34 / 40
翔君のお父さん・優香
しおりを挟む
昨日隼は寄り添いながら宿を目指してくれた。
あの電話は宿の女将さんからで一旦向かうことになっただったのだ。
隼は私に付きっきりだった。
私が地蔵菩薩様を見て泣いたので心配したようだ。
あんなの見たせらたら誰でも泣く。
だって地蔵菩薩様の裾でまとわり付いていた二人の子供は、衣類を身に着けていなかった。
それで水子を表現しているのではないのかと思ったのだ。
私は急に、この子供達を救い出したくなったのだ。
だから双子を望んだ。
結夏さんと……
誰かの水子でもいい。
この子供達の母親になりたい。
そう願ったのだ。
国道299号脇きあった札所三十二番への案内板。
その遥か手前に秩父ミューズパークへ向かう道がある。
其処があの赤い巴橋手前に出る道だったのだ。
でも私達は札所二十四番の脇を通り抜けて、左久良橋を渡った。
其処からほぼ道なりに、御花畑方面へ向かった。
実際にはどうかは解らないけど、其処の方が巴橋の先の国道に出るより宿泊場所には近かいと感じたのだ。
『どんなに遅くなっていいから』
と女将さんから連絡があり、私達は夜になってから宿に入った。
土曜日だったのでやはり満室だった。
だけど一人で遍路に回っている方に合い室をお願いしてくれたのだった。
その部屋お礼の挨拶にに行って驚いた。
其処に居たのは翔君のお父さんだった。
実は松田さんは、結夏さんに許しをこうために独りで秩父札所をお遍路していたのだった。
何時もは日帰りだと言う松田さん。
でも今回は初めて宿を取ったようだった。
それは、最後のお遍路とするためだった。
松田さんも、後二寺だったのだ。
私達がお遍路に回っていることを誰かに聞いた訳ではなさそうだ。
松田さんも隼のように、結夏さんの誕生日に傍に貼ってあった甲午年御開帳の散華シールを見て秩父札所巡礼を始めたのだった。
私達は一緒に回ることになった。
朝食が済んだら又女将さんのオニギリ持参で秩父駅に向かい、バスで泉田停留所を目指すことになったのだ。
昨日と同じ急カーブの連続の道を進む。
すると泉田バス停の手前に札所三十二番入口があった。
「昨日此処から入ったんだ」
「もしかしたら般若面があった所? 実は俺も行った。此方が先で三十一番が後だった」
「何処かでスレ違っていたりして……」
「そうかもな」
そう言いながら隼は何故だか遠い目をしていた。
きっと結夏さんのことを考えているんだ。
そう思った。
松田さんは気付いていないらしく、盛んに三十一番の弘法大師が手彫りで刻んだと言われている磨崖物の話をしていた。
空はどんよりと雲っていた。
泉田の信号をを北に向かうと暫くして札所三十三番の案内板があった。
私達は其処を右に曲がった。
その先にようばけへと小鹿野化石館への立て札があった。
「ようばけ? なんだか怖そうな名前だな」
「おばけに似てるからか?」
「ようばけとは確か、陽のあたる崖。と言う意味だったかな?」
「陽のあたる崖? それがなんでおばけ?」
「おばけじゃないよ、ようばけだよ」
「何でも崖のことを方言で、はけっ言うそうよ。其処からばけになったんだって。夕日があたると物凄く綺麗なんだってさ」
「だったら、ようばけより、夕ばけ」
「それじゃおばけみたいだな」
「赤平川にある崖で、古代の地層が斜めに見えるそうよ。其処から化石が沢山出土しているんだって」
「だから化石館もある訳だな」
そんな会話をしているうちに気が付いた。
二人が以前のように仲良くなっていることに……。
橋があった。
良く下を見ると、滝らしきものがある。
その先には田んぼがあり、穂が垂れていた。
(もうじき黄金色に染まるのかな?)
そんなことを思っていた。
平坦な道を進みと、右側に札所三十三番の駐車場が見えて来た。
目指す菊水寺はその反対にあった。
すぐ行こうとする松田さんを征して、まず山門の前に立った。
私と隼は其処で一礼してから山門を潜り抜け境内に入った。
後ろを見ると、松田さんも同じことをしていた。
その後菊の花を模した手水場で左手右手の順に手を清め、左手の水で口をすすいでから輪袈裟と念珠で身支度を整えた。
「これが正式? 俺、罰当たりなことばかりしていたかも?」
「私達だって同じようなものよ。ただ本に書いてあった通りにしているだけだもの」
「いや、心構えが違う」
松田さんは神妙に言った。
(心構えって言うよりエゴだとバレないようにだ)
私は松田さんの発言に戸惑っていた。
そんな思いを隠して、納め札と写経を所定の箱に入れた後灯明と線香と賽銭を上げた。
胸の前にて合掌して三礼する。
「うやうやしくみ仏を礼拝してたてまつる」
墨書したメモを松田さんに見せながら、本堂に向かって三人同時に言った。
「次はこれ、開経偈」
「むじょうじんじんみみょうほうひゃくせんまんごうなんそうぐうがこんけんもんとくじゅうじかんげつにょらいしんげつき」
「その次はいよいよ、般若心経よ。納経帳にも記してあるわ」
私がそう言うと、松田さんは自分の納経帳を出していた。
「ぶっせつ、まかはんにゃはらみったしんぎょう」
たどたどしく松田さんが唱える傍で私達も追々した。
「般若波羅蜜多とは、仏様によって完成された大いなる智慧の世界の真髄を説かれたお経と言う意味なの」
「かんじんざいぼさつ。ぎょうじんはんにゃはらみったじ。しょうけんごうんかいくう。どいっさいくやく。しゃり。しきふいくう。くうふいしき。しきそくぜくう。くうそくぜしき。じゅそうぎょうしき。やくぶにょぜ。しゃり。ぜしょほうくうそう。ふしょうふめつ。ふくふじょう。ふそういげん。ぜこくうちゅうむしき。むじゅそうぎょうしき。むげんにびぜつしんい。むしきしょうこうみそくほう。むげんかい。ないしむいしきかい。むむみょう。やくむむじょうじん。ないしむろうし。やくむろうしじん。むくしゅうめつどう。むちやくむとく。いむしょとくこ。ぼだいさった。えはんにゃはらみったこ。しんむけいげ。むけいげこ。むうくふ。おんりいっさいてんどうむそう。くきょうねは。さんぜしょぶつ。えはんにゃはらみったこ。とくあのくたらさんみゃくさんぼだい。こちはんにゃはらみった。ぜだいじんしゅ。ぜだいみょうしゅ。ぜむじょうしゅ。ぜむとうどうしゅ。のうじょいっさいく。しんじつふこ。こせつはんにゃはらみったしゅ。そくせつしゅわつ。ぎゃていぎゃていはらぎゃてい。はらそうぎゃていほじそわか。はんにゃしんぎょう」
「おん、あろりきゃ、そわか」
菊水寺も聖観音のご真言だった。
これを三度繰り返す。
「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」
光明真言も三度繰り返す。
「南無大師遍照金剛」
その後で御宝号も三度唱えた。
「願わくばこの功徳を以て遍く一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜん」
回向文を一度唱える。
「ありがとうございました」
と御礼をしてから、芭蕉の句碑などを見て回った後に本堂に入った。
菊水寺の納経所は驚いたことに本堂の中にあったのだ。
私達は今は秘宝となった聖観音に向かい合掌してから朱印をいただいた。
「さっき仏説摩訶般若波羅蜜多心経と書かれた半紙をを奉納したけど、時間が許す限り写経することにしたの」
「長い般若心経を読み上げるだけで日が暮れてしまうような気がしたからなんだ。結夏と流れた胎児の御霊を成仏させるために買った半紙を有効利用したんだ。きっと結夏も許してくれると思ったのからね」
私は仏説摩訶般若波羅蜜多心経と書かれた半紙をを松田さんに見せることにした。
「この一枚で最後なの」
「全ての札所に納めるために三十四枚ずつ持参するつもりだった。でも時間が足りなくて、あの宿でも書いていたんだ」
「俺はやっぱり考え方が違っていたようだな。今更だけど悔やまれるよ。女将さんが電話で相部屋を頼んだ時、二人を大切なお客さんだからって言ってた。やっと意味が解ったような気がする」
「違うよ兄貴。僕も同じだった。全部優香のお陰なんだ」
「兄貴って、又そう言ってくれるのか?」
「当たり前だ。孔明の兄貴なら、僕にとっても兄貴だよ」
「嬉しい。嬉しいよ。俺は罪を犯した。結夏を助けることなく、その場を立ち去ってしまった」
松田さんがあのことを話出すと、隼は厳しい表情になった。
「結夏を襲う気なんてなかったんだ。ただ驚かしてやりたかったんだ」
「それじゃ何でスキンが……」
「使用したのは彼処じゃない。ポケットに入っていたのが落ちただけなんだ」
「だって孔明が『そうなんだ。確かに兄貴は、ストーカーの仕業に見せ掛けようとしていたんだ。だからスキンも用意していたんだ。でも、太鼓橋の隙間から落ちた結夏を助けに行こうとした時、階段で……』って言ってた……」
「あれは警察が勝手に決めつけて……俺は結夏にそんなことはしていない」
「でも、結夏さんのストーカーだった人が後を付けていたのでしょ?」
「そうだよ。だから通報されると思ったんだ。結夏が妊娠していたなんて知らなかったから……まさか」
「そうだよな。結局僕のせいなんだよね……」
まるで、責任転換されたような物言い。
隼のその言葉で押し黙った松田さんは、気まずそうに私達の後を付いて来たのだった。
身体に出来た傷なら治療さえすれば跡形もなく治るかも知れない。でも心に受けた傷は塞がることはないのだと思う。
隼も松田さんもきっと一生ずっと抱えて耐え抜いていくのだと思った。
結願寺までの道程は途方もなく長く、生憎雨も降りだした。
それは三人に与えられた試練のようにも思えていた。
図書館で秩父札所の本を数冊借りて、地図を見比べた。
古いのには札立峠の道が示してあった。
それより若い本には、その峠は通行不可になっていた。
そんな場を通る訳にはいかない。
だから、物凄い遠回りになってしまったのだった。
龍勢会館で一休みした後で、持参した地図のコピーを見ながら赤平川沿いの道を行く。
二時間ほど歩いた場所で、札所三十四番と秩父華厳の滝と書かれた案内板に出会した。
其処を左に曲がり更に二時間ほど歩いた。
足はパンパン、膝はガタガタだった。
それでもどうにか雨の中を、結願寺の駐車場脇に辿り着いた。
其処も坂道だった。
私は金剛杖を頼りに、その道を歩き始めた。
絶対に必要になると言って、無理矢理持たせてくれた結夏さんのお母さん。
私は遠い故郷の空に向かい合掌した。
入口には、散ってしまった山百合の葉。
途中には未だに青々とした紫陽花もあった。
それらに気を取られながら石仏の脇を通る。
本堂が見える手前の石仏に挨拶をする。
此処が最後などだと思うと余計に緊張してきた。
私は粗相がないようにと所作を頭の中で繰り返していた。
「おん、ばざら、だらま、きりく」
千手観音のご真言だ。
回向文やお礼まで終えて納経所へ向かおうとした時、一匹の蜥蜴が足元にあった踏み台の隙間から中に潜っていった。
「あれっ、これ踏み砂だわ」
「あっ、本当だ。西国三十三箇所、坂東三十三箇所。それに秩父三十四箇所砂がの中に入っているらしいよ」
「それって凄いな」
「でも私、もっと凄い踏み砂知っているわよ」
「もしかしたら百穴?」
「ううん違うよ。隼の大学の上にある……」
「坂東の方が凄いのかなー?」
「そうかもね。地蔵菩薩の立像の下には、百観音の他に四国八十八箇所の砂も入っているらしいのよ」
「最強だな、それは」
「うん。だから、帰ってから行ってみようよ」
「お焚き上げしてもらう前に行こうか?」
「うん。そうしましょうよ。其処でもう一度結夏さんと隼人君のために祈りましょう」
「ところで、そのお焚き上げってなんだ?」
「結夏の流れた胎児に隼人って名付けて祈ってきたんだ。これがその時作ったお札だよ。僕の子供の位牌みたいなもんだな」
隼はそう言いながら隼人之霊と墨書した紙を松田さんに示した。
「結夏……」
そう言いながら松田さんは踏み砂の前で踞った。
幼馴染みで、弟の孔明さんが愛した結夏さんを結果的に死に追いやった松田さん。
悔やんでも悔やみキレない念に支配されているようだった。
断腸の思いで立ち上がった松田さんと一緒に納経所へ行き、御朱印と記念メダルを購入した。
その後皆野町栄バス停に時刻表を見て秩父華厳の滝へ行き、頂上にある大きな仏像と向かい合った。
「大きな閻魔大王ね」
私が言うと翔君のお父さんが首を振った。
「確か勝道上人だと聞いたけど。日光にある寺の開祖だったかな?」
「日光? あ、だから秩父華厳の滝の上に作ったのかな?」
「うん、きっとそうだ」
私達はこの大座像に結夏さんと隼人君の成仏を祈った。
その後でバスで皆野駅に行き、秩父線経由で地元駅に戻った。
雨で体力を奪われた私達の非力を詫びながら……
あの電話は宿の女将さんからで一旦向かうことになっただったのだ。
隼は私に付きっきりだった。
私が地蔵菩薩様を見て泣いたので心配したようだ。
あんなの見たせらたら誰でも泣く。
だって地蔵菩薩様の裾でまとわり付いていた二人の子供は、衣類を身に着けていなかった。
それで水子を表現しているのではないのかと思ったのだ。
私は急に、この子供達を救い出したくなったのだ。
だから双子を望んだ。
結夏さんと……
誰かの水子でもいい。
この子供達の母親になりたい。
そう願ったのだ。
国道299号脇きあった札所三十二番への案内板。
その遥か手前に秩父ミューズパークへ向かう道がある。
其処があの赤い巴橋手前に出る道だったのだ。
でも私達は札所二十四番の脇を通り抜けて、左久良橋を渡った。
其処からほぼ道なりに、御花畑方面へ向かった。
実際にはどうかは解らないけど、其処の方が巴橋の先の国道に出るより宿泊場所には近かいと感じたのだ。
『どんなに遅くなっていいから』
と女将さんから連絡があり、私達は夜になってから宿に入った。
土曜日だったのでやはり満室だった。
だけど一人で遍路に回っている方に合い室をお願いしてくれたのだった。
その部屋お礼の挨拶にに行って驚いた。
其処に居たのは翔君のお父さんだった。
実は松田さんは、結夏さんに許しをこうために独りで秩父札所をお遍路していたのだった。
何時もは日帰りだと言う松田さん。
でも今回は初めて宿を取ったようだった。
それは、最後のお遍路とするためだった。
松田さんも、後二寺だったのだ。
私達がお遍路に回っていることを誰かに聞いた訳ではなさそうだ。
松田さんも隼のように、結夏さんの誕生日に傍に貼ってあった甲午年御開帳の散華シールを見て秩父札所巡礼を始めたのだった。
私達は一緒に回ることになった。
朝食が済んだら又女将さんのオニギリ持参で秩父駅に向かい、バスで泉田停留所を目指すことになったのだ。
昨日と同じ急カーブの連続の道を進む。
すると泉田バス停の手前に札所三十二番入口があった。
「昨日此処から入ったんだ」
「もしかしたら般若面があった所? 実は俺も行った。此方が先で三十一番が後だった」
「何処かでスレ違っていたりして……」
「そうかもな」
そう言いながら隼は何故だか遠い目をしていた。
きっと結夏さんのことを考えているんだ。
そう思った。
松田さんは気付いていないらしく、盛んに三十一番の弘法大師が手彫りで刻んだと言われている磨崖物の話をしていた。
空はどんよりと雲っていた。
泉田の信号をを北に向かうと暫くして札所三十三番の案内板があった。
私達は其処を右に曲がった。
その先にようばけへと小鹿野化石館への立て札があった。
「ようばけ? なんだか怖そうな名前だな」
「おばけに似てるからか?」
「ようばけとは確か、陽のあたる崖。と言う意味だったかな?」
「陽のあたる崖? それがなんでおばけ?」
「おばけじゃないよ、ようばけだよ」
「何でも崖のことを方言で、はけっ言うそうよ。其処からばけになったんだって。夕日があたると物凄く綺麗なんだってさ」
「だったら、ようばけより、夕ばけ」
「それじゃおばけみたいだな」
「赤平川にある崖で、古代の地層が斜めに見えるそうよ。其処から化石が沢山出土しているんだって」
「だから化石館もある訳だな」
そんな会話をしているうちに気が付いた。
二人が以前のように仲良くなっていることに……。
橋があった。
良く下を見ると、滝らしきものがある。
その先には田んぼがあり、穂が垂れていた。
(もうじき黄金色に染まるのかな?)
そんなことを思っていた。
平坦な道を進みと、右側に札所三十三番の駐車場が見えて来た。
目指す菊水寺はその反対にあった。
すぐ行こうとする松田さんを征して、まず山門の前に立った。
私と隼は其処で一礼してから山門を潜り抜け境内に入った。
後ろを見ると、松田さんも同じことをしていた。
その後菊の花を模した手水場で左手右手の順に手を清め、左手の水で口をすすいでから輪袈裟と念珠で身支度を整えた。
「これが正式? 俺、罰当たりなことばかりしていたかも?」
「私達だって同じようなものよ。ただ本に書いてあった通りにしているだけだもの」
「いや、心構えが違う」
松田さんは神妙に言った。
(心構えって言うよりエゴだとバレないようにだ)
私は松田さんの発言に戸惑っていた。
そんな思いを隠して、納め札と写経を所定の箱に入れた後灯明と線香と賽銭を上げた。
胸の前にて合掌して三礼する。
「うやうやしくみ仏を礼拝してたてまつる」
墨書したメモを松田さんに見せながら、本堂に向かって三人同時に言った。
「次はこれ、開経偈」
「むじょうじんじんみみょうほうひゃくせんまんごうなんそうぐうがこんけんもんとくじゅうじかんげつにょらいしんげつき」
「その次はいよいよ、般若心経よ。納経帳にも記してあるわ」
私がそう言うと、松田さんは自分の納経帳を出していた。
「ぶっせつ、まかはんにゃはらみったしんぎょう」
たどたどしく松田さんが唱える傍で私達も追々した。
「般若波羅蜜多とは、仏様によって完成された大いなる智慧の世界の真髄を説かれたお経と言う意味なの」
「かんじんざいぼさつ。ぎょうじんはんにゃはらみったじ。しょうけんごうんかいくう。どいっさいくやく。しゃり。しきふいくう。くうふいしき。しきそくぜくう。くうそくぜしき。じゅそうぎょうしき。やくぶにょぜ。しゃり。ぜしょほうくうそう。ふしょうふめつ。ふくふじょう。ふそういげん。ぜこくうちゅうむしき。むじゅそうぎょうしき。むげんにびぜつしんい。むしきしょうこうみそくほう。むげんかい。ないしむいしきかい。むむみょう。やくむむじょうじん。ないしむろうし。やくむろうしじん。むくしゅうめつどう。むちやくむとく。いむしょとくこ。ぼだいさった。えはんにゃはらみったこ。しんむけいげ。むけいげこ。むうくふ。おんりいっさいてんどうむそう。くきょうねは。さんぜしょぶつ。えはんにゃはらみったこ。とくあのくたらさんみゃくさんぼだい。こちはんにゃはらみった。ぜだいじんしゅ。ぜだいみょうしゅ。ぜむじょうしゅ。ぜむとうどうしゅ。のうじょいっさいく。しんじつふこ。こせつはんにゃはらみったしゅ。そくせつしゅわつ。ぎゃていぎゃていはらぎゃてい。はらそうぎゃていほじそわか。はんにゃしんぎょう」
「おん、あろりきゃ、そわか」
菊水寺も聖観音のご真言だった。
これを三度繰り返す。
「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」
光明真言も三度繰り返す。
「南無大師遍照金剛」
その後で御宝号も三度唱えた。
「願わくばこの功徳を以て遍く一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜん」
回向文を一度唱える。
「ありがとうございました」
と御礼をしてから、芭蕉の句碑などを見て回った後に本堂に入った。
菊水寺の納経所は驚いたことに本堂の中にあったのだ。
私達は今は秘宝となった聖観音に向かい合掌してから朱印をいただいた。
「さっき仏説摩訶般若波羅蜜多心経と書かれた半紙をを奉納したけど、時間が許す限り写経することにしたの」
「長い般若心経を読み上げるだけで日が暮れてしまうような気がしたからなんだ。結夏と流れた胎児の御霊を成仏させるために買った半紙を有効利用したんだ。きっと結夏も許してくれると思ったのからね」
私は仏説摩訶般若波羅蜜多心経と書かれた半紙をを松田さんに見せることにした。
「この一枚で最後なの」
「全ての札所に納めるために三十四枚ずつ持参するつもりだった。でも時間が足りなくて、あの宿でも書いていたんだ」
「俺はやっぱり考え方が違っていたようだな。今更だけど悔やまれるよ。女将さんが電話で相部屋を頼んだ時、二人を大切なお客さんだからって言ってた。やっと意味が解ったような気がする」
「違うよ兄貴。僕も同じだった。全部優香のお陰なんだ」
「兄貴って、又そう言ってくれるのか?」
「当たり前だ。孔明の兄貴なら、僕にとっても兄貴だよ」
「嬉しい。嬉しいよ。俺は罪を犯した。結夏を助けることなく、その場を立ち去ってしまった」
松田さんがあのことを話出すと、隼は厳しい表情になった。
「結夏を襲う気なんてなかったんだ。ただ驚かしてやりたかったんだ」
「それじゃ何でスキンが……」
「使用したのは彼処じゃない。ポケットに入っていたのが落ちただけなんだ」
「だって孔明が『そうなんだ。確かに兄貴は、ストーカーの仕業に見せ掛けようとしていたんだ。だからスキンも用意していたんだ。でも、太鼓橋の隙間から落ちた結夏を助けに行こうとした時、階段で……』って言ってた……」
「あれは警察が勝手に決めつけて……俺は結夏にそんなことはしていない」
「でも、結夏さんのストーカーだった人が後を付けていたのでしょ?」
「そうだよ。だから通報されると思ったんだ。結夏が妊娠していたなんて知らなかったから……まさか」
「そうだよな。結局僕のせいなんだよね……」
まるで、責任転換されたような物言い。
隼のその言葉で押し黙った松田さんは、気まずそうに私達の後を付いて来たのだった。
身体に出来た傷なら治療さえすれば跡形もなく治るかも知れない。でも心に受けた傷は塞がることはないのだと思う。
隼も松田さんもきっと一生ずっと抱えて耐え抜いていくのだと思った。
結願寺までの道程は途方もなく長く、生憎雨も降りだした。
それは三人に与えられた試練のようにも思えていた。
図書館で秩父札所の本を数冊借りて、地図を見比べた。
古いのには札立峠の道が示してあった。
それより若い本には、その峠は通行不可になっていた。
そんな場を通る訳にはいかない。
だから、物凄い遠回りになってしまったのだった。
龍勢会館で一休みした後で、持参した地図のコピーを見ながら赤平川沿いの道を行く。
二時間ほど歩いた場所で、札所三十四番と秩父華厳の滝と書かれた案内板に出会した。
其処を左に曲がり更に二時間ほど歩いた。
足はパンパン、膝はガタガタだった。
それでもどうにか雨の中を、結願寺の駐車場脇に辿り着いた。
其処も坂道だった。
私は金剛杖を頼りに、その道を歩き始めた。
絶対に必要になると言って、無理矢理持たせてくれた結夏さんのお母さん。
私は遠い故郷の空に向かい合掌した。
入口には、散ってしまった山百合の葉。
途中には未だに青々とした紫陽花もあった。
それらに気を取られながら石仏の脇を通る。
本堂が見える手前の石仏に挨拶をする。
此処が最後などだと思うと余計に緊張してきた。
私は粗相がないようにと所作を頭の中で繰り返していた。
「おん、ばざら、だらま、きりく」
千手観音のご真言だ。
回向文やお礼まで終えて納経所へ向かおうとした時、一匹の蜥蜴が足元にあった踏み台の隙間から中に潜っていった。
「あれっ、これ踏み砂だわ」
「あっ、本当だ。西国三十三箇所、坂東三十三箇所。それに秩父三十四箇所砂がの中に入っているらしいよ」
「それって凄いな」
「でも私、もっと凄い踏み砂知っているわよ」
「もしかしたら百穴?」
「ううん違うよ。隼の大学の上にある……」
「坂東の方が凄いのかなー?」
「そうかもね。地蔵菩薩の立像の下には、百観音の他に四国八十八箇所の砂も入っているらしいのよ」
「最強だな、それは」
「うん。だから、帰ってから行ってみようよ」
「お焚き上げしてもらう前に行こうか?」
「うん。そうしましょうよ。其処でもう一度結夏さんと隼人君のために祈りましょう」
「ところで、そのお焚き上げってなんだ?」
「結夏の流れた胎児に隼人って名付けて祈ってきたんだ。これがその時作ったお札だよ。僕の子供の位牌みたいなもんだな」
隼はそう言いながら隼人之霊と墨書した紙を松田さんに示した。
「結夏……」
そう言いながら松田さんは踏み砂の前で踞った。
幼馴染みで、弟の孔明さんが愛した結夏さんを結果的に死に追いやった松田さん。
悔やんでも悔やみキレない念に支配されているようだった。
断腸の思いで立ち上がった松田さんと一緒に納経所へ行き、御朱印と記念メダルを購入した。
その後皆野町栄バス停に時刻表を見て秩父華厳の滝へ行き、頂上にある大きな仏像と向かい合った。
「大きな閻魔大王ね」
私が言うと翔君のお父さんが首を振った。
「確か勝道上人だと聞いたけど。日光にある寺の開祖だったかな?」
「日光? あ、だから秩父華厳の滝の上に作ったのかな?」
「うん、きっとそうだ」
私達はこの大座像に結夏さんと隼人君の成仏を祈った。
その後でバスで皆野駅に行き、秩父線経由で地元駅に戻った。
雨で体力を奪われた私達の非力を詫びながら……
0
あなたにおすすめの小説
『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて
設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。
◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。
ご了承ください。
斉藤准一 税理士事務所勤務35才
斎藤紀子 娘 7才
毒妻: 斉藤淳子 専業主婦 33才 金遣いが荒い
高橋砂央里 会社員 27才
山本隆行 オートバックス社員 25才
西野秀行 薬剤師 22才
岡田とま子 主婦 54才
深田睦子 見合い相手 22才
―――――――――――――――――――――――
❧イラストはAI生成画像自作
2025.3.3 再☑済み😇
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
Lucia(ルシア)変容者たち
おまつり
恋愛
人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。
それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。
カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。
二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。
誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。
愛が深まるほど、境界は曖昧になる。
身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。
一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。
彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。
これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、
それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。
※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる