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激安スタジオ・原田学
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『あっ、学(まなぶ)。今、隙? すぐに何時ものスタジオに来てほしいのだけど』
マネージャーから電話があった。
「あ、大丈夫です。一時間後でよろしいですか?」
『ありがとう。じゃ待っているね』
そう言って電話は切れた。
別に隙をもて余してしる訳でもないけど、俺は忙しくデニムの上下に着替えた。マネージャーを待たせる訳にはいかないからだ。
「いくら何でもこれじゃあ寒いだろう」
アパートを出た時季節の変わり目を感じて俺は又部屋に入った。
(確か薄手のダウンがあったな)
デニムのジャケットに重ね着は似合わないくらい承知している。でもマネージャーを待たせる訳にはいかないんだ。
俺はクローゼットを開け奥に手を突っ込にそれを引っ張り出し、支度を整えるとそそくさと最寄りの駅に向かった。
木枯し一号はまだ吹いていないそうだけど風は冷たかった。
木枯し一号っていうのは、立冬から11月末までに風速8メートル以上の北風で、春一番同様季節限定だから吹かない年もあるそうだ。
今年は暖冬だと聞いた。それでも寒くて、ふと田舎にいる皸だらけのお袋を思い出した。
お袋は調理中に臭いが移ることをキラいハンドクリームも殆ど付けない。ゴム手袋も洗いづらいらしくて着けているところを見たことがない。
無頓着じゃなく、家族のために自分を犠牲にしても構わない人なんだ。
『もう慣れっこだし、直ぐに治るから心配しないで』
お袋はそう言っていた。
親指の爪の先に近い部分から出血していたので大丈夫って聞いた時のことだ。
可哀想だと思ったけど、そのままにしてしまった俺だった。
本当に俺は親不孝者だと思っている。
(そう言えば会ってないな。こんど近くに行ったら寄ってみるか?)
車窓の景色に目をやりながら何気にそんなことを思っていた。
そのスタジオは激安をうたっている。格安スタジオでさえも平日5万円弱なのに、其処は9千円台なのだ。
しかもリハーサルルームは1時間千円以下。
だからマネージャーとは良く其処で打ち合わせしていた。
俺達のような中途半端なロックミュージシャンにはお似合いなのだ。
とは言っても今はパフォーマンス軍団に成り下がっているけどね。
コントロールルームにブース、オペレーター込みでこの値段だ。しかもブースは12畳ときている。本当に最高の環境なのだ。
普通だったら考えられないけど、マネージャーの力量でもっと割安にしてもらっているようだ。
だから俺達はマネージャーに頭が上がらないのだ。
これでもプロのミュージシャンだ。だったって言うのが正解かな?
メジャーデビューもしていたんだ。今もそれはそうなんだけど、少し不甲斐なさを感じている。
だって社長が、爆裂お遊戯団なんてふざけた名前を押し付けたからだ。
俺はギタリストだ。なのに今はエアバントで箒を抱えて暴れ捲っている。そんな姿をお袋には見せたくない。
それでもお袋はテレビにたまに出ると喜んでくれる。
そんな恥ずかしい格好、本当は曝したくないのだけれど。
(母ちゃんごめんな)
俺は何時になく弱気になっていた。
俺はマネージャーが好きだ。愛していると言った方が正解かもな。だってマネージャーは俺達の恩人だからだ。
俺は幼なじみの木暮と福祉施設に介護ヘルパーとして勤めていた。
ホームヘルパーの資格を取った時、お袋は自分のことのように喜んでくれた。
その系列の施設で働くことになった時、真面目な俺を誉めてくれた。だから其処で頑張ろうと思っていたんだ。
その施設でのクリスマス会で歌を唄った。それはゲストの前座という格好だった。
木暮は昔から歌が上手くて俺と組んでデュエットしていたんだ。と、言っても俺はギターを弾くだけだ。
歌唱力は木暮に勝てないことが解っていたからだ。だから猛練習をして、何とか木暮の歌に合わせられるようになったのだ。
マネージャーはゲストの歌手に付いて施設にやって来た。その時木暮の歌声を聴いてプロダクションに紹介してくれると言い出したのだ。
木暮だけかと思っていたら、何と俺も一緒にとのことだったのでぶったまげた。
その場で、ロックバンドのボーカルとギタリストとして雇うつもりだと言ってくれたのだ。
早速ライブハウスでのイベントが決まり、インディズとして販売するためのデモテープも作り上げた。
それでも鳴かず飛ばずだったので、社長と相談してヘルパーと掛け持ちをすることにした。
だから、生真面目なヘアスタイルはロックに似合わないと思ってウィッグを着けることにした。
今は取れない鬘が当たり前のようにある。
だからヘッドバンキングもやってのけられたのだ。
そんな売れない時代にもファンは付いてきてくれた。そして共に作り上げた楽曲でメジャーデビュー早々ヒットしたのだ。
勿論俺達だけの力ではない。
それを知ってか知らずか、気を良くした社長が第二弾の発売を決めてくれたのだ。
俺達は少し有頂天になっていた。
そんな時に悲しい事故があり、一時期活動を制限していたのだ。
それは木暮というメインボーカルの突然死だ。
デパートのイベントで会場入りしていた木暮が従業員専用エレベーターの前で死亡してしまったのだ。
木暮の死に様を見た時、あまりの残忍な姿にショックを受けた。
でも俺以上に震えている人がいた。俺達を此処まで導いてくれたマネージャーだ。
マネージャーの落ち込み方が尋常ではなかった。
体を縮まませ、床に突っ伏したままで喚いていたのだ。
(そりゃそうだ)
と思った。
俺だって哀しくて胸が張り裂けそうなのだ。木暮を一生懸命に育て上げたマネージャーの苦しみが更に俺を切なくさせていた。
前々から行為は寄せていたが、その出来事が更に俺達を近付けさせていた。
俺はマネージャーの力になるように励まし続けた。そんな俺にマネージャーは心を開いてくれるようになったのだ。
だから俺はマネージャーのことがもっと知りたくなったのだ。
俺のような者にマネージャーを支える力なんてあるわけない。それでもお袋に恋人として紹介したかったのだ。
(何時か二人で会いにいくよ。俺が力を付けてマネージャーを支えらるようになったら……。だから母ちゃん、寂しい思いをさせるけど我慢してくれな)
今日の俺はホームシックにでも掛かったようにナーバスになっていた。
スタジオには社長もいた。
爆裂お遊戯団の次回作の出来上がりをチェックするためだったのだ。俺はデニムの上下になって暴れ捲っだ。
「もっと弾けろ!」
でも社長は叱咤激励した。
それを聞いて俺は遣る気が失せてしまった。精一杯頑張ったつもりだったからだ。
「いいか学。貴様の代わりなんて五万といるんだ。それを忘れるな」
社長はそう言ってスタジオから出て行った。だから後には俺とマネージャーだけが残されてしまった。
マネージャーから電話があった。
「あ、大丈夫です。一時間後でよろしいですか?」
『ありがとう。じゃ待っているね』
そう言って電話は切れた。
別に隙をもて余してしる訳でもないけど、俺は忙しくデニムの上下に着替えた。マネージャーを待たせる訳にはいかないからだ。
「いくら何でもこれじゃあ寒いだろう」
アパートを出た時季節の変わり目を感じて俺は又部屋に入った。
(確か薄手のダウンがあったな)
デニムのジャケットに重ね着は似合わないくらい承知している。でもマネージャーを待たせる訳にはいかないんだ。
俺はクローゼットを開け奥に手を突っ込にそれを引っ張り出し、支度を整えるとそそくさと最寄りの駅に向かった。
木枯し一号はまだ吹いていないそうだけど風は冷たかった。
木枯し一号っていうのは、立冬から11月末までに風速8メートル以上の北風で、春一番同様季節限定だから吹かない年もあるそうだ。
今年は暖冬だと聞いた。それでも寒くて、ふと田舎にいる皸だらけのお袋を思い出した。
お袋は調理中に臭いが移ることをキラいハンドクリームも殆ど付けない。ゴム手袋も洗いづらいらしくて着けているところを見たことがない。
無頓着じゃなく、家族のために自分を犠牲にしても構わない人なんだ。
『もう慣れっこだし、直ぐに治るから心配しないで』
お袋はそう言っていた。
親指の爪の先に近い部分から出血していたので大丈夫って聞いた時のことだ。
可哀想だと思ったけど、そのままにしてしまった俺だった。
本当に俺は親不孝者だと思っている。
(そう言えば会ってないな。こんど近くに行ったら寄ってみるか?)
車窓の景色に目をやりながら何気にそんなことを思っていた。
そのスタジオは激安をうたっている。格安スタジオでさえも平日5万円弱なのに、其処は9千円台なのだ。
しかもリハーサルルームは1時間千円以下。
だからマネージャーとは良く其処で打ち合わせしていた。
俺達のような中途半端なロックミュージシャンにはお似合いなのだ。
とは言っても今はパフォーマンス軍団に成り下がっているけどね。
コントロールルームにブース、オペレーター込みでこの値段だ。しかもブースは12畳ときている。本当に最高の環境なのだ。
普通だったら考えられないけど、マネージャーの力量でもっと割安にしてもらっているようだ。
だから俺達はマネージャーに頭が上がらないのだ。
これでもプロのミュージシャンだ。だったって言うのが正解かな?
メジャーデビューもしていたんだ。今もそれはそうなんだけど、少し不甲斐なさを感じている。
だって社長が、爆裂お遊戯団なんてふざけた名前を押し付けたからだ。
俺はギタリストだ。なのに今はエアバントで箒を抱えて暴れ捲っている。そんな姿をお袋には見せたくない。
それでもお袋はテレビにたまに出ると喜んでくれる。
そんな恥ずかしい格好、本当は曝したくないのだけれど。
(母ちゃんごめんな)
俺は何時になく弱気になっていた。
俺はマネージャーが好きだ。愛していると言った方が正解かもな。だってマネージャーは俺達の恩人だからだ。
俺は幼なじみの木暮と福祉施設に介護ヘルパーとして勤めていた。
ホームヘルパーの資格を取った時、お袋は自分のことのように喜んでくれた。
その系列の施設で働くことになった時、真面目な俺を誉めてくれた。だから其処で頑張ろうと思っていたんだ。
その施設でのクリスマス会で歌を唄った。それはゲストの前座という格好だった。
木暮は昔から歌が上手くて俺と組んでデュエットしていたんだ。と、言っても俺はギターを弾くだけだ。
歌唱力は木暮に勝てないことが解っていたからだ。だから猛練習をして、何とか木暮の歌に合わせられるようになったのだ。
マネージャーはゲストの歌手に付いて施設にやって来た。その時木暮の歌声を聴いてプロダクションに紹介してくれると言い出したのだ。
木暮だけかと思っていたら、何と俺も一緒にとのことだったのでぶったまげた。
その場で、ロックバンドのボーカルとギタリストとして雇うつもりだと言ってくれたのだ。
早速ライブハウスでのイベントが決まり、インディズとして販売するためのデモテープも作り上げた。
それでも鳴かず飛ばずだったので、社長と相談してヘルパーと掛け持ちをすることにした。
だから、生真面目なヘアスタイルはロックに似合わないと思ってウィッグを着けることにした。
今は取れない鬘が当たり前のようにある。
だからヘッドバンキングもやってのけられたのだ。
そんな売れない時代にもファンは付いてきてくれた。そして共に作り上げた楽曲でメジャーデビュー早々ヒットしたのだ。
勿論俺達だけの力ではない。
それを知ってか知らずか、気を良くした社長が第二弾の発売を決めてくれたのだ。
俺達は少し有頂天になっていた。
そんな時に悲しい事故があり、一時期活動を制限していたのだ。
それは木暮というメインボーカルの突然死だ。
デパートのイベントで会場入りしていた木暮が従業員専用エレベーターの前で死亡してしまったのだ。
木暮の死に様を見た時、あまりの残忍な姿にショックを受けた。
でも俺以上に震えている人がいた。俺達を此処まで導いてくれたマネージャーだ。
マネージャーの落ち込み方が尋常ではなかった。
体を縮まませ、床に突っ伏したままで喚いていたのだ。
(そりゃそうだ)
と思った。
俺だって哀しくて胸が張り裂けそうなのだ。木暮を一生懸命に育て上げたマネージャーの苦しみが更に俺を切なくさせていた。
前々から行為は寄せていたが、その出来事が更に俺達を近付けさせていた。
俺はマネージャーの力になるように励まし続けた。そんな俺にマネージャーは心を開いてくれるようになったのだ。
だから俺はマネージャーのことがもっと知りたくなったのだ。
俺のような者にマネージャーを支える力なんてあるわけない。それでもお袋に恋人として紹介したかったのだ。
(何時か二人で会いにいくよ。俺が力を付けてマネージャーを支えらるようになったら……。だから母ちゃん、寂しい思いをさせるけど我慢してくれな)
今日の俺はホームシックにでも掛かったようにナーバスになっていた。
スタジオには社長もいた。
爆裂お遊戯団の次回作の出来上がりをチェックするためだったのだ。俺はデニムの上下になって暴れ捲っだ。
「もっと弾けろ!」
でも社長は叱咤激励した。
それを聞いて俺は遣る気が失せてしまった。精一杯頑張ったつもりだったからだ。
「いいか学。貴様の代わりなんて五万といるんだ。それを忘れるな」
社長はそう言ってスタジオから出て行った。だから後には俺とマネージャーだけが残されてしまった。
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