当て馬にも、ワンチャンあってしかるべき!

紫蘇

文字の大きさ
568 / 586
執事と執事

王宮執事VSリチャード ~王宮執事視点~

しおりを挟む
ルース様は規格外だ。
それは散々聞かされてきた事だが、今までお仕えしてきた方とあまりにも違う。

まず大変にお忙しい。
休憩中にお茶をサーブする事もほぼ無い。
昼食のために執務を離れられる事も無い。

「朝晩ちゃんと食べてるから、昼は適当で良い」

そうは言われて常にパンだけ齧っておられる。
食べながら届けられた書簡を読み、補佐局の皆様と話し合う内容をメモされ、面会が必要となればスケジュールを確認し手紙を出すよう指示し…
そしてまた動き出すのだ。

落ち着いてお食事を召し上がれるようにと色々考えてみるものの、全て駄目で…。

「執事ウルフレッドは補佐局にいればいいよ。
 特にこっちでする事もないしね」

と、ついにはやんわり拒否されてしまった。

執事として歩み始めて初めての挫折…
私はどう乗り越えれば良いのか悩んだ。

とりあえずお側に付いていれば、何か分かるだろうと後ろについて歩いた。

次の日には巻かれた。

「…どうすればいいんだ」

実は、お付きのアレク様もようやくのご懐妊となり、産休育休中の仕事は私が引き継ぐ事になったのだ。
それなのに付いて歩くことも出来ないとは…

「ルース様の側付きに必要なもの…」

悩みながら補佐局を出て、何となしにユーフォルビア邸のほうへ歩く。

「……おや?」

あれは、ユーフォルビア家の執事殿…?

「リチャード殿。
 今日はどうされたのですか?」

私がそう聞くと、リチャード殿は平然と言った。

「坊ちゃまに呼ばれましたもので。
 どちらにいらっしゃるかご存じでしょうか?」

…それは私が聞きたい。
少し苛立った私だが、平常心で返事を返した。

「さて、補佐局にはいらっしゃいませんでしたが」

すると、リチャード殿はまたも平然とした顔で言った。

「そうですか、では失礼致します」
「えっ、どちらへ?」
「坊ちゃまのおられる場所へ」

…えっ?
この人、私の言った事聞いてた?
それとも知っているのにわざわざ聞いたのか?
何の為に?

「リチャード殿?あの」

あまりの訳の分からなさに、私はリチャード殿の後を付いていくことにした。

***

リチャード殿は補佐局からすぐの王宮東館へ入っていった。

入口の衛兵に挨拶を交わし、ルース様がこちらへ来られているか聞いた。

「ええ、1時間程前にお越しに」
「有難う御座います」

えっ、やっぱり知らなかったのか?
じゃあなぜここだと分かったんだ?
近場から聞いたら偶然ここだったのか?
分からない。

リチャード殿はどんどん歩いていく。
いや、部屋を聞かなくても良いのか?
私は混乱しながら彼に付いていく。

リチャード殿は1階の来賓室フロア、2階の小会議室フロアには目もくれず、3階の中会議室フロアへ。
すぐにアレク様を見つけ、速足で近づく。

「アレク様!」
「あっ、執事リチャード!久しぶりっす」
「えっリチャードさん?」

アレク様がおられれば、当然、ルース様もおられる。
リチャード殿はバスケットと書類の束をルース様に差し出す。

「ルース坊ちゃま、書類をお届けに上がりました」
「ありがとう!早くて助かる」
「軽食もお持ちしました」
「ありがとう!」

そしてルース様は歩きながら軽食をお召し上がりになるばかりか、書類まで確認なさる。

「ルース様、マナー…」
「んな事言ってたら回んねっす」

マナー違反がどうしても気になる私は、アレク様に逆に小言を頂く。
なのにリチャード殿は…

「野菜ジュースも入れておりますので、会議の前にお召し上がりください」
「さすが執事リチャード、栄養バランスもバッチリっすね」
「お褒め頂き光栄でございます、アレク様」

簡単にお褒めの言葉を貰ってしまうのだ。

…ルース様にお仕えした時間の長さが違う事は重々分かっている。
それでも、私は陛下直々に労いの言葉を頂いた事もある程度には、出来る人間のはずなのだ。

私はリチャード殿の後ろを付いて歩く。
リチャード殿はルース様の真横で差し出される手に小さなパンを乗せながら歩く。
そして、次の目的地である小会議室に付く手前で野菜ジュースを手渡し、ルース様がそれを飲み干された後、空のグラスを受け取り…
またルース様から声を掛けられる。

「あ、リチャードさん、書類の事だけど」
「はい、今日の夕方ごろにトリエステと王宮カフェで会う約束をしておりますので」
「あ、本当?じゃあ夕方でね」
「はい、お仕事頑張ってくださいませ」

成立しているようなしていないような会話をして、リチャード殿はその場を辞する。

私も一緒に東館を出て…

暫く歩いたところで、リチャード殿がこちらを振り返って、言う。

「いつまで付いてくるつもりですか?」
「えっ、いや…その、実は…」

私は思い切って、リチャード殿にアレク様が産休育休中の仕事を引き継ぐ話をした。
幼少期からルース様にお仕えしている方に話を聞けば、何か掴めるかもしれない。

藁をもすがる気持ち。

その事がリチャード殿に伝わったのか、彼は私に「では一つだけ」と言って教えてくれた。

「ルース坊ちゃまにお仕えする際は、礼儀ではなく効率を重視しています。
 そもそも必要なのはスケジュールの管理と調整。
 それ以外の事はしなければ良いだけです」
「礼儀でなく、効率…」
「効率に繋がらない礼儀作法は普段切り落としておられますから。
 坊ちゃまにはそれが日常…完全は非日常です。
 坊ちゃまはお忙しい、だからこそ不完全でも許される日常が必要なのです」

その目は、私がユーフォルビア邸に手を入れた事を咎めていた。
リチャード殿はさらに言った。

「王宮は常に他人からの視線にさらされる場所ですから、完璧を求めるのが最善でしょう。
 そして、そういう場所でお育ちになった方々は、完璧こそ日常です。
 つまり完璧であることが王宮では正しい事だ。
 ここで働く限り、あなたは常に正しかった。
 ですが他家には他家の流儀があるのです」
「…はい、申し訳ありません…」
「分かって頂けて何よりでございます。
 それでは、これで…」

その時、だ。
私は何故か叫んでいた。

「あ、あの!待って下さい!」
「…まだ、何か?」
「今日から暫く、ユーフォルビアの流儀を学びに、伺わせて頂けないでしょうか」
「…あ?」

何でそんな事言ってしまったんだろう。
そんな私に対して、リチャード殿は今まで見た中で一番冷たい目をして…

「それは旦那様方がお決めになる事です」

と言って去っていった。

しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

発情薬

寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。  製薬会社で開発された、通称『発情薬』。  業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。  社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

処理中です...