第七王女の買い物係~仮面とダンジョンと二世界転生~

深田くれと

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第二十三話 禁断の依頼 3

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「今、ウインドって言ったよな?」

 ラールセンの瞳が怖いほどに開かれている。つまようじが縦に入るんじゃないかと思うほど。
 だんだん病気は深刻になっているようで怖い。
 ここら辺で何かヒントをあげた方がいいのかもしれない。

「ウ、ウインドウショッピングって言ったんだよ。ラールセン」

 でも、僕の口から出た言葉は真逆だった。
 だって、ばれたら永遠に追いかけられそうだから。
 ラールセンの瞳がルルカナと僕の仮面に向いた。

「金が無いわけじゃないんだろ? ウインドウショッピングじゃないようだが? 仮面に興味が?」

 追及するような口調。
 ルルカナが端整な眉を寄せた。

「突然、なんなんですか? 仮にウインドって言ったらなにか関係あるんですか?」

 冷たい口調だ。せっかくの楽しい時間が台無しになったと言わんばかりの態度。
 ラールセンが、はっとしたような顔で「すまない」と口にした。我に返るくらいはできるらしい。

「俺はそっちのハルマと同じクラスのラールセン。最近、わけがあってウインドってやつを探してるんだが……知らないか? 君が、そう言ったように聞こえた。知ってるなら教えてくれ」

 ルルカナの視線が、ラールセンの落とした仮面に向いた。模様も材質も違う三枚だ。
 そして、こっちにちらりと意味深な視線。
 
 ――話していい人?
 ――やめて。

 そんな会話が僕らの間で繰り広げられ、ルルカナはこくりと頷いた。
 ナーシィと同じで、どうしてこんなに賢いんだろう。
 ルルカナが申し訳なさそうな表情を作る。こんな大人びた顔ができるのだと驚く。僕よりすごい。

「ごめんなさい。ハルマが言ったとおりなので……ウインドとは一言も……」
「そうか……」

 ラールセンがぎゅっと拳をにぎり込む。
 見ていて同情したくなるほどに顔が曇る。僕でこれだ。取り巻きの女の子なら、すぐ慰めてあげたくなるんだろうな。

「俺の勘違いか……」
「たぶん……」

 ラールセンはルルカナの言葉に自嘲気味に笑って、立ち去ろうと体勢を変えた。
 これで終わり。

「邪魔して悪かった。けど、ハルマ……お前、成績最下位だろ? せっかくの休みだぞ。訓練でもした方がいい」
「あっ、うん」
 
 別れ際に余計な一言だった。
 最近のラールセンはひどく真面目だ。がんばらないクラスメイトには、「そんなことじゃ強くなれない」とおせっかいな言葉をかけるようになっているらしい。
 必死に何かを目指す彼からすれば、ぬるい、と映るのだろう。
 もちろん――そう言われてクラスメイトが喜んでいるかというと微妙だ。

「もっと訓練しろ」

 強いラールセンの言葉だからと苦笑いする者もいれば、そんな言葉に気を悪くする人間もいるのだ。

「ウインドよりずーっと弱いあなたが、ハルマにそんなこと言う資格あるの?」
「えっ?」

 僕とラールセンは驚いて声の主に視線を向けた。
 ルルカナが不愉快そうに顔をしかめていた。さっきの大人ぶった態度がなりを潜め、子供っぽい強気さが漂っている。

「ル、ルルカナ?」
「ハルマは黙ってて。あなた――ウインドに憧れてるんでしょ? その仮面を見ればわかる」

 ラールセンがぽかんと口を開けて固まる。
 ルルカナが続ける。

「ごめんなさい。さっきのは嘘。私はウインドを知ってる」

 僕の頭は殴られたような衝撃を受けた。
 ルルカナは一体何を言い出すんだ。これはあとに引けなくなる。
 ラールセンが一瞬で歓喜の表情に変わる。小さな子供がたくさんのお菓子をもらったときのような顔と言えばわかりやすいか。

「や、やっぱりか! 俺の聞き間違いじゃなかった! やったぞ、ようやく手がかりを見つけた。教えてくれ! あの人はどこにいるんだ!?」
「教えない」
「なんだと!?」
「ハルマをバカにしたあなたには教えない」
「くっ――別にバカにしたつもりはないぞ」
「こんな場所でハルマの成績のことを言ったじゃない。私だって学校の成績は良くないけど、それだけで強さが決まるわけじゃない」
「君は……何が言いたいんだ?」
「勝負しましょう。成績がすべてじゃないって教えてあげる」
「バカバカしい。なぜ俺が子供の遊びに――」
「私に勝てたらウインドに取り次いであげる」
「なにっ!?」
「負けたら、ハルマに謝って」

 僕は思わず頭を抱えた。
 ルルカナの言葉は禁句だ。彼女はラールセンが異常にウインドに執着していることを知らない。リンゴのダンジョンであったことも、そのあとのラールセンの豹変ぶりも。
 そんな彼は当然――

「いいだろう。あてもなく探すのに疲れてきたところだ。負けたら何回でも謝ってやる。けど、君が負けたら――約束を守れよ。嘘だったら許さんぞ」
「ウインドのことで嘘なんか言わない。彼に顔向けできなくなるもん。それに……彼に認めてほしいって思うのはあなただけじゃないってこと」
「よくわからんが、君もどこか俺と似た様子だな」
「そう? 私の方がずっとウインドに近い位置にいると思うけど?」
「振り向かせたい気持ちで俺に勝てると思うな」
「気持ちだけじゃ、近づけない」

 ラールセンとルルカナがばちばちと視線をぶつけて舌戦を行う。
 ウインドを名乗る人間の目の前で。
 ルルカナの、「私に任せて」という視線がつらい。大人かと思っていたけど、やっぱり子供だ。聞き流せば終わる一言に食いつくなんて。
 僕はどうしようかなあと思いつつ、明後日の方向を向いた。
 仮面を買った店の店主が、ちょうど不思議そうに腕組みをして見ていた。
 ほんと、どうなるんだろう。


 ***


 勝負方法はなにか。
 結局、育成校の裏山を使うことになった。
 ルルカナは直接戦うことを望んだが、ラールセンが渋った。
「いくらなんでも、年下の女の子は傷つけられない」と紳士な態度で。こういうところが、モテる男の秘訣なんだろう。

「じゃあ、どうするの?」
「裏山を頂上まで先に登り切った方が勝ちってことにしよう」
「学校の授業でよくあるやつね」

 ってな感じで、二人の間で話がまとまり、翌日早々に勝負が行われることになった。
 ちなみに僕は審判役だ。
 裏山は結構な高さがあり、東西南北に四か所の入り口がある。
 山に出てくるのはせいぜいシカやイノシシくらいで、危険は少ない。疑似ダンジョンと呼ばれたりもするけど、どちらかというと授業では体力づくりに使われる。

 休日の早朝。山際から日が顔を出す時間帯。
 寒々しい気温の中、僕らは指定された場所に集まっていた。
 ルルカナの買い物に付きあうだけで、なぜここまでこじれることになったのだろう。

「うう……眠い。なんで私が……全然、関係ないのに」

 片手を口に当てて大あくびをする橙の髪の女性。アネモネだ。ラールセンとは幼馴染らしく、審判の一人に連れてこられたらしい。
「本当に一週間ケーキおごりだからね」と、ジト目でラールセンを睨んでいる。
 長髪の端に寝癖がついていて、準備不足がよくわかる。
 いつもの凛とした雰囲気が緩んでいて、ちょっとどきっとする。私服がまぶしい。

「しつこいぞ、アネモネ。約束は守ると言ってるだろ」

 ラールセンが吠えるように言う。
 彼は戦意満々だ。山登りをするために、ラピスラズリの剣は持っていない。ブーツも金属じゃなく皮製だ。ローブを身につけず、動きやすいシャツだけを羽織っている。
 重さを捨てた完全に勝つための装備だ。
 めまいがしそうになる。そんなにウインドを求めなくても。

「大丈夫、ハルマ。負けないから」

 銀髪をツインテールにしたルルカナが小さな拳を胸の前で握る。
 彼女の顔は「見てて」という気持ちがあふれている。

「ラールセンって、ハルマのクラスで一番なんでしょ?」
「まあ……」
「彼に勝てたら、私の魔力はそれ以上ってことだよね?」
「まあ……そうだね」

 ルルカナの目的が変わってきている気がする。
 最初はラールセンに謝罪を求めるためのはず。でも、彼女の背中はどこか弾んでいる。

「ウインドにふさわしいのは、ぜったい私だから」

 ルルカナのつぶやいた言葉。
 僕の耳は聞き逃さなかった。最初の目的忘れてるよね?

「そろそろ始めますか?」

 勝負は山登り。マナを使った何でもありの戦いだ。
 ただ、今日は相手の妨害と罠はなしだ。
 北ルートがラールセン。西ルートがルルカナ。
 フライングをしないよう、スタート地点で僕がラールセンを、アネモネがルルカナを見張ることになっている。
 合図があったら、一斉にスタートして、頂上まで競争と。
 で、肝心の合図係が――なぜ、この人なんだ。

「よし、では私が先に登る。ラールセン、気張れよ」

 濃い茶髪に口ひげ。早朝にも関わらずびしっとスーツを決めた男――ラッセルドーンだ。
 ワインレッドのネクタイが妙に輝いている。

「だが、勝負は勝負。私はズルは許さんぞ」
「わかってる……」

 ラッセルドーンがにやりと笑って僕を見た。
「なんか知らんが、おもしろいことになってるな」などと考えてるんじゃないだろうか。
 彼には顔を知られている。
 ラールセンから事情を聞いたときも、内心で笑っていたと思う。

「すごい……」

 ルルカナが驚嘆する。
 ラッセルドーンの体をマナが覆い始めたからだ。その量、密度、速度――すべてが図抜けていて、探闘者の中の探闘者だと実感する。
 この人に正面切って戦いを挑める人は少ないだろう。

「行くぞぉっ!」

 大地がめくれあがった。
 そう感じるほどのスタートダッシュだった。気合が入りすぎている。
 轟音が立て続けに鳴り響き、山の斜面に真っ直ぐな通路ができてしまった。
 おおよそ三分ほどだろう。もうもうと舞う土煙はブルドーザーが高速でかけあがったかのようだ。
 学校が苦労して作った山登りルートなんて、ラッセルドーンには関係ないらしい。

「お、おじさん……相変わらずね」

 アネモネがドン引きした様子で山の頂上を見上げる。
 ラールセンが小さく舌打ちを慣らした。

「化け物だ……でも、ウインドはそんな親父と互角。俺もやってやる。さあ、俺らも移動するぞ。親父は気が短いから、急がないと移動前に合図を出す」

 ラールセンはそう言ってルルカナを一瞥してから走り始めた。
 僕が後に続き、アネモネは別方向に走り始めたルルカナについていく。
 そして、北の入り口について数分。
 僕は、重苦しい空気の中で、気になっていたことを尋ねた。

「なんで、ウインドを探すの?」

 ラールセンが「ああ?」と振り返った。

「お前には関係ないだろ?」
「そうだけど……ラールセンって、何でも持ってて、ウインドなんて気にする必要なさそうだから」

 正直に思っていることを口にした。
 ダンジョンも家も、才能もモテ要素も持った男だ。多少負けても気にならないだろうと。
 けれど、ラールセンはポケットに手をつっ込んで背を向けると、ぼそりと言った。

「親父に勝ちたいんだ。でも、誰も親父にかなわない。歴代最高の探闘者ってやつな。だから勝つってやつの噂も聞いたことがない」
「ああ……なるほど……」
「ウインドは……その親父と互角らしいからな。一度会って話がしたい。できるなら、稽古をつけてほしい」

 ラールセンは「独り言だぞ」と最後に付け加えてから、ため息をついた。
 そして、「何より……あの人はかっこいいんだ」というつぶやきが、静寂な空気に溶けた。
 僕は自然と後ずさった。

「お前とこんなに話したのは初めてだな」
「そうだね……」
「あのルルカナって子、お前とどういう関係?」
「ラールセンとアネモネの関係に近いかな?」
「へえ……強いのか? はっきり言って、俺は負けないぞ。最近だいぶ鍛えてるしな」
「そ、そうなんだ……」
「俺が年下の女の子に負けると思うか? ウインドに夢を見てるらしいが、どう考えても無理だ。負けたあと、しっかりフォローしてやれ」
「う、うん……」

 ラールセンが腰に手を当てて頂上を見上げた。

「そういや、親父、どうやって頂上から合図を出すんだ? ハルマ、なんか聞いてる?」
「いや、何も――」

 僕は釣られて見上げる。
 と同時に――とてつもない轟音があたりに響き渡った。
 火山が噴火したかのような、腹の底にびりびりと伝わる音だ。
 山上で、何かが爆発した。
 土砂が広範囲に飛び散り、塵が舞っている。きのこ雲のような煙が立ち上った。
 僕はあんぐり口を開けた。
 ラッセルドーンは、マナを溜めて力任せに頂上を殴ったのだ。

「くそ親父め! これが合図かよ!」

 ラールセンが弾かれたように北のゲートに突っ込んだ。
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