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第十二話 私がご説明いたしましょう
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「……タイキ様。おはようございます」
滑らかな絹のような声が、頭上から振ってきた。
「……あ? なんで、お前がここに?」
「いつもは、イリス様がいらっしゃるでしょう? 今日は私と変わっていただいたのです。たまには、よろしいでしょう?」
寝起きの泰樹はぼんやりと、シーモスを見上げる。
よくよく見れば、シーモスの顔は整っている。褐色の肌も銀の髪も手入れが行き届いて、美形と呼んでも差し支えは無い。
微かに開かれた形の良い唇が、そっと近づいて来て、泰樹は流れるようにそれを避けた。
「おはようございます、の挨拶くらいよろしいではありませんか」
すねたように唇をとがらすシーモスに、泰樹は冷ややかな目を向ける。
「日本人はなー! 挨拶にキスとかしねーんだよ! 何度も言ってるだろーがッ」
泰樹がこの『島』に落ちてきてから、早いもので一週間が過ぎた。
なんだかんだで、泰樹はすっかりこの『島』での生活に慣れつつある。不本意では有るが。
朝の光が、大きな窓から差し込んでいる。まぶしい。泰樹はガリガリと髪をかき回して、ベッドに起き上がった。
一週間。詠美や子供たちは、どうしているのだろう。俺が帰らなくて、きっと心配しているだろうな。今のままでは連絡も出来ない。
その事を思うと、鉄の玉でも飲み込んだように心が重く苦しくなる。写真を見るたびに、会いたくて会いたくて。泣き出しそうになる夜もある。
それを、この魔人は……感傷など、お構いなしだ。
隙を見せれば過剰にくっついて来やがるし、来るなと言っているのにこうして寝室に押しかけても来る。気が休まる時が無い。
「タイキ様、今朝はタイキ様が教えて下さったオムレツ、でございますよ。ふふふ。イリス様も喜んでらっしゃいます」
それなら、長く待たせるのも可哀想だ。泰樹は慌てて飛び起きて、着替え始めようとして手を止めた。
「……おい」
「はい? 何でございましょう?」
「……出て行け」
「え?」
「出て行けー!!」
素知らぬ顔で部屋に残っているシーモスに、泰樹は何度目かもわからぬ怒声を浴びせた。
「おはよー! タイキ!」
食堂で、イリスはしあわせそうに笑みを浮かべて泰樹を待っていた。
「うっす。はよー」
「シーモスが起こしに行ったでしょ? 一緒じゃ無いの?」
「あー。何だか用事があるんだと。『お先に食堂へどうぞ。後から参ります』ーだとよ」
泰樹の声まねがおかしいのか、イリスはくすくすと笑みをこぼした。
「あははっ! そっかー。あ! 今日はオムレツだよ!」
オムレツを目の前に、イリスは待ちきれない様子でナイフとフォークを構えている。
「それ、そんなに気に入ったのか?」
「うん! オムレツ、美味しいよね! 僕これ大好き! 特にこのケチャップってソースが良いねー!」
ふとした弾みに、ケチャップなど食べ物の話をした。それで、イリスが食べてみたいと言い出した。
この世界、いやこの『島』にはトマトやそれに類する野菜は無いらしい。それでもシーモスは、泰樹の記憶からケチャップそっくりのソースを作った。それも魔法だと言う。
その内、トマトも魔法で再現して栽培できるようにするとか。
――ケチャップあるから、ナポリタンとかも食えるかなー
それは純粋にうれしい。魔法さまさまである。
シーモスは基本的に人の食事はとらないので、彼を待たずに二人は朝食を食べ始めた。
「うんー! やっぱりこれ美味しい……! 卵はふわふわだし、ケチャップは甘くてちょっと酸っぱくて……とっても良く合う!」
「ケチャップと合う、マヨネーズってソースもあってな。それも美味いぞ」
マヨネーズの次は、照り焼きソースだ。どうせなら食べ慣れた、美味いモノが食いたい。イリスは珍しい、食べたことの無いモノが食いたい。その点、イリスと泰樹の思惑は一致している。
「タイキは作り方、知ってる?」
「いや、知らない。またシーモスに試作頼んで、料理長にレシピを渡そう」
「そうだね!」
オムレツを半分ほど食べ進め、一息ついた所で、ふと、イリスが切り出した。
「……あ、それから、タイキ。『議会』のお話聞いた?」
「『議会』? いや? アイツそんな話、何も言わなかったぞ」
肝心なことは何も言わず、セクハラだけしてアイツはどこに行ったのか。
泰樹が深いため息をついていると、イリスはオムレツの最後の一口を頬張った。
「んー! 美味しかったー!」
イリスはフォークをおくと、満足げに口元をぬぐう。
「……えっと、ああ、それでね。あと6日経ったら、タイキと一緒に『議会』に行かなきゃいけなくなっちゃったの……」
オムレツで上がったイリスのテンションが、目に見えて下がっていく。『議会』に対して、イリスはあまり良い感情を持っていないらしい。
「俺も、行くのか?」
「うん。『ソトビト』のお披露目だね。正式に僕がタイキを保護しますーってみんなにお知らせするんだ。そうしないといけない決まりになったから。それで……」
「……その先は、私がご説明いたしましょう」
颯爽と食堂にやって来たシーモスが、手にしていた書類を泰樹とイリスに差し出す。
「こちらをご覧下さい。タイキ様にはこの6日間でこちらの『設定』を覚えていただきます」
滑らかな絹のような声が、頭上から振ってきた。
「……あ? なんで、お前がここに?」
「いつもは、イリス様がいらっしゃるでしょう? 今日は私と変わっていただいたのです。たまには、よろしいでしょう?」
寝起きの泰樹はぼんやりと、シーモスを見上げる。
よくよく見れば、シーモスの顔は整っている。褐色の肌も銀の髪も手入れが行き届いて、美形と呼んでも差し支えは無い。
微かに開かれた形の良い唇が、そっと近づいて来て、泰樹は流れるようにそれを避けた。
「おはようございます、の挨拶くらいよろしいではありませんか」
すねたように唇をとがらすシーモスに、泰樹は冷ややかな目を向ける。
「日本人はなー! 挨拶にキスとかしねーんだよ! 何度も言ってるだろーがッ」
泰樹がこの『島』に落ちてきてから、早いもので一週間が過ぎた。
なんだかんだで、泰樹はすっかりこの『島』での生活に慣れつつある。不本意では有るが。
朝の光が、大きな窓から差し込んでいる。まぶしい。泰樹はガリガリと髪をかき回して、ベッドに起き上がった。
一週間。詠美や子供たちは、どうしているのだろう。俺が帰らなくて、きっと心配しているだろうな。今のままでは連絡も出来ない。
その事を思うと、鉄の玉でも飲み込んだように心が重く苦しくなる。写真を見るたびに、会いたくて会いたくて。泣き出しそうになる夜もある。
それを、この魔人は……感傷など、お構いなしだ。
隙を見せれば過剰にくっついて来やがるし、来るなと言っているのにこうして寝室に押しかけても来る。気が休まる時が無い。
「タイキ様、今朝はタイキ様が教えて下さったオムレツ、でございますよ。ふふふ。イリス様も喜んでらっしゃいます」
それなら、長く待たせるのも可哀想だ。泰樹は慌てて飛び起きて、着替え始めようとして手を止めた。
「……おい」
「はい? 何でございましょう?」
「……出て行け」
「え?」
「出て行けー!!」
素知らぬ顔で部屋に残っているシーモスに、泰樹は何度目かもわからぬ怒声を浴びせた。
「おはよー! タイキ!」
食堂で、イリスはしあわせそうに笑みを浮かべて泰樹を待っていた。
「うっす。はよー」
「シーモスが起こしに行ったでしょ? 一緒じゃ無いの?」
「あー。何だか用事があるんだと。『お先に食堂へどうぞ。後から参ります』ーだとよ」
泰樹の声まねがおかしいのか、イリスはくすくすと笑みをこぼした。
「あははっ! そっかー。あ! 今日はオムレツだよ!」
オムレツを目の前に、イリスは待ちきれない様子でナイフとフォークを構えている。
「それ、そんなに気に入ったのか?」
「うん! オムレツ、美味しいよね! 僕これ大好き! 特にこのケチャップってソースが良いねー!」
ふとした弾みに、ケチャップなど食べ物の話をした。それで、イリスが食べてみたいと言い出した。
この世界、いやこの『島』にはトマトやそれに類する野菜は無いらしい。それでもシーモスは、泰樹の記憶からケチャップそっくりのソースを作った。それも魔法だと言う。
その内、トマトも魔法で再現して栽培できるようにするとか。
――ケチャップあるから、ナポリタンとかも食えるかなー
それは純粋にうれしい。魔法さまさまである。
シーモスは基本的に人の食事はとらないので、彼を待たずに二人は朝食を食べ始めた。
「うんー! やっぱりこれ美味しい……! 卵はふわふわだし、ケチャップは甘くてちょっと酸っぱくて……とっても良く合う!」
「ケチャップと合う、マヨネーズってソースもあってな。それも美味いぞ」
マヨネーズの次は、照り焼きソースだ。どうせなら食べ慣れた、美味いモノが食いたい。イリスは珍しい、食べたことの無いモノが食いたい。その点、イリスと泰樹の思惑は一致している。
「タイキは作り方、知ってる?」
「いや、知らない。またシーモスに試作頼んで、料理長にレシピを渡そう」
「そうだね!」
オムレツを半分ほど食べ進め、一息ついた所で、ふと、イリスが切り出した。
「……あ、それから、タイキ。『議会』のお話聞いた?」
「『議会』? いや? アイツそんな話、何も言わなかったぞ」
肝心なことは何も言わず、セクハラだけしてアイツはどこに行ったのか。
泰樹が深いため息をついていると、イリスはオムレツの最後の一口を頬張った。
「んー! 美味しかったー!」
イリスはフォークをおくと、満足げに口元をぬぐう。
「……えっと、ああ、それでね。あと6日経ったら、タイキと一緒に『議会』に行かなきゃいけなくなっちゃったの……」
オムレツで上がったイリスのテンションが、目に見えて下がっていく。『議会』に対して、イリスはあまり良い感情を持っていないらしい。
「俺も、行くのか?」
「うん。『ソトビト』のお披露目だね。正式に僕がタイキを保護しますーってみんなにお知らせするんだ。そうしないといけない決まりになったから。それで……」
「……その先は、私がご説明いたしましょう」
颯爽と食堂にやって来たシーモスが、手にしていた書類を泰樹とイリスに差し出す。
「こちらをご覧下さい。タイキ様にはこの6日間でこちらの『設定』を覚えていただきます」
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