大好きな君へ。【優香と結夏】25歳の今

四色美美

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水子地蔵尊・優香

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 秩父駅で降りて、栗尾行きのバスに乗った。
目指す札所三十番は終点の先を歩くこと一時間弱らしいのだ。


それなりの覚悟がないとたどり着きない坂道だと隼は言っていた。


(って言うことは、行ったことあるのかな?)

何故隼がそんなこと知っているのか疑問を持った。
もしかしたら隼独りで訪ねたのかな?
そう勘ぐった。


途中で幾つものカーブがあり、体がもっていかれる気がした。
それだけ山深いのだろうと思った。




 幾つもの停留所を過ぎ、やっと終点に到着した。
どんよりと雲っていた空は次第に明るくなっていた。


隼の言う通りなら、いよいよ覚悟の山登り? のはずだ。
私は金剛杖をしっかり握り締めながら隼の背中を追った。


「そんなに力まなくていいよ。坂道はまだ先だと思うから」

隼が笑いながら言った。




 案内板を右に曲がった先を又右に曲がった。
でも隼はそのまま進んでいた。


「此方でしょ」
私は慌てて声を掛けた。
確かに案内板は私の場所を示していた。


「そっちは違うよ。優香も同じ間違いするんだな」

又、可笑しなことを隼は言った。




 隼の言う通りに歩いて行く。
その先にあったのは白い山だった。


「水子地蔵尊だよ。結夏のお母さんが言った水子地蔵はきっと此処だと思う。一番だと思っていたから驚いたよ」


(驚いたよ? 何で過去形なんだ? やっぱり独りで来たのかな?)

そう感じつつ、隼が話してくれるまで待とうって思っていた。




 水子地蔵尊をまともに見られない隼と私。

その全てが隼人君だと思えたからだ。


私は早足で、此処から立ち去りたかったのだ。

でも隼は時々水子地蔵に目をやる。


『隼人!!』
って叫びたいに決まっている。




 「遠慮しなくても良いのに……」

まるで泣けって言っているみたいだけど、本当にそう思っていたのだった。


「隼人!!」
隼がそう言ったのは、水子地蔵尊をホンの少しだけかいま見えるトンネルの中だった。


私はそっと隼に寄り添っていた。
本当は抱き締めてやりたい。
でも流石に、巡礼道でそれは出来なかった。

幾ら何でも……
そんなことを此処でしたら、結夏さんに呪われる。
隼人君に嫌われる。


そっとトンネルの先を見やると、水子地蔵達が眩しく写った。


もう一度隼と一緒にそれらを見つめる。

それでも隼は落ち着きを取り戻したようだった。




 隼の言った通りその道の勾配はきつくて、私達に向けた永遠の試練の始まりだと感じた。


隼にとって、果てしなく続く懺悔の道。
それらを一緒に背負うために私は此処に居るのだ。


結夏さんの呪縛から解放してやりたかった。
でも一番……
誰よりも私がそれにこだわっていたのだった。




 札所三十一番観音院。


石で出来た日本一の仁王門に二礼してから潜り抜ける。
二百九十七の階段の登り口には何故か大きな手があった。


「もしかしたら、中の仁王様と同じ大きさなのかな?」

何気に隼が言った。


「そうかも知れないね」

私は仁王門を振り返りながら、それでも目の前にある手の方が大きいのではないのかと考えていた。




 石段のアチコチにピンクの花が綻びかけていた。


「この花は秋海棠と言って、もうじきこの山全体を覆うらしいよ」


「何故そんなこと知っているの? やっぱり」


「やっぱり?」


「うん、やっぱりね。ねえ隼、もしかしたら……」


「優香は何でもお見通しだな」

そう言いながらも隼は、明かに動揺していた。


「バレてたのか……」
苦笑いを浮かべながら隼が言う。
きっと何もかも話してくれる。
そう思った。


「さっきの水子地蔵尊からおかしかったから……でも本当はもっと先から気付いていた。だけどね、隼が話してくれるまで待とうって思ったの」


「流石だね優香。君は僕の最高の理解者だね」


「違う、そんなんじゃない。私は隼が思っているより強かで、エゴイストなの」


「優香がエゴイストなら僕は何なんだ。結夏の安否確認もしないうちから君に落ちていたんだから……」


(落ちていた……)

私はその言葉を聞いて本当に幸せ者だと思っていた。


私が犯してきた、様々な罪を棚に上げたままで……




 隼を悩ませたブランコだってそうだ。
私は本当に自分勝手で我が儘だった。


秩父札所巡礼だって、独りで行く気だった隼を止めた。
そして強引に、九月のゴールデンウィーク並の連休にしたのだ。




 「僕本当にあの日君にときめいた。でもごめんねその日の朝、『あはははは』って笑う結夏の夢を見ていたんだ」


「だから私が笑った時、『結夏』って言ったのね」

幾ら言い訳してもそれくらい解っていた。
此処で聞かなくてもいいことだと理解もしている。
それでも敢えて尋ねた私だった。


「ごめんその通りだよ。やっぱり優香には嘘はつけないね」


「そうよ。どんなにごまかしても私には判る。だって隼のことが大好きだから……隼のことばかり見てきたし……隼のことばかり考えているから……」


「優香……今、僕が何て考えているか判る?」


「判る。でも此処だと言えないよ」

私はそう言いながら目の前の本堂に手を向けた。


何時の間にか、三百段近い階段を登り終えていたのだった。


「おん、あろりきゃ、そわか」

聖観音のご真言を唱える。
でも又しても其処には秩父観音霊験記の板絵はなかった。


不動明王が祀られている聖浄の滝の脇には、弘法太子の手彫りの摩涯仏があった。

壊さないようにそっと触れながら隼を見ると、かたまっていた。


「まるで賽の川原のようだね」
隼の見つめる先には、良くテレビ見た石を積み上げた物があった。




 奥の院には芭蕉の句碑があった。
でも隼の様子が何となくおかしい。


ずっと探し物をしているようにキョロキョロしていた。


「もしかしたら、事前に此処に来たんじゃない?」


「判る? 実は此処で携帯のリアカバー無くしたんだ」


「だからさっきからずっとキョロキョロしていたのね。じゃあ、私も帰りながら探すね」
と言いつつ気になった。
リアカバーが無くても通話出来るものなのかが……
私は隼の携帯電話を見てみることにした。
それは輪ゴムで止められていた。


「これじゃ不便ね。よし、念入りに探そうっと」
そうは言っても直ぐに見つかるはずもない。
隈無く探したけど、何処にもなかった。
仕方なく、納経所へ向かった。


「あ、あった」

私は思わず声を上げた。
でも私が見つけた物はリアカバーではなく、秩父観音霊験記だった。


その後で納経を済ませた私達は、落とし物ボックスの中身を出して底まで探した。
それでも何処にも携帯の電池カバーは無かったのだった。




 同じ階段を降りる。
秋海棠の中に紫陽花も咲いていた。


(あの坂に咲いていたのはこれだったな)
秋海棠を見ながら思った。


「きっと涼しいせいなんだろうね」

私は隼の言葉を聞きながら私は季節外れの景色を楽しんでいた。




 札所三十二番法性寺の道程は半端じゃなかった。

一本道を間違えるととんでもない場所に着く。

それは最終日に確認していた。
だから私達は、安全な国道を行くことにしたのだった。




 国道を約二時間ほど歩くと、急カーブに続く峠の下に着く。
其処に、三十二番入口があった。
其処から更に一時間半ほど行った場所に般若面が飾ってある山門があった。


手前の道には秋海棠の寺と言う札が立てられていた。




 私達はその門の上にあった梵鐘をついた後、石段を登って行った。

季節の花が咲いていた。
此処は花の寺だと聞く。

特に、秋の七草は全てあるのだと言うことだった。


最初に見つけたのは、納経所手前にあった撫子だった。
次を芒。
その次は藤袴だった。


それより驚いたのは、ベンチの傍にあった丸太だった。
伐り倒された幹から若木が生えていたのだ。


其処から更に奥へと進むと見えて来たのが札所二十六番別院・岩井堂と同じ懸崖造りの建物だった。




 「おん、あろりきゃ、そわか」
所作の後お堂に上がり、聖観音のご真言を唱える。
回向文とお礼の後で一回りすると秩父観音霊験記の先の洞窟に石仏などが並べられていた。


私達はその場所を気にもせずにお舟の観音様を目指すことにした。




 奥の院へと足を踏み入れる。
最初はなだらかに見えていた。


ほどなく行くと、胎内観音の文字が見えた。


本当はよじ登りたい。
でもほぼ垂直の岩肌にチェーンがあるだけの場所に戸惑って、結局諦めたのだ。

首を長くしてみたけど中の様子は解らない。


私達は其処に未練を残しつつ次なる月光坂を目指していた。


岩に穴を堀り足場が出来ていた。
階段も出来ていた。
チェーンも備え付けられていた。

私達は覚悟してこの急な参道を登り続けていた。


頂上らしき下には仏様達が並んでいた。


その先に左大日如来、右岩舟観音と書かれた札を見つけた。


「大日如来!?」
二人同時に言った。




 まずは本来の目的だった、お舟の観音様に挨拶しようと右へ行く。
僅かな距離のはずなのになかなか辿り着かない。


命の危険もあるような柵もない絶壁。
そんな箇所を更に奥へと進む。
すると小さくそれらしき影が見えて来た。
それが岩舟観音だった。


手には蓮の蕾を持ち、薄いベールを纏った青銅の観音様のお顔は何処となく泣いているように思えた。


哀しみに打ちひしがれていた隼のように……




 お舟の観音様に心を残しながら、反対側の大日如来様を目指す。


其処も危険に満ちた行程だった。

岩壁の横の手すりを伝わり、隙間をよじ登る。

最初は何も見えなかった。
徐々に姿を表す大日如来様。
その方は岩を砕いた洞窟の中に鎮座していた。


私達はその前に腰を下ろして祈りを捧げた。

隼が大日如来様に熱心に願をかけると、後光が包み込んだ。


一瞬の出来事だった。
でもその光は確かに存在していた。
大日如来様の後にある大きな輪が光となったのだ。


私は隼が光明真言の御加護をただいたの思った。


「大日如来様。大日如来様。どうか隼を御守りください」


「大日如来様。大日如来様。僕のことより、此処に居る優香を御守りください」

私が願を掛けると隼が追々した。


「僕は罪を犯しました。その罪を一緒に背負うと優香は思っているようです。僕が罪を犯したことにより死亡致しました結夏と胎児だった隼人をお救いください」


「大日如来様。大日如来様。どうか隼人君をお救いください。隼人君が救われれば、結夏さんも安心出来ると思いますので」


「えっ、あの光明真言と地蔵菩薩真君は……」


「そう。隼人君を賽の川原より救い出すためだったの。それが結夏さんの願いだと信じていたから……」


「優香」

隼の手が、私の手を包み込んだ。


「大日如来様。やはり優香は僕にとって過ぎた人です。このような方と巡り合わせていただきましたご恩は決して忘れません。ありがとうございました」

隼はもう一度大日如来様の前で合掌した。





 下の観音堂の裏にある洞窟に誰か居た。
覗いてみたら、さっき見た岩窟に行けるようだ。

私は早速其処に足を運ぼうと、懸崖造りの脚の下を潜り抜けた。


「上からも来られたようね」

何気に言うと、隼も上の本堂を見上げた。


でも私は其処にある小さなお堂を見て固まった。


その中に居られたのは、足元に二人の子供が纏わり付いた地蔵菩薩様だった。

私にはその一人が隼人君に思えてならなかった。


もう一人はきっと私が望んでいる隼との胎児。


「地蔵菩薩様。地蔵菩薩様。どうか私の願いを叶えてください」

私は膝まづいて必死に祈りを捧げた。

一心不乱に隼人君の転生と私の胎児の……
私は隼との間に双子の子供を望んでいた。


隼は何も知らずに私の傍に寄り添ってくれていた。


私はその時、隼人君を救い出すための今日が必要だったのだと思った。
その時電話が鳴った。




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