先祖返りの君と普通の僕

紫蘇

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プロローグ

魔導士も人である

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「魔導士ってさ、強いんだろ?」
「「魔」素を「導」いて魔法を使えるだけじゃないですかね」
「でも、俺たちより強いんだろ?」
「それは時と場合によるんじゃないですかね」

今は歴史の授業中。
獣人時代から始まるこの世界の歴史は、大体の事件に「魔素」なるものが関係してくる。

3000年前の大戦争、
獣人から人間への転換点、
魔素溜まりを巡る争い、
魔素を蓄積した鉱物、「魔石」を巡る争い、
魔石を産出しやすい土地を巡る争い、
魔石を体内に保有する人間を巡る争い、
etc.…

なので、まずは魔素というものについて軽く触れなければ先に進まないのだが…。

樫原君は一郎が「魔素」と言った途端、次から次に質問を浴びせてくる。

「…大災害の魔獣だって、簡単に倒せるだろ」
「簡単かどうかは分かりませんが、魔獣を魔法なしで倒すのは大変に骨が折れると聞きますね」
「あんな大きな魔獣を、一人で倒せるんだろ」
「一人で倒すのは無理じゃないですかね」
「…俺は見たんだ!」
「それは、し…後ろの人たちが見えなかっただけじゃないですかね」

うっかり支援部隊、とか言うところだった。
危ない危ない。

「樫原君は、魔導士になりたいんですか?」
「っ、そんなんじゃねえ!」
「そうですか、それは良かった。
 魔導士になるかどうかは胎児の段階で決まっていますので、皆さんも、将来の夢は魔導士以外でお願いしますね」
「……。」

やれやれ、ようやく黙った。

「では、授業を続けます。
 この世界は1つの大陸と、東西南北の4つの島、それが球の裏表にそれぞれあるのは分かりますね?
 数億年前に現れた特殊な木の実、「ネクタル」を摂取したことで、魔素を得て動物から獣人に変化した我々人類は、それぞれの島、それぞれの大陸で独自に文明を築いていきました…」

ネクタルは、今はもう絶滅したと言われる不思議な木で、神話によるとそれぞれの島に3本、大陸に12本、計48本があったとされている。

「ここ東の島にも3本のネクタルの木が生えていたと言われています。それを直接裏付けるものは見つかってはいませんが、獣人の社会はこの木を中心に築かれていたことが、遺跡の発見により分かっています。
 発見されている遺跡は現在3つ。
 不思議と神話に一致していますね。
 ですが、さらに遺跡が見つかることもあるかもしれません。3つしかないとは言い切れないので、神話が真実を伝えているかどうかはわかりません…
 あ、ええと、この3つの遺跡の名前は受験でも頻出問題ですので、場所と名前は最低限、しっかり覚えておくと良いでしょう。
 さらにこの国の遺跡だけではなく、他の島の遺跡や大陸の遺跡など、大きな都市になっている場所もありますので、覚えておくと地理や世界史を学ぶ時に役立ちます」

樫原君はまだ一郎を睨んでいる。
ノートを取っている様子は無いが…
真面目に聞いているなら良いだろう。

「まず、3万年程前の獣人は、半農半猟、または半農半漁を営んでいた…と言われています…」

----------

授業が終わって、教室を出てすぐ。
樫原君が一郎に声をかけた。

「高原先生っ」
「…何ですか、樫原君?」
「何で、隠すんだよ!」
「何も隠していませんよ?」
「あんた本当は魔導士なんだろ!?」

しつこい。
あんまりにも樫原君が引かないから、
一郎は嘘を重ねることにした。

「違います……兄は、そうでしたがね」
「えっ!?」
「……僕があの災害で失ったのは、兄です」

樫原君が、動揺している。

「…あいつ、死んだのか?」
「あいつ、が誰か分かりませんが、兄は死にました」

正確に言えば、年上の同僚が死んだ。
自分が「兄」だと思っているだけだ。

彼は死んで黄色の魔石を残した。
今頃は小さく分割されて、様々な魔道具に生まれ変わっているだろう。
一郎の眼鏡にも、その魔石が使われている。

「これは…形見のような、ものでね」





…………ここから先は、機密事項だが……

魔導士は体内に魔石を持って生まれてくる。
体内に魔石を持って生まれた者は全員、魔導士になると言い換えても良い。

魔導士は、基本的に魔導士の父母から生まれる。
現在は、魔導士の卵子と魔導士の精子を掛け合わせて受精卵をつくり、それを代理母に着床させる手法も採られている。
代理母が技術的に可能になる前は、女の魔導士は正に「産む機械」だったというが、科学の進歩で大分ましになった。産みたいなら産めばいいし、産みたくないなら産まなくていい…ただ、卵子の提供は義務だ。
もちろん、男の魔導士も、精子の提供は義務だ。

魔導士以外の人間と番う場合は、妊娠した場合特別な検診が必要になる。
魔石が確認されれば、すぐに軍へ報告される。
生まれた子どもが魔石持ちの場合、すぐに養成機関へ預けなければならない…が、魔石持ちが生まれたという報告は、ほぼ無い。
魔導士と魔導士以外の人間の組合せで産まれる魔石持ちは、それこそ先祖返りよりもよほど珍しい。
確率は、2000万人に1人と言われている。
この国の魔石持ちはおよそ5000人。
2千万人の魔石持ちなど、こちら側の大陸と島を合わせても足りないだろう。
魔導士は、同性と番う場合も多いため、それも生まれない原因の1つだと言える。

魔石を持った子どもは産まれてすぐに養成機関へ預けられる決まりになっていて、そこで大事に育てられる…兵器としていつでも使えるように。
他人の手で、施設で、育つ。
それから、得意な属性が大体定まってくる6~7歳くらいでそれぞれチームに編入され、組ごとに名字を与えられる。

組に入るまでは、自分の持つ魔石の色にちなんだ名前だけしかない。

一郎は、親の顔を見たことがない。
本当の名字も、分からない。
親…遺伝子を提供した側も、誰が自分の子か分からないシステムだから、それが当たり前なのだ。


…………ここまでが、誰にも話せない機密。


樫原君が震える声で聞く。

「魔導士って…死ぬのか?」

樫原君は、魔導士を何だと思っているんだ?
あの大災害で、魔導士だって、何人か死んだ。

「魔導士も、死ぬんですよ。人ですからね」

血が繋がらなくても、あの人は兄と言えるだろう。
生まれた時から一緒で。
共に競いあった、ライバルでも、あった。

「……死ぬんですよ、何ででしょうね……」

一郎はそう言ってから、樫原君に謝罪した。

「君のご両親には、申し訳無いと…思います。
 兄が死んでいなければ…
 助かった命かも、しれませんから。」

彼をあそこで失わなければ、間に合ったかもしれない。彼を殺した…彼が討ち漏らした魔獣を倒さなければならず、それが遅れに繋がった可能性は大いにある。

誠実さに欠ける謝罪だが、魔導士だと明かせないのも事実だし、今はこれが精一杯だ。

一郎の謝罪を聞いて、
樫原君は、もう何も言わなくなった。
小さな声で、ごめん、と言って…
教室へ、戻った。
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