〇〇なし芳一

鈴田在可

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26 鎮魂の茸が起こした奇跡 ⬆

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 夜――――

「祝宴だ!」と言って酒を勧めてくる商人を酔い潰してから、安眠の香を焚いて共に暮らす屋敷の者たち全員を眠らせる。

 やはりやって来た霊の迎えに連れられて、小坊主はいつもの場所へと赴く。

 鎮魂の茸入り味噌汁が入った大鍋を抱えながら――――

 昨日芳一の所へ行ったのは、芳一を連れてきてほしいとお館様に頼み込まれたからだった。

 芳一を贄にして以降、ずっと宴への招集を拒否して霊たちのお迎えを門前払いしていた小坊主だったが、昨日の宵の口に突然、弱りきって薄くなった姿のお館様が一人だけで小坊主の前に現れた。

「芳一の守護者が神の力に目覚めてしまい、我らではとても太刀打ちできぬ。攻撃されて我の霊力を使い何とか全員消滅だけは免れたものの、次会った時にはきっと消されるだろう。

 我は生前仲間を守りきれなかったことが心残りだった。このまま仲間の魂が消滅させられて全滅を待つのではなく、全員を成仏させて輪廻転生の輪に戻したい。

 だが、芳一を愛して止まぬ者らが納得しない。せめて最期に芳一に会わせてくれと申しているが、寺には結界が張られていて、霊体である我らでは芳一を連れ出せぬ。どうか代わりに芳一を連れて来てはくれぬか?」

 お館様はそう語っていた。

 お館様たちの所へ連れて行ったら、また芳一が汚されてしまうと思った小坊主は、最初その依頼を引き受けることを渋っていた。

 しかし、お館様の話から残った者たちがもう芳一を抱けないらしいと知った小坊主は、芳一を迎えに行くことにした。

 お館様は全員が成仏すれば自分もそうすると言っていたので、和尚さえ何とかすれば邪魔者はいなくなる。

 芳一を誘拐し、ずっと一緒に暮らそうと思ったのだが、小坊主は実際に彼を目の前にすると冷静ではいられなくなってしまって、思ってもいない暴言を吐き、結局は傷付けてしまった――――










 彼らの墓地に着くと、何人かのすすり泣きが聞こえた。人数がだいぶ少なくなっていて、いなくなった者たちは既に成仏したようだ。

「鎧ぃぃっ! 芳一は、芳一はどこじゃあぁっ!」

 すぐにひょっとことオカメが寄ってきて、小坊主の腰辺りにガシリとしがみつきながら泣き出す。

「芳一に会わせてくれェ! 最期に芳一にわしの思いの丈をぶつけたいんじゃあああっ!」

「今一度、今一度芳一と合体せねば儂は死んでも死にきれんーっ! あっ、もう死んでおったぁぁ!」

 さめざめと泣く二人の背後で、南瓜かぼちゃの被り物をした男が項垂れて座りながら、どよんとした空気を醸し出している。

「無理じゃ…… 儂ら全員チンコだけ消滅させられてしまったんじゃ…… 男としてはもう終わった…… 二度と勃起も射精もできん…… ああ、儂の自慢のデカ摩羅が……」

 嫉妬にまみれた和尚の神気は、お館様の妨害により彼らを消滅させることは叶わなかったが、芳一と関係した者たちほぼ全員からチンコを消し去っていた。

 唯一、危機に気付いたお館様だけが股間に霊気を集中させて持って行かれることを防いだが、霊体の状態で股間をもがれてしまった者たちは、このままでは何度転生しても女としてしか生まれて来られないと思われる。

「そうじゃったあああっ!」

「儂ら、女子おなごになってしもうたんじゃったあぁぁぁ……」

 二人は悔しそうに地面に手を打ち付けながらむせび泣く。

「……すみません、芳一は………… 連れて来られませんでした。でも代わりに、『味噌汁』を持ってきましたので、良かったら召し上がってください」

 せめて少しでも元気になれればと、そう思い、商人お手製の鎮魂の茸入り味噌汁を持ってきたのだが――――

「何ィっ! 『味噌汁』だとォっ?」

 聞き間違いが酷すぎる。何を言っているのかと小坊主は一瞬ポカンとした。

「え? いやあの、違――――」

「チンコぉぉぉ?! 味噌汁に芳一のチンコが入っているぅぅ?!」

「なんだってぇぇぇええッ! すぐに食さねばッ!」

「滾ってきたッ! うおぉぉぉぉぉおおおおお!」

 酷い勘違いだが、彼らにとっては吉報らしく、雄叫びを上げたり興奮したりしている者たちの股間から、失われたはずのチンコがにょきりと生えてきた。

「あ、あの、ちょ待っ……」

 彼らは人の話など聞いてはいない。彼らは光の速さでお椀に味噌汁を盛り付けて全員に配膳を済ませると、いっただっきまーす、と言って食べ始めた。

「美味い!」

「刻まれて原型はないがこのチンコ片には味が染みておる…… 芳一の味じゃ……」

「芳一の愛を感じる………… 芳一…… 儂らのために大切なものを犠牲にしおって……」

 じんわりと愛を感じている者たちの股間からもにょきりとチンコが生え始めて復活した。

 男に戻れて心残りがなくなった者たちの頭上から淡い光が降り注ぎ、次々に天へと召されていく。

 小坊主は目の前で起こる奇跡が信じられなかった。たかが味噌汁一杯で、永らく悪霊として留まっていた者たちが皆成仏していく――――

 霊たちが次々に成仏していく中、南瓜、ひょっとこ、オカメの三人も感涙のままに同時に味噌汁を完食した。

男子おのこに! 男子に戻れたあああっ! ありがとう芳一っ……!」

「儂のは前よりもデカくなったぞ! 南瓜並みのデカ摩羅じゃあっ!」

「儂は二本生えてきたぞ♡」

 三人衆は三人一緒に仲良く天へと昇っていった。

 彼らは冥土へ行っても転生してもきっと三人仲良くずっと一緒だろう。

 最後に、お館様一人だけが残された。

 彼は味噌汁を食べ終えた後もすぐに成仏はせず、最後の一人が天に昇るまでその場に留まり続けた。見届けた後、お館様は小坊主に向き直って笑顔を見せた。

「良かった、皆を守れた」

「お館様……」

「――、ありがとう」

 一族が滅んだ戦で皆を守れなかった後悔が、お館様の中で昇華する。お館様は最期に満ち足りた笑顔で小坊主の名を呼んでから、天に還った。

 後には生者である小坊主と、鍋の底に少しだけある鎮魂の茸入り味噌汁が残された。

(悪霊から解放された……)

 しばし呆然としていた小坊主は、やがて最後の一杯をお椀によそって食べ始めた。

(あの人が作った味噌汁は、優しい味がする)

 味噌汁を食べ終えた小坊主は一つ決意をすると、鎧をその場に脱ぎ捨て、片付けたお椀と鍋を腕に抱えて帰路に就いた。
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