ヴァンタン・二十歳の誕生日

四色美美

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大人になりたくなかった訳

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 「いじめてる訳じゃないの」
私はチビに向き合った。


「じゃあ何?」
チビが厳しい。チビに本当のことを言わなくていけないと思いつつも迷っていた。


「いじめじゃあなきゃ何?」
それでもチビは私を責める。


「それはね」
口火を切ったのはパパだった。見るに見かねた結果だと思い、感謝しつつ見つめていた。


「此処にいるお姉さんが『今日は満月だって言ったんだ。だからパパは『満月にあの骸骨が蘇る』って……」


「えっ、パパ。それ本当?」
チビは信じていないようだった。だからなのか、パパの近くにいる骸骨を見ても動じなかった。


『見て、テーブルに名前がある。キャプテンバッドだって』
ふとさっきまでいた帆船の会話を思い出した。


『キャプテンバッドって、あのキャプテンバッド?』



『お姉さんもパパから聞いたの?  格好いいよね、キャプテンバッド』
私が震え上がっているのにチビは平気な素振りだった。


(チビ、アンタ凄い)
私は憧れにも似た眼差しでチビを見ていた。





 その時私は覚悟を決めた。チビとパパを守り抜こうと。

此処から逃れて又家族一緒に生活する為に、武器になる物を目で探した。

魔力によって又蘇ってきそうだけど、骸骨を壊す位だったら棍棒でも良い筈だと思った。


幸い?
サーベルや太刀は此処へたどり着くまでに沢山あるのは確認していた。


それにしてもあれは不思議な光景だった。

ごく普通のクルーズ船に、大量の武器など必要ない筈なのに……


私はこれが何を意味しているのかをまだ知らずにいた。




 屋根裏部屋のトップライトからの月の光が、徐々に魔法の鏡を照らし出していた。

当たり前の事だけど、私は鏡をそのままにしていた。

そうしないと、戻れる事が出来なくなるからだった。


でもその日は満月だった。

偶然か……
必然か……

いやきっと初めから仕組まれていたのだった。


満月で変化する狼男。
そのとてつもないバイタリティ。

それはまさに魔の仕業だと言っても過言ではない。

そんな月の力が魔法の鏡を支配しようとしていた。


月の光……

満月の光には……

とてつもないパワーが秘められてはいたのだった。


私達は増幅されたムーンライトのビームによって、鏡の中に閉じ込められかけていたのだった。


それは悪魔に魂を売った、魔法の鏡の作者の執念だった。


お伽話に出てくる魔法の鏡ではなかった。


同じ作者の作品……

いわば姉妹と言わざるべき鏡だったのだ。


チビと私、異姉妹に相応しい収監場。


この鏡の世界に閉じ込める事で、地獄絵巻を完成させようとしているのかも知れない。


かつてその魔力でパパを閉じ込めた時のように。
私達も閉じ込めようとしているのだと思った。




 そして遂に……
魔法の鏡に亀裂が入り、徐々に広がる。

まさにムーンライトビームのパワーだった。


それは月の光を更に増幅させる。
そう、まるでプリズムのように……


その時。
合わせ鏡がコラボした。

満月の光が三角形の頂点を表すかのように、魔法の鏡を操舵室の窓ガラスに映し出したのだった。


「ゲッ!?」
パパがイヤな音を出した。


「何パパ?」
私はパパを見詰めた。

パパは操舵室の窓を指差していた。


「鏡が……魔法の鏡がヒビ割れてる……」
驚きの声を上げた私。
訳が解らずボーっとしていた。


「帰る場所がなくなる!」
私はパパの一言で、やっと事の重大性に気が付いた。




 「それって此処に閉じ込められるってこと!?」
私の質問にパパが頷く。


「鏡が壊れたら、出口が閉ざされるってことだ」
私は改めて、操舵室の窓に映し出された魔法の鏡を見つめた。


それは既にヒビ割れて不気味な影を落としていた。


「ねえパパ。何とかならないの!?」
珍しくチビがパパに噛み付いた。


「そう言えば一つだけ……聞いたことがある」
私はパパの一言を待った。

でもパパはなかなか口を開かなかった。




 「それは……、乙女の鮮血だ」
パパはやっと言った。


(えっ!? 何それ?)
私はパパの一言で又固まった。


「それは……乙女の鮮血を鏡に注ぐ……。っていうことだった」


「乙女の鮮血!?」
驚き声と共に、私はチビと顔を見合わせた。


「えーっ、どっちの血?」
そう。
二人共乙女だった。


(そうかだから……私は女子会で……だから乙女のままだったのか? そうだ、きっとこの日の為に……)
大人にはるのが怖かった。っていうか、なってはいけないと思っていた。その答えがこれだったのかも知れない。
私はパパの答えを聞くために耳を澄ませた。


「解らない。パパはただ乙女の鮮血だと聞いただけだった」
パパは肩をがっくりと落としていた。


「きっと私よ」
チビが言う。


「だってパパの子供は私だもん。パパの為だったら、血だってあげちゃうよ」
チビはウインクしていた。


(不思議だった。何故女子会オンリーだったのかが? このために……?)
それしか考えられない。


(だから大人になることに躊躇いがあったのか? 大人になりたくなかったのは、パパを助けるためだったのか? 雅に聞いて貰いたかった。メグにもベスにも聞いて貰いたかった。でももう会えなくなるかも知れない。そんなの絶対にイヤだ! 何とかしなくちや! このままじゃいけない。お願い。誰か助けて!)
私はこともあろうに月に祈っていた。この際何でもいい。って訳じゃない。
満月の力で骸骨が蘇るなら、その力を封印してほしいと思ったのだ。




 私は、ゆっくりとキャプテンバッドの骸骨に目を移した。


キャプテンバッドの指先が僅かに動いていた。

私は目配せをして、パパにこのことを知らせた。


そっと操舵室の窓を見た。


「うわっー!?」


「ひえぇー!?」
皆一斉に恐怖に震える声を発した。




 その時私達が目にした光景は……


操舵室の窓にへばり付いた骸骨だった。その数……数えられないほどだった。



 大型客船内で身を潜めていた骸骨達が、ヒビ割れた鏡の魔力によって次々と再生して行く。


そして、私達のいる操舵室になだれ込んで来る。

それぞれの手に、あの武器を持って……




 (一体何処に隠れていたの?一応探したはずだった……。そうかパパもこうして襲われたのか……)
そう思った瞬間。


「逃げろー!!」
パパの悲鳴が広がった。




 その時携帯電話が又唸っていた。


(そうだあの時マナーモードにしておいたんだ……。えっ嘘!? そんな馬鹿な……)
さっきは雅からのメールだった。
今度は何?
私はただ呆然としていた。

もう何も考えられなくなっていた。




 それは又雅からのメールだった。


『ウチの兄本当に知らない?』


(何だ!? 又ウチの兄? ……って雅に本当に兄弟が居たの?)


『さっきから何? 此処にはそんな人居ないよ』
又そう返そうとしたら何かが動いた気がした。


(もしかしたら雅にお兄さん!? でも骸骨だったりして……)
私は何が何だか解らずに頭が混乱していた。




 乙女の鮮血も大変な問題提起だと思う。
でも今、確実に進行しているかも知れない事態があった。


そう目の前の骸骨……

キャプテンバッドが目を覚まそうとしていた。


魔法の鏡に魅入られたキャプテンバッド。


幾度も幾度も甦って、人々を鏡の世界に閉じ込めては楽しんでいたのではないだろうか?


もしそうだとしたら、今度の犠牲者は私達なのだろうか?




 その時……
又携帯電話が唸った。


(えっ!? 今度は一体何!?)
私は考えた。
でも答は出ない。


(あっ、そうか。目覚ましか?)
私は携帯電話を目覚まし時計代わりに使用していたことを思い出した。


それでも着信遍歴を見る。


(雅? 何で又雅が? この時代に通じる筈がないのに……。あっ、そうか! さっき風呂場でかかってきたやつか? あれつ、私からかけたのだったかな?)
もう本当にどうにかなりそうだった。


でも……
目の前の骸骨があるのは事実だった。




 「イヤだ!  やっとパパと逢えたのに……」
私とチビはパパに取り、足かせを一生懸命外そうとしていた。
それに気付き、私も参戦する。

玉は少しは動くので、金具に手をやって外そうとした。それでもビクともしない。


「パパは大丈夫だ。殺すつもりならとっくに遣られていたさ。だから大丈夫」
パパはそう言いながら、チビの手から合わせ鏡を預かった。


「この鏡がきっとパパを守ってくれる。だから逃げてくれ」
パパは私達の手をそっと外した。




 「パパは船長だから……、だから大丈夫だよ」
そう言いながらパパが泣いていた……
私達を守ろうとして強がりながら。


私はパパの気持ちが何となく解った。


私はチビの手をパパから離した。


チビの目が私を睨んだ。
それでも私はチビの手を取って逃げ出した。


「気をつけろよ!!」
パパが叫ぶ。

私は大きく頷いた。




 逃げても逃げても追ってくる骸骨達。

船の中はさながら地獄のようだった。


それでもパパの安否が心配だった。
チビは操舵室を時々覗きに来る。

いや、チビはすぐに戻って行く。


少しでも離れたくなかったのだ。


(気持ちはとっても良く解る。でも、今は非常事態なんだよ)
私は心を鬼にしなければならなかったのだ。




 そして遂にキャプテンバッドが目を覚ます。


その光景をまばたきもしないで見詰めた私達。

でもそれをキャプテンバッドは見逃さなかった。




 何時かゲームで貰った、海賊船長の骸骨の様なのが追いかけて来る。


(逃げ切れるだろうか?)
パパは足かせのために動けるはずがなかった。
それでもパパの近くにキャプテンバッドが居なくなったことは確かだった。




 余りに急いでいたためだろうか。
私は足のバランスを崩して倒れていた。

チビも一緒に転んでいた。


でもチビは転んでもただでは起きてこなかった。

その手には、しっかりとサーベルが握られていた。
その時私はハッとした。チビが雅と見たフェンシングの選手と同じ格好をしていたからだった。






 何時かオリンピックで見た、フェンシング。その時パパが選手だったことを知った。

見様見真似てサーブルを構えたあの日。
私はパパの弟子になった。

そうだ。
私はパパにフェンシングを習っていたのだ。私はパパの一番弟子になったのだ。
そう思った瞬間、とある光景を思い出した。私の隣にはフェンシングの仲間がいたのだ。


何故今まで忘れていたのだろう?
雅と観戦した時に感じた違和感が今繋がった。


フェンシングは英語のフェンスが語源だとパパが言っていた。


(フェンス……? つまり守るってことかな? そうだ! パパとチビを守るのがきっと私の使命だったんだ!)




 チビの言った『ボンナバン』を思い出す。

私も前へと飛びたかった。
前へ前へ……
戦うために……
みんなを守るために……

一歩踏み出そう。




 真剣の練習用として開発されたフェンシング。
パパの滞在期間中、良く試合も応援しに行っていた。

サーベルを見ていると、思い出が蘇ってくる。


鋭く研ぎすまされていたであろう剣先は錆ていた。

それでも骸骨相手なら問題ないと思った。




 あの日と同じように……
パパに初めて教えて貰ったように……
フレンチに握る。


(フレンチ!? ああ、やっぱり)
私は少しずつ思い出していた。


「人差し指の第一関節と親指の腹でヒルトの後端部を手のひらの窪みに当てる」
パパに受けた指導を思い出しながら、自分自身に言い聞かせる。

(ヒルト……? えーと、確かグリップのことだったかな?)


「えーと、残る三本の指はヒルトの横に軽く添える」
頭の中で整理しながら、口に出してみる。


「えーと確か、グリップの形に添わせるベルギアンってのもあったな」
手を取り教えてくれたパパの温もりを思い出す。


(パパのために!)
私はサーベルを骸骨に向けた。




 剣で行う挨拶であるサリューをする。
十字軍が十字剣の内側のクルスに口づけをし、家族に投げキスをして出陣したことに由来するとパパが話しくれた。


だから、これだけは守ろうと決めた。


剣を下に向けるラッサンブルマンから、剣を立てるサリュー。
剣を相手に向けるル・ブラ・アロンジュマン。


(完璧!)
だと思った。


でもそんな気持ちに気付く筈も無く……
一丸となって攻めて来る骸骨。


(こうなっならヤケクソだーー!! こっちも暴虐武人にやるしかない)
パパを守るために私は必死に戦った。


見るとパパも戦っていた。

やっと甲板の下にたどり着いたパパは、私とチビを守ろうと必死だったのだ。


剣を持つとパパが言っていた注意事項が溢れ出す。


(前足のつま先は何時も正面向けること。両膝は絶えずつま先の方向に向けておくこと)
私は骸骨の正面に足を向けた。


(腰の左側は内側に入りやすい。これでは、攻撃時伸びとスピードが損なわれてしまう。だったよね?)
そっとパパを見ると、頷いてくれていた。


肩、肘、手の一直線上を乱さない。特に肘は外側にそれやすいがこれでは手がハーフサビネーションを保ちにくくなり、剣の操作に誤りが生じてしまうからだ。




 「あぁーん解んない。もうヤケクソ!  フェンシングなんて辞めた。此処から自己流!」
型などどうでも良かった。
私はただパパとチビを守りたかったんだ。


でもチビはパパの教え通りに戦っていた。


(チビ……凄い!! あんた凄過ぎる……)
フェンシングのことはチビに任せて、私は……


「やっぱりヤケクソ!」
私はもう一度剣を構えた。
雅と見たあのピストはないけど……




 
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