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山あり谷あり、平坦あり?

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 あれからまた書庫に三時間ほどこもり、最初に調べていた毒草についての知識を増やしていた。
 毒の抽出の仕方もなんとか頭に叩き込むことが出来た。後は毒草を手に入れて実験するのみ。


「問題はどこでやるかだな……」


 母親の目を盗んでやらなくてはならない。母が仕事で外出しているときを狙ってやる予定ではいるのだが、部屋の中で作った場合臭いが残るだろう。匂いに敏感な母ならすぐに勘づくはずだ。リビングや自室での毒の作成は難しい。かといって、書庫で作るのも無理な話だろう。外で作るといっても、道具の運搬が苦になる。


 場所選びに困り果てた結果、外ならどこでもいいだろうという結論に到り、庭でやることにした。
 匂いは風で吹き飛ぶだろうし、花や草があったとしても隠し通せる。木を隠すならなんとやらである。
 うん。大丈夫……なはず。


 毒を入れる瓶と毒草、そして毒の抽出のやり方をまとめた紙。そしてお手製の抽出道具を自室に隠し持ち、実験当日になる日を待つことにした。
 今日、行ってもいいのだが、どうせあぁだのこうだのいって時間が足りなくなる。片付けが疎かになるのだけは避けたい。母にバレることのないようにことを運ばねばならないのだから。


「見つかったら絶対……殺される……!」


 雷が落ちるなんてそんな優しいものではないだろう。
 嵐に大雪が合わさったような天候になるだろう。その状態には絶対になりたくない。一度、じいちゃんが母を怒らせてその状態にしたことがあったが、その時のことは今でも覚えている。むしろトラウマとして残っている。背中に鬼を背負った母の姿。冷たく鋭い雰囲気を醸し出すほどの冷えた微笑みを浮かべた母。
 じいちゃんは半ば泣きながら謝っていた。


 幼いながらにも、絶対にこの人を怒らせてはいけないというのが頭にインプットされた瞬間だった。


 まぁ、わかっているくせしてこういうことをするのだけれども。バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ。
 とりあえず今日は何もせずにしよう。いつものように書庫にこもる。夕飯の時にでも母の今週の予定を聞いて、仕事がある日に実行しよう。


 母がいつもの時間に帰ってきて早々に夕飯の準備がされる。今日はなにかいいことがあったのか、鼻歌を歌いながら野菜を切っている姿が見えた。書庫にこもり続けているのにも関わらず、怒りにこないとは珍しいこともあるもんだな。
 それほど何かいいことでもあったのだろう。


「海、夕飯できたわよー」
「今行くよ」


 読み途中の本に栞を挟んで机に置き書庫を出る。リビングに香るいい匂いにお腹がぐぅっと鳴る。今日の夕飯はなんだろうかとテーブルへと向かう。


「え、こんな作ったの……!?」
「んふふ、今日はねぇ、豪華にしてみたのよ」
「豪華というか……というかよくこんなに品数多く作れたね。時間そんなにかかってないのに」
「主婦を舐めるんじゃないわよ」
「舐めてないです、すみません」


 にこやかな母から似合わない冷気を感じて即座に謝る。すぐに母はまた機嫌良さそうに動き回っていた。
 テーブルの上には何品も並べられている。どれも手がかかりそうなものばかりだ。それを短時間で作り終えてしまう。母とは……主婦とはそういうものだろうか。


 椅子に座って食事の挨拶をして箸をつける。ご飯を半分食べた頃に、ふと思い出したように母が口を開いた。


「私、明日から二日間ほど出張だから」
「急すぎない? どこいくの?」
「隣の街の教会。魔物の被害が酷いみたいでね。医療士の手が足りないからって、こっちの地区の医療士が向こうへ派遣されるみたいよ」
「ふーん。なるほど」


 ちらりと母の顔を見た。
 話している内容は深刻なもののはずなのに、表情はどこか嬉しさが混じっている。その違和感に首を傾げ、母に聞いてみようかと思ったが、きっと話をそらされるだけだろうと、開きかけた口を閉じ、母の話に耳を傾けることにした。


「明日、明後日のご飯どうしようか。何か食べたいもの後あるなら作り置きしておくけど。何がいい?」
「ハンバーグとか冷凍出来るものでいいよ」
「そう?じゃあ、適当に作っておくから自分で温めて食べてね」
「うん」


 夕飯を食べ終わるまで終始にこやかの母を訝しげに思いつつ、何も聞かずに母との会話は終わった。
 なんだか聞いてはいけない……そんな気がしたのだ。
 黙って話を聞いていればいい。母が楽しそうならばそれでいいか。そんな楽観的な考えで見ていた。


 そのあと書庫で本を整理してから自室へと上がり、早めに就寝した。明日は早めに起きて実験の準備をしなくては。こんなに良い機会は二度と来ないだろう。
 時間は有限。有効活用しなくては。
 明日の予定を頭の中で組みながら眠りについた。
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みんなの感想(2件)

Bird
2019.08.28 Bird

ここから物理がどう絡んでるくるのか楽しみです。まだ序盤ですが、主人公のネーミングセンスから楽しみにしています。

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あつし
2019.08.28 あつし

面白いです。

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