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どうやら隣国師団長の庇護欲スイッチを押してしまったらしい
3。和睦の道は信用から
明らかに高価そうな玉座から聞こえたベキン!という破壊音に、兵士たちは揃ってひぇ…と悲鳴を上げた。
その音の原因であるジーンは玉座の後ろからひょっこり顔を出すと、何をそんなに恐れることがあるのか分からないと言いたげな表情をする。
「それはなんだ?」
ケイスは部下の悲鳴を無視し、ジーンの手元に視線を向ける。道中でかしこまらなくていいと言われた彼は、既にジーンに対して気安い態度を取っていた。
二枚のガラスで紙を挟んで保護しているらしいそれは魔力の回路が複雑に組み込まれており、魔法に馴染みのないケイスですら目に見えるほど強大な力を宿していた。
「誓約書!ウルスフタンが地盤だけでも出来た時に、今後オレたちは喧嘩しませんよ~って、その名と立場に制限をかける為に作ったものだな。そっちにも対のやつあるはずだけど…」
「…………初めて聞いたな」
「……やっぱ?」
誓約書が周知されていれば、ウルスフタン王国から北の最果て地への立ち入り禁止令が出されているはずである。何せ魔法でその立場を縛っているのだから。
でもそれがなく無遠慮な侵入者がやって来る時点で、誓約の存在は忘れられているのだろう。まぁ忘れたところで縛りは発生しているため、例え戦争を始めようとしても何らかの理由が発生しウルスフタンはこの地に手出しが出来なくなるだろうが。
なおこの誓約書は対のものも含め魔法で保護されている。劣化防止から耐熱耐水はもちろん、どれだけ大きな爆発があっても無傷で耐えられる程度の保護魔法がかけられていた。
あと指定の場所から離れすぎると自動でそこに戻る魔法もかかっている。今回は戻ってこられると困るので、一定期間が過ぎたら戻るように改編しておいた。それをケイスに手渡し、便箋とペンを魔法で召喚する。
「あとはこの手紙と……どうせ何かしらの会議でもするだろうから、その時用に通信魔具。これらをそっちの国王に届けてほしい」
「手紙は分かるが、わざわざ誓約書まで届ける必要はあるのか?」
受け取ったそれをまじまじと眺めながらそう言うケイス。
誓約書は手出しが出来ないという証拠だ。ジーン側であれウルスフタン側であれ、これがある限り互いに攻撃は出来ないという証拠。
これを機に、ウルスフタンの王城を大捜索して対のものを見つけて欲しいものである。ジーンがそう言えば、ケイスは苦笑いを返して次に目を向ける。
「あと会議用に通信魔具とは……まさか参加するつもりじゃないだろうな」
「そのまさかですね。だってあんたら、魔王ラパイントが本当に国を襲うかどうかが知りたいんだろ?」
わざわざ一師団を丸々よこすくらいだ。相当警戒していると考えていいだろう。なら今のジーンに出来ることは、危険性が無いことを証明し、この城にいる魔物たちに危害が与えられないようにすること。
誓約書だけでは弱い。魔道具越しとはいえ言葉を直接交わしたほうが信憑性は増すだろうし、手紙は誠実さである。こちらはちゃんと伺い立てるというのが出来るだけの理性を持っているという嫌味でもあるが。
それに、恐らくジーンの予想が間違っていなければ、現在のウルスフタン国王は会議にジーンが参加することを許可してくれる筈だ。流石に即日なんてことはないだろうが、すぐに会議が開かれるだろう。
通信魔具には相手側の様子が映し出されるため、久しぶりに正装を出す必要がある。ちょっと面倒だが、こういうのはメープルがやる気を出すので任せてしまえばいいか。
会議に必要だろうものを思い浮かべつつ、宛名を書き終わった手紙をケイスに渡す。何気なく封筒を裏返した彼は、そこに書かれた名前に少しだけ片眉を上げた。
「"ジーン・ゼル・ラパイント"…?」
呟かれたのは紛れもなくジーンのフルネームだが、何か変なところでもあったかと首を傾げる。流石に一国の王へ宛てた手紙なので簡略する訳にもいかず、ろくに使ったこともないミドルネームまできちんと記したのだが。
という所まで考えて、ふとジーンは気づいた。初手にラパイントか?と聞かれたため、知られているならいいかと名乗りもしなかったことを。
恐らくケイスは、魔族にもファーストネームやラストネームという概念があることに驚いている。そりゃあるよと言いたいが、確かに魔族や魔物は人間のように名前で個々を区別する、という概念が薄いというのは否定できない。
「…すっげー意外、って顔してますね」
「あぁ、いや、ラパイントという名しか知らなかったものでな」
「基本的にそれで通じるからね。あと、そっちは自己紹介してくれたのにごめん。改めて、オレはジーン・ラパイント。ミドルはそういうのにしか使わないから覚えなくていいよ」
「こちらこそ不躾にすまない。改めてよろしく頼む、ラパイント殿」
そう言って差し出された無骨な手に、目を丸くするジーン。思わず手と顔を交互に見れば、眉をひそめたケイスに片手を取られた。
「もしや、魔族には握手という行動すら存在しないのか?」
「あくしゅ……えと、挨拶の一つ、だよな。親愛を示すためとか、信頼関係を築く時にする…」
「あながち間違ってはないな」
握手くらい知っているし、やったこともある。でも人間となんてほとんどなくて、しかもあちらから差し出されることなんて初めてと言っても過言ではなく、おかげで理解が遅れた。
持ち上げられた手を軽く上下に振られながら、ジーンは呆然と握られた手を見る。魔族なので丈夫さも回復力もあるため傷の少ない白い手に重なった、一回り大きく傷だらけで剣だこのあるゴツゴツした手。
そこから伝わる体温に、やはり魔物とは少し違う温度に、ジーンは何故だか泣きそうになった。
「…魔王とよろしくしちゃっていいの?」
「人間に危害を加えるつもりはないんだろう?」
ぎゅう、と握る力を一度強めてから手が離される。したり顔で言われた言葉に、思わず少しだけ肩を竦めた。
そうして必要なものをケイスに渡したジーンは、彼らを転移魔法陣へと案内する。それ用に改造された城の一室は、登録した座標を入れることで指定の場所に一瞬で飛ぶことが出来るものだ。
体が大きな魔物も使えるように大部屋を使用しているので、今いる兵士たちの人数なら一気に全員を送れるだろう。
部屋のドアを開ければ、まず壁や床一面に描かれた魔法陣が目に入る。本来は一つの魔法陣で十分だが、より正確性を出すために複数の魔法陣を組み合わせてあるのだ。
その緻密さに、魔法に詳しくない兵士たちも思わず感嘆の息を吐く。王国にいる魔導師たちが見たら、興奮して調べまくるだろうなと他人事のようにケイスは思った。
「転移する場所は王都の郊外でいい?」
「あぁ。十分すぎる近さだ。小言の多い奴が途中でしっぽを巻いて逃げ出したのか、と言ってくるかもしれんぐらいには」
「………もうちょい離しとく?」
「どうせ予定より早いことに変わりはない。大丈夫だ」
そりゃあ、本来は移動だけで一週間はかかる距離だ。片道分の時間しかかからなかったとなれば、途中で任務を投げ出したと疑われるのも仕方がないのかもしれない。
余計なお世話だっただろうかと思うも、届けて欲しいものがあるので理由を説明すれば納得して貰えるだろうと、ジーンは考えることを止めた。
兵士が全員入室したのを確認し、さて魔法陣を発動させるかと魔力を流そうとした瞬間。
「っ、待て!!」
「えっなにっ」
何かに気づいたケイスが大声を出し、驚いたジーンは発動を中断させる。兵士たちも驚いており、一体どうしたのかと全員がケイスを見た。
「…………外に、馬が居るのを忘れていた」
その言葉に兵士たちが互いに顔を見合わせて同時に「あっ」なんて声を出すものだから、きょとんとしていたジーンは我慢できずに吹き出した。
────
「う、馬って…ふふっ……そうね、忘れてったら可哀想だもんな……んふふ…」
「主様。楽しそうなところ申し訳ないのですが、貴方は一体何を考えているんですか」
無事にケイスたちを(馬も含め)送ったジーンは、キッチンに戻ってタルトを切り分けながら思い出し笑いを繰り返していた。久しぶりに他人と接したため、気分が高揚しているらしい。
それを半目で眺めながら、メープルはジーンが笑っている理由──ではなく、先程ジーンが取った行動と、兵士たちを転移魔法陣で送り返したことを咎めるようにそう聞いた。
「何って…オレは常に保護下にある魔物たちのことしか考えてないぜ?」
ニヤリと笑ったその表情は、まさしく魔王に相応しいもの。ふんふ~ん♪︎と上機嫌に鼻歌を歌うジーンに、メープルは疲れたようなため息を吐く。
そんな部下の様子を見て、流石に考えの共有くらいはしておくべきかと包丁を皿に置いた。
「ウルスフタンと同盟……とはいかずとも、協力関係を築けるチャンスは大きい。もしかしたら他国にも話を通してくれるかもしれねぇし」
「…それは、そうですが。しかし、誓約書をそのまま渡す必要はありましたか?あれから何百年も経っています。本当にウルスフタンが信用できるかどうか…」
今この城は、多くの国から狙われている。それは魔物が大量に住んでいることだけが原因じゃない。
避難城はその名の通り、人に追われた魔物が避難してくる場所だ。人が魔物を攻撃する理由は様々あるが、一番多いのは素材を求めて、だろう。
ただでさえ魔界で生き残れず数を減らし、地上界に逃げてきた魔物たちだ。元々少ない数はさらに少なくなり、希少性が高くなっていく。この城にいるのはそんな魔物がほとんどなのだ。
そのため、珍しい魔物の素材を独り占めしようとする国が出てきている。もしかしたら、近いうちに戦争でも起こる可能性だってあった。
そうなれば魔物たちはもっと苦しい状況になるだろう。先に手を打たねばならないが、国相手となればジーンに取れる手段は少なかった。
そこに現れたのが彼ら、ウルスフタンの兵士たちだ。まぁ、持ち込まれた情報には頭を抱えかけたが、むしろ好機だとジーンは判断した。
結果、避難城へ対する彼らの印象は悪くないものだったはずだ。何せジーンは嘘を一つも言っていない。人と争いを起こしたくないのも事実。人に怯える魔物たちばかりなのも事実。誓約書の話も本当のことだ。
害がないと勇者の国であるウルスフタンが判断したのなら、他国もある程度落ち着くだろう。むしろそこから発生する問題もあるだろうが、そしたらお隣を遠慮なく頼るつもりだ。
「やっぱ人間のことは人間に対処して貰わねぇと!散々魔物の素材を利用してんだ。オレらが人間を利用したって構わねぇんだろ?」
「はぁ……そんなんだから捻くれ悪ガキなんて言われるんですよ」
「誰だそんなこと言ったやつ」
振り向けば素知らぬ顔でタルトを取り分けるメープルに、言い出したのお前じゃねぇよな…と疑いの眼差しを向ける。しかし問いただす前におやつの時間が迫っていたため、ジーンも取り分けるため手を動かした。
今言ったことはどれも本心だ。誠実さを見せて協力を仰ごうという作戦だった。それでも確かに、誓約書を本物のまま渡す必要はなかっただろう。魔法でいくらでもコピー出来たのだから。
それをしなかった理由は恐らく、打算抜きに誠実であろうとしてくれた彼が原因。
「ま、国自体が信用できるかはこれから見てけばいいだろ。少なくともあの人は信用できると思うし」
「あの師団長ですか?ちょっとタルトの感想を言われたくらいでチョロいですよ主様」
「あれオレってお前の主人だと思ってたんだけど??」
主人に対する口の利き方じゃねぇ。お客さんが居ない時は執事長の仮面を投げ捨てるメープルに苦い顔をしながら、あの人は今頃城下町に着いた頃かと黄土色の瞳を思い返した。
その音の原因であるジーンは玉座の後ろからひょっこり顔を出すと、何をそんなに恐れることがあるのか分からないと言いたげな表情をする。
「それはなんだ?」
ケイスは部下の悲鳴を無視し、ジーンの手元に視線を向ける。道中でかしこまらなくていいと言われた彼は、既にジーンに対して気安い態度を取っていた。
二枚のガラスで紙を挟んで保護しているらしいそれは魔力の回路が複雑に組み込まれており、魔法に馴染みのないケイスですら目に見えるほど強大な力を宿していた。
「誓約書!ウルスフタンが地盤だけでも出来た時に、今後オレたちは喧嘩しませんよ~って、その名と立場に制限をかける為に作ったものだな。そっちにも対のやつあるはずだけど…」
「…………初めて聞いたな」
「……やっぱ?」
誓約書が周知されていれば、ウルスフタン王国から北の最果て地への立ち入り禁止令が出されているはずである。何せ魔法でその立場を縛っているのだから。
でもそれがなく無遠慮な侵入者がやって来る時点で、誓約の存在は忘れられているのだろう。まぁ忘れたところで縛りは発生しているため、例え戦争を始めようとしても何らかの理由が発生しウルスフタンはこの地に手出しが出来なくなるだろうが。
なおこの誓約書は対のものも含め魔法で保護されている。劣化防止から耐熱耐水はもちろん、どれだけ大きな爆発があっても無傷で耐えられる程度の保護魔法がかけられていた。
あと指定の場所から離れすぎると自動でそこに戻る魔法もかかっている。今回は戻ってこられると困るので、一定期間が過ぎたら戻るように改編しておいた。それをケイスに手渡し、便箋とペンを魔法で召喚する。
「あとはこの手紙と……どうせ何かしらの会議でもするだろうから、その時用に通信魔具。これらをそっちの国王に届けてほしい」
「手紙は分かるが、わざわざ誓約書まで届ける必要はあるのか?」
受け取ったそれをまじまじと眺めながらそう言うケイス。
誓約書は手出しが出来ないという証拠だ。ジーン側であれウルスフタン側であれ、これがある限り互いに攻撃は出来ないという証拠。
これを機に、ウルスフタンの王城を大捜索して対のものを見つけて欲しいものである。ジーンがそう言えば、ケイスは苦笑いを返して次に目を向ける。
「あと会議用に通信魔具とは……まさか参加するつもりじゃないだろうな」
「そのまさかですね。だってあんたら、魔王ラパイントが本当に国を襲うかどうかが知りたいんだろ?」
わざわざ一師団を丸々よこすくらいだ。相当警戒していると考えていいだろう。なら今のジーンに出来ることは、危険性が無いことを証明し、この城にいる魔物たちに危害が与えられないようにすること。
誓約書だけでは弱い。魔道具越しとはいえ言葉を直接交わしたほうが信憑性は増すだろうし、手紙は誠実さである。こちらはちゃんと伺い立てるというのが出来るだけの理性を持っているという嫌味でもあるが。
それに、恐らくジーンの予想が間違っていなければ、現在のウルスフタン国王は会議にジーンが参加することを許可してくれる筈だ。流石に即日なんてことはないだろうが、すぐに会議が開かれるだろう。
通信魔具には相手側の様子が映し出されるため、久しぶりに正装を出す必要がある。ちょっと面倒だが、こういうのはメープルがやる気を出すので任せてしまえばいいか。
会議に必要だろうものを思い浮かべつつ、宛名を書き終わった手紙をケイスに渡す。何気なく封筒を裏返した彼は、そこに書かれた名前に少しだけ片眉を上げた。
「"ジーン・ゼル・ラパイント"…?」
呟かれたのは紛れもなくジーンのフルネームだが、何か変なところでもあったかと首を傾げる。流石に一国の王へ宛てた手紙なので簡略する訳にもいかず、ろくに使ったこともないミドルネームまできちんと記したのだが。
という所まで考えて、ふとジーンは気づいた。初手にラパイントか?と聞かれたため、知られているならいいかと名乗りもしなかったことを。
恐らくケイスは、魔族にもファーストネームやラストネームという概念があることに驚いている。そりゃあるよと言いたいが、確かに魔族や魔物は人間のように名前で個々を区別する、という概念が薄いというのは否定できない。
「…すっげー意外、って顔してますね」
「あぁ、いや、ラパイントという名しか知らなかったものでな」
「基本的にそれで通じるからね。あと、そっちは自己紹介してくれたのにごめん。改めて、オレはジーン・ラパイント。ミドルはそういうのにしか使わないから覚えなくていいよ」
「こちらこそ不躾にすまない。改めてよろしく頼む、ラパイント殿」
そう言って差し出された無骨な手に、目を丸くするジーン。思わず手と顔を交互に見れば、眉をひそめたケイスに片手を取られた。
「もしや、魔族には握手という行動すら存在しないのか?」
「あくしゅ……えと、挨拶の一つ、だよな。親愛を示すためとか、信頼関係を築く時にする…」
「あながち間違ってはないな」
握手くらい知っているし、やったこともある。でも人間となんてほとんどなくて、しかもあちらから差し出されることなんて初めてと言っても過言ではなく、おかげで理解が遅れた。
持ち上げられた手を軽く上下に振られながら、ジーンは呆然と握られた手を見る。魔族なので丈夫さも回復力もあるため傷の少ない白い手に重なった、一回り大きく傷だらけで剣だこのあるゴツゴツした手。
そこから伝わる体温に、やはり魔物とは少し違う温度に、ジーンは何故だか泣きそうになった。
「…魔王とよろしくしちゃっていいの?」
「人間に危害を加えるつもりはないんだろう?」
ぎゅう、と握る力を一度強めてから手が離される。したり顔で言われた言葉に、思わず少しだけ肩を竦めた。
そうして必要なものをケイスに渡したジーンは、彼らを転移魔法陣へと案内する。それ用に改造された城の一室は、登録した座標を入れることで指定の場所に一瞬で飛ぶことが出来るものだ。
体が大きな魔物も使えるように大部屋を使用しているので、今いる兵士たちの人数なら一気に全員を送れるだろう。
部屋のドアを開ければ、まず壁や床一面に描かれた魔法陣が目に入る。本来は一つの魔法陣で十分だが、より正確性を出すために複数の魔法陣を組み合わせてあるのだ。
その緻密さに、魔法に詳しくない兵士たちも思わず感嘆の息を吐く。王国にいる魔導師たちが見たら、興奮して調べまくるだろうなと他人事のようにケイスは思った。
「転移する場所は王都の郊外でいい?」
「あぁ。十分すぎる近さだ。小言の多い奴が途中でしっぽを巻いて逃げ出したのか、と言ってくるかもしれんぐらいには」
「………もうちょい離しとく?」
「どうせ予定より早いことに変わりはない。大丈夫だ」
そりゃあ、本来は移動だけで一週間はかかる距離だ。片道分の時間しかかからなかったとなれば、途中で任務を投げ出したと疑われるのも仕方がないのかもしれない。
余計なお世話だっただろうかと思うも、届けて欲しいものがあるので理由を説明すれば納得して貰えるだろうと、ジーンは考えることを止めた。
兵士が全員入室したのを確認し、さて魔法陣を発動させるかと魔力を流そうとした瞬間。
「っ、待て!!」
「えっなにっ」
何かに気づいたケイスが大声を出し、驚いたジーンは発動を中断させる。兵士たちも驚いており、一体どうしたのかと全員がケイスを見た。
「…………外に、馬が居るのを忘れていた」
その言葉に兵士たちが互いに顔を見合わせて同時に「あっ」なんて声を出すものだから、きょとんとしていたジーンは我慢できずに吹き出した。
────
「う、馬って…ふふっ……そうね、忘れてったら可哀想だもんな……んふふ…」
「主様。楽しそうなところ申し訳ないのですが、貴方は一体何を考えているんですか」
無事にケイスたちを(馬も含め)送ったジーンは、キッチンに戻ってタルトを切り分けながら思い出し笑いを繰り返していた。久しぶりに他人と接したため、気分が高揚しているらしい。
それを半目で眺めながら、メープルはジーンが笑っている理由──ではなく、先程ジーンが取った行動と、兵士たちを転移魔法陣で送り返したことを咎めるようにそう聞いた。
「何って…オレは常に保護下にある魔物たちのことしか考えてないぜ?」
ニヤリと笑ったその表情は、まさしく魔王に相応しいもの。ふんふ~ん♪︎と上機嫌に鼻歌を歌うジーンに、メープルは疲れたようなため息を吐く。
そんな部下の様子を見て、流石に考えの共有くらいはしておくべきかと包丁を皿に置いた。
「ウルスフタンと同盟……とはいかずとも、協力関係を築けるチャンスは大きい。もしかしたら他国にも話を通してくれるかもしれねぇし」
「…それは、そうですが。しかし、誓約書をそのまま渡す必要はありましたか?あれから何百年も経っています。本当にウルスフタンが信用できるかどうか…」
今この城は、多くの国から狙われている。それは魔物が大量に住んでいることだけが原因じゃない。
避難城はその名の通り、人に追われた魔物が避難してくる場所だ。人が魔物を攻撃する理由は様々あるが、一番多いのは素材を求めて、だろう。
ただでさえ魔界で生き残れず数を減らし、地上界に逃げてきた魔物たちだ。元々少ない数はさらに少なくなり、希少性が高くなっていく。この城にいるのはそんな魔物がほとんどなのだ。
そのため、珍しい魔物の素材を独り占めしようとする国が出てきている。もしかしたら、近いうちに戦争でも起こる可能性だってあった。
そうなれば魔物たちはもっと苦しい状況になるだろう。先に手を打たねばならないが、国相手となればジーンに取れる手段は少なかった。
そこに現れたのが彼ら、ウルスフタンの兵士たちだ。まぁ、持ち込まれた情報には頭を抱えかけたが、むしろ好機だとジーンは判断した。
結果、避難城へ対する彼らの印象は悪くないものだったはずだ。何せジーンは嘘を一つも言っていない。人と争いを起こしたくないのも事実。人に怯える魔物たちばかりなのも事実。誓約書の話も本当のことだ。
害がないと勇者の国であるウルスフタンが判断したのなら、他国もある程度落ち着くだろう。むしろそこから発生する問題もあるだろうが、そしたらお隣を遠慮なく頼るつもりだ。
「やっぱ人間のことは人間に対処して貰わねぇと!散々魔物の素材を利用してんだ。オレらが人間を利用したって構わねぇんだろ?」
「はぁ……そんなんだから捻くれ悪ガキなんて言われるんですよ」
「誰だそんなこと言ったやつ」
振り向けば素知らぬ顔でタルトを取り分けるメープルに、言い出したのお前じゃねぇよな…と疑いの眼差しを向ける。しかし問いただす前におやつの時間が迫っていたため、ジーンも取り分けるため手を動かした。
今言ったことはどれも本心だ。誠実さを見せて協力を仰ごうという作戦だった。それでも確かに、誓約書を本物のまま渡す必要はなかっただろう。魔法でいくらでもコピー出来たのだから。
それをしなかった理由は恐らく、打算抜きに誠実であろうとしてくれた彼が原因。
「ま、国自体が信用できるかはこれから見てけばいいだろ。少なくともあの人は信用できると思うし」
「あの師団長ですか?ちょっとタルトの感想を言われたくらいでチョロいですよ主様」
「あれオレってお前の主人だと思ってたんだけど??」
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