無垢・Age28【AV女優橘遥の憂鬱】

四色美美

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二人乗りの理由

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 私は海翔さんの好意が嬉しかった。

自分はバイクで帰ることにして、青春十八切符を彼に譲ってくれたから。


彼とは暫く逢えなくなるかも知れない。
そう思った途端、急に寂しくなった。

東京に独り残されることが辛くなった。


私は橘遥……
半年前までAV女優をさせられた女だ。


あのモデル事務所の講師の時みたいに、囃し立てられるかも知れない。

もしそんなことになったら、彼がやっとの思いで取り戻してくれた笑顔さえも忘れてしまいそうだったのだ。




 だから私から海翔さんに頼んだのだ。

どうしても、此処に居たくない。
彼を向こうで待ちたいって言って。


勿論海翔さんは躊躇した。
愛するみさとさん以外、乗せたくないのは解っていて頼んでいたのだ。


でも彼は勘違いしているようだ。
全て私が悪いのに……




 彼には悪いと思っている。

結婚するまで待とうって決めたくせに、彼を挑発するような態度を取ってしまったことに。


『さっき、二人って言ったろ。さあ、愛の時間を楽しんで。あ、まだカミサンじゃないんだったっけ。こりゃとんだことを……』
海翔君はそう言いながら消えて行った。


(海翔さんは、二人のラブラブな時間を付くってくれた)

でも、そう思った途端急に恥ずかしくなった。


『アイツは本当にサプライズ好きだね』


『うん、聞きしに勝る……ん、んんん』

私は彼の唇で次の言葉を塞がれた。


『逢えなくて淋しかった。愛してる。愛してる』

その言葉を聞きたくて今此処に居る。

そう思った。




 『あの……たぶん……海翔君とバイクで来た?』

彼の質問にドキンとした。

私は頷いた。
頷くことしか出来なかった。


その瞬間。
彼の頭に血が上った。


そんなの見てりゃ判る。

私って……
考え無しのバカ。
彼を傷つけてまで……
バイクで来なければ良かった。
海翔さんに頼まなければ良かった。
そう思ったんだ。




 『海翔君のバカやろう。もうヤケだ。このまま、カミサンになっちまうか?』

でも彼はそう言ってくれた。


そっと……
頷いた。
その言葉が嬉しくて……
もう我慢の限界を超えていた。


それでも、理性が邪魔をする。
私達は結局何も出来ず、悶々とした夜を過ごす羽目になってしまったのだった。




*****
 俺は許さない。
海翔君を許さない。


なんで彼女と二人で来たんだ。
俺はあの日、初めて海翔君のバイクに乗せてもらった。
あの時、ヘルメットの紐がキュウキュウで苦しかったのを覚えている。


まさか……
その前にあのヘルメットを被ったのが彼女だったなんて。


海翔君……奥さん以外の女性を後部座席に乗せちゃいけないだろ?


しかも……
翌日には俺が来ることが解っていて……

あ、だからか?
又海翔君流のサプライズか?


海翔君にしてみたら、俺を喜ばすつもりだったのかも知れないけどね。


俺達はまだ挙式前なんだよ。
目の前にあんな凄い御馳走をぶる下げられて……

それでも我慢しなくちゃならない男の気持ち、判んないのか!?

俺は必死で耐えて、必死で抑え込んだ。

欲望と言う名のを、俺の恋心を。




 彼女は自分から頼んだなんて嘘まで付いてる。

其処まで言わせて、サプライズする必要なんかないんじゃないのかな?


俺、見てられなかった。
海翔君を必死に庇う彼女を……


あぁ、嫉妬だよ。ジェラシーだよ。


何時間も、あのバイクでくっ付いてきたんだよね。
背中と胸を密着させて走らせていたんだよね。

そう思うだけで、イライラする。メラメラする。




 海翔君……
俺って最低かな?


本当は俺、解っているんだ。
彼女が苦しいこと……

独りぼっちが辛いこと。


確かに社長の娘だってことになってる。
でも彼女は……


あっ、又言いそうだ。

やっぱ、俺って優柔不断だなぁ。


彼女が居心地悪いって知ってて、彼処へ置き去りにして来たくせに……




 だけど……
俺は許さない。
監督を許さない。


彼女を自分の娘じゃないかと疑っていながら……、なんで彼女を傷付けたんだ。


あの日。

彼女がヴァージンだと知っていながら、何故AV俳優陣に奪わせたんだ。
しかも……
監督自身までも……

昔愛した人にそっくりな彼女を……




 俺が彼女の許嫁だと解っていながら、なんで目の前で巨根の奴に遣らせたんだ。

苦痛に喘ぐ彼女の姿を見せ付けたんだ。

その上、その映像を俺に撮影させた。


俺が監督の恋人のヌードモデルの彼女と同棲していたからか?

彼女が俺を愛したって知ったからか?

それだけの理由で彼女を……

彼女を犯してもいいのか?


彼女は苦しんでいた。
物凄くもがいていた。


俺のが滲みるほど、彼奴等に痛め付けられていた。




*****
 私には何となく解っていた。
私の父が本当は誰なのかが……


『ねぇ母さん。その人遥って言うの?』


『あぁそうだよ。知らなかったのかい?』


『彼女、監督に橘遥って名付けられたのです。もしかしたら監督は全て知っていて……』


そう……
監督は全て知っていた。
だから私は後に、あの三ヶ月の誤差が監督を狂わせた事実に気付いたのだ。


生後三ヶ月の乳飲み子を乳児性突然死で亡くしたはるかさんは、三ヶ月後に故郷の墓に埋葬した。
その後、あの高速バスの事故に合ったのだ。


橘はるかさんを恋人のはるかさんだと思い込み、私が社長との間に産まれた子供だと勘違いしたのだ。


それが私が監督に犯された理由だ。
愛するが故に憎悪の念を抱き、その感情だけで私を支配しようとしたのだ。




 『監督?  橘遥?』

あの時、その言葉を聞いてドキンとした。
其処に居たのは社長だけではなかったからだ。


『すいません。いずれ判ることかも知れませんが……』


『すまんがキミ、ちょっと席を外してくれないか?』

彼に言われて、回りに人のいることに気が付いた社長が言った。


『はい。では廊下で待機しております。御要望がございましたらお声掛けをお願い致します』

その言葉を受けて、社長秘書はそっと部屋を後にした。




 『橘遥……って、もしかしたら例の戦慄か?   何故、そんなこと……』


(社長が戦慄を知っていた!!)

もう……、それだけで終わったと思った。




 でも、社長は私の体をバグしてくれた。


『お帰りはるか』
って言いながら……


優しくされて、今まで監督にあじあわされた苦労も忘れた。




 ハロウィンの悪夢撮影当日。

監督も辛いんだと思ったんだ。

監督がヤラセで責任を取らされた経緯は想像もつかない。

でも、時々私を見る目が気になる。

優しくなったり厳しくなったりして本当に掴み所のない人だった。


そう……
きっと監督ははるかさんを愛していて、私と重ねていたんだ。

恋人にそっくり私を憎んだのだ。


それでも、私は監督を許せない。
私のヴァージンをあんな奴等に奪わせたことを。
その上で、私を……


実の父に犯された娘が旦那に気遣われて……

彼にそんな思いをさせた監督を……

私は絶対に許せない。




*****
 俺は許せない。
自分を許せない。

海翔君にも注意されて、彼女に悟られないようにしていたんだけど……

どうやら俺の態度で解ってしまったらしいんだ。


どうしたらいいものか海翔君に相談しようとしていたら、彼女の方から会いに行こうと言ってきた。




 その結果、残った切符を有効期限中に使ってしまおうってことになった。


そう……
俺達は三人で、三人だけで東京へと向かったのだった。


海翔君の奥さんのみさとさんには、絶対に気付かれたくない。
彼女はそう思っていたようだ。


だけど海翔君はみさとさんには嘘は付きたくないと言った。





 俺達は結局二人で、駅にいた。
でも其処に二人が駆け付けて来た。


海翔君は俺達の大事な手続きあるから付いて行くと言ってくれたのだ。

俺自身、彼女が何を考えているのか判らない。
海翔君はなおのことだと思った。




 東京駅に着いてすぐにタクシー乗り場に向かう彼女。

俺達はただ思いでの場所へ向かうのだろうと思っていた。


でも着いた場所は……
監督の入っている拘置所だった。


彼女は監督を告訴した時に頼んだ弁護士に、三人分の面会の申し込みを依頼していたんだ。

三人分とは……
俺と彼女と、海翔君だった。


「えっ!?  俺も」

驚くのは当然のことだ。

俺さえも全く気付かなかった、彼女なりのサプライズだったのだから。




 「お父さん」
彼女が言った。

それを聞いて、監督が俺を睨んだ。


「お父さん。彼は何も言ってないの。私が彼に逢いたいばかりに、仕事先で潜んでいたの。彼その時、ヴィアドロローサって言ってたの」


「えっ!?」

俺と海翔君は思わず顔を合わせた。


「エルサレムの哀しみの道なんだって。目の前に広がる景色がそれに見えて彼号泣してた。監督……お父さんの傷みが彼を捉えて放さなかったの」


「俺の傷みか?」


「そうよ。お母さんを愛していたんでしょう?   でもね、社長はお母さんを奪ってなんかいなかったの。社長はただ、お母さんのことが好きなだけだったの。だから、行方不明になったお父さんの代わりに私を育てようとしてくれただけなの」


「そうだった。彼奴はそう言う奴だったな」


「私……、告訴を取り下げようかと思うの」

ポツンと言った彼女に、皆の視線が集まった。


「だから……、社長を恨まないで。全て……あの三ヶ月が……」

彼女はそう言いながら泣き崩れた。




 「だから海翔さんにも来てもらったの。彼のこと覚えてる?   実は、あの日私の身代わりに拉致された女性は彼の恋人だったの。だからあんなに怒ったの」


「あれは不可抗力だった。まさかあの連中が……」


「あの時言ったでしょ『監督が悪い』って」


「そうだな、俺が彼処にいたら……、あんなことにはならなかったな」


「そうよ。でもね。私は許せないのはそれだけじゃないの。結局お父さんはあの連中と組んで、又私を痛め付けるつもりだったのだから……」

そう言った時、父の目が潤んだ気がした。


「あの後で目隠しされた彼女がどうなったか判る?   彼女はパニック障害を誘発して、呼吸困難になったの」


「監督……、そんな彼女を此処に居る海翔君が必死に癒したんです。海翔君は俺達の見届け人です。俺達は海翔君の故郷で結局式を挙げました。そして其処に住み続けようと思っています。どうか俺達の結婚を許してください」

それは……、監督を私の父だと認めた発言だった。

父の目から大粒の涙が零れた。


「娘をよろしく頼む」
父はやっと言った。


(釜かけたら当たっちゃった。本当は知らなかった。監督が父だなんて……。当てっずっぽうだったな。彼の苦しむ姿を見ていられなかった。そして……気付いたの……)




 「彼ね、監督のことを子供の頃から憧れていたんだって。太陽だって言ってる」


「いや、俺は太陽なんかじゃない。俺はテレビで脚光を浴びて光っていただけだ。俺は単なる月だ。イヤ月以下だ」


「君は、その月の陰で幻の夢を追っていただけなのかも知れないな」
海翔さんが言う。


「でも私にとって、太陽は彼なの。私に愛を教えてくれたから」


「愛か?」


「彼は何時も私を支えてくれた。だから……、本当はお父さんが許せない。幾ら憎くても、お母さんとそっくりな私を犯したから……」

私は遂に、言ってはならないことを海翔さんの前で告げていた。




 「ごめんなさい海翔さん。でも真実を知っててほしかったの。そして彼を支えてほしかったの」


「俺、恥ずかしいよ。彼女にこんなこと言われて。俺がもっとしっかりすればいいだけなのに……」


「解っているなら、しっかりしろ。あ、それに告訴は取り下げないでくれ。俺なりの償いがしたいから……」
父はそう言った。


「私、ずっと彼と一緒に生きて行く。だからお父さん、邪魔しないでね」

私はそう言いながらウインクをした。




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