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第1章

少女の決断が世界を救う

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「な、なんですか!?」

 レチェルが目を覚まし、始めに見たのは知らない天井と自分を上から覗き込む大勢の見知らない貴族達の顔だった。

「おぉ!!希望の少女が目を覚ましたぞ!!」

「さっそく、王にお知らせねば!!」

 レチェルが目を覚ました事に貴族達は歓喜の声を上げ、我々は救われる!!希望の少女に食事をもて!!などと騒いだ。

「え、えっと……あの、皆さんはどなたでしょうか?」

 当の本人であるレチェルはまったくもって状況の把握が追いつかず、オロオロと自分を取り囲む貴族達に少しの怯えを見せている。

「皆の者、静まらぬか!」

 そんな時、よく響く低音の声が響き渡った。それが合図のように貴族達は一斉に黙り込み全員が左右に分かれ膝まづいた。

 控え膝まづく貴族達の中央を通り、一人の初老の煌びやかな服の男性がレチェルに向かい歩いてきた。

「体調は如何かな、お嬢さん」

「え、あ……大丈夫、です」

 レチェルは始めは寝起きであることと、見知らぬたくさんの貴族達に囲まれていた状況のせいもあり、まだはっきりと自分の置かれた状況を理解できておらず。今、自分に話かけてくれているのが自国の王様だと認知できておらず平伏しなかった。

「コ、コラ!!娘!王の御前であるぞ!平伏せぬか!!」

 平伏することもせずポカンとしているレチェルに、王と共に部屋に入ってきた大臣が慌てて平伏するように怒鳴った。

「え、王……様……え!?もももももも、申し訳ありません!!」

 今、自分の目の前に居る、初老のダンディな男性が王様だと言われ、やっと王様の前だと理解したレチェルは慌てて平伏しようとした。

「待て待て、平伏などせずともよい。そのままでいてよい、左大臣、右大臣、宰相を除く者達は全員外に出よ」

 転げ落ちそうに慌てるレチェルを王様は優しげな笑みを浮かべ制止し、話し合いに必要な者達のみを残し退出するように促した。
 左大臣、右大臣、宰相以外の貴族達家臣団が部屋を出て行ったのを確認し王は口を開いた。

「ふむ、やっと静かに話せるな」

 王様は近くにあった豪華な装飾の椅子に腰を下ろし、それに続くよう大臣達も椅子に腰を下ろした。

「さて、お嬢さん。君は状況把握できているかね?」

「え、えっと……分かりません」

 レチェルはなぜ自分が城に居て、王様や大臣達と話をしているのかまったく分からないといった風に答えた。

「ふむ……左大臣、説明を」

 王様は一瞬、レチェルの瞳を覗き込み観察するように見た後、左大臣に説明するように命じた。

「はっ、娘よ。お前は魔王と名乗る悪魔に抱かれ、いきなり王様の御前に現れたのだ」

「え?ッ!?」

 悪魔に抱かれ現れた。その言葉を聞いた瞬間、ズキンと一瞬鈍い頭痛がした。

「覚えておらんようだな……では、続きだ。魔王は王様に対し友好を結びたいと言い出したのだ」

「は、はい」

 反応の薄いレチェルに左大臣は少し目を細め小さくため息をついた後、さらに話を続ける。

「そして、その条件が……娘、お前を魔王に捧げると言う事だった」

「え?私を捧げる……」

 いきなりの事にレチェルは鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。そんなレチェルをよそに左大臣は言葉を続けた。

「そなたは何者なのだ?なぜ魔王はそなたを欲しがる?」

「わ、わかりません……」

 左大臣の圧力にレチェルはすっかり怯え、泣きそうな表情を浮かべビクビクと震えるばかりだった。

「左大臣!お嬢さんを怯えさせてどうする、もうよい下がれ」

 睨めつけるような左大臣のせいで怯えるレチェルを見かねて、王様は左大臣を下がるように言いつけ、代わりに自分がレチェルの直ぐそばに近寄より話を始めた。

「怯えさせてすまぬな、まったくこのお嬢さんを怯えさせどうする馬鹿者が」

 王様はレチェルに優しく接し、後ろの左大臣の態度を叱りつけた。

「さて、お嬢さん。そなたの名前を聞かせてもらえるかね?」

「わ、私は……レチェル・ロウディアル・ラヴェルジュルカです」

 レチェルの名前を聞いた王様を含む四人は驚いたような顔をした。

「な、なんと……お嬢さん、母君はリミリエル・ロウディアル・ラヴェルジュルカではないかね?」

 王様は真っ直ぐにレチェルを見据え質問を投げかけた。

「は、はい……リミリエル・ロウディアル・ラヴェルジュルカは私のお母様ですけど……」

 突如、王様が自分の母の名前を口にした事に、レチェルは驚き、恐る恐る答えた。

「そうか……リミリエル殿のお子であったか……魔王が欲しがるはずじゃ」

 王様は天井を仰ぎ見るようにして、目を瞑りながら納得できたとばかりに深いため息をついた。

「あ、あの……なぜ王様が私のお母様を知っておられるのですか?」

 黙り込んだ王様達にレチェルは不思議になり疑問を投げかけた。

「む、何も聞いておらぬかね?」

「え?何をでしょうか……」

 首を捻るレチェルを見て、王様は一瞬視線を逸らし、椅子から立ち上がり窓から城下を見ながら口を開いた。

「リミリエル殿はかつてこの世界をお救いになられた勇者じゃ」

 お母様が勇者??え?とレチェルは驚愕し、言葉を失った。

「リミリエル殿のお子を魔王に差し出すなどできぬ……左大臣、右大臣、宰相……戦の準備に入れ」

 王様の言葉に三人の臣下は一瞬、顔を強張らせたが、すぐさまに御意と答え、部屋から退出しようとしたその時レチェルが声を出した。

「待って下さい!い、戦って……戦争をなさるのですか!?」

「うむ、リミリエル殿には世界を救って頂いた……そして、我が国を魔族から奪還して下さった恩人じゃ、そのリミリエル殿のお子であるレチェル殿を魔王に捧げるなどできぬ」

 王様は真っ直ぐに力強くレチェルを見据え言った。

「でも……戦争になったら、皆さんが」

 レチェルは直ぐに親しい人達の顔を思い浮かべた、そしてなぜだか解らないが脳裏に魔王軍に滅ぼされる自国のビジョンが見えた。

「わ、私……行きます!!」

 守りたい、その気持ちがレチェルの心奥から溢れ出してきて魔王に身を捧げる事を決断した。

「ダメじゃ!リミリエル殿に顔向けでき……」

「お母様が守ったこの国を、私の親しい人達や国の皆さんを私一人のこの身で護れるのなら!私は喜んで魔王に身を捧げます!!」

 王様の声を遮るように、レチェルは力強く声を上げた。

「レチェル殿……すまぬ……すまぬぅ!!」

 王はレチェルの強い思いを受け、年端もいかぬ少女に、重荷を背負わせる事を詫びた。

 その日の夜、王様はレチェルのために盛大な国事の祭りを開いた。

 レチェルの親しい者は皆涙し、国民達も己が身を悪魔に捧げ国を護らんとする少女に涙を流した。

 そして、祭りの最後に王の間にて王様はレチェルに一振りの刀を与える事にした。

 刀の名は、星の桜の木エトワールセリジェ神さえ斬り伏せると伝えられる伝説の国宝をである。

 レチェルは最初、受け取りを拒んだが王様から受け取ってほしいと強く言われ半ば強制的に授けられてしまった。

 そして、レチェルは運命の日を迎える事となった。
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