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哇(吐く、へつらう)・少年
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苦しい……
息が苦しい……
(何なんだ。何故息が出来ないんだ?)
僕は必死にもがいて、やっと普段通りの呼吸を回復する。
この夢をもう何度見ただろう。
又、あの石の夢の前だった。
彼処は何処?
どうしてあんなに息が出来ないの?
僕は夢の中で自分に説いていた。
……ブォーッ!!
突然大きな音がした。
……ガバッ。
僕はたまらず飛び起きた。
アレハイッタイナンノオトダ……
解らない。
もう何ヵ月この夢を見る?
鬱蒼とした雑木林だったり、川の石だったり……
決まって息が出来ない。
あれは一体何処なんだ……
もし、本当に荒川だとしたら……
何故彼女に逢えないのだろうか?
夢の中だったら、夢の中ならなおのこと見せてくれてもいいのに……
会わせてくれてもいいのに。
ふと周りを見渡す。
頭が朦朧として、此処が何処なのか一瞬解らなかった。
本当は少年院だと解っていながら、違ったらいいなと思ってしまうのだ。
それだけ、その響きが怖いのだ。
僕は何故あの夢ばかり見るのだろう?
母を殺してしまった償いなのか?
それとも、あの場所で遊んだ彼女を思い出すためなのだろうか?
でも今彼女に会うことは出来ない。
少年院に送致されたことを知られなくないんだ。
僕が本当の母を、彼女と遊んだあの川の石で殺害してしまったことを知られなくないんだ。
確か母には僕から言った記憶がある。上長瀞の駅から歩いて行ける川原で遊んだことを……
だから母は、思い出作りのために僕を彼処へ連れて行ってくれたんだ。
そんな母の行為を僕はむにしたのだ。
その事実を知られなくないんだ。
僕は少年院の教官から渡されたサラの涙を読んでいた。
ネンショの新入りのマッサラをサラって言うんだって。
二日三日はお客さん。
で始まる詩で、リンチや地獄の日課などを嘆いた物だ。
いよいよ、覚悟を決めなくてはいけない日が近付いてきたようだ。
リンチがどんな物なのか全く想像出来ない。
島でも、児童相談所で保護されていた時も経験はなかったのだった。
何故僕が児童相談所に居たのかは定かではない。
僕はどうやら、人を殺してしまったようだ。
母に暴力をふるっていた男性を。
記憶はない……。
でも、通報を受けて警察官がアパートに突入した時には血の付いたナイフを握っていたようだ。
母を守るためにやったことだと思い込んだ。
そうでもしなけりゃ、乗り越えられなかったんだ。
その時僕は十三歳だった。
刑法では十四歳未満の犯行は罪に問われないんだそうだ。
それで児童相談所扱いになったようだ。
僕が又母と暮らし始めたのは中学校を卒業した後だった。
僕は四月一日生まれだった。
島に旅行に来た母が、名前と生年月日を記入した迷子札を持たせてくれていたんだ。
僕はちょこまかと動き回り、少しでも目を離すと居なくなる子供だったらしい。
だから僕は捨て子じゃない。
置き去りにされた子供でもない。
島から連絡船が出た時に居ないことに気が付いたけど、引き返すことが出来なかったんだって母が話してくれた。
そう、あれは……
大好きだった清水さん一家と長瀞で遊んだ帰りだった。
だからなのだろうか?
僕は又清水さんに逢いたいからあの夢を見ているのだろう……
それ以外思い付かない。
僕はそれくらい清水が大好きだったのだ。
そう……
悪夢なども恐れないほどに……
母は偶々上野駅で僕を見つけて後を付けたそうだ。
一目で行方不明になった息子だと解ったそうだ。
あまりにも、僕が父親に似ていたからだそうだ。
って言うことは、この人は間違いなく自分の母親だと直感した。
僕は島の人達に聞かされていたんだ。
迷子札のことを……
だから、それを知っている女性を母親だと信じたんだ。
いや、今だって信じている。
だから、僕が母を殺してしまった事実を認めたくないんだ。
でも僕は母を殺す前にもう一人の男性を殺してしまっていた。
ソイツは母を付け狙っていたストーカーだった。
母が以前付き合っていた男性で、しつこく付きまとっていたようだ。
母はその人の影に怯えていた。
何時か殺されると真剣に悩んでいたのだ。
「ギャーーッ!?」
夜が明けると同時に悲鳴が聞こえた。
慌てて目を覚ますと、僕は震えている母の傍で血の付いたナイフを持っていた。
何が何だか判らない。
でも僕は殺人罪で逮捕されてしまったのだった。
僕を育ててくれた人には、母と出会って暮らしていることは告げていた。
でもその後、連絡が取れなくなってしまったのだった。
いや、敢えて取らなかった方が良いと考えたんだ。
前科は付かなくても、犯罪を犯してしまった事実を知られたくなかったのだ。
一日目は何事もなく、過ぎて行く。
皆苦労してきた人達ばかりで新入生の扱いはわきまえているようだ。
でも、ことは二日目に起きた。
僕の配給された食事を取り上げられたのだった。
「お前はこの前まで単身房に入っていたから栄養は足りてる。鉄管ビールで充分だ」
「テッカンビール!?」
「何だお前鉄管ビールも知らないのか? 後でトイレの時に教えてやるよ」
(トイレ!? ってことは……)
「うぇー」
僕は吐き気を覚えた。
「止めろ!!」
慌てて僕の容器を差し出されたが遅かった。
空の皿の中に胃液を吐き出していたのだ。
そう、空腹な僕の胃の中には何も残っていなかったのだった。
僕はこともあろうに、施設始まって以来の問題児と同室になってしまったのだった。
万引きや親父狩りなどを平気でやっても反省の態度さえ見せない最強の悪だと言われている少年だったのだ。
トイレは時間制で、トイレットペーパーは無くちり紙が配給される。
僕は引き摺られて無理矢理トイレに連れて行かれた。
其処で味わったテッカンビールはただの水道水だったのだ。
僕はビールの泡からある物を想像していた。
だから抵抗したのだった。
それでもそれはやはり地獄だった。
夜中に尿意を感じたのだ。
トイレ時間制……
だから必死に我慢した。
だけど限界だった。
僕は寄宿房のドアを叩いていたのだった。
それでも何事もなく、日々は過ぎて行く。
取り越し苦労だったようだ。
そう思った矢先のことだった。
水泳大会の練習中のことだった。
少年院では体育行事の一環として水泳大会を行っているようだ。
クロールや平泳ぎなどの競泳やシンクロナイズスイミングなどもあるんだ。
僕は皆と一緒にシンクロの練習をしていたんだ。
その時、水中に頭から突っ込まされた。
最初は軽い冗談だと思った。
でも、違った。
手を離してくれなかったのだ。
それが、リンチの合図だった。
水を飲みたくなかった僕は、必死に口を結んだ。
そのお陰で鼻から水が入ってきた。
息が出来ない上に、入ってきた水で耳と頭が痛くて仕方ない。
本当に我慢出来なくなって暴れた。
それでも放してくれなかった。
体の全てを拘束されている僕は最後の手段に出た。
頭を相手にぶつける覚悟で勢い良く飛び出したんだ。
そのお陰で、やっと水死の恐怖から解放された。
「お前が鉄管ビールのことをバラしたから俺達は説教されたんだ」
それが僕に対するリンチの言い訳だった。
でもそれを見ていた教官から、シンクロで一番華やかなジャンプをやったらどうかと提案されたのだった。
教官は僕がリンチを受けていたことすら知らなかったんだ。
決して見てみぬ振りなんかじゃない。
だから僕を取り立ててくれたのだ。
でもそれが反感を買うことになってしまったのだった。
僕は同室の先輩院生に媚びへつらい生きて行くしか手段がなくった。
あのサラの涙。
そのままに……
でも自殺しようとは思わなかった。
大好きな清水さんに会うまでは死ねないと思ったんだ。
部屋では個別の文机で勉強をする。
僕は彼女の勧めで、文部科学省公認の大学を受験出来る資格を取ろうと思っていた。
だから、一生懸命勉強をしたんだ。
(どんなに辛くても、悲しくても前に向かって歩いていくよ。貴女との約束だから……)
僕は離ればなれの恋人に誓った。
部屋では一人一人の文机がある。
教室で勉強したことの予習や復習、手紙などを書くためだった。
概ね十六歳以下の入院生は教室で勉強する。
それ以上の人は職業訓練するのが常だったようだ。
シンクロのジャンプの練習中。
リンチがバレなかったことに気を良くした先輩は、又悪巧みを始めた。
どんなに下手に出ても、僕は気に入られていなかったのだ。
だから僕は又、プールの水の中に頭を押し付けられたのだ。
そのリンチは凄まじかった。
苦しい……
息が苦しい……
又……
あの夢を見ていた。
(違う!! これは夢じゃない!!)
僕は必死に逃げようと試みた。
でもダメだった……
目を覚ますと、白衣を着た人と目が合った。
「気分はどうだ?」
まだ意識朦朧とする中、この人はお医者さんだと直感した。
どうやら僕はリンチの最中に気絶したようだ。
「さっきはだいぶ魘されていたようだな。悪い夢でも見たか? どうだ、話してみないか。少しは楽になるかも知れないからね」
その言葉に頷いた。
「確か君はまだ、父親殺しも納得していないとか聞いたけど」
「えっ!? あの人は父親だったんですか?」
「何だ知らなかったのか? 確かにそう聞いたけどな」
「僕はただ母のストーカーだとしか知りませんが」
「ストーカー?」
「母は、何時か殺されると言いながら震えていました」
「だから思い余って、君が殺してしまった訳か?」
「そうだと思います。でも僕にはその記憶が無いんです。母の悲鳴で目を覚ますと、其処にストーカーが死んでいました」
僕はあの日見たままの光景を担当者に伝えた。
僕は後日、催眠療法を受けてみることになった。
精神的に病んでいると判断されたようだ。
そんな時、警察関係者に連絡があったようだ。
僕は本当は罪を犯していないことが証明出来たらしかった。
と言っても、母親殺しの方だけらしいけど。
何処かのSL好きのおばさんが、偶然鉄橋の上から撮影していたのだ。
僕が母親に殺されかけていた現場を……
SLの車内から撮影したらしい。
上長瀞と親鼻と言う駅の間に鉄橋があって、おばさんは何時も連写で撮るそうだ。
水に顔を押し付けられた僕が川の中の石を拾い、母の頭を叩いた場面が其処にあったそうだ。
初めは気付かなかったそうだ。
でも拡大したら……
確かに僕は母を殺してしまっていた。
でもそれは正当防衛だったのだ。
僕は夢の中の場面を思い出していた。
苦しい。
息が苦しい。
あれはきっと、荒川に頭を押し付けられていたからか?
その荒川に手を延ばして拾った石。
それに付着していた血痕。
全てが一致した。
何処の誰かは判らないけど、感謝の涙で目の前が歪んでいた。
「良かったな。君はきっと放免されるはずだ。でも、その前に医療少年院で心のケアをしてみないか?」
「医療少年院?」
確か少年院は目的別に四つあると聞いていた。
でも医療少年院は、特別な場所だと思っていた。
僕は其処でどうなってしまうのか心配だった。
僕に対する、催眠療法が行われてようとしていた。
「ゆっくり息をして、これを見て……」
目の前の動く物を見ていたら、何だか気持ち良くなってきた。
僕は自然に……
深い記憶の中にいた。
最初に思い浮かべたのは、教会だった。
どうやら僕は、物心が付い頃から清水さんと一緒だったようだ。
(どんなに辛くても、悲しくても前に向かって歩いていくよ。貴女との約束だから……)
それは協会の祭壇の前で二人で誓った言葉。
僕はあの日の清水さんの横顔を思い浮かべていた。
苦しい……
息が苦しい……
でも突然呼吸困難に襲われた。
僕は必死にもがいて、やっと普段通りの呼吸を回復する。
あの夢をもう何度見ただろう。
時々前後が逆転はするけど、あの石の夢を見る前は必ずこれだった。
彼処は何処?
どうしてあんなに息が出来ないの?
俺は催眠療法の中で又あの夢を見ていた。
でもそれはあのリンチと、おばさんの撮ったと言う映像の話で判明した。
僕は川の中で頭を押し付けられて、母に殺されかけていたのだ。
ふと目を覚ます。
此処が何処なのか一瞬解らなかった。
(あっ、此処は医療少年院か? 今の治療で一体何が判るのだろう?)
僕は不安を抱えて震えていた。
僕は十六歳未満の犯罪者だった。
だから少年刑務所ではなく彼処に入れられて、少年院収容受刑者と言われていた。
そのことが喧嘩っぱやい入所者の興味を引いたようだ。
ネンショ始まって以来の問題児は、面会に来てくれる両親が救いだったようだ。
二親を殺したとされる僕を悪人だと思い込んだのかも知れない。
でも、今更そんなことを聞かされても許せるはずはない。
死に直面させられた恐怖は一生消えることなんてないんだ。
僕はそう思っていた。
息が苦しい……
(何なんだ。何故息が出来ないんだ?)
僕は必死にもがいて、やっと普段通りの呼吸を回復する。
この夢をもう何度見ただろう。
又、あの石の夢の前だった。
彼処は何処?
どうしてあんなに息が出来ないの?
僕は夢の中で自分に説いていた。
……ブォーッ!!
突然大きな音がした。
……ガバッ。
僕はたまらず飛び起きた。
アレハイッタイナンノオトダ……
解らない。
もう何ヵ月この夢を見る?
鬱蒼とした雑木林だったり、川の石だったり……
決まって息が出来ない。
あれは一体何処なんだ……
もし、本当に荒川だとしたら……
何故彼女に逢えないのだろうか?
夢の中だったら、夢の中ならなおのこと見せてくれてもいいのに……
会わせてくれてもいいのに。
ふと周りを見渡す。
頭が朦朧として、此処が何処なのか一瞬解らなかった。
本当は少年院だと解っていながら、違ったらいいなと思ってしまうのだ。
それだけ、その響きが怖いのだ。
僕は何故あの夢ばかり見るのだろう?
母を殺してしまった償いなのか?
それとも、あの場所で遊んだ彼女を思い出すためなのだろうか?
でも今彼女に会うことは出来ない。
少年院に送致されたことを知られなくないんだ。
僕が本当の母を、彼女と遊んだあの川の石で殺害してしまったことを知られなくないんだ。
確か母には僕から言った記憶がある。上長瀞の駅から歩いて行ける川原で遊んだことを……
だから母は、思い出作りのために僕を彼処へ連れて行ってくれたんだ。
そんな母の行為を僕はむにしたのだ。
その事実を知られなくないんだ。
僕は少年院の教官から渡されたサラの涙を読んでいた。
ネンショの新入りのマッサラをサラって言うんだって。
二日三日はお客さん。
で始まる詩で、リンチや地獄の日課などを嘆いた物だ。
いよいよ、覚悟を決めなくてはいけない日が近付いてきたようだ。
リンチがどんな物なのか全く想像出来ない。
島でも、児童相談所で保護されていた時も経験はなかったのだった。
何故僕が児童相談所に居たのかは定かではない。
僕はどうやら、人を殺してしまったようだ。
母に暴力をふるっていた男性を。
記憶はない……。
でも、通報を受けて警察官がアパートに突入した時には血の付いたナイフを握っていたようだ。
母を守るためにやったことだと思い込んだ。
そうでもしなけりゃ、乗り越えられなかったんだ。
その時僕は十三歳だった。
刑法では十四歳未満の犯行は罪に問われないんだそうだ。
それで児童相談所扱いになったようだ。
僕が又母と暮らし始めたのは中学校を卒業した後だった。
僕は四月一日生まれだった。
島に旅行に来た母が、名前と生年月日を記入した迷子札を持たせてくれていたんだ。
僕はちょこまかと動き回り、少しでも目を離すと居なくなる子供だったらしい。
だから僕は捨て子じゃない。
置き去りにされた子供でもない。
島から連絡船が出た時に居ないことに気が付いたけど、引き返すことが出来なかったんだって母が話してくれた。
そう、あれは……
大好きだった清水さん一家と長瀞で遊んだ帰りだった。
だからなのだろうか?
僕は又清水さんに逢いたいからあの夢を見ているのだろう……
それ以外思い付かない。
僕はそれくらい清水が大好きだったのだ。
そう……
悪夢なども恐れないほどに……
母は偶々上野駅で僕を見つけて後を付けたそうだ。
一目で行方不明になった息子だと解ったそうだ。
あまりにも、僕が父親に似ていたからだそうだ。
って言うことは、この人は間違いなく自分の母親だと直感した。
僕は島の人達に聞かされていたんだ。
迷子札のことを……
だから、それを知っている女性を母親だと信じたんだ。
いや、今だって信じている。
だから、僕が母を殺してしまった事実を認めたくないんだ。
でも僕は母を殺す前にもう一人の男性を殺してしまっていた。
ソイツは母を付け狙っていたストーカーだった。
母が以前付き合っていた男性で、しつこく付きまとっていたようだ。
母はその人の影に怯えていた。
何時か殺されると真剣に悩んでいたのだ。
「ギャーーッ!?」
夜が明けると同時に悲鳴が聞こえた。
慌てて目を覚ますと、僕は震えている母の傍で血の付いたナイフを持っていた。
何が何だか判らない。
でも僕は殺人罪で逮捕されてしまったのだった。
僕を育ててくれた人には、母と出会って暮らしていることは告げていた。
でもその後、連絡が取れなくなってしまったのだった。
いや、敢えて取らなかった方が良いと考えたんだ。
前科は付かなくても、犯罪を犯してしまった事実を知られたくなかったのだ。
一日目は何事もなく、過ぎて行く。
皆苦労してきた人達ばかりで新入生の扱いはわきまえているようだ。
でも、ことは二日目に起きた。
僕の配給された食事を取り上げられたのだった。
「お前はこの前まで単身房に入っていたから栄養は足りてる。鉄管ビールで充分だ」
「テッカンビール!?」
「何だお前鉄管ビールも知らないのか? 後でトイレの時に教えてやるよ」
(トイレ!? ってことは……)
「うぇー」
僕は吐き気を覚えた。
「止めろ!!」
慌てて僕の容器を差し出されたが遅かった。
空の皿の中に胃液を吐き出していたのだ。
そう、空腹な僕の胃の中には何も残っていなかったのだった。
僕はこともあろうに、施設始まって以来の問題児と同室になってしまったのだった。
万引きや親父狩りなどを平気でやっても反省の態度さえ見せない最強の悪だと言われている少年だったのだ。
トイレは時間制で、トイレットペーパーは無くちり紙が配給される。
僕は引き摺られて無理矢理トイレに連れて行かれた。
其処で味わったテッカンビールはただの水道水だったのだ。
僕はビールの泡からある物を想像していた。
だから抵抗したのだった。
それでもそれはやはり地獄だった。
夜中に尿意を感じたのだ。
トイレ時間制……
だから必死に我慢した。
だけど限界だった。
僕は寄宿房のドアを叩いていたのだった。
それでも何事もなく、日々は過ぎて行く。
取り越し苦労だったようだ。
そう思った矢先のことだった。
水泳大会の練習中のことだった。
少年院では体育行事の一環として水泳大会を行っているようだ。
クロールや平泳ぎなどの競泳やシンクロナイズスイミングなどもあるんだ。
僕は皆と一緒にシンクロの練習をしていたんだ。
その時、水中に頭から突っ込まされた。
最初は軽い冗談だと思った。
でも、違った。
手を離してくれなかったのだ。
それが、リンチの合図だった。
水を飲みたくなかった僕は、必死に口を結んだ。
そのお陰で鼻から水が入ってきた。
息が出来ない上に、入ってきた水で耳と頭が痛くて仕方ない。
本当に我慢出来なくなって暴れた。
それでも放してくれなかった。
体の全てを拘束されている僕は最後の手段に出た。
頭を相手にぶつける覚悟で勢い良く飛び出したんだ。
そのお陰で、やっと水死の恐怖から解放された。
「お前が鉄管ビールのことをバラしたから俺達は説教されたんだ」
それが僕に対するリンチの言い訳だった。
でもそれを見ていた教官から、シンクロで一番華やかなジャンプをやったらどうかと提案されたのだった。
教官は僕がリンチを受けていたことすら知らなかったんだ。
決して見てみぬ振りなんかじゃない。
だから僕を取り立ててくれたのだ。
でもそれが反感を買うことになってしまったのだった。
僕は同室の先輩院生に媚びへつらい生きて行くしか手段がなくった。
あのサラの涙。
そのままに……
でも自殺しようとは思わなかった。
大好きな清水さんに会うまでは死ねないと思ったんだ。
部屋では個別の文机で勉強をする。
僕は彼女の勧めで、文部科学省公認の大学を受験出来る資格を取ろうと思っていた。
だから、一生懸命勉強をしたんだ。
(どんなに辛くても、悲しくても前に向かって歩いていくよ。貴女との約束だから……)
僕は離ればなれの恋人に誓った。
部屋では一人一人の文机がある。
教室で勉強したことの予習や復習、手紙などを書くためだった。
概ね十六歳以下の入院生は教室で勉強する。
それ以上の人は職業訓練するのが常だったようだ。
シンクロのジャンプの練習中。
リンチがバレなかったことに気を良くした先輩は、又悪巧みを始めた。
どんなに下手に出ても、僕は気に入られていなかったのだ。
だから僕は又、プールの水の中に頭を押し付けられたのだ。
そのリンチは凄まじかった。
苦しい……
息が苦しい……
又……
あの夢を見ていた。
(違う!! これは夢じゃない!!)
僕は必死に逃げようと試みた。
でもダメだった……
目を覚ますと、白衣を着た人と目が合った。
「気分はどうだ?」
まだ意識朦朧とする中、この人はお医者さんだと直感した。
どうやら僕はリンチの最中に気絶したようだ。
「さっきはだいぶ魘されていたようだな。悪い夢でも見たか? どうだ、話してみないか。少しは楽になるかも知れないからね」
その言葉に頷いた。
「確か君はまだ、父親殺しも納得していないとか聞いたけど」
「えっ!? あの人は父親だったんですか?」
「何だ知らなかったのか? 確かにそう聞いたけどな」
「僕はただ母のストーカーだとしか知りませんが」
「ストーカー?」
「母は、何時か殺されると言いながら震えていました」
「だから思い余って、君が殺してしまった訳か?」
「そうだと思います。でも僕にはその記憶が無いんです。母の悲鳴で目を覚ますと、其処にストーカーが死んでいました」
僕はあの日見たままの光景を担当者に伝えた。
僕は後日、催眠療法を受けてみることになった。
精神的に病んでいると判断されたようだ。
そんな時、警察関係者に連絡があったようだ。
僕は本当は罪を犯していないことが証明出来たらしかった。
と言っても、母親殺しの方だけらしいけど。
何処かのSL好きのおばさんが、偶然鉄橋の上から撮影していたのだ。
僕が母親に殺されかけていた現場を……
SLの車内から撮影したらしい。
上長瀞と親鼻と言う駅の間に鉄橋があって、おばさんは何時も連写で撮るそうだ。
水に顔を押し付けられた僕が川の中の石を拾い、母の頭を叩いた場面が其処にあったそうだ。
初めは気付かなかったそうだ。
でも拡大したら……
確かに僕は母を殺してしまっていた。
でもそれは正当防衛だったのだ。
僕は夢の中の場面を思い出していた。
苦しい。
息が苦しい。
あれはきっと、荒川に頭を押し付けられていたからか?
その荒川に手を延ばして拾った石。
それに付着していた血痕。
全てが一致した。
何処の誰かは判らないけど、感謝の涙で目の前が歪んでいた。
「良かったな。君はきっと放免されるはずだ。でも、その前に医療少年院で心のケアをしてみないか?」
「医療少年院?」
確か少年院は目的別に四つあると聞いていた。
でも医療少年院は、特別な場所だと思っていた。
僕は其処でどうなってしまうのか心配だった。
僕に対する、催眠療法が行われてようとしていた。
「ゆっくり息をして、これを見て……」
目の前の動く物を見ていたら、何だか気持ち良くなってきた。
僕は自然に……
深い記憶の中にいた。
最初に思い浮かべたのは、教会だった。
どうやら僕は、物心が付い頃から清水さんと一緒だったようだ。
(どんなに辛くても、悲しくても前に向かって歩いていくよ。貴女との約束だから……)
それは協会の祭壇の前で二人で誓った言葉。
僕はあの日の清水さんの横顔を思い浮かべていた。
苦しい……
息が苦しい……
でも突然呼吸困難に襲われた。
僕は必死にもがいて、やっと普段通りの呼吸を回復する。
あの夢をもう何度見ただろう。
時々前後が逆転はするけど、あの石の夢を見る前は必ずこれだった。
彼処は何処?
どうしてあんなに息が出来ないの?
俺は催眠療法の中で又あの夢を見ていた。
でもそれはあのリンチと、おばさんの撮ったと言う映像の話で判明した。
僕は川の中で頭を押し付けられて、母に殺されかけていたのだ。
ふと目を覚ます。
此処が何処なのか一瞬解らなかった。
(あっ、此処は医療少年院か? 今の治療で一体何が判るのだろう?)
僕は不安を抱えて震えていた。
僕は十六歳未満の犯罪者だった。
だから少年刑務所ではなく彼処に入れられて、少年院収容受刑者と言われていた。
そのことが喧嘩っぱやい入所者の興味を引いたようだ。
ネンショ始まって以来の問題児は、面会に来てくれる両親が救いだったようだ。
二親を殺したとされる僕を悪人だと思い込んだのかも知れない。
でも、今更そんなことを聞かされても許せるはずはない。
死に直面させられた恐怖は一生消えることなんてないんだ。
僕はそう思っていた。
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