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聖女誕生

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 (あれっ、この風景何処で……?)
初めて訪れた駅のはずなのに、親友の雅と電車から降りた時に思った。
何時だったとか、詳しいことは思い出せないのだけど……
でも今徐々に思い出している。


(そうか、私はあの時と同じようにピストの上で戦ったことがあるの。相手は確か男の子だった)
脳裏に何かが甦る。
それが私の奥底に眠っていた感情を呼び起こす。


(あの子は確かパパの弟子? 私と同じ……)
でも、それが誰だか判らない。


(何故なんだろう。あの時の想いは恋のはずなのに……。ねえパパ、あの子は誰?)
私は今初恋を思い出していた。




 でもそんな感情に浸っている場合ではなかった。
キャプテンバッドを始めとする骸骨軍団が目の前に迫っていた。


(パパのために戦おう。チビのために戦おう。誰だか判らないけど私の淡い初恋の相手のために戦おう)
私はサーベルを持ち直した。




 ――ビューン!!
サーベルが唸る。


「突け!」
パパが叫ぶ。


「パパ!!」
その声に思わず振り向いき、たまらずに叫んだ。


パパは必死に足かせを引きずりながら甲板に向かう階段を上っていた。


私は泣いた。
そしてもう一度、覚悟を決める。


(パパのために頑張ろう。チビのために頑張ろう。母のために頑張ろう。そして誰よりも私自身のために頑張ろう)
そう……これからの人生を後悔したくなかった。




 そして私は骸骨をサーベルで突く。


「ファンデヴー!」
チビも一緒になって突く。


チビっ子選手として幾度かの試合に参戦した。


チビは面白がっていた。


(どんな神経してるの?)
でもそれは今も未熟だった私の葛藤。


(遣るっきゃない!)
そう覚悟を決めた。


「マルシェ!」
一歩前へ出ながら私も叫んでいた。私は何時かあの頃に戻っていた。パパにフェンシングを習っていたあの頃に……







 次々と襲ってくる骸骨。
立ち向かいながら私が見たのは、妙に楽しそうなチビだった。


玩具かマリオットとでも思っているのか……

巧みな剣さばきで私を唖然とさせる。


(でも、上手い!)
もし両手が自由に使えていたら、拍手喝采をおくっただろう。


私もチビに負けまいとサーベルを構えた。




 「マルシェ!」
前へ前へとチビが強気で行く。


「ロンペ!」
パパも叫んでいた。


「後ろへ下がって間合いをみるのも大事な駆け引きだ!」
私とチビは目配せをしながら、徐々に戦い易い場所に移動していた。


「ボンナリェール!」
チビが後ろへ飛んだ。


「ホンナバン!」
私は前へ飛んだ。

パパに教えてもらった通りに戦いたかった。
でもそんな正統派の理屈が通るはずがなかった。


骸骨達は縦横無尽に攻めて来る。


(来るなら来い!!)
私はもう一度フレンチに握った。




 テーマパークのアトラクションだと思っていた。


そうだ思い出した。
前にパイレーツ何とかってのに行ったことがある。


だからチビはあんなに楽しそうなんだ。


(お・ね・え・さん。私もあの時こんなだった? お・ね・え・さん謝ります。だから力を貸して……)
私は剣を高く掲げた。




 魔法の鏡に魅入られたキャプテンバッド。
鏡に満月が当たる時に復活する。

キャプテンバッドと同じように……

負けたら私も生きる屍となるのだろうか?


(お・ね・え・さん。私達生きて帰れるのかな?)
凄く凄く不安になった。




 (そうだ。チビが私だって言うことは帰れたってことなんだ。ねえ、そうでしょうお・ね・え・さん?)
私はもう一度立ち上がった。


(パパのために戦おう。チビのために戦おう。そして何より、母のために戦おう。お母さん待っていて、必ずパパを連れて帰るからね!!)
私は鏡の向こう側にいる母と……
自分に言い聞かせるためにもう一度誓いを立てた。




 目の前に転がっていたサーベルを、骸骨に向けて投げた。

それが足に当たり腰砕けのまま移動して来る。
その恐ろしい形相に私は腰を抜かしていた。


――バッシンー!!
其処へチビのサーベルが唸った。


チビから援護を受けるなどと思いもよらなかった。
私はチビが成長して行く姿にマジで感動していた。


でも感傷に浸っている場合ではなかった。

目の前にはまだ相当数の骸骨が隙を狙うかのように徐々に間合いを詰めていた。




 サーベルがボロボロになっていた。


「お姉さんこれっ!!」
私が途方に暮れていたら、新しいのが飛んで来た。
チビが手元にくるように投げてくれたのだ。


「ナイス!」
私はチビに向かってウインクを送った。


チビはどんどん大人になって行く。


(負けられない)
私は何故か焦っていた。


(馬鹿だな。何遣ってんだろう? チビを守ると決めたのに……反対に守られている)
私は何故かそれが急に誇らしくなっていた。


「真面目だね」
私はチビを称えた。


「ありがとう。チビ、あんた格好いい!」


(そうだった。私はおだてに弱かった。だからフェンシングだって……)
私は父に指導を受けた日々を思い出していた。


(でも何故今私は遣っていないのだろう? 何故雅と観戦した時思い出せなかったのだろう?)
考えても判るはずなどなかった。


それはきっと母の……

それはきっと母を悲しませまいとした行動……

パパの居ない寂しさを、パパの思い出で上乗せしたくなかったからだろう。




 戦いながら逃げる方法を考えた。


屋根裏部屋の魔法の鏡にたどり着くためには、港から歩かなければならない。

それは解っていた。


でも何処をどう歩いて来たかかなんて解るはずがなかった。


(何とかしなくちゃ! パパを助け出しても助からなくなる)
私はパパに目をやった。


パパは合わせ鏡を開いていた。


そしてそれを満月に向かって差し出した。


その時。
トップライトにあるはずの魔法の鏡が、甲板にあるガラスに写った。




 「鏡が……ヒビ割れてる!?」
パパが叫んだ。


「でも、乙女の鮮血で甦るのね?  でも一体誰の血なのかな?」
私は思わず自分の手首を見つめた。


(もしかしたら死ねってこと!?)
私は血の流れる手首を想像して顔を青くしていた。




 「パパ達は公海上であの幽霊船に出会ったんだ」


「キャプテンバッドの幽霊船?」


「そして其処の宝物こそが魔法の鏡だった」


「もしかしたらその鏡にキャプテンバッドの魂が宿っていたとか?」


「ああそうらしい。そのためにこんな目にあった」


(違うよパパ。悪いのは私だよ。そうだ。私が魔法の鏡が欲しいなんて言わなかったら……パパを苦しめことはなかった!)




 動き始めたキャプテンバッドの骸骨を何とか一蹴した。

私はキャプテンバッドがひるんでいる隙に操舵室から脱出した。


魔法の鏡の現し方はさっき知った。
私は合わせ鏡でもう一つの鏡を作り出した。


この鏡を再生するためには、清らかな乙女の血が必要不可欠なのだ。


私は知っていた。
知っていたはずだった。そうだ。きっと此処で学んだのだ。男性とは距離を置かなくてらいけないと思ったのかも知れない。
だから女子会専門だったのか?


(そうだ全てはパパを助けるためだったんだ)
高校から大学まで全て女子校を選んだ。
だから敢えてレベルの高い学校を選んだのだろう。


受験勉強に没頭することで、恋愛感情を持ち合わせないために……

本当は好きな人がいた。

それは雅のお兄さん……


(えっ!?  雅のお兄さん? やっぱりそうか)
私は雅のお兄さんの存在を知っていたのだ。でも何故忘れたのかを思い出せない。


『ウチの兄知らない?』
さっきのあのメールが気になる。


(雅のお兄さん今何処にいるのだろう?)
そう思いつつ考えた。何時も傍にいてくれた人を。


(思い出した。あの人は私の大好きな人だった。そうよ。確か雅のお兄さん。戦うために此処にいる)
私は確信した。


(えっ、嘘。だったら何で見えないの?)
でもそれは信じられないことだった。




 其処へ又骸骨が攻撃してきた。
不意を突かれて……

無防備だった私には相当ショックだった。


思わず、クロスペンダントを手にしていた。



(パパ、絶対にママに待っている家に連れて帰るからね)
私は心の中で叫んでいた。




 それでも骸骨が恐ろしくて、逃げて逃げて逃げまくった。
頭の中では解っていた。
壊れた鏡を再生しないと、元の世界に戻れないことを。


そのために私の血が必要なことも。

でもやはり骸骨達怖かった。


「あっあー!?」
私は頭を抱えた。


パパを守ろうとしていた筈だった……
でも私逃げ出していた。


(何故逃げたの!?)
自問自答しながら、パパを見た。


でもパパはまだ諦めていなかった。
チビもパパの傍で戦っていた。




 (私なんて情けないことを。なんて無責任なを)
皆のために戦おうと誓いを立てたばかりなのに……


(何遣ってるの? 何で逃げ出したの?)
私は自分自身に腹を立てていた。


もう一度パワーを貰おうとチビを見た。


操舵室では三人で戦っていた。


現実と異空間。
その間で家族三人?
肩を寄せ合って取り囲まれた骸骨と向かい合う。


(えっ!?  三人?)
其処に居たのは、フェンシング会場にいた人物……

雅のお兄さんだった。



(やっぱり此処に居たのね)
私は雅のお兄さんを見つめた。
でも其処にはもう一人居た。
歳はチビと同じくらい……


(あの子は誰? 彼処に居るっていうことは雅のお兄さんの子供時代……つもり私とチビのような……)
何が何だか解らないけど、私は見入っていた。


そしてその格好良さが、再び恋心を目覚めさせていた。


(何故今まで忘れていたのだろう? 大切な仲間だったのに……)
彼と私はパパの弟子だったのだと。




 そして私は覚悟を決め、腕を伸ばしてサーベルを高く掲げた。


(この光景……そうだ、あの日鏡の中で確かに見た……チビが見た……チビだった私が見たものは……)
十年前に確かに私は見たのだ。


(そうだやっと思い出した! お・ね・え・さんの正体……を)
あの日見たお・ね・え・さんは伝説の聖女だった。


(だからお・ね・え・さんは死産だったの? だから私と一緒に戦ってくれたの?)
私はまだチビだった頃の記憶を呼び覚ましていた。




 チビが目を丸くした。


(そう、その目。私もきっとその目をしたはず?)
私はその後、そっと彼を見た。
雅のお兄さんも隣にいたチビ助君も驚きを隠せないようだった。


(間違いない!)
私は更に剣を高く掲げた。


その時私は満月の光に照らされた甲板に、剣を高く掲げた自分のオーラを見た。


(違う! オーラじゃない! 守護神だ!)
その時私は理解した。
その守護神こそ、本当の姉なんだと。死産なんかじゃないって思った。


(エイミー姉さんこそが伝説の聖女の生まれ変わりだったんだ! そうか……だから殺されたんだ! 今此処にいる邪悪な生き物に……だから私も狙われたのか?)




 母のせいではない。

父のせいでもない。

全ては姉を闇に葬り去ろうとした邪悪なものの仕業なのだろう。


その時私は見た。
チビのポニーテールのリボンを……


(あれっ!? 確か私の髪に結んだ筈?)
私は慌てて自分のポニーテールを手を持って行った。


私は自分の手でリボンを確認した。


(そうか!? きっとこれはエイミー姉さんのリボン! ありがとうエイミー姉さん! 私負けない! 彼と共に戻るのためにも……)
私はもう一度サーベルを高く突き上げた。


あのガラスケースの中にあった、チビとお揃いのリボン。
それが今……
私のポニーテールと一緒に揺れていた。




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