侵食[サンプル]

なかあたま

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僕とアンドロイド

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 口元に巻いていたマフラーを下ろし、息を吐き出す。
 白くなったそれは、強風に煽られどこかへ消えてしまった。
 幾重にも重ねてきた防寒着に雪が積もり、手で払う。
 やっと見えてきた建物に、ホッと息を吐き出す。
 分厚い手袋で覆われた指先でチャイムのボタンを押した。
 鈍く沈んだボタンは、やがてゆっくりと元の位置に戻る。
 長らく使用されていなかったのだろうと察する。
 そこでようやく、自分が過酷な環境に身を投じるのだと実感した。
 手に下げていたボストンバッグを何度か持ち直し、視線を上げる。
 目の前にある灰色の扉は、温かみを感じる事ができない。全身を包む冷気と相まって、余計に凍えた。
 建物の外見は、よくある施設のように見えた。コンクリートで出来た角ばった建物は、寂しいほどに無機質だ。
 窓から漏れる明かりが、かろうじてこの世界に光を灯している。
 間を置き、扉が開く。左右に開いた扉の真正面には人影があった。
 思わず、唾液を嚥下する。
 そこに、人の姿をしたアンドロイドが立っていた。
 身なりはきちんと人間の格好をしており、ワイシャツにスラックスとラフな服装をしている。
 しかし、如何せん顔が不気味である。
 薄橙色の、のっぺりとした凹凸のない表面には鼻や口らしきものは存在しておらず、丸い目が二つあるだけだ。
 「どうぞ、中へ」。そう呟き、僕を施設内へ導く。
 扉が静かに閉まり、冷風と雪が遮断された。

「あ、あの────」
「エント博士ですね? お待ちしておりました」

 腰を曲げ、四五度の角度でお辞儀をした彼の後ろから、もう一体、似たようなアンドロイドがぬるりと現れた。
 そのまま、僕の持っていた荷物を受け取り、身に纏っていた防寒着へ手を伸ばす。

「ありがとう」

 重々しい衣類を脱ぎ、彼へ渡す。
 荷物と衣類を持ったアンドロイドが階段を上がり、どこかへ消えた。

「えっと……君たちがキェン博士が作ったアンドロイドだね? すごく、高性能だ……」

 まじまじとその姿を眺める。迎えてくれたアンドロイドは、まるで最初から仕込まれていたかのように言葉を述べた。

「では、こちらへ。施設内を案内します。ついて来てください」
「あっ、うん……」

 アンドロイドの背中を追う。歩む仕草も人間そのものだ。
 ────こういうのを作るの、キェン博士の得意分野だもんな。
 僕にとって、無縁の世界である。キェン博士は人間性に難がある人だったが、しかし。その功績は讃えられて当然だなと、改めて実感する。
 彼の動きを目で追いつつ、施設をぐるりと見渡した。
 中は、至ってシンプルな造りをしている。外観の壁同様、白に近い灰色で統一されており、息苦しさを感じる。眩いほどの室内は、吹き荒れる雪景色から切り離された世界のように思えた。
 長い廊下を進むと、研究所が見える。中では隣を歩むアンドロイドと同じ個体がうろついていた。

「ここで主に研究を行っています」
「へぇ」

 声を上げると、一斉にアンドロイドたちが僕へ振り返る。無機質な目に見つめられ、思わず体が強張った。
 この場にいるのは合計…三体のアンドロイド。
 僕の荷物を運んだ個体と、隣にいる個体を合わせると五体だろうか。
 ────これだけ人手があると、僕の存在意義が分からなくなってくるな。
 僕がこの雪国のド田舎にある施設に配属されたのは、地下に眠っているとある物質を調べるためである。
 前任を任されていたキェン博士は老衰により数週間前に他界しており、その後任に選ばれた。
 最初は女性であるクレア博士がここへ来るはずだったのだが、任命するための試験で彼女が懐妊していることが発覚し、白羽の矢が僕に立った。
 本当はこんな田舎には来たくなかった。
 周りにはなにもないし、今の時期は吹雪に見舞われ外へ出ることさえ困難だ。
 ネット環境もないし、電話も繋がらない。外と交流をするには、一週間に一度ほど収集に来るポストへ手紙を入れなければいけない。
 つまり、ほとんどの人間関係は遮断されるということだ。
 結婚もしていなければ、恋人もいない。家族とは一年に数回会うか会わないか程度の交流のみ。
 そんな僕が任命されるのは、きっと時間の問題だっただろう。
 ふぅと息を吐き出し、手を挙げる。

「初めまして、僕はエント・フレア。キェン博士の後任です。どうぞよろしく」

 聞こえるように声を張る。途端、彼らが動きを止めこちらへ近づいてきた。思わず、後ろへ下がってしまう。

「あ、あのぉ……」
「初めまして、エント博士」

 口籠った僕へ、それぞれが頭を下げた。そして「よろしくお願いします」と言葉を続ける。
 しかし、そのどれもが単調で人間味がなく、恐怖心を煽られた。

「……挨拶はこの程度で。では、地下室へ行きましょう」

 案内をしていたアンドロイドが、腕を掴む。僕は引き摺られるように研究室を出た。
 この先にあるエレベーターから地下室へ行きます。と、抑揚のない声が耳に届く。

「あの……えっと」
「なんでしょうか?」

 彼が立ち止まり、こちらへ振り返る。
 その無表情さに(それもそうだ。だって顔のパーツらしいパーツが目しかないのだから)僕は狼狽えた。

「君のことは、なんて呼んだらいい?」

 正直なところ、研究所にいた個体も、荷物を運んでくれた個体も、そして目の前にいる個体も、僕にとって全て「アンドロイド」である。
 故に、見分けがつかない。服装も同じものを着用しており、背丈も体格も一緒だ。
 彼は首を傾げる。

「名前はありません」
「え?」
「キェン博士は、あれとか、それとか呼んでいました。我々に名は必要ないです」

 「名前をつけたところで見分けがつかないでしょう?」と言われ、口を噤む。
 確かに、そうである。けれど、これからずっと生活を共にするのだから名前ぐらいはあってほしい。
 黙った僕の心情を察することなく、歩みを進めエレベーターへ乗り込んだ彼の背中を追った。
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