私のエース(不完全な完全犯罪・瑞穂と叔父の事件簿)

四色美美

文字の大きさ
15 / 19

俺と叔父さん・磐城瑞穂

しおりを挟む
 お風呂から出た時、俺は自宅に電話していた。

叔父さんの家で食事をしていくと。


食事と言ってもインスタントラーメンだった。

叔父さん特製、豚骨醤油ラーメン。

ただ二つのラーメンを合わせるだけだけど、これが旨いんだ。
何でも死んだ奥さんが間違って作ったのを思い出して時々やるようになったらしい。


俺は叔父さんが、少しおっちょこちょいだったと懐かしがる奥さんのことが少し知りたくなった。

見た目だけで洋服を選び失敗したこととか。

アイメイクをした目が痒くなり、擦ったらパンダ目になったり。

叔父さんが語る奥さんは、人間味溢れていたから。

でも、これが出来るのは俺が一緒にいる時だけなんだ。


「流石に二杯はたべられないからな」

そんな言い訳をして、俺が負担にならないように気遣ってくれる。

元凄腕の警察官だったけど、本当に優しい人なんだ。




 「これ、歩き辛くなかったか?」
俺の脱いだワンピースを畳みながら叔父が言う。


「うん。でも何で今更言うの?」


「いや、ちょっと思い出したことがあってね」

叔父さんはそう言ったまま黙ってしまった。


「あれからもう……」
叔父さんは辛そうに話出した。

心なしか泣いているように俺には見えた。




 「あれから……殺されてからもう十年以上だな。確か今年が十三回忌だよ」

「犯人はまだ捕まっていないんだよね?」


「でも殺人の時効が無くなったから、同じには救われたよ」

叔父さんは俺の脱いだワンピースを抱き締めていた。


(おいおい……)
俺は少し青ざめた。
何時までもそのワンピースを離さない叔父さん。
よっぽど思い出があるなだろう。

俺はそんなやるせなさそうに座り込む叔父さんを初めて見た。

どうやら俺の言動が琴線に触れてしまったらしい。

俺は今……
確実に取り乱していた。




 時々叔父さんは遠い目をする。
きっと奥さんのことを思い出しているのだと思う。


俺はこの先、叔父さんのように傷を抱えたまま生きて行くのだろう。

でもまず、みずほを殺された真実に立ち向かわなければいけない。


誰のためでもない。
全ては自分のために。

この悲しみを生きる糧にするためにも。


俺はさっき、みずほの元へ行きたいと思った。
意地もしがらみも全てかなぐり捨てて、みずほと共に過ごせたらこんなに嬉しことはないと思った。

でも……
みずほはきっと許してくれないと思ったんだ。




 星川の通りから一本、中に入った道。
古い木造アパートの二階。

東側の窓に手作り看板。

《イワキ探偵事務所》
はあった。


2Kの間取り。
小バスユニット付き。
出来た当初はきっと斬新だったんだろう。
でも今は外階段に赤錆もそのまま放っておかれてる。


通路側に開くドア。
靴置き場のみある玄関。

その横に広がる、四畳半程の洋間に小さなテーブルセットと冷蔵庫。

きっと団欒の場だったのだろう。

其処を仕事場にして、方開きの押し入れを書類棚にしていた。

一畳程のキッチンは流しと二口ガスコンロのみ。
キャスターがロックしてある可動式のワゴンは食器置き場になっており、上部にまな板を置いて調理していた。


玄関のすぐ脇にある扉の奥は、さっき俺の入ってた約一坪のシャワー次バスルーム。
其処には小さなトイレも付いていて、夫婦二人暮らしには手頃だったのだろう。


実は当初は仮宿所にするはずだったらしい。

警察には家族寮があり、いずれは其処へ移るつもりだったのだ。


『まさか此処でずっと暮らす事になるなんて』

叔父さんは何時も言っていた。




 愛の巣だったと思われる、六畳の和室の押し入れをベッド代わりにしてる叔父さん。
その下のスペースに、沢山の衣類。


「初めて此処に来た時これを着ていたのを思い出してな。歩き辛いって言ってたような事、さっき思い出したんだ」
叔父さんはそう言いながら、大事そうに衣装ケースにワンピースを締まった。


もしかしたら、見た目だけで選んだ洋服ってそのワンピースだったのかな?

確かに可愛らしいワンピースだった。
恋人のために、叔父さんのために。
可愛い女性になるために。
俺は叔父さんが急に羨ましくなった。




 以前母に、何故叔父さんが押し入れで眠るようになったのかを聞いたことがあった。


それは嗚咽を隠すためだった。

亡くなった妻が心配しないように……

それでも泣きたい時は泣くように……

叔父さんは心の闇を、更に闇で包み込もうとしていたのだ。


叔父さんはきっと母が気付いていると思ってはいないだろう。


でも叔父さんはまだ、其処から立ち上がれないままにいた。

それを知っている母だからこそ、俺を此処にアルバイトさせてくれているのだと思う。

だから俺が此処に入り浸っていても文句一つも言わないんだ。
叔父さんはたったひとりの弟だったから。




 「叔父さん。その時の容疑者が怪しいと思っているんでしょう?」


「当たり前だ。アイツ以外考えられねぇ。でもよぅ、俺はアイツが好きなんだよ」
叔父さんは声を絞り出すように言った。


アイツとは、ある殺人事件の共犯者とされた人物だった。

叔父さんが補導した元暴走族だった。

仕事の世話。
結婚の見届け人。
若い叔父さんは出来る限りの力を尽くした。

だから……
共犯者として名前が出た時も、意義を申し立てた。


犯行時間直後。
現場近くの道で、携帯電話を掛けている人が目撃された。

丁度その頃。
叔父さんに電話があった。

そのアイツから……


叔父さんはアリバイを主張した。

でも認められず、アイツは服役したんだそうだ。


「アイツは、どうやら騙されていたようだ。自白に追い込むための汚ない手を使われてな」


「そんな。それで恨まれたんだ。叔父さん悔しいね。でも、逮捕するためなら何をやってもいいってことないよね?」

俺の質問に叔父さんは頷いた。




 警察は誘導尋問や、拷問を繰り返す。


そして……
叔父さんがアリバイを覆したと教えた。

勿論嘘だった……


叔父さんはずっと言っていたのだ。


「犯行時間されている時刻に、間違いなく電話を受けていると」


丁度、携帯電話も普及してきた頃だった。

きっとそれから掛けてきたのではないのかと同僚は思い込んでいたのだ。

でも、アイツにはそんな余裕はなかった。


まだ式を挙げていなかったため、ずっと節約していたからだった。


奥さんに内緒のプレゼントとするために。

それは結婚指輪と、教会での結婚式だった。




 「ラジオって言葉知ってるか?」
叔父さんが聞く。


「ラジカセのラジオ?」
俺もまた、普通に答える。


「違うよ。業界用語で無銭飲食のことだ」


「俺まだ探偵用語なんて習ってねえよ」

俺はてっきり、そっちだと思った。
でも良く考えてみたら、無銭飲食を見張る事も無いなと思った。


「それって、もしかしたら警察用語?」

俺の質問に叔父さんは頷いた。


「ラジオの詳しい言い伝えは解らない。無銭と無線をかけたのじゃないかな?」


「でも叔父さん、無線だったらトランシーバーじゃないの?」

俺はつまらない屁理屈だと思いながら、言っていた。




 「ああ、確かに」
叔父さんはそう言いながら話を続けた。


「無銭飲食だと電話が来たんだ。でも違っていた。財布を取られたんだ、其処の客に。それは後で判った。現金を抜かれた財布が店の脇の通路から見つかって」


「それがアイツ?」

叔父さんは頷いた。


「元暴走族だと言うだけで捕まえたんだよ。でも俺にはか弱い人間に見えた。だから……」


「だから親身になって面倒を見たんだよね」


「ああ……なのに」

叔父さんは何時しか拳を握っていた。




 「アイツが服役する羽目になった事件の捜査だっていい加減なものだった!」

珍しく叔父さんが、興奮していた。

こんな叔父さんは始めてだった。

俺は奥さんの質問をしたことを後悔していた。


「俺はアイツが事件現場に居なかったことを知ってる!  なのに、寄って集ってアイツを共犯に仕立て上げた!  ホンボシの自供だけでな……か」

叔父さんは握り拳を左の手のひらで包んだ。

そうやって、やっと自分を抑えている。
叔父さんの痛みが俺の深部に伝わった。




 出所したアイツは、妻の行方を探す。

でも見つけ出すことは出来なかったらしい。


そして怒りの矛先は叔父さんに向かう。

叔父さんと結婚したばかりの新妻へ向かう。


叔父さんは心の奥底では否定しながらも、そう思っていたのだ。


でも……

主張したアリバイが今回は認められ、釈放されたのだった。


それは目撃者のいる確かな物だったらしい。


「本当は、アイツを信じている」
叔父さんは辛そうに言った。

俺はそれ以上言えなくなった。


「なあ、瑞穂」
でも叔父さんは、俺を気遣ってくれた。
叔父さんは掌で俺の後頭部を包み込んで、胸元に引き寄せた。


「瑞穂、悲しい時には泣け。俺に遠慮は要らない」
本当は自分も苦しいはずなのに……
俺を励まそうとしてくれていた。




 気が付くと俺は自分の部屋にいた。
此処まで帰って来た記憶が無い。

俺はベッドの上で泣いていた。


みずほのように有美も殺されるかも知れない。

その事実が怖くて仕方なかった。

それも俺とみずほにとって幼なじみの、福田千穂がみずほの死を願ったのだ。


みずほが死ねば、俺がなびくとでも思ったのか?

言い訳じゃない。
俺は本当に知らなかったんだ。
千穂が俺に恋心を抱いていたなんて。


千穂の痛みは解る。

でもあの時千穂ははっきり言った。

松尾有美なら死んでも誰も悲しまない。
サッカー部のエースの彼女だから、みんな大喜びするはずだと。




 俺はそんな、人を呪い殺しても平気な顔をしている千穂に愛されていたんだ。


(怖い! 怖過ぎる!)

千穂が殺人鬼だなんて思いたくはない。

でも……
みずほを殺すことを画策しておきながら、平然としているのも事実だ。


(もし俺が千穂を愛さなかったら、きっと何時かは俺が殺される! 俺を振り向かせる為に又何かをやらかす。だって、そのためにみずほは殺されたんだ。俺が居たから……みずほを好きになったから……だからみずほは死んだんだ!!!!)




 クローゼットを開ける。
気が付くと俺はクッションに顔をこすりつけ泣いていた。


嗚咽を漏らしたくなかった。

みずほが悲しむことが解っていたから……


俺は叔父さんと同じ方法をとっていた。


又命が失われるかも知れない。


幼なじみが犯人かも知れない。


知れば知る程地獄に近付く。


「う、ううー」
それはとうとう始まった。


俺はクッションをキツく口に充てた。


「わあぁぁぁ――」
口から激しい泣き声が湧いて出る。

それを止めることなど、はもう俺にも出来なくなっていた。




 それでも気丈に立ち上がる。

例え人殺しだったとしても、有美を守ってやりたかった。

そして何より、千穂に殺人を犯させないために……


(たとえ親を殺したのが有美だとしても……守ってやれるのは俺だけなんだ!)

そう肝に命じた。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい
ミステリー
※完結いたしました。初めてのコンテストで、完結まで辿り着けたこと。全ては読者の皆様のおかげです。本当に、本当に、ありがとうございました! 東山 花乃(ひがしやま かの)24歳。 花乃は、病気に侵され、小さい頃から目がほとんど見えていない。身体も一部麻痺している。 そんな彼女には異性の親友がいた。 手越 千春(てごし ちはる)29歳。 5歳の頃、院内で出会った男の子。成長して医師になり、今では花乃の担当医をしてくれている。 千春の祖父は、花乃の入院する大きな病院の医院長。千春は将来この病院を継ぐ跡取りだ。 花乃と出会った頃の千春は、妙に大人びた冷めた子供。人を信用しない性格。 交流を続けるなかで、花乃とは友人関係を築いていくが、まだどこか薄暗い部分を抱えたまま。 「ずっと友達ね」 無邪気に笑う花乃に、千春は言った。 「ずっと友達、なんてありえない」 「...じゃぁ、25年後、答え合わせをしましょう?」 「25年後?」 「そう。25年後、あなたと私がまだ友達か。答え合わせするの」 「いいけど...どうして25年後なの?」 「...それは秘密。25年後のお楽しみだよ」 そんな会話を出会った頃したことを、千春は覚えているだろうか。花乃は、過保護な千春や両親、友人たちに支えられながら、病気と向き合っていく。 しかしーー。 ある日、花乃は千春に関する不穏な噂を耳にする。 それをきっかけに、花乃は千春にまつわるある事実を知ることになっていくーー。 25年後、花乃と千春が出した答えとは? 🌱この物語はフィクションです。登場人物、建物、題材にされているもの、全て作者の考えた架空のものです。実際とは異なります。 🌱医療行為として、チグハグな部分があるかもしれません。ご了承頂けると幸いです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...