大好きな君へ。【優香と結夏】

四色美美

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二日目・優香

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 二日目の朝は早起きして、光明真言と地蔵真言を唱えた。それは結夏さんと隼人君の霊を私の胎内に呼ぶための儀式だ。私は本気に隼と結夏さんの水子である隼人君を育てたかったのだ。隼もそれと承知で協力してくれている。でもそれは私のエゴなのだ。隼を独り占めにしたくてやった行為なのだ。私が俯いていたら、隼は写経を始めた。少しでも書きためて般若心経を省きたかったのだ。本当はそんなことをしてはいけないと解っている。でも地図に載っていた五日間の行程と比べてみると遅れているのは事実だった。
昨日は十一番札所までは回るはずだったのだ。その原因はやはり馴れない読経にあると私は思っていたのだ。だから少しでも省略出来たら嬉しいと思っていたのだった。
女将さんに許可をもらってローテーブルを借りた。隼の部屋で書いていた時と同じだからはかどるはずだと思っていた。それでも、一字一字丁寧に心を込めることが、隼人君を救い出し結夏さんを安心させることに通じると信じていた。
一行目は空けて、二行目から書く。仏説摩訶般若波羅蜜多心経と記す。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時から始まり、般若心経で終わる写経。全二百七十八文字。十八行。年月日や名前なども書き添えた。
写経の本同様に、百円ショップで購入した半紙。隼人君の御札の残りでは足りないので、もう二部用意していたのだった。三十枚入りだったから三つで三十四番全てに納めることが出来るはずだったのだ。

 その後で朝食を済ませ、女将さんにオニギリを作ってもらい西部秩父駅に向かった。近くの観光案内所にレンタル自転車があるのだ。それはあのサイクル巡礼のパンフレットに示してあった。予約は出来ないようだから、早めに行くしかないようだ。私達は遅れを取り戻すべく、その方法を選んでいたのだった。
私達は必要最小限の物だけ持って二日目のお遍路へと旅立つつもりだったのだ。昨日のように隼に荷物を預けっぱなしにはしたくなかった。
駅でも、札所でも貰えるサイクル巡礼のパンフレット。あの地図を見た限りでは十二番から二十五番まで楽勝のような気がしたからだ。でも昨日行く予定だった二つへ先に行くことにしたのだった。

 二十六番の奥の院には秩父の清水の舞台と言われている寺院があるらしい。其処から護国観音への山道を通る予定だ。どのくらいかかるか解らないから、なるべく二十五番まで今日行っておきたいと隼は言っていた。札所の納経所は朝八時から夕方五時まで。幾つ回れるか解らないけど。

 宿の食事は美味しかった。私は此処を選んで本当に良かったと思った。私達が写経している時には気遣ってそっとしておいてくれる。だから、甘えついでにオニギリを多目にを作ってもらった。

 私達は徒歩で西武秩父駅近くにある観光案内所前に来ていた。でもまだ開いていなかった。

「嘘だろ。札所の納経所が八時から開くのに、サイクル巡礼をうたっている観光案内所が九時からだなんて……馬鹿にしてる」
隼が言った。

「まだ八時前だよ。こんな場所で一時間以上並んで待たなければいけないのか……」
隼は携帯で時間を確認しながら不満をぶちまけていた。

「だったら先に十二番へ行く?」

「そうだな。うん、そうしよう」
隼は頷きながら言った。そう言ってはみたものの何だかしっくりこない。

「巡礼者の都合なんて考えてもいないんだよね。お役所仕事だからかな? 自分達に合わせろってことなんだよ。それとも……」

「それとも?」

「サイクル巡礼なんて姑息な手を使わず歩けってことかも知れないな」
私は隼の言葉にショックを受けていた。

「姑息って?」
だから私は聞いた。

「自転車で回れば早いなんて考えたから、きっと罰でも与えるつもりなんだよ」

「でも自動車やバイクの人もいるのよね? その人達に比べたら……姑息な手段なんて言えないよ」
私は隼を宥めるように言った。だって、どの札所にも駐車場はあるし、タクシーで回っている人もいる。そう思ったからだ。

 でも結局始めに行ったのは、宿屋に一番近くにある十三番札所の慈眼寺だった。十二番は二十六番と近いので一緒にまわることにしたのだ。
十三番は飴薬師の寺だと聞いた。七月八日はブッカキ飴の市が立つと言う。聞いた話によると、その飴は七五三の千歳飴を一口大に叩き割ったような物らしい。だからブッカキ飴と言うそうだ。

 でもその前に此処は慈眼寺と言う名前が示すように眼のお寺だそうで、絵馬にはめと逆さのめが二つが大きく書かれていた。

「あれっ、この絵馬何処かで見たことある」
私はそう言いながら考え込んでいた。

「あっ、解った川越だ。確か時の鐘の先の川越薬師にこの絵馬そっくりなのがあったわ。同じ薬師だからかな?」
思い出してスッキリしたのか私は大きな声を出していた。川越に行くと必ず寄る時の鐘。その下をあった場所にある川越薬師。梅雨の頃には半夏生が咲く。その時季に熊野神社の夏越の祓えの茅の輪もあるので良く行っていたのだ。

 「おん、あろりきゃ、そわか」
山門で所作の後で聖観音のご真言をて唱えた。納経所で目薬の木のお茶を貰って飲んだ後、ふと秩父観音霊験記がないことに気付いた。訪ねてみたら、脇にある建物の中にあると言われた。その中に入って驚いた。秩父札所一番の施食堂のような物があったからだった。

 板絵が納めてある経蔵と言われるお堂の中には、手で回せる輪蔵があったのだ。私達はそれらを鑑賞した後すぐに次なる目的地に急いだ。
十四番今宮坊は小さなお寺だった。でもそれに似合わないような大木が右の角に聳え立っていた。駒つなぎの欅と言うらしい。その下には可愛らしい聖徳太子の像があった。

 「おん、あろりきゃ、そわか」
聖観音のご真言を唱える。お堂の脇の無縁仏らしいお墓の石が寂しそうにみえた。

「おんあぼきゃべいろうしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん」
それはあの光明真言だった。隼は大日如来の御加護が魂を癒してくれると信じていたのだ。私は隼の優しさに涙しながら追々していた。

 納経を済ませそのまま大通りに向かうことにした。でも途中にあった今宮神社の御神木に私は惹かれていた。
八大龍王院今宮神社。
駒つなぎの欅が見える。此処も今宮坊と同じく駒つなぎの欅と言うそうだ。実は以前は今宮神社と今宮方は同じ敷地内にあったそうだ。それが神社仏閣を分けるしきたりに変わったそうなのだ。

「あっ、だからか」
突然私が言っていた。

「あのね、阪東札所の境内に狛犬がいたの。もしかしたら神社の名残だったのかも知れないね」

「あれっ、もしかしたらその神社ってうちの大学の上にある?」

「うん、そうよ隼の大学のオープンキャンパスの後で寄ってみたの」
でも言ってから隼が大好きだからって言っているようだと気付き、急に恥ずかしくなっていた。上目使いでそっと隼を見るとまんざらでもないような顔をして笑っていた。
今宮神社は御花畑駅の東側の道を大通りまで行き、信号の先の坂の下にある。其処から龍神池が見え、龍の形をした噴水が斜めに噴き出していた。その脇の木の幹が侵食されていて、中には真新しい仏像が安直されていた。
私は隼への思いを押し隠すように、その噴水を眺めていた。瓢箪のような形でもしているのだろうか? 二つの池に架かる赤い橋が綺麗だった。

 ペットボトルを購入して、武甲山の服流水をその中に貯めた。龍の形をした注ぎ口。その向こうには小高くなっていて上には観音様のような像があった。

 携帯で時間を見ると九時に近かったのでま、急いで観光案内所に戻った。私達は何とかレンタサイクルを借りることが出来たのだった。

 隼は七段ギア付き、私は電動アシスト自転車を借りることにした。電動アシスト自転車の満タンの充電で約三十キロメートル走れると言う。
観光案内所から二十五番まで行き又観光案内所へと戻る距離は目計算で約二十二、三キロメートル。楽勝だと思ってたからだった。
隼は自力で何とかすると言う。でも私には坂道はキツいからと勧められたのだ。
本当は私だって隼と同じのを選びたかったのに……。
ううん、出来ることなら隼も電動アシスト自転車を借りてほしかったのだ。
だって、その方が絶対に楽だと思っていたからだった。

 でも隼は、札所二番への坂道でヘバっていた人を思い出していたようだ。だから私に負担を掛けたくなかったのだった。それは隼の優しさに外ならない。私は隼の思いやりに涙した。とは言っても、三段ギアより七段ギア付きの方を選んでいた隼だった。

 十五番札所の少林寺は線路を越えた場所にある。秩父神社から延びた道が目安だ。バスの中から確認した十五番札所への案内板まで足を伸ばしてから、その札所を目指した。

「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
十一面観音のご真言を唱える。気になったのは、札所全部に掲げられている秩父観音霊験記が何処にも無いことだった。

「あっ、あった」
隼の声がした。

「この中にあるみたいだよ」
隼の指差す小さなお堂。その中には確かに絵らしい物があり、隙間から覗いて見ると足だけ見えていた。

 「次は昨日行けなかった十番札所の予定だけど大丈夫」

「何が?」

「坂道をきついよ」

「隼がでしょ」
私は隼の困った顔を見ながら笑っていた。

 十五番から西へ行き、次の交差点を左に曲がった。十一番はこの反対側だ。でも信号を渡り下らなければならない。だから坂を上って十番に足を延ばしたのだ。
 私達は国道に出て、信号手前を左に曲がった。バス通りをどんどん進んで行くと、十番への案内板があった。
其処は斜めの道だった。門の横には花が咲いていた。その横には大きな蔵がデンと構えていた。その顔は笑みをたたえているように思えた。
階段を登って大きな山門潜る。勿論、礼は欠かせない。

「おん、あろりきゃ、そわか」
聖観音のご真言だ。中には撫でると疾患を肩代わりしてくれると言う、おびんづる様が安直してあった。その姿は八番札所のなで仏のようにピカピカだった。

 今来た道を逆さに行く。札所十一番はさっき曲がった信号からほど近かったのだ。
羊山公園と書かれた小高い丘が見えた。その脇には昨日通った坂氷バス停があるはずだ。此処までは快調だった。結構キツイ坂道だったけど、流石に電動アシスト自転車だと思った。隼はまだまだ余裕みたいだった。
私達はその下の道をカーブに沿って走らせた。駐車場の脇に自転車を止めて歩くと札所十一番へと向かう。かなり勾配がある坂道を上りきった場所にその寺があった。

「うわっ、此処から来なくて良かった」
隼の目線の先には物凄い急階段があったのだ。

「さっきの坂もかなりあったでしょ? あれだけの物を一気に上がるとかると……、やっぱりこのくらいは必要なみたいね」
解りきったように、私は言っていた。

 「おん、まか、きゃろにきゃ、そわか」
札所十一番常楽寺の十一面観音のご真言だ。

(札所十一番が十一面観音か? うん、良く出来てる)
私はそんなくだらないことを考えていた。

 納経所の先に山道がある。その道も通れるようだ。でも入口から見てもかなりの細い道だ。そこが札所十番と繋がっているようだった。
境内の脇にある赤い連なる鳥居を進むと、琴平神社と稲荷神社があるそうだ。関東地方では、神社仏閣は同じ敷地内に建てられていた。それが明治時代の改革によって切り離されたようだ。

(そう言えば、札所一番の近くにも神社があったな)
そう思った。

 次は十六番西光寺。

「おん、ばざら、だらま、きりく」
これは千手観音のご真言だ。庭には酒樽のような大きなお堂があった。その向こうには沢山の花が咲いていた。
私は回廊に入り驚いた。此処に四国八十八観音を模した観音像が全て奉られていたからだった。
秩父にある観音様もあったけど、一番凄いと感じたのは不動明王だった。その中には団体で回っている人達がいた。
その人達を案内していた人が興味深い話をしてくれた。勿論、私達に向けられた言葉ではないのだ怪我……。
西光寺には江戸時代に博打場があったそうで、賭博用語の寺銭はこんな場所から発した言葉ではないのかと言う話だった。
悪いけど四国八十八観音を安直しているお寺には似合わないと思った。

 大正時代に作られたと言われる酒の仕込み樽を利用した酒樽大黒天に一礼をしてから庭に咲く花々を見て回った。
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