当て馬にも、ワンチャンあってしかるべき!

紫蘇

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執事と執事

リチャードという執事

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ルースの命令(!)で書類作りを始めたのは良いけど、なかなか終わらなくて大変。
ブレティラ印のアレを扱うようになってから、一気に相談件数が増えたんだ…

伴侶ともう一度燃えるような一夜を過ごしたい、とか…
何としても二人目が欲しい、とか…
若い愛人を満足させたい、とか。

切実なやつからまあまあ下世話な話まで、よくもまあこれほど真面目に聞いてきたもんだ…
かなわんね。

「結構な数の相談に乗って来たもんだね」
「そうだねえ、なんせ隣は王宮だし、何なら王宮の一施設だと思ってる人も多いんじゃないかな?」
「貴族に詳しくないとそんなもんかもね」

意外と貴族じゃない人も訪ねてくるんだよね。
この前、妙に迫力のある人がやってきて、薄めて1回分にしたやつを50本程都合できないか…って。
さすがにお断りしたよね。
50本一気に飲んだら死んじゃうもん。

「でも、やるしかないね」
「書式揃えて、って言ってたっけ…それも考えないといけないのか」

僕とゼフさんはため息をつく。
明後日までにお願いね、って簡単にルースは言うけど…

「私もお手伝いいたします、旦那様」
「そうかい?ありがとうリチャード」

3人で取り組めばすぐに終わる!
そう思ってやるしかない!

***


リチャードが仲間に加わると、思いの他サクサクと仕事が進んだ。
意外にリチャードの手が早いんだ…ささっと拾い読みしてぱぱっと書類に落とし込むまでが早い。

「こうしていると、昔坊ちゃまとトリエステの3人で「ユーフォルビアの性技」を必死で編纂したのを思い出します」
「へえ…それで手馴れてるのか」

なんとリチャードは、ブレティラ殿とシーマ殿が我が家のハーブティーのレシピを纏めた時も手伝いをしたのだそうだ。
僕よりずっと書類作りに慣れてるかもしれない。

「リチャード、いっそルースの秘書になったら良いのに」
「いえ、私は自分の意志でこの屋敷を守ると決めております。
 坊ちゃまがお戻りになりたいときに、何時でも気楽に過ごせる場所にしておきたいのです。
 坊ちゃまは、片付き過ぎず、汚過ぎない…そういった家が良いと仰いますので」
「そうなの?」

この家に漂う「何故か緊張しない」空気は、どうやら磨き上げすぎない事で出来ているらしい。
…僕からすれば充分綺麗になっていると思うけど。

執事は辞めません!と言わんばかりのリチャードの態度に、ゼフさんが苦笑しながら言う。

「それにしては帰ってきたその日はとんでもなく整っていたけど?」

すると、リチャードは書類を読みながら手を動かしつつ愚痴を溢した。

「そうなんです、勝手に王宮から執事が使用人を連れてきて、掃除も洗濯も修繕も…庭もハーブ畑以外は全部ピカピカにしていったのです!
 坊ちゃまの部屋はご本人のこだわりがあるからと言ったのに、勝手に磨き上げて絨毯まで入れ替えて!」

どうやらその執事とソリが合わないリチャード。
不満がたまっているのか、ブツブツと文句は続く。

「それからも時々訪ねて来ては壁の色を勝手に新しくするし、窓は入れ替えてしまうし…」
「それで最近家の中が明るいんだ?」
「ええ、そうなんです。薄いカーテンを常に引いておかないと、まぶしすぎてどうにもなりませんよ。
 あんなにガラスが大きいのでは…」

確かに眩しい。
こんなに明るかったっけ、ってなる。

「本に影響が出てはならぬと図書室と書庫周辺の窓は死守致しましたが、それにしたって…」

確かに、そこまでされると嫌がらせかってなるな。

「困ったもんだね」
「そうなんです、それが補佐局の執事なんですから、坊ちゃまに余計な心労をかけていないかと…」

リチャードの愚痴は止まらない。
それなのに手も止まらない。

結局書類の半分以上をリチャードが片付けてしまい、明後日と言わず明日には提出できそうだ。

「しかし、そこまでリチャードの神経を逆なでする人ってすごいね」
「王宮には王宮の流儀があるのでしょうが、うちにはうちの流儀があります!」

そういってプリプリ怒るリチャードに、ゼフさんは微笑みながら言った。

「ふふ、確かにうちは「しすぎない」でいてくれるほうが有難いものね。
 リチャード、いつもありがとう」
「いえ、私は「ユーフォルビア家専門の執事」ですから、当然の事でございます」
「確かに、ハウスキーピングより書類整理が出来る執事の方が有難いよね」

片付きすぎていると落ち着かない。
それは僕らだけに限った事じゃない。

人が緊張しすぎないで相談できる場所…
それを演出しているのは、まぎれもなくうちの執事、リチャードの仕事だった。

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