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揺らぎの時
一瞬の悲しみ
しおりを挟む「さっきフォエバストリア殿下が来て、リュノ王子が来る前に二人を呼んできてくれって」
クレイドが迎えに来たのは、もはやオンボロではない第一寮裏の勉強会に2人を呼ぶためだった。
いつもは2人がいなくても大した問題は無いのだが、隣国の王子たっての希望となれば仕方が無い。
そもそも彼は魔法農法と魔法工法…パッセルが使う技術を学びに来たのだ。
パッセル無しでは話が進まない…
が、困った事に一人余計なのが付いてくる。
パッセルと食堂であれほどもめたのに、心臓が鉄で出来ているのだろうか、この子は…。
「ね、フェリス様ったら酷いでしょう?
僕の事を何もできないって決めつけて」
「はいはい、そうだね」
オヴィスはクレイドの腕に絡みついて、フェリスが酷い事を言ったと文句を言った。
そしてクレイドに甘えるように話しかけた。
「僕だって役に立ちます!
その、クレイド様の為なら…何だって」
「何だって、ねぇ…」
フェリスは正直面白くなかった。
どちらかと言うといつもパッセルの方が厳しい事を言っているのに、この差は何なのか…
まるでフェリスの悪口をクレイドに吹き込もうとしているような。
「…フェリス殿、オヴィス殿の事ですが」
「……何?」
「何やらおかしいですね」
「…それって、僕を慰めてくれてるの?」
耳打ちするパッセルにむくれるフェリス。
だが、パッセルは至極冷静に言った。
「いや、純粋な事実です。
どうもあれは…普通でない」
「どういう事?」
「ここだけの話、ハニートラップではないかと」
「いやいや誰が何の為に」
「そうでなければ、世界の強制力か…」
「……そっか、強制力……」
それは異世界転生物にはあるあるの展開だ。
つまりフェリスを悪役令息にし、物語を元へ戻そうとする大いなる意志が働いている…とか?
「そんな、今更…」
悪役にならないよう、頑張ってきたつもりだった。
王子には早く婚約を解消して欲しいと訴え、運命の番が見つかる様に多くのオメガと出会わせてきた。
それなのに、誰もいない辺境へ、たった一人で…?
一瞬、頭がくらっとして、ふらついた。
それを脇から支えてくれたのは…
「大丈夫ですよフェリス殿。
あなたが悪い人間でない事は、皆が知っています」
「……うん」
そう言って、パッセルはフェリスの背中を優しく撫でた。
そうだ、本来なら主人公の彼が自分の事を分かってくれている。
だから断罪なんて起きない…
それに、断罪されたって。
「大丈夫、フェリス殿を一人で辺境に行かせたりはしません。
私が必ず付いていきます…自分の為にも、友情の為にも」
「…パッセル」
そうだ、この友情がある限り…
愛や恋が無くったって、きっと生きていける。
フェリスは心の底から、「恋愛だけが全てでは無い」と理解できた気がした。
***
第一寮の裏へ行くと、かなりの人数がすでに集まっていた。
「今日は人が多いですな」
「王子が二人も来るとなれば、護衛もそれなりに必要ですからね」
「おおアラウダ殿、お久しぶりです」
パッセルは珍しくアラウダと挨拶を交わした。
実は、農地経営シミュレーション「わたしの箱庭」に出て来るアラウダは嫌味な徴税人役である。
小説ではパッセルのお助け係なのにだ。
ふとその時のパッセルとの会話を思い出したフェリスは、本当に世界の強制力を疑い…
「ところでパッセル殿、辺境であった事を報告書にまとめて頂きたいのですが」
「報告書?途中から合流した私よりも最初からおられた騎士団の方に聞くのが先でしょう」
「いやあなたの視点から見た報告もして頂かないと」
「そんなに知りたいのなら、王子と一緒に来れば良かったのでは?」
「どうしても都合が付かなかったんだから仕方ないでしょう!?」
…その後の二人のやりとりに、強制力が本当にあるのかも疑い…。
「どうしたフェリス殿、顔色が悪いぞ」
「っ、クレイド…、いや、何でも、無い…っ、大丈夫、だから…っ」
気遣って話しかけてくれたクレイドからは、オヴィスの匂いがした。
本当は嬉しかったのに、それがどうしても悲しくて…
クレイドのそばにいられなくて。
なのに。
「アラウダ、急にそんな事を言われてもパッセル…だって、困っ…」
「あっ、殿下…っ、どうされました、殿下!?」
「この…香り、一体…誰の」
「うん?香り?」
「そうだ、この、香り…!」
その匂いが、まさか…
「君!そこの君」
「……、えっ…!、あっ…!?」
ここまでのモヤモヤを吹きとばす大事件になるなんて…
「ああ…間違いない、君の香りで、こんなにも胸が高鳴る…!」
「…っ、どう、して…っ?」
正に、驚天動地。
フォエバストリア王子はオヴィスに駆け寄ると、彼を強く抱きしめ、いきなり唇にキスを落とした…。
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