可愛いきみ[サンプル]

なかあたま

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噛む彼

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「ったぁ……!」

 鋭い痛みに思わず声を漏らす。 
 ビクついた体を押さえつけるように、富里が肩を掴んだ。
 そして、薄い皮膚へさらに歯を沈ませる。指先が震え、目尻に涙が滲んだ。
 彼を退かすため、肩に手を置き引き剥がそうとする。しかしその力に敵わず、僕は諦めた。

「と、とみさと……いたいよ」

 喉から絞り出した声は震えていた。
 富里が首筋に埋めていた顔を上げ、僕の瞳を見る。
 口元は唾液で濡れていて、淫猥な印象を与えた。

「……ごめん、ちょっと羽目を外しすぎた」

 ポツリとそう呟き、噛んでいた首筋へ舌を這わせる。
 先程までの鋭い痛みと、穏やかに皮膚を這う滑りのある舌の感覚にギャップを感じ、意識が乖離しかけた。

「ん、ぅ……っあ!」

 かと思えば再び全身を痛みが支配する。
 脳から背筋、足先にまで走った電撃に耐えきれず、富里の横腹を蹴った。

「痛いって! もう、今日は終わり!」
「ごめん、あとちょっと。五分でいいから」
「長い! もう帰れ!」
「糸原、ごめんって……」

 縋るような目でこちらを見つめる富里を、許してしまいそうになる。
 だが、首を動かすたび、皮膚に残る痛みが脳を突いた。
 これ以上好き勝手にさせたら、もっと酷い傷口が残るに違いない。
 僕は心を鬼にして、彼のブレザーとバッグを手に取り、差し出す。

「駄目、もう帰れ」

 私物を持った富里が、シュンとした表情を見せる。
 クールに見える彼だが、時折こういう一面を見せるから無理に突き放せないのだ。
 僕は大柄な背中と項垂れた頭を見つめ、ため息を漏らした。

「……明日。明日、続きをしよう。それでいい?」

 部屋を出ようとした富里が振り返る。
 表情筋を少し緩ませ口角を申し訳程度に上げた彼は、不器用な笑顔を貼り付けたまま、小さく頷く。
 表情は、短い黒髪が汗で額に張り付いたことも相まって年齢より幼く見えた。
 「じゃ、また明日な」。彼を玄関まで見送った僕は、遠ざかっていく足音を聞きながらその場に蹲った。
 ────やっぱり、アイツ勃起してた。
 頭を掻きむしり、あげそうになった叫び声を抑える。
 リビングから「もう和泉君、帰っちゃったの? ご飯用意してたのに」という母親の声が聞こえて、ようやく僕は我に返った。



 幼馴染である富里和泉の噛み癖を初めて自覚したのは、六歳の頃。
 元々、家も近く母親同士の付き合いもあった僕たちは、幼い頃から何処でも一緒だった。
 幼稚園でも、公園で遊ぶときでも。買い物へ行く時も、旅行へ行くときも一緒。
 それほど家族仲が良好で、母親たちも僕と富里の仲の良さに満足げだった。
 富里は昔から無愛想な上に人見知りで誰とも仲良くならない性格だが、僕には心を開いていた。
 そんな彼が、僕の腕に噛みついたあの日。二人の関係は大きく狂っていった。
 あれは確か、僕の家だった気がする。リビングで菓子を食べながら、アニメを見ていた時。
 彼が不意に、僕の腕に噛みついたのだ。
 力強くはない。だが、確かに痛みはあった。
 驚いている僕を尻目に彼がもう一度、歯を腕の肉へ埋める。
 その姿を見て、声を上げることが出来なかった。上げたら、富里が怒られると思ったからだ。
 キッチンにいる母親にバレないよう、唇を噛み締めた。
 目を強く瞑り、彼から与えられる鈍い痛みに耐える。
 数秒して離れた富里は、とても満足した顔をしていた。
 それから、どんどん行動はエスカレートしていった。
 中学生に上がる頃には僕を組み敷いて首筋へ噛みつき、嫌がる体を押さえ込むようになった。
 富里は元々体格が良い方で、そんな彼に勝てるはずもなく、従うしかなかった。
 どうして噛むのか。どうして僕なのか。
 聞きたいことは山積みだったが、今更聞けないところにまで到達してしまった。
 息をするように首筋へ近づき、息をするように噛みつく彼と、それを受け入れる僕ははたから見たらとても歪で不気味だ。
 けれど、その癖さえなければ良好な関係なのだ。
 僕が彼の癖を受け止め、黙っていたらいい。
 そうすれば、家族同士の関係も友人同士の関係も壊れない。
 ────だが、そうも言っていられない状況になりつつあった。
 そう、それは中学二年生の頃。抵抗できないほどの体格差を実感させられたあの日。
 彼は勃起していた。硬く張り詰めた下半身を擦り寄せ噛み付く彼を目の当たりにして、どうして良いか分からず固まってしまった。
 もしかしたら、気が付かなかっただけでずっと前から噛んでいる最中にそうなっていたのかもしれない。
 しかし、そんなことどうでも良かった。彼は少なからずこの行為に性的興奮を覚えているということだ。
 ────これも、黙っていれば良いのだろうか。
 何事もないフリをして過ごしていれば、今まで通りだ。
 僕が何も言わなければ、気づかないフリをしていれば。全ては事なきを得る。
 僕が何も言わなければいい。
 気づかないフリをしていればいい。
 そう、黙っていればいいのだ。


────


加筆+既存の作品が修正されたバージョンがKindleにて電子書籍で出ています。
読み放題でしたら無料となりますので、もしよろしければお暇つぶし程度に読んでいただけますと嬉しいです。
プロフィールのリンクから、もしくはAmazonで「可愛いきみ」で検索していただけますと幸いです。
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