いのりのうた・十五歳の系図【アイ・哀しみのルーツ】

四色美美

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哀(かなしみ)・綾

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 祖父の四十九日の法要が、実家の仏間で執り行われていた。

RDのお陰で少し明るさを取り戻したはずの母の目は、又暗くなっていた。


私達は、父がギリギリに着くように父が調整したため一番遅かった。


母の実家のことで煩わされたくなかった父。

早めに支度していた母をあざ笑うかのように、なかなか腰を上げてくれなかったせいだ。




 父は何時も母と実家を馬鹿にしていた。

田舎の冠婚葬祭の行事が派手なのが気に入らないようだった。


何時かのイトコの結婚式の時。


「何でてめえん家はこう派手なんだ」
そう言っていた。


跡取り娘の長男。
だから派手なのだ。
祖父が病に床にあり、元気付けるためでもあったからだった。


祖父の葬儀の折の参列者の多さが、実家の田舎での位置を示していた。

選挙参謀。保護司等、信頼がなければ出来ないことを祖父は任されていたのだった。




 家の中に入ると、直ぐに伯母が出迎えに来てくれた。

足腰の悪い祖母は足付け座椅子に座ったまま会釈していた。


「遅かったわね。今連絡しようとお姉さんと話したところよ」
叔母が言った。


「どうもすいません。お母さんの支度が遅くて」
平然と父が言う。
嘘八百を並べ立てる。


父は何時も母のせいにしてしまう。

母がそのことを注意されるのを知っていながら。


それでもそう言う。


まるで、母が叱られることを楽しんでいるかのように。




 これは私が小さかった頃のこと。

お正月の挨拶に来た時の話だ。


『あけましておめでとうございます。お年玉を下さい』

母の目を盗んで、父に何度も練習させられた。

そして伯母に向かって言わされた。
父が……


『ホラ、言ってこい。お婆ちゃん達きっと大喜びするぞ』
と言って背中を押したからだった。


でも、言った途端伯母の顔色が変わり、私は恐くなった覚えがある。


『駄目だよ。そんなこと言ったら!』
伯母に本気で怒られた。
その時も父は……


『お母さん駄目だよ、綾に変なこと教えたら!』
と母に向かって大声で言った。


伯母の目が母を睨んだ。


又あの時同じように叱られるのを知っていながら……

横柄な態度で母をあざ笑っていた。




 近くのホテルでの食事会が終わり、再び家に戻って伯母と叔母は着替えていた。


父と母は近所の川へ庭に置く石を探しに行っていた。

私も出掛けようとしたけれどヒールのある靴だったので諦めて帰って来た。


着替え中だと知っていたので、私は悪いと思って中に入らなかった。




 「全く恵ったら、今日がどんな日か分かっているのかしら?」
伯母の声だった。


「ちっとも分かっていないわよ」
叔母の声だった。


「少しでも手伝う気があればもう少し早く来られるのに!」
その言葉に私はシュンとした。




 母は何時も陰で、このような言われ方をされていたのだろう。
悪いのは母ではなく、父だって言うのに。


夫だけではなく、姉妹からも虐げられていた母。

ふと私の脳裏に、渋谷で会った老人の言葉が甦って来た。


『私は初めて見た。あんな哀しそうな目をした人に』
この事だったのか?

今日叉母の目が暗くなったのは、このような言われ方をしていると分かっていたからなのか?
私は、原因をワザと作る父が許せなくなっていた。




 「恵ってああ見えて意地っ張りでしょう? だから私昔からかったことがあって。ほらプリンの話よ」


「ああ、あのこと。お父さんに恵が叩かれたやつ?」
伯母が叔母に問いかけている。
私は次の言葉が気になり動けなくなった。


「あれって、恵が悪いんじゃなかったの?」


「実は私が仕掛けたの。ここだけの話。絶対秘密にしてよ」
叔母は軽く咳払いをして話し出した。


「お母さんに頼んでプリンを五個作ってもらったの。あの人が余りにも嬉しそうだったから、『あんた分はないよ』って言ったら本気にして」


「呆れた。だから恵はお父さんに『自分の分はないから食べられない』って言ったの?」


「そう。意地っ張りだからね」
叔母は軽く流した。


「それで叩かれたの?」
伯母は声を詰まらせたようだった。
泣き声が聞こえてきた。


「今も覚えているわ。お父さん、人が変わったように殴る蹴るしていた。恵が悪いんだとばかり思っていたわ。話が違う」




 伯母が泣いている。
優しい伯母の心に触れ私も泣き出していた。


プリン事件。

これは、母から直接聞いた話ではない。
三面鏡の前で泣きながら自分を慰めていた時に漏れてきた言葉で勝手に想像したものだ。


でもさっきの叔母の話で確信に変わった。




 母が中学一年の時だった。


叔母は祖母と買い物に行った折、プリンを作ってくれと駄々をこねたようだ。

祖母には叔母には逆らえない理由があって、プリンの素を買ってきて作ることになった。


当然祖母は家族分作った。

でも叔母は母に意地悪をした。


『アンタの分なんかあるはずないでしょう』
そう言って、食べたそうに見ていた母をもて遊んだのだった。




 当然母は食べられなかった。
そうしておいて、祖父に泣き付いたのだ。


『プリンなんか食べたくもない』
と言っていると。


そして……
祖父の母に対する執拗な暴力が始まったのだった。


『このー、ひねくれ者。馬鹿女』

それは暫く続いた。
それを、叔母は笑いながら見ていたのだった。




 「誰? 其処に誰かいるの?」
伯母がドアを開けた。


「綾ちゃん」
伯母は戸惑ったように言った。
叔母は俯いたまま顔を背けていた。


母の哀しみは、このプリンから始まったのではないかと私は思った。




 「川に行っているとばかり思っていたわ」
伯母は私の首に手を回していた。

母のために泣いてくれている伯母。
私は伯母の優しさにいつも励まされてきた。


「お父さんが恵を叩いている所を見ていたの。私何も出来なかった」
伯母の言葉を聞きながら、私は叔母の様子を伺った。


叔母は黙ったまま頭を下げた。




 川から母が戻った。
叔母は伯母に促され、母の前に出て謝った。
母は黙って聞いていた。


「恨んでいたわ。あれからお父さん私にきつく当たってくれたから」


「そうだ。この際全部ぶちまけちゃったら」
伯母が提案する。
母は首を振りながら父を見た。


「聞かせたくないんだ」
母がポツンと言う。

伯母は何度も頷いた。




 三姉妹は、ドライブインの駐車場向かった。
私は母の事が心配で同行する事にした。


母があの日泣きながら言っていた


『私はお父さんから可愛がられていない!』
の意味がやっと判った。


私は車に揺られながら、祖父に愛されなかった母の哀しみの深さに思いを馳せていた。


『私は初めて見た。あんな哀しそうな目をした人に』

渋谷で会った老人の言葉が又脳裏に浮かぶ。


私は、これから起きる全てのことを忘れまいとして身構えた。




 「言っておくけど、私別にお父さんに殴らせる為にプリンを用意した訳じゃないからね」
叔母が口火を切った。


「でもあの後私がどんな目にあったか知ってるの?」


「あんたはそうやって自分を正当化する。そう言うのをひねくれ者って言うんだよ!」
叔母が母を攻撃する。私は母の瞳を見詰めてみた。


おどおどした焦点の定まらない視線。

私は母の哀しみのルーツがここにあることを確信した。


「私が今聞いていた限り、恵には悪いとこないと思うよ。ねえ綾ちゃん?」
伯母が突然私にふった。


「はい。そう思います」
咄嗟にそう答えた。


「でも、責任を転嫁させて正当化しようとするじゃない!」
叔母がまくし立てる。

確かに母にはそう言うところもある。
でも素直で正直者なのも確かだった。


「ひねくれ者。ではないです。プリン事件を仕組んだ叔母さんの言い訳ではないですか?」


「どう言う事?」
伯母が聞いた。


「やったことを正当化させるのがひねくれ者だと言うのなら、悪いと思っているから、自分の行為を正当化させようとする叔母さんの方がひねくれ者だと思います」
私はきっぱり言い切った。




 「確かに綾ちゃんの言う通りかも知れない」
伯母は腕を組んだ。


「軽い気持ちで仕掛けたプリン事件が大きくなりすぎて、余計に自分のせいではないと思いたかったのでは?」
伯母は、叔母を横目で見ながら、自分の言葉に頷いていた。




 母の話だと、プリン事件の後も叔母の嫌がらせは続き、その度祖父に殴られたとのことだった。


「高校を卒業したら就職が決まっていたのよ。でもお父さんに言われたの。『お前のような馬鹿女を就職させられる訳がない。お前は家で働け』って」

叔母は……


「そんな事いつまで覚えてる。とっとと忘れろ!」
と言った。


母の哀しみのルーツはやはりここにあったようだ。


「私でさえも覚えているのよ。暴力を受けた当事者の恵が忘れられる訳がないでしょう!?」
伯母が言ってくれた。


母は泣きながら、伯母に感謝していた。

伯母は母の肩に手を置き、無言で頷いていた。




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