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自覚した想い溢れて

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 先日、劇場でお茶会の件を切り出した際──。
 最初、自分は役者ではないので、と言ってバートは躊躇していた。だが、劇団長と話がしたいのだ、と『劇団長』を強調すると、途端に「ぜひ、喜んで!」と前世の居酒屋のような答えが返ってきたので、エレーヌは驚かされた。
 アーロンが帰りの馬車の中で言うには、旅芸人は城下に常駐するのではなく、普段はその名の通り各国を旅することが多い。しかし例外があり、貴族の支援者がつけば定期的に同じ城下街に来られる上、衣装や道具にも凝ることが出来るのだそうだ。

「だからおそらく、我がベルトラン家に支援者になってほしいんだと思う」
「……申し訳ありません、あなた」
「何を謝る? あれだけ熱中していたじゃないか。まあ、いくつもある劇団全部の支援は無理だが、今回のようにもし気に入ったところがあれば」
「あの、今回のも珍しくて、話は聞きたいんですが……私が本当に観たいのは、少し違って」

 支援者となれば、伯爵家の資金を使うことになる。
 個人的な興味で使うには、大きい金額だと思うし──珍しさに興味はあったが、エレーヌが本当に興味があるのはやはり戯曲なのだ。まだ存在しないようなので尚更、アーロンに今の段階で無駄遣いをさせる訳にはいかない。

「じゃあ、どんなものか解らないが、エレーヌが観たいものをやってもらえば良いのではないか?」

 どう説明したものかと内心悩むエレーヌとは対照的に、アーロンは何故妻が悩んでいるのか分からないというように、きょとんとした顔で告げた。
 とても貴族らしい考えに、エレーヌはパチリと琥珀色の目を瞠ったが、夫の許可が下りたことで、この世界でも戯曲が観れるかもしれない。
 そう思って、エレーヌは期待に胸を膨らませた。



「劇団長がやりたいのは、ああいう歌劇なのですか?」
「カゲキ? ああ、歌う劇って意味でしょうか? いい呼び方ですね、今度使わせていただいてもよろしいですか?」

 エレーヌの言葉に、最初返ってきたのは少し見当違いの言葉だった。
 だが、やがて言葉に宿る意味深長さに気づいたのか、静かに見つめるエレーヌに、自分の考えをまとめながら、少しずつ話し始めた。

「やりたいことか、と言われれば……否、ですね」

 ただ、奇をてらわないとそもそもが目立たない。目立たないと支援者がつかない。支援者がつかないと、今は良くてもいずれ芝居が続けられなくなる。そうやって、消えていった劇団をバートはいくつも見てきた。 

「だから、他の劇団との差別化を図った結果です」
「差別化ですか……単刀直入に聞きますね? 劇団長は、今の演目にこだわりはありますか?」
「……いえ? はっきり言うと目立てて、更に支援者もつくようなら何でも。ちなみに、若奥様には名案がございますか?」

 そう言って、探るように見返してくるバートに、エレーヌはそれまで隣で黙って見守ってくれていた夫へと目をやった。
 そんな彼女にアーロンは小さく、けれど確かに頷いてくれる。
 それに自分も頷き返して、エレーヌはバートに向き直って口を開いた。

「私は、人間の物語が観たいんです──」
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