役立たずなヒーラーは幸せな夢を見る

なかあたま

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救世主

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「ティノ」

 エッジレイが僕の名前を呼ぶ。肩を掴んでいた手に力が籠った。けれど、痛くはない。故意的に振るわれる暴力とは違う力強さが、身に沁みた。

「俺の元へ来い」

 まっすぐな言葉に、拍子抜けする。「え?」と素っ頓狂な声を漏らすと、彼は続けた。

「そんな奴らより、俺の方がアンタを大事にする。だから、俺と一緒に来い」

 木々が騒めいた。穏やかな風が二人の間を流れる。エッジレイは表情筋を固くしたまま、唇を舐めた。

「俺は今、個人で依頼を受けて仕事をしている。ただ、一人でしている以上、負担は大きくなるんだ。だから、アンタが欲しい。俺と組んでくれないか」

 僕は予想外の言葉に、呆気に取られた。先程まで出ていた涙が引っ込み、心臓がドキドキと脈を打つ。

「ぼ、僕はすごく役に立ちませんよ。たいした仕事もできないですし……」
「それでも別に構わない。俺の隣にいてくれるだけでいい」

 ひどく落ち着いた声音でそう言われ、思わず「あう……」と間抜けな声を漏らす。何と返して良いか分からず、口を開閉させた。

「俺にはアンタが必要だ」

 彼の言葉が脳内で何度も繰り返される。「俺にはアンタが必要だ」。一言一句、声の抑揚さえ寸分の狂いもなく反復し、僕の血液にまで浸透する。
 必要だと言われることがこんなにも心臓を震わせるのだと、初めて知った。
 乾いた喉へ唾液を流し込み、彼を見据える。

「……ほ、本当に、ですか?」
「あぁ、もちろん。喉から手が出るほど欲しい」
「……ヒーラーとしても未熟者ですし、雑務も手際が良くありませんし、そのこと以外でも……あなたのお役に立てるかどうか、わかりません。それでも、良いんですか?」
「あぁ。俺は別に、アンタが他者より劣るとは思っていない。だからそう、卑下するな。今、一番重要なのは、アンタがどうしたいかだ」
「僕が、どうしたいか……」

 ────僕は、誰かに必要とされたかった。ずっと。
 エッジレイはただひたすらに黙り、回答を待っている。手のひらに汗が滲む。無意識にそれを、くたびれたズボンで拭った。
 ────僕は。

「エッジレイ、僕は……僕自身を必要としてくれるあなたと一緒にいたいです」

 漏れ出た声は震えていた。でも、言ったと同時に色んなものが肩から降り、楽になったような気がした。
 彼は僕の言葉を聞き入れ、穏やかに微笑んだ。肩から手を離し、散らばっていた衣類をカゴへ放り投げる。

「よし。じゃあ今日からアンタと俺はパートナーだ。よろしくな」
「は……はい。でも、その……ギルド長に叱られるかも、しれないです……」

 彼と共にいたいと言った矢先に、ヴァンサの顔が浮かぶ。彼から逃れられないような気がして、浮かれていた気持ちが一気に沈んだ。
 しかしエッジレイは気にしていないのか、あっけらかんと「知ったこっちゃない」と放った。

「ギルドの出入りなんて珍しくない事柄だ。たった一人のヒーラーが抜けたところで、何を騒ぐことがある。必要なら、フリーのヒーラーでも雇えばいいだけの話だ。ギルドを抜けるアンタには関係ない」

 僕の心配をよそに、彼はさっぱりしていた。「ギルド長に何かされたら、俺がコテンパンにしてやるから安心しろ」と言われ、太い腕を見て納得する。彼ならヴァンサでも歯が立たなそうだな、とぼんやり思った。

「アンタは心配しすぎだ。俺が絶対に守ってやるから安心しろ」

 彼の言葉に頷く。ヴァンサの元を離れると、きっと恐ろしい目にあう。けれど、そんな不安や心配より、エッジレイの言葉の方が強かった。
 ────なんだか、不思議な人だな。
 どうして、会って数日もないのに僕にここまで肩入れをしてくれるのだろう。とても世話焼きなのだな、と彼の優しさに微笑んだ。
 「どうする? この衣類、このままここに捨てていいか?」。彼が面倒くさそうにカゴに詰まった服を一瞥する。「だ、ダメですよ、ギルドのみんなが困っちゃいます」と慌てて彼からカゴを奪い取ると、エッジレイは「自分の衣類ぐらい自分で洗えない奴らは勝手に困ったらいいんだ」と唇を曲げた。
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