トリプル・トラブル

四色美美

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バレンタインデー

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 又バレンタインデーがやって来る。


五年前の珠希の手解きを思い出しながら、美紀はキッチンにいた。

脳裏に浮かんだのは、あの日の三人の笑顔だった。

秀樹、直樹、パパの大喜びした顔だった。


一人一人の仕草を思い出してはドキンとする。
でもパパだけは違っていた。


珠希の前でパパに手作りチョコを渡した時、美紀の心臓は大きくはね上がったのだ。

それは、美紀がパパへの愛をはっきり意識した瞬間だった。

それを今……
今更ながらに確認した美紀だった。


小さい頃から大好きだったパパ。
そのパパを美紀は愛していると悟ったのだ。

あのバレンタインの日に。

そして今も尚。




 あれは珠希が亡くなる前年の秋の国民体育大会。


試合の会場に向かう前の珠希と正樹のキスをはっきりと思い出したのだ。

美紀が見ているとも知らずに……
それに応じた正樹。


珠希の貪るような激しいキスを目の当たりにした美紀は衝撃を受けて心を閉ざした。
正樹の恋しい気持ちを封印せざるを得なかったのだ。


でも、あのバレンタインの日に又再び燃え上がらせてしまったのだった。


それは結果として珠希と過ごした最後のバレンタインデーになった日だった。


美紀は既に、正樹を愛し初めていたのだった。

たとえ、それがどんなに苦しくても美紀は耐えなくてはならなかったのだった。




 (――ごめんなさい。

――私、本当にパパが好きなの。

――どうしてだか判らないけど、パパが好きで好きで堪らないの)

美紀は頭を振りながら、誤った。

それでも、二人の笑顔は消えなかった。


何故……、大や秀樹や直樹では満たされないのか解らない。


何故……、パパが大好きなのか判らない。

美紀は未だに悩んでいたのだ。




 美紀が誰を選ぶのか?
高校では、この話題で持ちきりだった。

もう既に全員が、三つ子が本当は双子で美紀が養女だったことを知っていた。

だから、この三人の中で恋人は決まると思っていたのだ。


誰も美紀の本心は知らない。
美紀が育ての親である正樹を愛している事実を知らなかったのだ。

だから、無責任に騒いでいただけなのだ。


全て面白半分……
一年生のアンケートでミス松宮高校に選ばれた美紀を羨ましく思っていたことは事実だったのだが……




 母直伝のトリュフチョコの材料を確認しながら、美紀は沙耶と過ごした日々を思い出していた。

正樹が生死の境をさまよっていた時、親身になって世話をやいてくれた沙耶。

母が本当は鶏嫌いだったことを教えてくれた沙耶。

その時……
気付いたことがある。

そうあの言葉を聞いて、自分も鶏肉が苦手だったと解ったのだ。

何かがおかしい。
何かが違う。
でもそれが何なのかが解らない。

だから美紀は悩み苦しんだのだ。




 自分の素直な気持ちを聞いてもらいたいと、美紀は沙耶を訪ねる決心をした。


玄関先で美紀を見た時、沙耶は驚きの表情を浮かべていた。

でもすぐに美紀をハグして、茶の間に招き入れてくれた。


その家は珠希の実家だった。
沙耶は珠希の妹だったのだが、珠希が正樹と結婚するために家を出たために実家に残って両親の世話をしなければならなかったのだ。


珠希は沙耶に辛い役回りを押し付けたことを本気で悔いていた。
だから美紀も沙耶には頭が上がらない。
だから尚更、正樹が好きだなんて言えなかったのだ。

それでも美紀決意した。
沙耶に本心を聞いてもらいたいと……




 でもいざ沙耶を前にしても、ずっと思い悩んでいた美紀。何から切り出したらいいのか……

何をどうするべきか……

言うか言わざるべきか判らない。

決意して訪ねて来ても尚、その胸を痛めていた美紀だったのだ。




 「私は小さいから、パパを愛していました」

遂に出た言葉に思わずホッとした。
意を決した言葉に思わず涙した。

それだけ美紀は沙耶に遠慮していたのだった。

それは珠希の心でもあった。

珠希は正樹のサポートをするためにこの家を出たことを……
結果的に沙耶に実家を押し付けてしまったことを悩んでいたのだった。




 (――やっと言えた)
美紀は安堵の胸を撫で下ろす。


「分かっていたわ」
そう答える沙耶。

それが余りにも意外で、美紀は沙耶を見つめた。




 「正直な話、何故こんなにパパのことが好きなのか分からなかった」
美紀はそう言いながら、結城智恵と真吾の写真を沙耶の前に置いた。


「この二人が美紀ちゃんのご両親?」
沙耶の質問に頷いた美紀。


「母の誘拐事件とか、諸々を母の育った施設を訪ね報告したんです。そしたら母の日記を渡されました」


美紀はバックの中から大学ノートを取り出した。


「見て泣きました。母はパパを好きだったんです。初恋だったんです。母も」

美紀は日記を胸に抱いて、泣いていた。


「言えなかったんです。孤児だったから。だから産まれた場所はコインロッカー。そう言って。きっと自分を戒めたんだと思います」

声を詰まらせた美紀。
優しく肩に手を置く沙耶。




 「私解ったんです! 私の中に母が生きていると。憑依していると」
突然、余りにも唐突に美紀が言い出す。


「憑依!?」

沙耶は驚いて、思わず手を引っ込めた。


「それ以外考えられない。きっと産まれたばかりの私のことが心配で」


「解るわ」
沙耶は頷きながら優しく美紀の体をバグした。

憑依だの何だのと怖がっている場合ではなかった。
沙耶は美紀を本当は抱き締めてやりたかったのだ。


「だけど、それだけじゃない。プロレスラーのくせに優し過ぎるパパだったから、こんなに好きになったんです」




 「美紀ちゃん。もしかしたら貴女、お姉さんが亡くなった後に、正樹さんのことをもっと好きになっていない?」

沙耶の質問に美紀は戸惑いながら頷いた。


それは美紀自身にも解らなかった。

何故こんなにも正樹が好きなのか?

何故大や兄弟では満たされないのか?


その答えは、沙耶が知っていた。

美紀が産みの母が憑依していると言ったので、やっと理解出来たことだった。


「お姉さん!」
沙耶はそう言うと突然泣き出した。


(――そうよね。正樹さんを守るために美紀ちゃんの体に憑依したのね。

――だから正樹さんは助かったのね。

――判ったわお姉さん。お義兄さんの傍を離れたくなかったのね。

――だから美紀ちゃんに憑依したのね)

次の瞬間。
沙耶は美紀が愛しくて仕方なくなった。


「美紀ちゃん、今まで辛かったでしょう。私何も出来ないけど、今日から応援団長してあげる」
沙耶は美紀にウィンクした。


 沙耶から語られた真実。

薄々は気付いていたのだろうか?

美紀は意外に冷静だった。


(――もしかしたら?

――私が急に鶏肉が苦手になったのは、ママの影響だったのかな?

――もしそうだとしたのなら?

――叔母さんの言う通りママが私の中に居るって言うことなのかな?)

美紀は自分の胸の谷間に手をかざしてみた。
そして静かに心臓の鼓動に耳を傾けた。


(――ママ、一緒に生きているの?

――だから私はパパが大好きなの?)

でも、本当は美紀は気付いていた。

だったら国体の日に、あんな思いはしなかったはずだと……


(――違う。

――私は自分からパパが好きになったのだ。

――パパを愛したのは自分の意志だ。

――ママの遺志ではないはずだ)

でもそれは沙耶には言えない。
そう思った。




 美紀は沙耶に取りすがった。
無意識に沙耶の優しさを求めたのだ。

その行為が何なのか判断出来ないまま……
その胸で思いっきり泣いた。


沙耶も泣きながら、美紀を両腕で包み込んだ。

美紀に憑依しているかも知れない、美紀の産みの母と自分の姉も一緒に。


(――いやきっと憑依している!

――そう……
花火大会の時に感じた姉の存在が証明している……)

沙耶は美紀を守ってやりたいと思っていた。

それは初めて沙耶が目覚めた美紀に対する家族愛だったのかもしれない。




 「姉と正樹さん、インターハイの地区予選会場で出会ったの」

沙耶が思い出したように語り出した。


「あっ私も今年ソフトテニスで出場しました」


「正樹さんは軟式テニス部の応援に来ていたの。ほら、まだその頃は、そう呼ばれていたのよ」


「はい。ソフトテニスと呼ぶようになったのは最近だと聞いています」

それは珠希に聞いたことだった。
珠希は突然のルール改正で物凄く戸惑ったことを美紀には話していたのだ。


「高校は違っても同じ町の……、私の姉だから当たり前か」
沙耶は少し口籠った。

美紀には、その光景を思い出しているように映っていた。


珠希が出場した高校総体予選会場が何処なのから想像も付かない。
でもその会場に沙耶もいたのではないかと思った。




 「二人は其処で意気投合したと聞いているわ」

沙耶は聞いていると言った。
でも本当はその現場にいたのだ。
美紀の勘は当たっていたのだ。


(――意気投合か?  私何言ってるんだろ)

沙耶は、小さくため息を吐いた。

美紀は小さく呟いて沙耶に目を向けた。


「もしかしたら、直ぐ結婚ですか?」


「ううん。姉は二歳年上で、短大で体育教師の免許を取ったの。男性が結婚出来るの十八歳からでしょう?」


「それじゃママから?」

沙耶は頷いた。


「プロレスラーになりたいと言う夢を叶えさせてあげたくてね」


「だからママは、中学の先生になったのか」


短大によって異なるが、栄養士、保育士など就職に有利な資格が得られる所がある。
中学の体育教師もその一つだった。

珠希は正樹の夢のために、正樹の生活を支えることを視野において体育教師の道を選んだのだった。




 美紀は沙耶に甘えながら、正樹を愛した産みの母の苦しみことを思っていた。


正樹が大好きだった智恵は中学卒業後一人暮らしを始めた。

元施設長を保証人に頼んで、正樹の実家の近くにアパートを借りた。
少しでも近くにいたかったのだ。

そんな事情を知らない正樹は、結婚の準備を着々と進めていたのだった。

傷ついた智恵を慰めたのが美紀の父親である真吾だった。

心の底から愛を捧げて、また支えてあった。


やがて二人の間に美紀が宿った。
天涯孤独の者どおし、やっと巡り会える家族。
真吾は幸せに酔った。


どうしても結婚と妊娠した事実を発表したいと真吾は焦った。

智恵を日の当たる場所に出してやりたかったのだ。

出来れば、本当の親に逢わせてやりたかった。
子供が産まれる前に……。


だから事務所の反対を押し切って結婚している事実を公表したのだ。




 『本日はお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。実はご報告致したい事実がございまして……』

真吾は胸を張り、幸せを噛みしめながらマスコミにコメントした。

美紀は確かに二人の愛の結晶だったのだ。


結婚と妊娠を明かしたことによってまさか智恵が襲われることになろうなんて。
真吾は全く考えてもいなかったのだ。


狂気から家族を救うために、自ら犠牲になった真吾。

子供の頃からただ智恵だけを愛し、見つめてきた真吾にとっては何事にも代えられない大舞台だったのだった。

それはどんな犠牲もいとわない智恵に対する無償愛だったのだ。




 「母は本当は誰を愛していたのでしょうか?」

美紀が資料をしまいながら言う。


「うーん、解らないわ」
沙耶が言う。

でも本当は沙耶は知っていた。
正樹を愛していたから、美紀に憑依したことを。

もし自分が死んでも、正樹と珠希なら自分の子供を育ててくれるだろうことも。
だから美紀に……。


『大きくなったらパパのお嫁さんになる』
そう言わせていたことも。


沙耶は結城智恵が愛おしくさえ思えていた。

それは沙耶の抱えているある感情がそうさせたことを、沙耶自身さえも気付いていなかった。

沙耶はただ珠希の魂も、結城智恵の魂も癒してあげたいと思ったのだ。

沙耶にとっては、結城智恵も特別な存在だったから……




 ――ガチャ。
玄関を開けると目に入る白い花。
冬のこの時季は水仙になる。


十二月から二月にかけては切り花ではなく、鉢植えになるのが常だった。

シクラメン・葉牡丹・ビオラなど、探せば白色系の花は沢山見つかる。

でもやはり庭で栽培した草花には勝てない。

だから美紀はこの水仙の咲くのを心待ちにしていたのだ。


「ただいま」

リビングにまず声を掛ける。
正樹は仕事で居ないのは承知だった。


何時ものように玄関を掃いた後、庭に出てみた。

出来れば仏壇用に水仙を切り取りたかったのだ。




 美紀は水仙を一本だけ切り、珠希の仏壇に向かった。

沙耶に会いに行ったことを報告するためだった。


心を込めて合掌した後美紀はキッチンに向かった。


意を決する。

そんな言葉がピッタリだった。
正樹への贈り物をこの手で作り上げるためには珠希の力がどうしても必要だったのだ。


美紀は、それほど珠希が大好きだったのだ。


「ママごめんなさい……」
美紀は泣いていた。


幾らパパが……
正樹が好きでも……
珠希を蔑ろには出来なかったのだ。




 時々自分の中に珠希を感じる。
その度ハッとして、沙耶の言われた真実を思い出す。


『美紀ちゃんの体の中には、お義兄を愛した姉の魂が居るのよ』


全てはそれだった。

自ら正樹を愛した訳ではなかったのか?

その事実が美紀を苦しめていたのだった。

出来ることなら知らずにいたかった。
でも、それではもっと苦しい。
それでもいいと思った。
大好きなママからパパを奪うなんて自分には出来るはずがない。
その時はそう思っていた。




 気を取り直して、美紀は調理台の前に立った。

まずガナッシュを作る。

いわゆる生チョコレートと呼ばれている物で、チョコレートを熱い生クリームや牛乳で溶かして作る。

これにリキュールを加えて、泡立て器でぐるぐる混ぜる。


でもそれは正樹用だった。

まだ未成年の、お子様三人には別のノンアルコールな物を加えた。


室温で少し冷ました後、丸い口金の付いた袋に入れてココアの入ったバットの上に絞り出す。

兄弟用に二十一個作った。
六個ずつケースに詰めて、残りは試食用にするためだった。

そのための小さなお皿がその横に置いてあった。


ココアごとガナッシュをすくい、掌で丸める。

そうすることにより、手にくっ付きにくくするのだ。

これは珠希のアイデアだった。


油を薄く塗ったお皿の上に搾り出す手間と、洗い物を少なくする工夫だった。

どうせ手にココアを付けなくてはいけないのだ。
それならいっそ、たっぷりのココアの中に入れればいい。
そんなとこだった。




 再びココアの入ったバットに戻し、ガナッシュを転がしながら絡ませる。


「軽くふわっと絡ませる」

美紀は珠希のレシピを忠実に再現した。
そしてやっと、バレンタインデー用トリュフが完成したのだった。


美紀は仏間へ行き、小さなお皿を供えた。


「ママ一つ頂戴」
そう言いながら、三個のトリュフチョコの内の一つを摘み頬張った。

残りは珠希と智恵と半分こ。

何時もとは違う何か……

別に智恵のことを蔑ろにしていた訳ではないが、沙耶に打ち明けたことによって、より身近な存在になっていたのだ。


「美味しい。流石だね、ママ」

美紀は自分自身で作り上げておきながら、珠希と一緒に調理したと思っていたのだ。

その中に智恵も入っていてくれたら嬉しいと美紀は思っていたのだった。


でも本当は……

珠希が亡くなって五年。
美紀は未だに珠希の亡霊から解放されないでいたのだった。

 秘密りで始めたトリュフ作り。

でもそれに気付いてソワソワしだす秀樹と直樹。

いくら内緒にしても、甘い香りは隠せるはずがない。
二人はそれだけで浮き足立つ。


冷蔵庫内は既に調査済みだった。


だから、今か今かと待ち望んでいたのだ。


勿論、義理チョコだと解ってる。
でも本命チョコであってほしい。


「えぇーい!!」


「たぁー!!」

一途な願いを込めて……
二階から俄か仕込みの念を送る。


(――もうこうなったら誰でもいい。

――どうか三人の中から選んでほしい。

――親父に取られるのだけは絶対イヤだ!!)

そう……
結局其処に落ち着く。


でも……
何故そうなったのかが判らない。


『大きくなったら、パパのお嫁さんになる』

そんな美紀の言葉を、軽く受け流してきた兄弟。

それが本当はどんなに真剣なものだったかなんて、知るはずもなかったのだ。




 双子の兄弟が同じ人を愛してしまうケースは良くあることだと聞く。

以心伝心。
感覚が一緒なので、同じようなことを考えてしまうそうだ。


でも美紀は……
今まで、何の感情も持ち併せていなかった兄弟だったのだ。

いくら、血の繋がりが無いにしても。


それがチームメイトの大の一言からかわるなんて……


親友の大がライバルとなるなんて……

妹だと思って、意識もしていなかった美紀をこんなに大好きになるなんて……


苦しくて、苦しくて仕方ない。
愛しくて、愛しくて仕方ない。


幾ら愛しても、美紀は別の人を愛している。

血の繋がりのない父親を愛している。


自分達の本当の父親を愛している。


嘘だと思いたい。
何かの間違いなんだと信じたい。
でも……
秀樹も直樹も気付いてしまっていた。

美紀の心の中を……
自分達の入り込める隙間も無いほどに、美紀が愛を貫いている真実を。




 でも……
それは執念とでも言うべきか。
未だにバトルを繰り返している三人。


美紀の正樹への本当の気持ちを知りながら、大はそれでも自分に勝ち目があると信じていた。

長年暮らして来て全てを知っている兄弟よりも、ぶがあると思っていたからだ。


でも一向になびかない美紀に、不安を抱くようになっていた。


それでもまだ、美紀に気持ちを伝えようと息巻いていた。


何故好きになったのか解らない。

突然目覚めた恋に戸惑いながら、直樹に打ち明けた。
まさか……
直樹と秀樹がライバルになるなどと予想もしていなかったのだ。


それでも、クリスマスに長尾家に招待されたことが強みになっていた。

正樹に美紀を任されたと思ったからだった。


三人はそれぞれで悩み、そして運命のバレンタインデーを待つことになったのだった。




 三人三様の恋愛バトル。

それを歯痒く見ていたクラスメイト達。


そしてやっと……
高校野球で大活躍した彼等に応援団も立ち上がった。
でもそれは、美紀が誰を選ぶかと言う賭けだった。


「俺は大に賭ける。何故なら、アイツは先生になると言ったからだ。やはり、将来性があるのは大だと思うんだ」


「私は直樹さんが良いと思う。真面目だもん。それが一番よ」


「私はカッコイい秀樹さんが良いわ」

それは、クラス全体。
いや、学校全体を巻き込んだ騒動に発展して行ったのだった。




 そしていよいよその本番の日。

待ちに待ったバレンタインデーがやってきた。


学校は期末試験後、卒業に向けて週一の登校になっていた。


就職活動や入試の準備などで忙しくなるためだった。


その登校日が偶々その日と重なったのだった。


美紀は、チョコレートの包みを三個用意していた。

勿論、大と秀樹と直樹の分だった。


それを見て、ガッカリする者もいた。

自分も欲しいと、クラスメイトの男性陣は密かに期待していたのだ。


そんな中……
本命チョコは誰の手にと、学友達は誰もが固唾を飲んで見守っていた。




 「喧嘩しないでね」

美紀はそう言いながら、全く同じサイズのトリュフチョコを三人に渡した。


それを見届けて、みんなため息を吐いた。


「勘違いしないでね。本当に義理チョコだから」 
美紀はトドメに、ハッキリそう言いながら渡していた。

美紀自身、このままではイヤだったのだ。

だからワザとそう言ったのだった。


「美紀はな、親父を愛しているんだよ」

本当は美紀が誰を好きなのかと言うことを知らないと思い込み、大に告げた直樹。


「えっー!?」
突拍子のない大の声が、クラス全体に広がった。
大はわざと、そう言ったのだった。


「そうか、だからおばさんはあの時……」
直樹に聞こえるように言った後、大はもう一度花火大会の時の沙耶の言動を思い出していた。




 『ねえ、あんた達。美紀ちゃんが誰を好きなのか知ってて言ってる訳?』

言ってしまってから慌てて口をふさいだ沙耶。

『あれ私……?  何ていうことを』
そして沙耶はそっと正樹の顔を伺った。


あの日の……
花火大会のルーフバルコニーの出来事を、大は思い出していた。


「そんな馬鹿な……」
大はガッカリした振りをしていた。


「だろ?  俺達だって納得行かないんだ」

直樹は今まで、交わして来たラブバトルが急に虚しく思えていた。

たから大に打ち明けだのだった。


でもクリスマスに正樹から美紀を託されたと思い込んでいた大。

内心、勝ったことを確信していた。




 やっぱり駄目かと、俯く秀樹と直樹。
大も真似をした。

三人に冷たい風が吹く。
クラスメートはそう思ったようだった。

みんなが見守るなか、トリプルラブバトルはそれで収縮するかと思われた。

それでもまだあがき苦しむ二人がいた。

美紀が本当は正樹が好きなことは分かっていた。

それでも納得出来るはずがなかった。
もし正樹と結婚したら、同じ誕生日の美紀が自分達の母親になってしまうのだ。

妹を母と呼ばなければならなくなるのだ。

絶対にそれだけは避けたかった。


何故……
自分達では駄目なのか?

兄弟は兄弟で、それぞれに思いを巡らす。


でも結局解るはずがない。


だって美紀自身さえも、気付いてもいないことだったのだから。


沙耶の言葉がなかったら、きっと一生美紀は苦しむはずだった。

でもだからって、今が苦しくない訳がない。
知ってしまった以上……

美紀はきっともっと苦しむはずなのだから。


 でもそんなことは知ってか知らずか、美紀は正樹のバレンタインのプレゼントに自分自身を選んでいた。

美紀は正樹に抱いてもらいたかったのだ。

何度も諦めた。
何時も問い詰めた。
それでも……
今回ばかりは理性が言うことを聞かない。


何故だか解らない。
美紀は本当に正樹が好きなくせに、戸惑ってもいたのだった。

でも無性に愛しくなる。

兄弟達に幾ら好きだと打ち明けられても、眼中にはないのだ。


大との結婚だって勿論考えた。
それが一番良い方法だと言うことも承知している。

でも……
物足りない。
自分の全てを癒してくれるのはやはりパパだけなのだと思った。




 全員が入浴したのを確認した後、脱衣場に珠希の愛用していたバスローブを準備した。

誰にも絶対に見られなくなかった。
本当は……
恥ずかしかったのだ。

何度辞めようと思ったことか……

でも正樹を愛する心が上回った。


念入りに身体を洗う。
その後に珠希の愛用していたシャンプー。
何時か自分のお気に入りになっていた、ママの香り。

甘い香りに包まれながら、美紀は大人の女に変身していく。

美紀は自分の中に珠希を見ていた。
憑依ではない。
別の珠希を。


(――ママ……、パパを頂戴。やっぱり私パパが好き)

美紀はやっと決意した。




 鏡に映る自分に珠希の顔を重ねてみた。
やはり本当の親子ではないから似ていない。
そう思う。


「自分は自分だよね」
ワザと呟く。
だけど、本当は……
母の結城智恵に憑依され、ママの長尾珠希に身体を乗っ取られる。

美紀は正樹のために働かされた。

でもそれは自分でも望んだこと。

誰のためでもない。本当にパパが大好きだったから。


美紀は自分の意思で珠希のフレグランスを身に付けた。

そうでもしない限り、挫けてしまうと思ったからだった。


全てを珠希の香りのせいにすることで美紀は正樹の元へと行けると判断したからだった。




 美紀は知っていた。
正樹は部屋に鍵を掛けないことを。

だから決行する。

それは珠希のためだと言うことも解っていた。

魂になってでも添い寝して欲しいほど、正樹は珠希を求めていたのだった。

本当は甘えん坊の正樹。

珠希が恋しかった……


そのために開けている。
それを知りながら……

美紀はどうしても、正樹の傍に行きたかった。

同じベッドで休みたかった。


「ママごめんなさい」

又誤る美紀。


「パパの傍に居たいの。せめて……」

鏡に写る自分の中の珠希に語りかけるように、美紀はそっと微笑みを返した。


「そう……せめてバレンタインデーの内に」




 バスローブとバスキャップ。
それだけ身に付けて、階段を上る。
兄弟の部屋は静かだった。

きっと眠りに着いたのだろう。
でも念には念を入れ、物音を立てないように進む。

もし秀樹と直樹に見つかったら……。
それだけは絶対避けたい。
美紀の頭にはそれしかなかった。


でも二人は眠ってなんかいなかった。

美紀のことで二人は悶々とした時間を過ごしていたのだった。


二段ベッドの上で、妄想にふける。
此処に美紀が居てくれたらと思う。

今すぐ逢いたくてしょうがない。

抱き締めたくてしょうがない。

でも諦めるよりしょうがないと、二人な本当は思っていたのだった。

そう全ては美紀の幸せのために……




 バレンタインデーの終わらない内に……

バスローブ以外何も身に着けない産まれたままの身体で……


夜こっそり寝室のドアを開ける。


――ガチャ。

そのごく僅かな音に固まる美紀。

気付かれたかと思い、美紀は正樹を見つめた。


正樹はベッドの中にいた。


(――良かった……)
美紀はホッと胸をなで下ろした。

気付かれたらきっとその場で拒否をされる。

美紀はそう思っていた。


正樹が自分を避けれことは当然だと思っていた。

だって正樹は未だに珠希に恋い焦がれているからだから。

でも美紀の体に巣造った珠希の魂が求めている。

正樹の心を求めている。

正樹の身体を求めている。


美紀も沙耶の言葉を鵜呑みにした訳ではない。

でも正樹を思う気持ちは、珠希をも上まっていると感じていた。




 ドアを静かに閉め、施錠する。

美紀は又……
そのまま正樹を見つめた。


ドアからベッドまでが遠く感じる。

もし珠希だったらこうは感じないだろう。
美紀はその時、やはり正樹を愛したのは自分自身だったと思った。

今……
この場に自分が居るのは珠希が導いたからではない。
そう感じた。


思い詰めたように、美紀がベッドへと向かう。

正樹が眠っているダブルベッド。
其処から僅かに香る珠希のフレグランス。


美紀は一瞬戸惑った。
今の自分と同じ香り。


次の瞬間。美紀は恥じらいに目覚めた。

それでも愛する気持ちがそれを上回った。


美紀はゆっくりバスローブを脱ぎ、正樹の寝ているベッドに潜り込んだ。




 突然の美紀の襲来に正樹は驚いて飛び起きた。

美紀の好意は嬉しい。
でもまだその時期ではないと正樹は考えた。


本当はすぐにでも抱きたかった。

亡妻・珠希と同じ香りのする美紀を。


ベッドの脇に脱ぎ捨ててあるバスローブを美紀に着せる。

その後……
説得させるために抱き締めながら、欲望と戦った。


正樹の体は燃えていた。
もう耐えられない程煮えたぎっていた。

それを必死に押さえ込む。

それでも駄目で……
それでも無理で……
正樹はとうとう嗚咽を漏らした。


激しい欲念と格闘する。

この苦しみから逃れることが出来るのなら、思い切って美紀を抱こう。

そうも考える。

でもその後で、きっと凄まじい罪悪感に苛まれる。

それは解りきっていた。




 「美紀ー。俺だって抱きたいんだよー!  でもそれをしたらダメなんだ。もう元に戻れなくなる……」

やっとの思いで声を絞り出した。


激しい恋の炎に身を焦がしながら、興奮した気持ちを収める。

そんなこと出来っこないと解っている。

でも正樹は遣らなければならなかったのだ。


正樹はその後もっと強く美紀を抱き締めた。


余計辛くなることは解っていた。
でもこうするしか手段はなかった。


それだけで……
これだけで……
美紀が諦めてくれたら……

そんな一途な思いを、正樹はその両腕に込めた。

本当はこの身体で……

美紀を感じていたかった。


愛した珠希の香りが鼻をくすぐる。
そのフェロモンに自分を忘れる。

正樹はその度頭を振った。



 それが精一杯なんだと、美紀には解った。

それでも正樹の傍に居たかった。
ママの香りのするあのベッドでパパと一緒に休みたかった。

ママからパパを……
長尾正樹を奪いたかったのだ。


それでも、美紀はやっと冷静になり、部屋を後にした。


「ねぇ、お母さん。そんなにパパのことが好きだったの?」
美紀は自分の心の中に問い掛けた。

美紀は自分自身の起こしたはしたない行為を、産みの母のせいにしようとしていた。

育ての母が愛する旦那を求めている。
そう思い込もうとした。

でも誰よりも自分が一番望んだことだと本当は理解していた。


(――私、本当にパパが好きなんだ……)

美紀は改めて、パパの心の中に入れない虚しさをあじわっていた。




 正樹は悩んでいた。
美紀を愛していることは解っていた。
それは、美紀の中に珠希を感じたことから始まった。

美紀そのものが珠希だ。
そう感じて怖くなった。
美紀を愛しているのか?
それとも珠希なのか?
正樹は解らずに、悶々としていた。


(――なあ珠希。俺はどうしたらいい?  どうしたら良かった?  美紀のためにはどうするべきだったのか教えてくれ)
正樹はもがいていた。

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