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再会

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 パパはやはり操舵室に閉じ込められていた。

驚いた事に傍にはキャプテンバッドと思われる骸骨があった。私は勝手に、この骸骨こそがキャプテンバットなのだと思い込んだ。


(ん?  と言う事はパパも……骸骨?)
私は自分の考えが怖くなり、恐る恐るパパに近付いた。


足カセをさせられたパパは、椅子に腰を降ろしたままで操縦させられていた。




 キャプテンバッドは動かなかった。


(当たり前だよなー。骸骨が動いたら、怖すぎる)
それでも私はそっとパパに近付いた。




 そして遂にパパの足に取りすがった。


「パパ!」
小さな声で……

それでも精一杯の大きな声で……


「パパ!」
今度はもう少し大きな声を出した。


私が誰だか解らないといけないので、ポニーテールにさっき飾ったリボンを見せた。


振り向いたパパの顔が泣いていた……


「パパ!」
私はもう一度、今度は脇腹から抱き付いた。




 何時もチビのしていたリボンを見て、私だと気付いてくれて……


「やっぱり助けに来てくれたのか……」
感慨深気に言ったパパ。

私はただ頷いた。


(パパはやっぱりと言った……。この冒険は仕組まれていたのか?)
何故かそう感じた。その理由は勿論解らないけど、私はこれが運命なんだと思った。パパとの再会に説明などいらないはずなのにね。


何気にポケットに手を入れたら携帯電話にあたった。


「あれ? これはパパと買った物だったよね?」
パパが意外なことを言った。


「パパが買ってくれたの?」


「そうだよ。防水機能付きのがあったからね。そそっかしいキミにはピッタリだと思ってね。ママはまだ早いって言われたけどね」


(そうか、だから携帯を手放せなかったのか?)
私はやっとガラケーで通してきた意味を理解した。




 母から携帯を受け取って二階に行く途中 ……

思い出しかけた数々の出来事。


そしてベッドでポニーテールを見た時、このリボンで何かを感じた。それらが今重なった。


(全てはパパとの再会のためだった……)
私は改めて、パパを見つめた。




 「パパ、あれは本物の魔法の鏡だったようね」
私が言うとパパは頷いた。


「だから言ったろ」
パパは自慢気だった。


「でもだから、こんな目にあった」
パパは足かせをに目をやった。


「其処の骸骨誰だと思う。何とあの有名な大海賊キャプテンバッド様なんだ」
こんな目にあったと言いながらも、パパは自慢気だった。

私は思わず笑っていた。


パパは少しふてくされたように私を見た。


「だってパパ、なんだか嬉しそうなんだもん」
私はもう一度パパの腰にすがりついた。


「港にボートがあったの。私は必死にオールを握り漕いだの。やっとの思いで辿り着いたのは帆船だった。あれにはマストが三本あった。それを見た瞬間、パパが話してくれた練習船のことを思い出したの」


「そうか。実はあの帆船を見た後だったから思い出したんだよ。あの帆船の中に魔法の鏡があったんだ。だからこんな目にあったのかも知れないな」
パパの言葉を聞いて私は項垂れた。だって私が無茶なおねだりしなければパパが船に閉じ込められることはなかったのだから……


「あっ、ごめん。責めるつもりはなかった」
パパはそう言いながら泣いていた。きっと私のことを思ったからだろう。


「パパ、本当にごめんなさい」
私も泣き出した。パパはそんな私の頭に手をやって撫でてくれていた。パパは優しかった。だから尚更、我が儘だった私を恥じていた。


「私記憶が無かったの」
言い訳だった。魔法の鏡のことも、もっと大切なパパのことも忘れていたからだった。
そんな私を慰めるようにパパは頭を振った。


「でも帆船を見た途端に『アッパー・ゲルン降ろせ』を思い出したの」



「『アッパー・ゲルン降ろせ』って懐かしいな」
パパは笑っていた。


「台風が近付いていたけど月明かりだけはあった。だから練習船の船長はマストに上らせようとしたんだ。船は揺れるし怖かった。だけど、やるしかかなかった。出港の時実習生はヤードに上って挨拶するんだ。だから馴れているって言えばそれまでだろうけど」


「でも台風の時じゃ勝手が違うでしょ?」


「そうだな。でも実習生は平気な振りをしてシュラウドを上がっ行く。あっ、シュラウドって言うのはマストに上るための網みたいな物だ。公園なんかにあるピラミッド型のジャングルジムの一面って言ったら解るかな?」
パパの言葉に私は頷いた。その途端私は又泣き出した。


「此処に来る前に帆船に上って言っていたけど、あれはマストが三本だったろ? パパ達の練習船は四本だった。フォアマストとメインマスト、ミズンマストとジガーマストだ。ジガーは上からガフ・トプスル、アッパー・スパンカー、ロアースパンカーって帆を張る。他の三本は上からロイヤル、アッパー・ゲルン、ロアー・ゲルン、アッパー・トプスル、ロアー・トプスル、フォースルって言う」


「パパ凄い。今でも覚えているんだ」
そのあまりのマストの旗の多さに衝撃を受けて一旦涙は止まった。でもすぐに頬を濡らした。パパの優しさが嬉しかったからだった。



「そうだよ。沢山あるから覚えるのが大変なんだけど、一度頭に叩き込んだらなかなか忘れられない。それに、間違って違うマストに上ったら船が傾くかも知れないからな」
パパはそう言いながら泣いている私を見ていた。




 「実習船に乗り込んだのは全国の商船高等専門学校から集まった生徒だった。パパもその内の一人だ。その中には女性徒もいた。高専は五年制なんだ。高等学校と短大がくっ付いたような物かな」
パパは時々キャプテンバットに目をやりながら話している。骸骨だとしてもやはり怖いのだと思った。



「生徒達が帆船に乗ったのは前の十月だった。国内航海で基本訓練を積んで正月明けに北太平洋に乗り出した。ハワイで一週間停泊して日本に戻るのは三月だ。約一ヶ月半の太平洋の航海だった。その時に『アッパー・ゲルン降ろせ』の命令が下ったのだ」


「ごめんなさいパパ。私さっき帆船を見るまでその事を忘れていたの」
私の言葉にパパはハッとしたような顔をした。でもすぐに頷いてくれた。それが何を意味するのか、私は全く知らなかった。




 「実はお前にはお姉さんがいた」
パパが突拍子のない事を言い出した。きっと私を慰めるためだったのだろう。


「お前の産まれる十年前。ママは一人の女の子を産んだ」


(十年前?)
私は身構えた。
これからパパの話すことがとても重大な意味を持つと直感したからだった。

私とチビが十歳違いだったからかも知れない。


「でもそれは死産で……ママは苦しんだ。パパは仕事で一緒にいてやれなかった」
パパの辛さが良く解る。

航海中の船からの帰国など許されるはずは無かっただろう。

パパもママも苦しんだのだと思った。


「ごめん。お前を見ていたら、生きていたらきっとと思えて」


(お姉さんが生きていたら……もしかしたらお・ね・え・さん?)
パパは私にお・ね・え・さんを感じている。
チビが産まれる十年前に亡くなったから……



(ってことは? えっ!? えっ、えー!?私がお・ね・え・さん!?)




 「実は屋根裏部屋にあったベッドはそのお姉さんの物だった」


(えっ! そうかだからあのベッドは彼処にあったのか)
私は泣いていた。
子供を亡くした母の悲しみが、私の心を埋め尽くした。




 ハイジやアンに憧れる少女は多い。
母もその一人だったのだ。

だから自宅に屋根裏部屋を作った。

母は亡くなった娘を永遠の世界で生かせたかったのだろう。


私はもう一度あの屋根裏部屋で寝たいと思った。
お・ね・え・さんを感じながら……




 「でもパパは思ったんだ。このベッドが亡くなった娘の供養になるのではないかと」
そう言いながら、パパは私のポニーテールに手をやった。


「このリボンは二つ……一つは……」
パパは泣いていた。


「解るよパパ。お姉さんによね?」
パパは頷いてくれた。


(あのガラスの小箱にあったリボンは、お姉さんの物だったのか……)

パパの心遣いが嬉しくて私は泣いていた。


「ママはお前が産まれる前に、何時までも引きずっていては駄目だと言ってベッドを移したんだ」
パパも泣いていた。

私はパパとママの子供に生まれて来たことを誇りに思った。




 「ママは子供部屋まで用意していた……」


「それが今の私の部屋?」
パパは頷いた。


「でもママはあのベッドに思い入れがあって……」


(そうかだから私が彼処で寝ると言い出した時、良い顔しなかったのか。それなのに私は……ママの反対を押し切って……。私ってなんて親不孝なんだろう)




 「ママをもっと苦しめたことがあったんだ。それは名前だった」


「名前?  ねえパパどんな名前だったの?」


「聞きたいか?」
私は頷いた。


「だって私のお姉さんでしょう。本当の名前で呼んであげたいの」
私の言葉にパパは何度も頷いた。




 「若草物語って知ってるかい?」


(えっ!?)
パパの質問に私は思わず声を詰まらせた。


「ママの憧れだったんだ。パパの帰りを待つ四姉妹の気持ちが良く解るって言って泣いてた」


(そりゃそうだろう。私だってパパの帰りを待ちわびていた……)


「パパ達は学生結婚だったんだ。パパは商船大学だったから、その頃からあまり家に戻れなかったんだ。」


「ママ、寂しかったね」


「そうだね。だからお腹の中の赤ちゃんと良く話していたよ」


「ふーん。どんな話ししてたんだろ?」
私は何気無く言った。


「ママは『この子には甘えん坊になってもらいたい』そう言って末っ子のエイミーと名付けた」


(えっ!?)
私は又固まった。


言えなかった。
言える筈がなかった。


女子会で私がエイミーと呼ばれているなんて。

ジョーだけではなかった。
むしろ私だった。
母が名付けたいと思っていた名前を名乗っていたなんて……


(私ってなんて罪作りなんだろう。エイミー姉さん、私を許して)




 「エイミーはアルファベットではAMYと書くんだ。でもこれは悪魔学における悪魔の一柱だと言う人が居て……。ママは『自分がこの名前を選ばなければこの子は死産にならなかった』と攻め続けたんだ」


(えっ!? エイミーにそんな意味があったなんて……知らなかった)


「Amyだからあみにしようかなんて事も言っていたんだけど……結局死産だったから、それならエイミーのままでってことにした」




 難しい話は解らない。

私は改めて母に対する親不孝を心で詫びた。


母の気持ちも知らないでいい気になっていた。


もしかしたら私がエイミーと名乗りたくて、雅が髪を切ってきた時に言い出したのかも知れない。


「ホラーとかオカルトブームとかがその前にあって、まだ子供だったけど……。そう言うのが染み付いていたんだよね。だから、余計に自分を責めたんだと思うよ。ママってそう言う人だろう?」
私はパパの言葉を確かめるように頷いた。


「ヨーロッパには魔女狩りの風習もあって、全ては一人の宗教家の妄想から始まったことだけどね。その人が魔女の特徴を本に現した。其処から暗黒の時代が始まったようだ」


(もしかしたらエイミー姉さんが犠牲になったのもそんな理由なのかな?)
そんなことパパには聞けないことだった。




 何時も母の傍にいた。
母一人子一人。
それが当たり前だった。
お互いの寂しさや苦しさを分かち合うために。


でも私は我が儘だった。

母の痛みにも気付いて遣れず……
なんて親不孝なん娘だったのだろう。


私は泣いていた。
自分が情けなかった。
母の傍に居ながら、何も気付かす笑っていた。
何時も母の傍にいながら……




 パパの記憶のない私は家族のことも知らず……
母に甘え続けた。


何も知らず、何も考えず、それが当たり前だと思っていた。


(ママー、ごめんなさい)
私は魔法の鏡の向こう側にいるはずのママに向って謝った。




 ふと目を外すとチビは其処でまだ寝ていた。
私は仕方なく、パパの元へ抱いて運んだ。


「頼もしいな」
パパは笑っていた。


「ん……? パパ?」
あれ程までに起きなかったチビがパパの笑い声で起きていた。


(えっ!? 流石パパだ。あの硬い甲板の上でどんなに揺さぶっても起きなかったチビが……)
私は苦笑しながらこの親子対面を喜んでいた。
これが私の望んでいた光景だったのだ。
そう。
だから危険を承知で此処に来たのだった。




 操舵室の窓に満月が見える。
その光が私のクロスペンダントに当たる。


「それはパパの……」
パパはそう言いながら、自分の首にあったお揃いのペンダントを外した。


「はい。これはキミの分だよ」
パパはクロスペンダントをチビの首に掛けた。


パパから貰ったお揃いのクロスペンダント。

今二人の胸に輝いた。


でもそれはパパとのお揃いではなかった。

チビと私、二人だった。


(そうかだから何時も身に着けていたんだ。でも何故で貰ったかも忘れていた。そうか! 解った。此処で貰ったんだ!)
その途端感じた。


(つまり、私はやっぱり此処に来たことがある!?)
ついに其処に辿り着いた。


(私は十歳になる前にお・ね・え・さんと、いいえきっとあれがエイミー姉さんだったんだ)




 私はハーフパンツのポケットに入れていた手鏡を思い出した。


私が魔法の鏡をねだった時にパパが買って来てくれた物だった。


でもパパは私の手鏡を見た時、同じように鏡を取り出した。

お揃いとでも言うのだろうか?

それは同じ図柄の合わせ鏡だった。


「パパ……パパが魔法の鏡だって言って渡してくれた手鏡。本当はあれで良かったの」
私は二つの鏡を合わせてみた。


「この鏡は何処に置いてあった?」


「チビ……ううん私の部屋だけど、」
妙なことをパパは聞くなと思いながらも私は素直に答えた。


タイムスリップした時、確かにチビの枕元に置いてあったからだ。




 「その前に屋根裏部屋に置いて無かった?」
それを聞いて、そんな事実を私は思い出した。


「パパが行方不明になった日、確かに屋根裏部屋にあったよ」
私の言葉を聞いてパパは思わず頷いた。


「そうか……あの日、その鏡から反射した満月の光がきっと魔法の鏡に入ったんだ。だからキャプテンバッドは此処に居るのか」


「キャプテンバッドと満月にどんな関係があるの?  ねえパパ教えて。だって今日満月だよ」


「えっ!?  満月?」
パパは私の一言でかなり落ち込んでいた。


満月とキャプテンバッドの骸骨。

この似ても似つかない取り合わせが、これから私達を襲う事になろうとは……

予想だにしない展開が目の前に迫っていた。




 チビが合わせ鏡を手にしていた。
小さな手がその合わせ鏡を一つにしようとした時、鏡を介した満月の光がキャプテンバッドに当たった。


「満月の光が……」
パパが青ざめた。


「又キャプテンバッドが甦る!」
パパの悲鳴が船内にこだました。




 バスルームのコーナーラックの鏡に写ったクロスペンダント。

全ては其処から始まった。


それがコラボして、屋根裏部屋を開けさせたのだ。


(そうだきっとパパの存在に気付かせるために。私を鏡の世界へ引きずり込もうとするために)
全ては私をこの船に誘うためのものだった。

パパを助けるために、私が此処に戻ることを知っていたのだろう。


そして……
パパを鏡の世界に閉じ込めたように、私とチビを此処へ閉じ込めるようとしている。




 パパが見つけた魔法の鏡は、本物だった。

でもお伽話の物とは違っていた。

写し込んだ人物に執着し、鏡の中に取り込もうする邪悪な鏡だった。


その人物……

それは紛れもなくチビ……

いいえ、私だった!




 お伽話に出てくる魔法の鏡を見つけたパパ。

でもそれは月の光によって魔力化されていた。


パパが鏡を抱えて帰って来た日は満月だった。

その日。
港に客船を見回りに行ったパパは海賊に襲われた。


満月の力で、中に閉じ込められていた海賊船が港に現れたのだ。


「満月に……満月に又、あの骸骨が甦る!」


「満月!?  パパ満月に何があるの?」
私はパパに迫っていた。


「お姉さん。パパを虐め無いで」
今度はチビが私に迫っていた。




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