女は笑いっぱなしだ。

「あの時はそんなにだったのに、思い出すとおもしろいの」

 ナーシィは「ふふふ」と目じりを曲げている。

「いい案だと思ったんだけど、いざやってみると恥ずかしかった。ラールセンも目が点になってたし」

 僕は七色の声なんて操れない。普通、低い、高い――の三種類ぐらいが限界だ。
 でも、よりにもよってあの二人の前で披露しなくても良かったかもしれない。アネモネは固まってしまったラールセンを引きずりながら、「失礼しまーす」と大笑いしていたし。
 きっと、あれも演技だと見抜いたのだと思う。

「ねえ、ハルマ、どこに向かってるの? お城の方向じゃないよ?」
「もう少しでつくよ」

 僕は、はやる気持ちをぐっと抑えて、ナーシィを連れ歩く。歩幅は大きいし、彼女にはしんどいかもしれない。
 けれど、時折小走りになりながらも、がんばってくれる。
 行先を言わないことに文句も言わず。
 僕の頭の中には、一つのキーワードがある。
 それは、『呪い』
 アネモネが言っていた。

 ――ウインドの呪い? 魔道具かなんかで消せないかな。

 彼女の言うとおりだ。なぜ思いつかなかったのか不思議だ。
 僕の力は『呪い』を消せない。ナーシィのマナを外に排出した時も、一時しのぎで根本的な解決にはなっていない。
 呪いに詳しい友人もいないし、魔道具だって持っていない。王家が匙を投げるほどだ。
 でも、僕には『前の世界の資源』がある。
 最難関と言われていたダンジョンの最下層まで潜った実績と、手に入れてきた『前の世界のアイテム』がある。
 それはもちろんこの世界の住人には使えない。
 動作のためのエネルギーが『マナ』じゃなく『魔力』だからだ。

「もう少しだよ」

 ナーシィの瞳が期待に満ちていく。
 僕が何をしようとしているのか。何を考えているのか――すべてが伝わっているような気がするほどに。
 とある民家横の酒だるを重ねた細い路地を左に。道を抜けて、手作りの看板通りを抜けて少し。こじんまりした扉に、木彫りの妖精像がかけられた店がある。
 馴染みの店。『おしゃべり妖精亭』だ。そこには、『前の世界の友人』がいる。
 僕は壊さんばかりの勢いで、背の低い扉を引いた。

「ハストン、お願いがあるんだ!」
「あっ、まだ準備中で――ってその声ハルマか? 仮面なんてつけてどうした? ん? その子誰だ?」

 カウンター奥にハストンが立っていた。
 黒い蝶ネクタイに灰色のベスト。ロマンスグレーの髪はオールバック。整えた口ひげがとてもダンディだ。
 少し離れた場所では銀髪をツインテールに結んだ娘のルルカナが皿を並べている。腰の細いワンピースが可愛らしい。

「<強欲な天秤>があったよね?」
「それはあるが……待て待て、全然話が見えないぞ。先に事情を説明してくれ」
「うん、実はね――」

 僕はそう言って、ナーシィの背中を押した。「仮面を外してくれるかい?」と聞くと、彼女はじっと瞳を見つめてから、首を縦に振った。
 賢いだけじゃなくて、度胸もある。

「ハルマが、そう言うなら」

 ナーシィはゆっくりと白い仮面を外した。
 雪のような色の肌に、渦巻く黒い紋様があらわになった。それが異質なものだと、ハストンは一目で分かったようだ。
「こいつは変わった呪いだな」と口にしながらカウンターを回って近づいてくる。
 手に持っていたグラスを置き、ナーシィを見下ろした。
 その視線に、彼女は曇りの無い瞳で応えた。

「名前は?」
「……イールランド=ナーシィです」

 ハストンが「おいおい」とつぶやき、片眉を曲げて僕を見た。

「イールランド=ナーシィって言うと、七番目の王女様と同じ名前だ」
「その本人だよ」
「ハルマが言ってた仕事は、この子のお守りか?」
「お守りじゃなくて、僕は買い物係にしてもらったんだ」
「……ハルマ、俺たちは大っぴらに外で動けない存在だぞ。よりにもよって王家の人間とつるむなんて、何を考えてるんだ? 何のためにお前に装備を渡したと思ってる?」
「僕が、そうすると決めたんだ。悪いかい?」

 ハストンは「やれやれ」とつぶやいてから、諦めた視線を空中に投げる。

「元リーダーは、一度決めると手に負えないからな」
「そんな僕を助けてくれるのが、ハストンだっただろ?」
「ハルマだけじゃない。残りのやつらも一緒だ。俺ばっかりいつも後始末に追われるんだ。どうして、ここでも同じなんだ?」
「ハストンがいるから、僕らが自由に動けたんだ」
「はあ……ったく。今の俺に褒め殺しは通用しないんだよ。ハルマより長く生きてるからな」

 苦笑するハストンが腕組みをして、ナーシィの顔を見つめる。
 そして、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。

「第七王女ナーシィ様、とお呼びするべきかな?」
「いえ、必要ありません。今の私はなにもできない子供なので」
「オッケー。病弱で頼りないって噂だが、嘘だったな。期待以上の返事だ――ルルカナっ、扉をクローズにしろ」

 ハストンが素早く娘のルルカナに指示を出す。
 銀髪を揺らすルルカナが僕の隣を通り抜けて、外に出てから戻ってきた。

「これで、今日は貸し切りだ。また赤字だ」
「今度、僕がタダで仕事がんばるよ」
「じゃあ、ハルマにつけとくか。で……<強欲な天秤>がいるんだったな。ちなみに、呪いの力はどんなやつだ?」
「よくわからないんだ。分かってるのは、体内のマナの放出を一切許さないってことだけ」
「すぐに死ぬような呪いじゃないが、厄介だな」
「そうなんだ。武器も魔術も使えないし、放っておくとマナが溜まりすぎて動けなくなる」
「なるほどな……まあ、そういうことなら俺も<強欲な天秤>を使うことに賛成だ。よし……そういうことなら、早速取ってくる」
「僕も行こうか?」
「地下をひっくり返すだけだ。すぐ終わる。待っててくれ」


 ***


 ハストンは早々に奥の部屋に消えた。地下に続く隠し階段があるのだ。
 <黒鋼の鎚>の使い手である彼は、ストレージに残っていた『前の世界の金属』を使って、地下室を作った。
 転生して時間が経ったときに、ストレージ内のアイテムを使えなくなることを恐れたらしい。この世界のマナを操る力にめぐまれず、味方のいない世界は、とても心細かったと思う。
 けれど、結果的に地下室は素材の力も相まって頑丈だ。
 並みの探闘者では傷ひとつつかないほどの硬度らしい。

「ナーシィって言ったっけ?」

 考え事をしていると、ルルカナが近づいてきた。
 興味深そうに、ナーシィの黒い紋様を見つめている。

「ええ、ルルカナさん……でしたよね?」
「ルルカナでいい」
「じゃあ、私もナーシィで」

 王家のたしなみだろうか。作り上げた彼女の微笑は完ぺきだ。引きこもり気味の王女はしっかり王家の訓練をこなしてきたのだろう。
でも、市場で大声で笑っていたことを知る僕には壁を感じさせる。
 最年長が二人の仲をとりなすべきだ。
 などと考えて口を挟もうとした時、ルルカナがさらにナーシィに近寄った。いや、詰め寄ったと言ってもいい距離だ。
 予想外だったのか、ナーシィが少し引いた。
 今日はこんな場面を良く見る。

「何歳?」
「私? 十歳……です」
「今年、十歳になるの? もう十歳?」
「え? ……少し前に十歳になりました」
「そうなんだ。そっか。私は、もう少しで十一歳」
「はあ……」
「ハルマと歳が近いのは私ってこと」
「へ?」

 ナーシィが、わけのわからないルルカナの自慢げな態度に目を泳がせた。
 だが、次の言葉で態度が変わる。

「ハルマにお子様はふさわしくないと思うから」
「……そ、そんなことない!」
「へ?」

 ハストンがなかなか戻ってこないな――などと頬杖をついていた僕は、ナーシィの反応に間の抜けた声を漏らした。
 視線の先で、ルルカナがツインテールの髪をさらりと撫でてから、平らな胸をはった。

「ハルマと出会ってからどれくらい?」
「それは……」
「私はもう二年たつかな。うちの店は、ハルマセットって言うハルマ専用のメニューもあるくらい。パパと私がハルマのために考えたの」
「そ、それと、私がハルマにふさわしくないのは関係ないでしょ? そ、それに……それに……ハルマは私を助けてくれたんだから」
「私だって、何度も相談にのってもらってる。ハルマは、私にお菓子を食べさせてくれたこともあるの」
「ん?」

 僕の疑問の声には誰も反応してくれない。ナーシィとルルカナの視線は変わらず険しい。
 というか、相談? のったっけ?
 もしかして、「デザートはお菓子か果物か、どっちがいいかな?」って悩んでたときのことか? 十分も迷ってるから見かねて「こっちにしたら?」って差し出したときのことか?
 どことなく、おかしな雰囲気になってきたぞ。
 まるで僕を取り合う女性たち――のような子供のいがみあい。
 それはさらにヒートアップする。

「わ、私だって……今日、ハルマと間接キスしたんだから!」

 ごん、と室内に重い音が響いた。
 僕が机に頭をぶつけたのだ。
 なんだ、それは。
 確かに、ナーシィのとらえ方次第だよ、みたいなことは言ったけど。
 それに、ルルカナがこんなに挑発する子だと思ってなかった。

「う、嘘よ!」
「嘘じゃないもん! ハルマが『間接キスだね』って言ったもん!」
「ちょっと待て!」

 僕はたまらず割って入った。
 たしなめる視線をナーシィに向けると、彼女は顔を真っ赤にして服の裾をにぎりしめた。
 それに対して、ルルカナの「勝った」と言わんばかりの態度がひどい。
 呆れ顔で、彼女に聞いた。

「ルルカナ、どうしたんだい? なんかおかしいよ?」
「そんなことない……」
「ナーシィが悪いこと言った?」

 ルルカナが首を横に振って、ふてくされたように、ぷいっとそっぽを向いた。
 ナーシィは下を向いたまま顔を上げないし、この雰囲気はなんだ?
 僕が悪いのか?

 一応、誤解の無いように言っておくけど――
 君たちは十歳のお子様で、恋愛対象にはかすりもしないから。

 僕は大きなため息をつき、どうにもならない空気の中で、ハストンの帰りを今か今かと待ちわびていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生したら王族だった

みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。 レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

処理中です...