受胎告知・第二のマリア

四色美美

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出発の日

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 望月一馬に懇願され、俺は有事対策頭脳集団の次期主席候補となった。
勿論、望月眞樹としてではなく、若林喬としての就任だった。
眞樹が亡くなったことは当分隠されていた。
だから俺を眞樹だと思った幹部は当然いたはずだ。
初めて教団に入った時、皆腫れ物に触るような態度だったのが気になった。
でもそのことで、有事対策頭脳集団の中での眞樹の立ち位置を理解した。
時期主席候補として、眞樹はナイフのように尖っていたのだろう。
自分の能力を高めるためには、誰彼構わずライバル視しなくてはいけなかったのだ。
眞樹はきっと自分を捨てたのだ。
そして自暴自棄になって自刃したのだと思った。
その引き金は俺の幽体離脱だったのだろう。
母恋しさに俺が迷い込んだ施錠された部屋。
母はきっと俺が小松成美に近付いたことを喜んだはずだ。
でも眞樹は戸惑った。
目の前に急に人が現れて驚かない者はいない。
それも何時も鏡で確認している自分にそっくりな奴が……
だから尚更焦ったのだ。




 俺の存在すること自体幹部は知らない。
そんな中でやっていけるのか不安だった。
でも一馬は全てを公開すると約束してくれた。
そんなことより、俺はやはりこれから出会う人達との絆を選んだのだ。
それが本音だった。
望月一馬や松本君と触れて解った。
主席がいかに日本の未来を案じていたのかが。
対宇宙人だけではなかったのだ。
カビからペニシリンが出来たように、ウイルス研究は病気壊滅にも通じるのだ。
幹部候補生達の横行が見逃された経緯も納得した。
彼等は子猫が烏に傷付けられた現場に遭遇し助けたのだ。
そして必死に延命治療を施した。
その行為の一つに輸血があったのだ。
動物実験と言うより生かすための研究だったのだ。




 それでも彼等が望月眞樹を実験材料に使った事実は曲げられない。
まことに対して劇薬類を投与した罪も見逃さない。
製薬会社が臨床データを取るために彼等と手を組んだことは警察の調べで解っていた。
全てが小遣い稼ぎだったのだ。
邪魔な存在だった時期主席候補の眞樹を廃人同様にして意のまま操ること。
一石二鳥を狙っての動物の血液製剤輸血事件。
それを許す訳にはいかないのだ。




 それは俺の任命式での出来事だった。
俺に鋭い眼光をぶつけて来た者がいた。
俺は素早くその者にインした。
それはあの幹部候補生の仲間だった。


『今それを使っては駄目だ。何人もの仲間を犠牲に出来ないだろう?』
そう彼は武器を隠し持っていたのだった。
俺の力を知ったのか、今度は睨み付けて来た。


『君の怒りや哀しみは判る。だからといって暴力に出たのでは何の解決にもならない。だからそのパワーを、教団のために役立てほしい』
俺はそう念を送った。
俺はもう一度その男性の意識を読んでみた。
彼は俺が仲間を通報したと思っていたようだった。
俺は式を一旦中断して、まことと眞樹が受けた行為を説明するために再度念を送った。
彼は、眞樹への実験を知らなかったのだ。
動物の血液を輸血された眞樹の苦悩。
それでもトップを目指した執念。
一通り説明をした後、俺はかなり疲労していた。
それでも、まだ俺は言い続けた。
その力を教団のために使ってほしいと。


『アンタは化け物か?』


『そうだ化け物だ。でも俺は生きている。眞樹の分までも生きようと思っている』
俺は本当にそう思っている。
だから、彼にも一緒に生きてほしかったんだ。
彼は此処で暴れて警察沙汰になることを望んでいたのだった。




 何とか納得してくれたのをいいことに、俺は式典の終了後ケーゲー本部に彼を招いた。


「あれっ松本さん、此処で何遣っているんですか?」
部屋に入るや否や彼が言った。
実は松本君は此処で俺の手伝いをしてくれていたのだ。


「知り合いだったのか?」


「昔同じ施設だったんです。俺は良く施設を抜け出しては川で遊んでいた」


「あっ、俺と遊んでいたあの川か?」
俺は懐かしく思い出していた。
彼は俺の机に飾られている眞樹の写真を見ていた。


「趣味悪いね」


「俺んじゃないよ、俺達は双子だったんだ」
それは式典の始まる前に伝えられていた。


「それは解っていた。でも本当にそっくりだから自分の写真を飾って楽しんでいるのかと思ってさ」


「まさか、俺はナルシストじゃないよ」
俺は笑っていた。


(あっ、俺今笑ってる)
俺はその時、今まで笑っていなかったことに気付いた。


(もしかしたら彼は本当に教団を憂いでいただけなのかも知れない。俺は素晴らしい仲間に巡り会えたのかも知れない)
心からそう思っていた。




 俺は思い切って、俺達の受けた実験の内容を打ち明けた。
彼は熱心に俺の話に耳を傾けてくれた。
でも一番関心を持ったのは松本君のようだった。


「でも本当の内容は主席も、医学博士も知らされていなかったんだ。全て教授が俺をエスパーにしようと画策したようだ」


「でも君はその上を行ってしまった?」
彼の指摘に俺は頷いた。


「主席は宇都宮で幹部の起こした事故の報告を受け、現地に飛んだそうだ。その時産まれた女児のオーラを見て、息を飲んだそうだ」
それが、宇都宮まことだった。
だから望月一馬はマリア・マグダレナと言う洗礼名を彼女に付けたのだ。
だから、教授に協力したのだ。
其処で産まれて来る子供が救世主に違いないと思って、NICUと言われる新生児特定集中治療室を作った。
だけど、若林結子が演じているマリア・ローズだと気付かずに受胎告知をしてしまったのだった。
マリア・マグダレナと救世主。
二人を育てるために、あの家を作った一馬。
だから弱いまことのために、塾とフリースクールを併設したのだった。
マリア・マグダレナは宇都宮まことと名付けられた。
それでも一馬は親しみを込めてマリーと呼び続けたのだった。




 その後俺は彼を小さな倉庫に案内した。
そこは教育ソフト開発に必要な資料が沢山保管されていた。


「太陽電池でも開発する気ですか?」
シリコンセルを見た彼は即座に言った。


「流石だね。実はこれを携帯電話の本体に装着して、充電の要らない試作品を作ろうと思っているんだ」


「でも夜使えないですよ」
彼は笑いながら言った。


「それで良いんだよ。学校用だからね。それに、充電した携帯でも灯り取り位にはなれると思ってね」


「電気のない地域の子供達が勉強出来るシステムですか?」
俺は頷きながら言った。


「そのためにはまず母国語だよ。自分達の国の言葉を学べるソフト開発が重要なんだ」
と――。


「こりゃ大変な作業だ」
彼は声を張り上げてそう言った。
彼は解ってくれたらしい。


「だってもう、オカルト教団なんて呼ばれたくないだろう?」
俺は彼にウインクを送った。




 「望月一馬主席の話しによると、俺はどうやら救世主らしい。でも……、実感もなければ実行力もない。だから試行錯誤しているんだ」


「いや、絶対にアンタは救世主だ。あんな教育ソフト、誰にも考えられない……」


「そうだよな。世界の子供達を貧困から救い出せるのはきっと知識なんだと俺は思っている」
松本君が力説した。


「そのために、是非君達の力を貸してほしいんだ」
俺は彼等に握手を求めながら言った。


「子供達が自国語をマスターすれば、親にも教えられる。少しだけど、そんな手伝いが出来ればいいと思っているんだ。だから協力してくれ!」
俺は力説していた。


「有事対策頭脳集団は既にオカルト教団なんかじゃないですよ」
彼も力強く言った。
松本君も隣で頷いていた。


「すいません俺、次期主席のこと何も知らなくて。ただ騒ぎを起こせば又オカルト教団とか叩かれると思って……」


「解ってたよ。だからこそ、此処で手伝ってほしかったんだ」
俺は力説した。
俺の意思を彼は解ってくれて、手始めにソーラー充電付き携帯電話の開発を約束してくれた。


「既に電卓では実用されている。後はそれを充電池に貯める技術力だな」


「携帯カバーに上手く嵌め込めれば勝算ありです」
そう言った彼は何処か誇らしげだった。


「そうなると……、電源の差し込み口が要らなくなるから、完全防水出来ますね」


「完全防水!?」
考えてもいなかったことだった。
俺は彼の一言に感動して泣いていた。
何故だか解らない。涙が自然に溢れてくるんだ。
後から後からこぼれてくるんだ。
もしかしたら俺は、掛け代えのない人と出会ったのかも知れない。


「やめてください、次期主席。まるで俺が泣かせたみたいで……」


「解ったか?  若林喬って男はそう言うヤツだ。ハートが暖かいんだ。ずっと孤独に生きてきたから、人の痛みが解るんだよ」
松本君はそう言いながら泣いていた。



「この携帯ソフトは絶対に完成させたいんだ。フェアトレードを成功させるためにも」


「えっ、そのフェアトレードって何ですか?」


「俺が説明してやるよ。フェアトレードってのは、対価トレードとも言って、貧困に喘ぐ地方の作品を通常価格で買うことだよ」


(そうだ。俺はそのために、有事対策頭脳集団にいるんだ)
俺は闘志に燃えていた。



 世界中の子供達の命を有事から守るために、俺は全力を尽くそうと思っているんだ。


「フェアトレードのことは、松本君の受け売りだ。だから松本君に責任者になってほしいんだ。君がこれまで学んできた全てを、このプロジェクトに注いでほしいんだ。お願いするよ。松本君の思う通りにやってくれればいいから……」
俺の発言に松本君は大きく頷いてくれた。


「フェアトレードをコーヒー豆で取り組んでいる企業があるんだ。その説明会に行ってみた」
松本君はその時のパンフレットをテーブルに乗せた。


「適正な価格で取引されると収入や技術を得られる。そうすると安定した生産が出来る。それが育成環境が良くなることに繋がるのでコーヒー豆の質が向上する。更に適正な価格で取引されるので経済的自立がなされるって訳だ」



「それでコーヒーベルト地域が活性させたい。他の地域は紅茶かな?」


「紅茶も取り組んでいる企業がある。コーヒーや紅茶の鑑定士が所属するスペシャリストチームが直接取引して品質の高いコーヒー豆や紅茶を調達しているそうだ。その手助けをしたい。そのためにはまず母国語、次は英語かな?」


「こりゃ大変だ。先ずは大急ぎでソーラー携帯を仕上げないとな」
彼は目を輝かせながら言った。


「でも其処は社会開発資金を有効活用し、それで支援することで安定した提供を実現したそうだ。有事対策頭脳集団はオカルト教壇だと思われているからな……」
松本君の発言はフェードアウトした。


「大丈夫だよ。俺が何とかする。いや、してみせる」
彼が言った。
それに俺はちょっと興奮していた。





 俺が何故彼に声を掛けたか、それは世の中のために何かを遣りたいがチャンスに恵まれない不満を貯めていると知ったからだ。
有事対策頭脳集団は、元々優秀な人材の宝庫だったのだ。
でもまさか、松本君の友人だったとは。


「ありがとう。君達の決断がこの教団をきっとよみがえさせる」
俺はそう言い切った。
時代はガラケーと呼ばれているフューチャーフォンからスマートフォンに移行している。それも4Gから5Gと次々に新機種が出てきている。
だからこそ、今大量の旧式の携帯電話が破棄されている。
俺はこの電話の再利用を視野に入れて、下の携帯ショップを活用したいと思っている。




 「なあ眞樹、お前が言っていた通り主席は立派な人だな」
俺は眞樹の写真に向かって呟いた。
でも本当は眞樹に言った訳ではない。
二人に聞いてもらいたかったのだ。
俺の決意と、これから進んで行く道を。


「お前が継ぐはずだった教団を、俺は守ることしか出来ないかも知れない。でも見ていてほしいんだ。もう絶対にオカルト教団なんて言わせない。お前のような犠牲者を出したくないから」
誰でも良いわけじゃない。
この二人だから言えるのだ。
俺と眞樹の理解者の松本君と、今後この教団の幹部として力を発揮してもらいたい彼だから。
何故って、それは俺はこれから旅に出るから。
俺は自分を救世主だなんてこれっぽっちも思っていない。
でも、俺の力が……
微力な俺の力で少しだけでも平和に貢献出来ればいいと思っている。
だから、二人にこの教団を任せたいんだ。
そう俺はまことと出発する。
新婚旅行じゃない。
俺の新な夢への小さな第一歩なのだ。


『人生の答えは自分の心の中に眠っている。それぞれの中に』
一馬の言葉を思い出す。


(でも俺は、その人生を任されようとしている。責任重大だな)
そう有事対策頭脳集団は俺の力量だけで決まってしまうのだ。


(もうオカルト教団なんて呼ばせない!!)
俺は二人を見つめながら改めて誓った。




 まことは今、俺の胸に抱かれている。
それはやっと二人に訪れた安息。
それでも、俺は疑問をぬぐえない。
何故まことが無傷で生きていたのか?
本当に解らないのだ。
まことには悪いが、俺は確かめてみたい。
俺の中からヴァンパイアの血が無くなったかどうか?
そんなことばかり考えているせいか、妙に息苦しい。
どうやら、お子様用宮付き二段ベッドのせいでもないらしいが。
躊躇いがちに触れた乳房。
でもまことはその指をそっと外す。
怒ったのかと思い、慌ててまことを見る。
でもまことの手はあの白い部屋へと案内しようとしていた。


「カンバスの上?」
俺の質問にまことは恥ずかしそうに頷いた。


「本物の愛の絵を描こうよ。喬の夢は世界平和でしょ。まず私達がアピールしなくちゃ」
耳元へ内緒事。
何時になく大胆な発言に俺の体が芯から疼く。


「ようし、襲っちゃうぞ。俺はヴァンパイアだ、覚悟しろよ」
俺は精一杯照れを隠す。




 白い部屋には二人で描いた数々の作品。
それらは全て教団の宝となっていた。
これからの行き先がそれに集約されていたからだった。
十字架を背負わされてのたうち回る俺は、人の傷みの判る新時代の救世主なのだそうだ。
ダークメシアだと評するマスコミもあることは知っている。
それらは小松成実や有事対策頭脳集団を叩いたそれと酷似していた。
それでも俺は望月一馬と眞樹親子から託された世界平和に貢献するためにその力を使おうと思っている。
それには語学がものを言う。
実はそのための母国語ソフト開発でもあったのだ。


(ヴァンパイアの俺にはダークメシアが似合いかも知れないな)
ふとそう思った。




 「喬がヴァンパイアでもいいの。私にとって喬は救世主だから……」
俺の心をよんだのか、まことが突然言った。
驚いた俺を尻目に、まことがベッド代わりのカンバスに横たわる。


「私だけを噛んで……」
その言葉に誘われて俺はヴァンパイアになる。


(でも、救世主がこんなんで良いのかな?)


「いいの。さあ二人だけの時間を思いっきり楽しもうよ」
以心伝心、二人は心を通わせる。
俺の修行の旅はきっと此処から始まる。
女房もまともに愛せない人間が、世界平和を語る資格もない。
まことはそう教えてくれた。




 俺はカンバスの上でまことに夢を語った。
眞樹が死んだ今だから話せることだった。
有事対策頭脳集団は存続させる。
やはり俺も日本には危機感が欠乏していると思ったからだ。
決して一馬の影響ではない。
でも一馬に一つだけ言われたことを打ち明けた。


『世界のために夢を叶えてやれ。それは戦争のない地球を作ることだ』
一馬は俺に本当の有事対策頭脳集団を創立させた目的を語ってくれた。


『何時、地球を攻めてくる地球外生命体が現れるやも知れんから』
そして、一馬はそう言って笑った。


(らしいな)
俺はそう思った。
その後で知ったことだったが、眞樹の手紙を読んだ一馬がまことを此処へ連れて来たそうだ。
て、ゆうことは俺の能力でも、アンビエンス・エフェクトの力でも無い?
俺はてっきり、瞬間移動だと思っていた。


(俺って単純)
苦笑いしている俺の傍らで、まことが俺の脇腹をつつく。


(あっ、其処はミカエルが……)
そう、大天使ミカエルが付けた救世主の証。
そうまことは俺に教えてくれたんだ。


『喬は私の救世主だ』
とー。




 「まこと、愛してる」
俺は自分の全てをまことと描くカンバスに注ぎ込む。
その上で、俺達は画材となる。
その絵がきっと証明してくれる。
ヴァンパイアの血を。
二人の愛の姿を。
世界平和へと繋がる、これからの行動を。
夜が開けたら、二人だけの部屋に鍵を掛けよう。
今度この部屋に戻ってくる時には、少しだけでも平和になってくれていれば嬉しい。


「ビーアンビシャス」
突然まことが言った。


「大きな望みを持ちなさい。と言う意味よ。喬なら、ううん、二人ならきっと出来るから」
まことはウインクした。
洗脳されたとか誰かが言っていた。
確かに間違いではない。
まこととの愛に、眞樹との確執に、主席との絆に翻弄されて……
俺は俺ではなくなった。
俺は救世主として生きて行く運命を選んだ。
まこととならどんな試練も乗り越えられる。
俺達は二人で一つなのだから。








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