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23 愛の力 ⬆
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注)流血、身体的苦痛表現注意
***
早朝、朝日が昇り始める時間帯に和尚は帰還した。
檀家は葬式を行うのは次期住職でも良いと言ってくれたのだが、もてなしを受けてしまい、僧侶でなくなるのなら一杯どうですかと言われて断りきれず、僧侶になる前に飲んだきりの、かなり久しぶりの酒飲をしてしまった。
前日からずっと寝ていなかったせいもあって、気付けば檀家の布団に寝かせられていた。
和尚が起きると珍高や檀家の人たちはなぜか青い顔をしていた。彼らは酒が抜けるまではもう少し寝ていた方が良いですよと口々に言っていたが、酒の影響は少々頭痛がする程度だったし、何より愛しい芳一に会いたい一心で、和尚は馬を走らせ寺まで戻ってきた。
結界が破られていないことを確認して境内に入り、愛馬を厩に繋いでから自室にいるはずの芳一の元へ向かう。
ずっとアレの根元を戒めたままなので芳一も悶々としているだろう。芳一のお尻の状態が悪くなければ朝から抱いてしまおうか、などと浮かれたことを考えていた和尚は、自室の前に来た所ではっとした。
血の匂いがする。部屋から。
「芳一っ!?」
和尚は慌てて襖を開けた。
眼前の光景を見て和尚は目を丸くする。
「芳一ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
和尚は絶叫して芳一の元へ駆け寄った。
芳一は布団に横になっていたが、顔の上半分を包帯でぐるぐる巻きにされていて、両耳の辺りにはかなりの血が滲んでいた。赤黒い血は畳や布団の上にも所々広がっている。
「芳一っ! 芳一ぃぃっ!!」
和尚は芳一にかかっていた掛け布団を引き剥がし、芳一を腕の中に抱えた。
首から下、経文が書かれている裸身は異変なくそのままだ。陰茎の根元に巻いた数珠も変わらずそこにあって、頭部以外に血が出ている箇所は見当たらない。
しかし耳の辺りの包帯の血の滲みが酷い。和尚には芳一が死人のように見えた。包帯が巻かれているということは、誰かが治療をしたようだが――――
(芳一が酷い怪我をしている!)
和尚は患部を確認するべく巻かれた包帯を解きにかかった。包帯を取るとその下から現れたのは、青白い顔をして眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情で眠る芳一の顔と、千切れかかった両耳だった。
耳の傷は深く、あまりに痛々しくて涙が出てくる。盲目である芳一は聴力を失ったら外部との交流が困難になってしまう。
(一体どうしてこんなことに! まさか悪霊が来たのか!? 結界には悪霊が通った形跡なんてなかったのになぜ?!)
「芳一! すみません芳一! 私がもっと早く帰ってくれば、こんなことにはならなかったのに!」
和尚は号泣して芳一を掻き抱く。すると、その腕の強さに目覚めたらしい芳一が、和尚の身体に弱々しく手を回した。
「お、和尚、さん……」
「芳一っ! 大丈夫ですか!?」
芳一は身体が痛いのか、呻きながら泣き出した。
「良かった…… また和尚さんに会えた……」
「一体何があったのですか!」
「悪霊が来て…… 一緒に来なければ耳とチンコを持っていくと……」
「チンコは無事です! ですが耳が……」
和尚の声の様子から耳の状態が深刻であることは伺い知れるはずだが、芳一は苦悶の表情を浮かべながらも動揺はしていなかった。傷が深いことの自覚はあるようだ。
「そうですか…… 悪霊は途中で諦めたのでしょう…… 耳は、聞こえますから、大丈夫です。傷も、そのうちに治ります。和尚さんと別れさせられなくて、本当に良かった……」
「芳一! 芳一っ!」
きっと芳一は自分との愛を貫くために身を削るような思いで痛みに耐えたのだろう。二人の愛は守られたが、代わりに芳一が大怪我をしてしまった。
最愛の人の傷付いた姿に胸が抉られる。
和尚は芳一を思って泣きながら彼を強く強く抱きしめた。
すると、鈍く光っていた和尚の身体がさらに光を増し、二人を包み込む――――
「あ、ああ…… あ…………」
和尚の腕の中で縋り付くように抱擁を返していた芳一が突然、身体をぶるぶると震わせ始めた。
芳一は見開いた両目から涙を勢い良く流し、何かを恐れるような呻き声を口から漏らしている。
「そ、そんな…… こんなことって……」
「どうしました? 身体が痛いのですか?」
泣きながら手の平を顔の前に回して呆然と呟く芳一に違和感を感じた和尚は、心配になり焦って尋ねた。
「いいえ…… 身体はもうどこも痛くありません…… 耳の痛みは嘘のように消えてしまいました……
それよりも、見えるんです………… 目が…… 目が見えるんです……っ!」
「えっ!」
和尚は驚きの声を上げながらも、泣き笑いの表情でこちらを見上げる芳一の顔を見つめ、瞳を覗き込んだ。
視力を失って以降の芳一の瞳からは少しだけ黒みが失われて色が薄くなっていたが、それが今や黒々としたものに変わり、真っ直ぐに和尚を見つめている。
芳一はペタペタと手で和尚の顔を触り始めた。
「ああ! 懐かしい! 和尚さんの顔だ! 和尚さん! あの頃と全く変わらない! ああ、すごい! 白い光に包まれていて、輝いて、すごく綺麗だ!」
芳一が表情豊かに和尚の身体から光が溢れていることを指摘する。身体が発光することは芳一には言っていなかったから、彼の目は本当に見えているようだ。
「これは、一体……」
芳一を見ればこびりついた血こそ残っているが、千切れかかっていた両耳が傷跡もなく元に戻っている。
変化は和尚自身にも及んでいた。和尚はその後鏡を見て気付いたが、顔付きが少し変わっていた。顔だけではなく身体全体が十歳以上若返り、肉体が最も旺盛だった頃に戻っていた。
「和尚さん、きっとあなたの神気が、新しい神秘の力に目覚めたのです! 怪我や病気を治す癒やしの力です! 和尚さん、あなたは僕の神様だ! 僕の目を治してくださって、本当にありがとうございます……!」
今度は和尚が芳一の全身全霊の抱擁を受ける番になった。
和尚の芳一への愛が奇跡を起こした――――
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早朝、朝日が昇り始める時間帯に和尚は帰還した。
檀家は葬式を行うのは次期住職でも良いと言ってくれたのだが、もてなしを受けてしまい、僧侶でなくなるのなら一杯どうですかと言われて断りきれず、僧侶になる前に飲んだきりの、かなり久しぶりの酒飲をしてしまった。
前日からずっと寝ていなかったせいもあって、気付けば檀家の布団に寝かせられていた。
和尚が起きると珍高や檀家の人たちはなぜか青い顔をしていた。彼らは酒が抜けるまではもう少し寝ていた方が良いですよと口々に言っていたが、酒の影響は少々頭痛がする程度だったし、何より愛しい芳一に会いたい一心で、和尚は馬を走らせ寺まで戻ってきた。
結界が破られていないことを確認して境内に入り、愛馬を厩に繋いでから自室にいるはずの芳一の元へ向かう。
ずっとアレの根元を戒めたままなので芳一も悶々としているだろう。芳一のお尻の状態が悪くなければ朝から抱いてしまおうか、などと浮かれたことを考えていた和尚は、自室の前に来た所ではっとした。
血の匂いがする。部屋から。
「芳一っ!?」
和尚は慌てて襖を開けた。
眼前の光景を見て和尚は目を丸くする。
「芳一ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
和尚は絶叫して芳一の元へ駆け寄った。
芳一は布団に横になっていたが、顔の上半分を包帯でぐるぐる巻きにされていて、両耳の辺りにはかなりの血が滲んでいた。赤黒い血は畳や布団の上にも所々広がっている。
「芳一っ! 芳一ぃぃっ!!」
和尚は芳一にかかっていた掛け布団を引き剥がし、芳一を腕の中に抱えた。
首から下、経文が書かれている裸身は異変なくそのままだ。陰茎の根元に巻いた数珠も変わらずそこにあって、頭部以外に血が出ている箇所は見当たらない。
しかし耳の辺りの包帯の血の滲みが酷い。和尚には芳一が死人のように見えた。包帯が巻かれているということは、誰かが治療をしたようだが――――
(芳一が酷い怪我をしている!)
和尚は患部を確認するべく巻かれた包帯を解きにかかった。包帯を取るとその下から現れたのは、青白い顔をして眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情で眠る芳一の顔と、千切れかかった両耳だった。
耳の傷は深く、あまりに痛々しくて涙が出てくる。盲目である芳一は聴力を失ったら外部との交流が困難になってしまう。
(一体どうしてこんなことに! まさか悪霊が来たのか!? 結界には悪霊が通った形跡なんてなかったのになぜ?!)
「芳一! すみません芳一! 私がもっと早く帰ってくれば、こんなことにはならなかったのに!」
和尚は号泣して芳一を掻き抱く。すると、その腕の強さに目覚めたらしい芳一が、和尚の身体に弱々しく手を回した。
「お、和尚、さん……」
「芳一っ! 大丈夫ですか!?」
芳一は身体が痛いのか、呻きながら泣き出した。
「良かった…… また和尚さんに会えた……」
「一体何があったのですか!」
「悪霊が来て…… 一緒に来なければ耳とチンコを持っていくと……」
「チンコは無事です! ですが耳が……」
和尚の声の様子から耳の状態が深刻であることは伺い知れるはずだが、芳一は苦悶の表情を浮かべながらも動揺はしていなかった。傷が深いことの自覚はあるようだ。
「そうですか…… 悪霊は途中で諦めたのでしょう…… 耳は、聞こえますから、大丈夫です。傷も、そのうちに治ります。和尚さんと別れさせられなくて、本当に良かった……」
「芳一! 芳一っ!」
きっと芳一は自分との愛を貫くために身を削るような思いで痛みに耐えたのだろう。二人の愛は守られたが、代わりに芳一が大怪我をしてしまった。
最愛の人の傷付いた姿に胸が抉られる。
和尚は芳一を思って泣きながら彼を強く強く抱きしめた。
すると、鈍く光っていた和尚の身体がさらに光を増し、二人を包み込む――――
「あ、ああ…… あ…………」
和尚の腕の中で縋り付くように抱擁を返していた芳一が突然、身体をぶるぶると震わせ始めた。
芳一は見開いた両目から涙を勢い良く流し、何かを恐れるような呻き声を口から漏らしている。
「そ、そんな…… こんなことって……」
「どうしました? 身体が痛いのですか?」
泣きながら手の平を顔の前に回して呆然と呟く芳一に違和感を感じた和尚は、心配になり焦って尋ねた。
「いいえ…… 身体はもうどこも痛くありません…… 耳の痛みは嘘のように消えてしまいました……
それよりも、見えるんです………… 目が…… 目が見えるんです……っ!」
「えっ!」
和尚は驚きの声を上げながらも、泣き笑いの表情でこちらを見上げる芳一の顔を見つめ、瞳を覗き込んだ。
視力を失って以降の芳一の瞳からは少しだけ黒みが失われて色が薄くなっていたが、それが今や黒々としたものに変わり、真っ直ぐに和尚を見つめている。
芳一はペタペタと手で和尚の顔を触り始めた。
「ああ! 懐かしい! 和尚さんの顔だ! 和尚さん! あの頃と全く変わらない! ああ、すごい! 白い光に包まれていて、輝いて、すごく綺麗だ!」
芳一が表情豊かに和尚の身体から光が溢れていることを指摘する。身体が発光することは芳一には言っていなかったから、彼の目は本当に見えているようだ。
「これは、一体……」
芳一を見ればこびりついた血こそ残っているが、千切れかかっていた両耳が傷跡もなく元に戻っている。
変化は和尚自身にも及んでいた。和尚はその後鏡を見て気付いたが、顔付きが少し変わっていた。顔だけではなく身体全体が十歳以上若返り、肉体が最も旺盛だった頃に戻っていた。
「和尚さん、きっとあなたの神気が、新しい神秘の力に目覚めたのです! 怪我や病気を治す癒やしの力です! 和尚さん、あなたは僕の神様だ! 僕の目を治してくださって、本当にありがとうございます……!」
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和尚の芳一への愛が奇跡を起こした――――
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